猫のやぶにらみ

こよなく猫にあこがれる中年オヤジのブログです

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忙中閑あり

2010-02-10 | ネコ的思索
ニューヨーカーのエスプリ
メトロポリタンダイアリー


受験生のエスプリ
「笑いを征する者が受験を征す」
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初老

2007-04-09 | ネコ的思索
久しぶりに夫婦二人で東京に行ってきました。知人の結婚披露宴に出席という、いかにも順当な理由です。

空いた時間に二人で銀ブラ、日比谷公園でお散歩。ああ、本当に順当過ぎるほどに順当な初老の夫婦二人の時間の過ごし方、春の陽射しがとても心地良く感じられました。

思い返せば三人の子育てに追われ、変転極まりない夫の気まぐれに翻弄されて、うちの奥さんは苦労した。

家に帰れば三匹の猫ちゃんたちがお出迎え。こいつらを見ていると肩の力が抜ける。

辞書を引くと、「初老」というのは40歳のことだという。

【初老】
(1)老境に入りかけの人。老化を自覚するようになる年頃。
(2)四〇歳の異称。

これは知らなかった。初老という言葉で私が思い浮かべるのは、もっとずっと年配の人々のことだった。昔の言葉だから、現代にそのまま当てはめる必要はないのだとも思うが、ちょっと考えさせられる。

昔風にいえば初老をとっくに過ぎて中老(50歳の異称)に達しようという私は、猫のように穏やかでひそやかに、やりたいことだけをやって、したくないことはせず、やることがなければ昼寝し、たまには飼い主にごろにゃんと甘えたりなどして、過ごすことを楽しみとしている。。。
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猫かぶり

2006-04-27 | ネコ的思索
「猫を三匹飼っている」と言うと、「え~、ウッソー」と言われる。

「嘘じゃない。三匹飼ってる」
「ウワー、ホントなんだ!3匹も!いやだー、猫って感じ、しないです~」
「じゃ、一体、どんな感じ?」
「う~ん、よくわかんないけど。で、どんな猫ナンデスカ~、シャム?それとも毛の長いヤツ?」
「いや、普通の雑種」
「え~、そうなんだ、雑種なんだ。ヤダー!どうして雑種なんですか?」
「二匹はもらいモノ、一匹は拾いモノ」
「うわっ、信じられなーい」

正直、疲れる。ストレス解消のつもりがストレス倍増だ。

どうも他人から見ると私は「猫飼い」に見えないらしい。ましていわんや日本の普通の猫の代名詞ともいえるキジトラとか白黒はちわれなどをこよなく愛しているというのはイメージに合わないらしい。猫を飼うにしても、何かゴージャスな血統書つき洋猫でも飼っていそうだというのである。どうしてそう思われるのか、まことに不可解だ。

もっとも、「あなたのことだから、そこら辺で拾ってきた野良猫でも手なづけたんでしょ」などと言われるよりは、マシだという気はする(すずに関しては事実だけど)。ただ、世間の人が「猫飼い」という人種に対して抱いているイメージがかなり片寄っているのではないか、という疑いは強まる一方である。

男の場合、「犬が好きだ」という方が「猫が好きだ」というよりも、間違いなくスンナリと次の会話に流れて行くことができる。しかし、男が「私は猫が好きだ」と言うと、多くの人が「えっ?」と一瞬ひるむ。明らかに想定外の答えだという顔をして、次に用意していたであろう言葉を、仕方なく飲み込む。女性の場合はこのような心配はない。犬でも猫でも両方OKである。

これは一体なぜだろうか?「男のくせに猫なの?」とか「男なら犬でしょ、猫は女性向きのペットですよ」みたいな風潮があるのは、私としては面白くない。あの三島由紀夫だって、ヘミングウェイだって、大の猫好きだったことは有名な事実だ。人を外見で判断してはいけない。多くの猫好きの男は、普段は猫かぶりしているだけなのだ!
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夫婦の歴史認識

