昨日、この絵には力がない、と書きました。何故かというと、この絵は
初めに描いたものにそっくりに似せて描いた2枚目なんです・・・
1枚目は人にあげちゃったんですよ・・・
当時私のグルグル話を親身に聞いてくれた、命の恩人第1号の病院の先生
にです。
子どもさんが病気で大変心配されてるときがあって、診療時間の変更上、
仕方なく少し事情を話されたんです。
その頃、ちょうどドンドコ絵を描き出し、しかも自分に起こっている
宇宙的な意識の変化は自覚できていないという、とってもアンバランスな
状態でした。感覚が繊細になり過ぎて、意識を向けたら その人の感情に
すぐに入り込んでしまうような感じです。
それで、その先生の意識に同化したんでしょうか?
とても苦しそうに思え、「大変だ!何か力になれないかな」と考え、思い
付いたのが・・・そうそう、この「心の森」だったんですね^^;
精神が瀕死の自分だけであんなものが描ける訳ない、
きっと魂の根源の何かが動いたんだ。
そしてその“何か”は、全てのモノの、パワーの大素で、
全てはその“何か”から出来ている・・・
絵を描くうちにこれだけのことは理解していました。
ならば、病気の人や、落ち込んだ人を元気付けるには、その“何か”
の表れた絵をあげればいいんだ♪
アホな私は、そう結論付けたんですね・・・
でも、絵は私の宝物、それをあげるのは勇気が要ります。
そこで真似て描いたものをあげようと考えました。そして描き
始めました。でも、同じ絵を描くことの辛いことといったら・・・
苦痛以外の何ものでもありません・・・
同じサイズの画用紙に、定規で測って構図を描き、色遣いも全く
同じ配分で塗っていきます。その過程はもはや、単なる作業。
インスピレーションも、根源との繋がりもあったものではありません。
そして出来上がったのが、今載せている“心の森”なのです。
初めに描いたもの、真似て描いたもの、ふたつ並べてみました。
ほぼ同じものなんですが、2枚目は薄い、浅いんですよ・・・
うす~いカルピスみたいに、味気ない、マズイ・・・
こんな薄いの、あげても意味ないね・・仕方ない、大盤振る舞いだ!
と意を決し、絵を持って行きました。しばらく前から自分でも絵を描いて
いて(チャネリングアートではない)、見せながら自分の心境を説明したり
してたので、絵を持って来たこと自体は変には思われませんでしたが・・・
スケッチブックごと持って行ったんですよね、確か・・・
それで、自分が特殊なことになってるなんて自覚がないものだから
無邪気にそれぞれの絵の説明を始めてしまったんです・・・
自分で自分の本当の気持ちを 全然分かってなかった私は、絵によって得た
新しい感覚を、当然普通の人は認識していると思っていたのです。
あぁ、みんなこんな認識があるから、私みたいにグルグル回ることなく
生きてるんだ・・・(心の底から納得!)
自分を知るって、なんてスゴイことなんだろう・・・
やっと私も人並になれたよ・・・
そう思ってるものだから、ドンドンしゃべりました。宇宙の話・・・
相手は精神科の医師なのに・・・
話しながら先生の顔を見ていました。いつもは優しげな顔で、ときには
心配そうな表情で、うん うん と聞いてくれるのですが、
その顔は、どんどん不安げになり、青くなっていきました・・・
そして、最後に・・・
あなたの言ってること、意味がワカラナイ・・・
そう言われて初めて、自分が違うところに行ってしまってるのを自覚
したんです。
初めに描いたものにそっくりに似せて描いた2枚目なんです・・・
1枚目は人にあげちゃったんですよ・・・
当時私のグルグル話を親身に聞いてくれた、命の恩人第1号の病院の先生
にです。
子どもさんが病気で大変心配されてるときがあって、診療時間の変更上、
仕方なく少し事情を話されたんです。
その頃、ちょうどドンドコ絵を描き出し、しかも自分に起こっている
宇宙的な意識の変化は自覚できていないという、とってもアンバランスな
状態でした。感覚が繊細になり過ぎて、意識を向けたら その人の感情に
すぐに入り込んでしまうような感じです。
それで、その先生の意識に同化したんでしょうか?
