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宮城まりこさんの文体

2007-03-07 | 経済・社会
日経新聞の人気連載「私の履歴書」を執筆中の宮城まりこさんの文章が、素晴らしい。

企業経営者や学者、政治家、芸術家等々、各界で功なり名を遂げた有名人が自ら筆をとって、その半生を振り返る「私の履歴書」は私も長く愛読している。中には退屈極まりない連載もあるけれど、現在進行中の宮城まりこさんの「私の履歴書」は出色である。

私は宮城まりこさんのことはほとんど何も知らない。「ねむの木学園」園長という肩書きで書いておられるが、それがどういう「学園」なのかということも知らない。

そんな宮城さんの連載に目を奪われたのは、その文章が、というより、その文体が素晴らしいと感じたからだ。

文体とは何か、と言われても明快な答を持ち合わせている訳ではない。しかし、いろんな書き手の書いたものを読んでいると、その内容とは別に、書き手に特有の、一貫した「文体」というものがあるように思えてくる。

では、「文体」と内容というものは截然と区別できるのか、というと決してそうではなくて、これは渾然一体、不即不離の関係にあると思う。頭の中に何かしら表現したい内容というものがあって、それを直接取り出して見せるわけにはいかないので、例えば文章というかたちで表現する。

それを読む人が最初に目にするのは、文章であって、内容ではない。あるいは文章というかたちで表現されようとした内容、と言ってもいい。

私を見る人は洋服を着た私を見るのである。素っ裸の私こそが本当の私だとどうして言えよう。私が選ぶ服装には私の何か「内容」にかかわるものが大なり小なり表現されているのに違いない。

文体のことを英語では Style という。宮城まりこさんのスタイルは上品で、気高い。丁寧だがすましていない。優しげだが、決して弱くない。凛とした美しさに満ちた文体である。

日経新聞という、面白くもおかしくも無い経済専門紙の紙面に、このような文章が掲載されるというのは、画期的なことである。毎日、この連載がとても楽しみだ。

・・・ということを奥さんに話して聞かせたら、「宮城まりこね、吉行淳之介と暮らしてたんだから、きっとそれで文章が上手いのよ」と言った。

そうなんですか、それは全然知りませんでした。しかし、そんなこと関係ないと思いますね。夫が野球選手だったら奥さんまで野球が上手になりますか?逆の場合もありますよ。うちの奥さんはピアノの先生だけど、私は全然、弾けないし。。。

ということで、宮城まりこさんのあの素晴らしい文体は、彼女の素晴らしい人格の発露によるものであると、私は信じて疑いません。もちろん、その人格形成において吉行淳之介氏が何らかの影響を及ぼした可能性は否定できませんが、そのあたり、この連載でどのように扱われるのか、ますます楽しみになってきました。
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2 コメント

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檸檬 (シンゴ)
2007-03-09 20:53:56
 やぶ猫さんの思いに促されて、一昨日から彼女の『私の履歴書』を読んでます。なるほど、「文体」がすてきですよね。夢と希望に満ち溢れた女学生の想いが綴られてるみたいで。だって、梶井基次郎の『檸檬』が好きです、なんておっしゃってるんだぜ。「ねえ、君。満開の桜の木の下でデートしてくれないだろうか?」なんて誘って見たくなるではないですか(笑)。
 今日は『ガード下の靴みがき』の歌詞が掲載されていて
「なんでこ世の幸福は ああみんなそっぽを向くんだろう」という一節に共感、勇気付けられました。
こんばんは、 (やぶ猫)
2007-03-11 19:53:59
う~ん、中原中也も!
この辺は今の若い人には、なじみがないでしょうね。ランボーと言えば、シルベスタ・スタローンでしょうから。

ところで宮城まりこさん、1927年生まれですよ。とういうことは今年、80歳。なんとみずみずしい文章でしょう!

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