2006-03-23 | ネコ的思索
日本と中国や韓国などとの間で、過去の戦争について、その「歴史認識」の相違が指摘され、大きな問題となっている。

我が家では、夫婦の間における二十余年にわたる共同生活の、様々な出来事についての「歴史認識」が大きく異なっているということがたまにあり、驚かされることがある。

たいていの場合、こちらにとって身に覚えがない話を、「ああだった、こうだった」と詳しく聞かされ、「え~!? 嘘やろ、そんなん知らんぞ」と驚くと、鬼の首を取ったように「あなったって、そういう人よね」と追い討ちをかけてくる。

これは極めて納得のいかない話である。国権の最高機関たる国会において、証人喚問されて証言してもいいが、「記憶にない」のである。「記憶にない」ことをあれこれ言われても、困るのである。

本人が身に覚えが無いと言い張るときは証拠が重要になる。夫婦間の出来事など、まず直接的な物証は存在しないから水掛け論に終わるかと思うと、状況証拠を出してくる。「その時あなたは○○の服を着ていた」である。

一体どうして私の奥さんは人の着ている服のことをそんなによく覚えているのだろうか。

その時、どんな服を着ていたかということを覚えているということが、そもそも状況証拠としての価値をもつのかどうか知らないが、毎日とっかえひっかえ着替えているわけでもない。私は季節に応じて、ほとんど一張羅で過ごしている。自慢ではないが、服などそんなに持っている方ではないのだ。

「あの時私が△△って言ったら、あなたは××と言ったのよ」

ひどい、確かにそれはひどい。そんなことを言う奴は許せないと、心から思う。暴言だ。極悪非道な発言だ。従って、当然、私はそんなこと言うはずもないし、言った覚えも無い。

「絶対、言ったわよ。あなたはその時☆☆を着てて、私、はっきり覚えてるんだから」

いや、それはいつも着てましたよ。あのころはほとんど毎日それ着てました。そもそも、それ着てたからといって、そんなこと言ったという証拠にはならないじゃないですか。

「そのときのことをちゃんと覚えてる、ということを言いたいのっ!あなたはどうせ私が何を着てたかなんてちっとも覚えてないんでしょ!!」

長年連れ添った夫婦の間ですら、歴史認識の問題はとても難しいのであった。。。
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ペコちゃん、ポコちゃん

2006-03-13 | ネコ的思索
ペコちゃん、ポコちゃんといえば、不二家のミルキーである。

ペコちゃんは明るくてまじめでお勉強もよくできる。ポコちゃんはスポーツ大好きな元気者でお勉強はちょっと苦手。そんな二人がある日、机を並べてテストを受けていた。スラスラ答案用紙を埋めていくペコちゃん。その隣で頭を抱えるポコちゃん。いつもの光景ではあるが、ついに意を決したポコちゃんが、ペコちゃんの肩越しにペコちゃんの答案用紙を覗き込もうとした。それに気付いたペコちゃんが、ポコちゃんをにらんで一言、

「みるきぃ~」

先週から当ブログの更新が滞っていたのは、↑この話を早くブログに載せろとうるさく娘に言われていたものの逡巡していたからです。当ブログのネタとしてふさわしいものかどうか、管理人として悩みました。ご批判は甘んじて受ける覚悟です。

しかし、当ブログの管理人として、人の話をただ鵜呑みにして公開するというような安易なエントリーは書けません。私は、これでも、いつも必要なチェックはした上でブログを書いているのです。そこで、ペコちゃん、ポコちゃんについても調べてみたところ、この話の信憑性について、重大な疑義が発生いたしました。

不二家さんの運営するペコちゃんポコちゃんに関する公式サイト「ペコポコバンク」によると、

ペコちゃんの年齢は「永遠に6歳」、一方、ポコちゃんは「永遠に7歳」と、ポコちゃんのほうがペコちゃんより一歳年上だということが判明しました。ということは、この二人が学校で机を並べてテストを受けるということは、あり得なくはないものの、ちょっと考えにくいことではないでしょうか。