とても苦しそうに思え、「大変だ!何か力になれないかな」と考え、思い
付いたのが・・・そうそう、この「心の森」だったんですね^^;
精神が瀕死の自分だけであんなものが描ける訳ない、
きっと魂の根源の何かが動いたんだ。
そしてその“何か”は、全てのモノの、パワーの大素で、
全てはその“何か”から出来ている・・・
絵を描くうちにこれだけのことは理解していました。
ならば、病気の人や、落ち込んだ人を元気付けるには、その“何か”
の表れた絵をあげればいいんだ♪
アホな私は、そう結論付けたんですね・・・
でも、絵は私の宝物、それをあげるのは勇気が要ります。
そこで真似て描いたものをあげようと考えました。そして描き
始めました。でも、同じ絵を描くことの辛いことといったら・・・
苦痛以外の何ものでもありません・・・
同じサイズの画用紙に、定規で測って構図を描き、色遣いも全く
同じ配分で塗っていきます。その過程はもはや、単なる作業。
インスピレーションも、根源との繋がりもあったものではありません。
そして出来上がったのが、今載せている“心の森”なのです。
初めに描いたもの、真似て描いたもの、ふたつ並べてみました。
ほぼ同じものなんですが、2枚目は薄い、浅いんですよ・・・
うす~いカルピスみたいに、味気ない、マズイ・・・
こんな薄いの、あげても意味ないね・・仕方ない、大盤振る舞いだ!
と意を決し、絵を持って行きました。しばらく前から自分でも絵を描いて
いて(チャネリングアートではない)、見せながら自分の心境を説明したり
してたので、絵を持って来たこと自体は変には思われませんでしたが・・・
スケッチブックごと持って行ったんですよね、確か・・・
それで、自分が特殊なことになってるなんて自覚がないものだから
無邪気にそれぞれの絵の説明を始めてしまったんです・・・
自分で自分の本当の気持ちを 全然分かってなかった私は、絵によって得た
新しい感覚を、当然普通の人は認識していると思っていたのです。
あぁ、みんなこんな認識があるから、私みたいにグルグル回ることなく
生きてるんだ・・・(心の底から納得!)
自分を知るって、なんてスゴイことなんだろう・・・
やっと私も人並になれたよ・・・
そう思ってるものだから、ドンドンしゃべりました。宇宙の話・・・
相手は精神科の医師なのに・・・
話しながら先生の顔を見ていました。いつもは優しげな顔で、ときには
心配そうな表情で、うん うん と聞いてくれるのですが、
その顔は、どんどん不安げになり、青くなっていきました・・・
そして、最後に・・・
あなたの言ってること、意味がワカラナイ・・・
そう言われて初めて、自分が違うところに行ってしまってるのを自覚
したんです。
私も、ついつい、そのような話を人に当たり前のようにしそうになって、急ブレーキでストップすることがよくあります。(笑)
ねこにゃんほどのすごいチャネリング情報ではありませんので、よけいに馬鹿にされます。(涙)
目立つことは、今のところ、×です。でも、将来ご飯を食べなくても生きられる体になるとか、そういうことになったら話は別かもしれませんね。
先日、NHKで、遺伝子が活性化した「疲れを知らないラット」みたいなことをやっていました。いよいよ近づいているのかしら?
「にゃん」が「ちゃん」みたいなので、つい。
ごめんなさいね~馴れ馴れしくて、すみません。
ねこにゃんに「さん」を付けるのは長ったらしく
面倒なので、他の皆さんも、ねこにゃん、と呼んで下さって大丈夫です。
カキコありがとうございます。
母親の人生のグチ聞いてたらこんな時間・・・
ごめんなさい、今日は寝させてください・・・
いました・・・ ネガエネ、恐るべし。
私の体調と反比例して、話したほうの母親は元気
になってます。メデタシ、メデタシ
私、天然らしいんです。よく言われます。
でも自分では自覚がないので、そのことを友人に言
ったら、「自覚なくてそれだから天然」なんだそうです。
そうですよね、わざとだったら「人工」ですよね^^;
たまに?信じられないほどバカバカしい勘違いとか
もします・・・
ここにUPしているチャネリングは、私というフィルターを通すため、かなり捻じ曲がってるかも・・・
まだまだ自己浄化が足りませんので、ご了承ください^^;
他人の愚痴を聞きすぎる人のことを、「ダストボックス」というらしいのですが、私がそれですよ、まったく。
母も、「ダストボックス」で、友達の愚痴を聞きまくり、疲れると私のエネルギーを奪っていくという図式が成り立っています。(涙)
お互いに気をつけましょう。
チャネリングの練習するようになって、こんな体質であることに気付きました(T▽T)
進んで愚痴聞いてるわけじゃないんですが、家族が落ち込んでると どうしてもね・・・
ダルくて今日は一日寝ています。
母親のネガエネというのは、人一倍強く影響受けませんか?
以前なんか、心臓が痛くなった程です。
もう話は聞かないようにします
体質なのですね。私は以前に、カウンセリングを受ける機会があって、その時に、人の愚痴やネガエネを受け取らないようにする訓練を受けました。
他人だと、挨拶だけして逃げるというのがやりやすいですけど、親子だと、どうしても逃げるのが難しいですよね。
仮病を使うのがイイかもですね。