ちなみに、この二人の身長はどちらも100cmと同じで、二人の関係は兄妹というわけではなくて、ポコちゃんはペコちゃんのボーイフレンドだということも判りました。

これらの情報を総合すると、小学校二年生のポコちゃんは一年生のペコちゃんと同じ試験を受けていて、しかもペコちゃんの答案をカンニングしようとしている「とんでもないボーイフレンド」ということになってしまいます。

こんなことではこの二人がティーンエイジャーに成長したときのことが心配です。いずれペコちゃんがポコちゃんに向かって「何を見る気ぃー!」と、ひじ鉄を食らわせる日がくるのは間違いないと思われます。そうなってしまっては不二家さんの営業戦略に大きな支障をきたすことになるでしょう。

ということで、娘が教えてくれた冒頭のお話は、私としては、多分ガセネタであろうと判断せざるをえないのであります。
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【ペコポコバンク】より

●昭和7、8年頃から商品名として温めていた。
●古来から「子牛」のことを「べこ」(全国各地)と言い、また「幼児」のことを「ぼこ」(室町時代)と言い習わしてきた。それを多少西洋風にアレンジしたのが「ペコ」「ポコ」である。
●ペコ(女の子)がまず生まれ、男の子も必要と後にポコが誕生。ポコはミルキー箱の裏側に付けられた。
● ペコの父・母も考えられたが、それでは兄弟、叔父、叔母などはどうするのかという話になり、取り止めとなった。
● そこでペコちゃん、ポコちゃんは「友達」関係ということになった。
●ミルキーの販売促進人形としてではなく、「街のオアシス・不二家」をアピールするために生まれた。
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夢の中へ

2006-02-18 | ネコ的思索
にゃんころりんさんのブログで紹介されていた、超ゆかいなサイトをご紹介いたします。

その名も、夢の中へ

とにかくご覧になって見てください。言いふるされた言葉ではありますが、とにかく 癒されます。
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年男だー!

2006-01-02 | ネコ的思索
新年明けましておめでとうございます。本年もどうかよろしくお願いいたします。

今年は戌年。私は年男です。暮れの忘年会から、「来年は年男だー!」と多くの友人とともに、能天気に気勢を上げて新年になだれ込みました。そんな節目の新年正月に遊びにきた友人が、とんでもないことをぬかしやがったのです。

私「おー、よう来たのー。俺もお前も今年は年男やけん、いいことあるぞー!」
彼「そらそうやけど、あと一回りすれば還暦っちゅうことやろ。俺は別に嬉しくもなんともねーけど」
私「・・・」

私は愕然としました。ショックで言葉がでませんでした。

①そんな計算わざわざする?
②そらそーかも知れないけど、こちらが盛り上がってる時にそんなこと言わなくてもいでしょ。
③どうしてそういうこと思いつくわけ?

まったく思いも寄らぬ彼の一言にお屠蘇気分も吹っ飛び、超高齢化社会の中で、あと一回りで還暦を迎えようとしている自分の立ち位置にふっと思いをめぐらせて、軽いめまいを覚えました。

彼とは小学校1年生の時からの付き合いなので、こういうことを、こういう風にさらっと言う男だというのは重々承知なのですが、今回のこの一発はかなり効きました。

ちなみに彼は、出るとこに出れば泣く子も黙る、バリバリの公認会計士です。
彼自身は多くを語りませんが、彼に引導を渡された会社経営者は少なくないと仄聞しております。

ま、よく考えてみれば、還暦は還暦で大いに目出度いわけだから、その時はその時で、みんなして盛大に祝えばいいのですよね。さっそく気を取り直して、再び気勢をあげるやぶ猫を、彼は何か哀れむようなまなざしで静かにみつめるのでした。。。




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正月飾り

2005-12-17 | ネコ的思索
年の瀬も押し詰まり、この冬一番の寒波が押し寄せています。

本日は例によって奥さんから買い物メモを渡されて、スーパーに買い物に行きました。一番目立つところに山積みになっていたのが、「鏡餅」です。四角い箱に入った簡便セットです。横に積まれているのは玄関に飾る「注連縄(しめなわ)」です。どちらも買い物メモにはのっていませんでしたが、気をきかせて買ってきました。

家に帰って「鏡餅」の飾りを組み立てていると、娘がやってきて、「お父さん、なにしよんの!?」と大きな声を出しました。「いや、ほら、鏡餅・・・」「だ・か・ら、何でお父さんが鏡餅作ってるわけ?!」「えー??」「鏡餅は私が作るって決まってるでしょ。それに、まだ全然早いし。」

ちょっと待って欲しい。父が「鏡餅」の飾りを組み立ててはいけないのだろうか?そもそもこの手の鏡餅の飾りなんて、全然大したことない物で、誰が作るかなんて気にする方がおかしいくらいちゃちな物なんですよ。

全く不条理なその言い分に納得できないでいる私をみて、娘は、「お母さーん、これって私がつくるんだよね」と母に助けを求めた。「そうよね。うちではそれはいつもあなたが作ることになってるのよね」

知りません。そんなことちっとも知りませんて。一体、いつ、誰がそんなこと決めたんですか。「うちでは」って、私は入ってないんですか。

「ほらー、私が作るって決まってるんだから、それ以上お父さんは触らないで」と、鏡餅をしまおうとする。「わかったよ。別にお前が作ってもいいからさ、だけどしまうことないじゃないか。今つくっちゃえよ。せっかくだからさ」というと。

ぷりぷりしながら娘が言うには、「まだ早いの。我が家ではお正月飾りはクリスマスの後って決まってるの!」

初耳である。「我が家」では、そんな決まりがあったのか。

とまどう私の顔を見て、「ね、お母さん」と更なる追い討ちをかける娘。こっくりうなづく母、というか私の奥さん・・・。

買い物メモにのってない物はなるべく買わないようにしよう、と思った。

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19歳

2005-11-29 | ネコ的思索
19歳の次男坊はバイトと大学で忙しいためか、めったに顔を会わせる機会が無い。

と思っていたら、なんと、以前から付き合っていた彼女と、いつのまにかアパートを借りて一緒に暮らし始めていたらしい!知らぬは私だけだったようだ。

コメ、野菜、洗剤など、何かと生活物資を我が家から調達しつつも、家賃や生活費は二人でバイトして折半しているのだそうだ。地元の学校に通っているので、下宿代などの仕送りをせずに済む分、元々こちらは助かっている訳だから、多少の生活物資支援は一向にかまわない。

この事実を聞いて、ふっと思い出したのだが、私が奥さんと初めて出会ったのは19歳になるほんの少し前のことだった。それ以来、幾星霜。お互いただ一筋によくここまできたもんだ。

という話を久しぶりに顔を会わせたときに次男坊に聞かせてやったら。「ありえねー!」と叫ぶ。でもお前、その娘さんと結婚するんだろ、と水を向けると、「絶対ない。それはないっ」と妙にあわてて否定する。はずかしがっているのだろうか。

今どきの若いのは何を考えているのかよく分からない。それにしても、まあ、我々の頃に流行っていた「同棲時代」のような、妙に薄暗い雰囲気はまるでない。むしろ「ルームシェアリング」というくらいの感覚に近いのではないだろうか。

息子は奥さんに「お父さんには内緒にしておいてくれ」と頼んでいたらしい。きっと激怒するに違いないと思ったのだそうだ。勿論そんなことは的外れである。私はそんなことでは、ちっとも怒ったりしない。ただ、奥さんと顔を見合わせて、肩をすくめるばかりだ。
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「遺伝子」と「お金」

2005-10-08 | ネコ的思索
国道沿いのガソリンスタンドでよく目にする看板に「現金歓迎」というのがある。

カード払いではなくて現金で支払ってくれるお客さん歓迎よ、ってことなんだろう。ま、それはそんなものだろ、と気にもとめていなかった。

ところが、ある日某所で「現金様大歓迎」と書いた大きな看板を掲げているガソリンスタンドを発見した。これにはちょっと引っ掛かった。「現金歓迎」というのは現金で支払ってくれる「お客さん」を歓迎しているのだろうと勝手に解釈していたのだが、「現金様大歓迎」といわれると、これはもう、ストレートに「俺たちが歓迎しているのはカネだよ、カネ。お前は単なるお金様の運び屋だ。文句あっか!」という意味だと受け取らざるを得ない。

ここで、世界的に有名な動物行動学者のリチャード・ドーキンスを思い出すのだ。ドーキンスといえば「利己的な遺伝子」だ。

生物の進化のプロセスを個体の視点から見るのではなく、遺伝子の視点から捉え直して、個体は遺伝子が自らのコピーを次世代に残していくための、「乗り物(vehicle)」に過ぎないと主張したのがドーキンスだ。

「遺伝子」というのを「お金」に置き換えると、ほんとに自分という個体は単なる「乗り物」というか「運び屋」に過ぎないのだなあ、と痛感させられる今日この頃であります。。。
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小雪が猫に

2005-09-18 | ネコ的思索
パナソニックの大画面薄型テレビ広告に、小雪さんが猫に扮して登場しています。



http://viera.jp/

ハイ、私、降参しました!

薄型大画面テレビを買える日がきたら、必ずビエラにしますからこのCMずっと続けて下さい。

p.s.
よく見ると、「白黒はちわれ」にゃんこ?
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無事(何事も無く・・・)

2005-08-14 | ネコ的思索
お盆である。東京でサラリーマンをやっている弟が一人息子をつれて帰ってきた。外資系の会社に勤めている奥さんは、まだ休みが取れないらしい。

福岡で会計士をやっている40年来の友人も夫婦そろって帰ってきた。近所に住む姉一家は、横浜で大学に通う長男を連れてやってきた。総勢12人。この酷暑の中、我が家の庭でBBQをやった。

盆と正月は、親戚縁者、古い友人が集う、楽しい期間だ。田舎ならではの濃密な時間がそこには流れる。昔話に花が咲き、近況報告に笑いがはじける。やぼな話はしない。日ごろのストレスをこの時ばかりは忘れることができる。

仕事の話、子供の話、老親の話、そして夫婦の話。

ちびっ子たちは我が家の猫に夢中だった。庭に生えた「ねこじゃらし」を一人一人手に取って、○○ちゃんの鼻先で振り回す。見ていてかわいそうなくらい、飛びつくわ、追いかけまわすわの○○ちゃん。最後は疲れてぐったりしていた。一方、クールな△△ちゃんは高見の見物だ。

今年の夏も去年の夏と同じように過ごすことができた。来年の夏もまた、同じようであって欲しいものだ。
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熱帯夜の攻防

2005-07-20 | ネコ的思索
暑い!!

いよいよ本格的な夏の到来です。日中の最高気温34度、夜は熱帯夜。

寝室のエアコンを巡る攻防がまた今年も始まりました。私はエアコンに弱いのです。子供の頃から扁桃腺をよく腫らす子で、あまりにしょっちゅうなので、ついに小学校4年生の時に扁桃腺の摘出手術を受けたほどです。要するに喉が弱いわけです。

一方、奥さんは、典型的な寒がりの暑がりで、冬は電気アンカを足元に、夏は冷房でキンキンに冷やしたがるタイプです。冬はまだ折り合いがつきますが、問題は夏です。

「冷房止めろ」「え~、あともう少し」「寒い、喉が痛い、寝られん!」「止めると暑くて寝られないわ。お弁当作んなきゃいけないし、睡眠不足になるわ」

まぁ、タイマーをセットしたり、扇風機を使ったりして何とか折り合いをつけるのですが、これは今後も一生続く攻防でしょう。

夫に先立たれた老妻が、「あぁ、そういえばもうエアコンのつけ方、気にする必要ないんだわ」と気づいて、夫の不存在を改めて実感し、寂寥感に襲われたという話を聞いたことがあります。今はぶつぶつ言っている私の奥さんにも、いずれこのことを懐かしく、また寂しく思い出すときが来るのかも知れません。

「そんなムシのいい話し本気で信じてんの、バッカじゃないの」、と冷水をかけてくれるのが、下の調査結果です。

<引用開始>
「マーケティング会社『シニアコミュニケーション』(東京)が、50歳以上の600人に寝室について尋ねたところ、『寝室は夫婦同室がいい』は46%にとどまった。『すでに夫婦別室で寝ている』が40%、『今は同室だが今後は別室にしたい』は14%だった。 男女別でみると、『今後は別室に』は男性は9%だが、女性は22%もいた。女性に別室希望者が多いようだ」
<引用終わり>


はたしてウチの奥さんの本音やいかに...?!
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猫の気持ちが判る!?

2005-06-28 | ネコ的思索
三島由紀夫のお父さんという人は「犬派」だったらしい。猫好きだった三島の飼い猫のエサに鉄粉を混ぜて死なせてしまおうとまで画策した「猫嫌い」の「犬派」だったという。

東京帝国大学で岸信介と同期だったこの父親は農水省の役人だったわけだが、大蔵省の役人に頭が上がらなかった経験から、三島を無理やり大蔵官僚にしてしまう。親の仇をとってこいというわけだ。小説家志望の三島に役人生活は耐えられなかったようで、1年ともたずに大蔵省を辞職して小説書きに専念することになった。

その後の三島の名声についてははここに記すまでもないが、ある時三島は父親にこう言ったそうだ。

「お父さまは犬と同程度のアタマで、猫のあの微妙複雑な心理なんかとてもむずかしくて判らないだろう」



猫の心理を理解するのには三島なみの天才が必要なのであろうか。もちろん、私などのような凡夫には猫の気持ちなど、とても計り知れないところがあるが、うちの奥さんなどは、何の問題もなく普通に理解できると豪語してはばからない。奥さんと三島とでは多分ネズミとゾウくらい脳みその重さが違うのではないかと思うがそれでも猫の気持ちを理解していると信じている点については、あるいは同じくらいの境地に達しているのかもしれない。

そもそも猫の気持ちや心理なりを理解できているかどうかをどうやって判定するのか。猫に訊いてみるわけにはいかないのである。従って、「猫の気持ちが判る」と自ら信ずるかどうかが唯一の判定基準となる。ずい分手前勝手な話ではある。

この点において戦後日本が世界に誇る文豪三島由紀夫と、うちの奥さんはまったく共通の手前勝手さを発揮しているというべきである。恐るべき自信である。

人間の側の勝手な思い込み、実はこれこそが猫にとっては大迷惑のもとである。猫飼いたるものこの点にしっかり留意して、軽々に「私には猫の気持ちが判る」などと言わないようにしたいものだ。それを言うなら、「気持ちが判ると思わせてくれるお前(猫)はニクイやつ」くらいにしておいた方がヨリ正確ではないだろうか。
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大法輪寺の学法さん

2005-06-25 | ネコ的思索
私が尊敬しているお坊さんに大法輪寺の「学法」さんという方がいらっしゃいます。

『葬式仏教が真実なら 私は坊主をやめる!』 と豪語し、檀家制度を否定。「お釈迦さまの教えは本来一つ」として無宗派をつらぬく信念の人です。

学法さんのホームページの中の「学法独り言」は毎日更新される痛快(毒舌!?)な読み物で、知る人ぞ知る人気コラムです。

その学法さんに、奥様とお子さんが選んだ「父の日」のプレゼントがこれ。



「ひざまくら」!!

最近は個展を開いたり、テレビに登場したりで、疲れがたまっていたのでしょう。ご家族ならではの、実に愛情あふれる素晴らしい贈り物じゃありませんか。

独りものならいざ知らず、普通、こういうモノはなかなか自分で買うわけにはまいりません。その点、学法さんはなんという果報者かと、うらやましい限りです。こんどお邪魔した折にでも、是非ご利益にあやからせていただきたいものです。

これでゆっくり疲れをとっていただいて、元気100倍。今後益々の大活躍を期待しております。
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