奔放堂 猫叉屋

発達障害、性別違和、ひきこもりなどを持つ人間のお店。

第52話 ジャズに合わせて【改稿版】

2019-12-28 18:24:49 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
結局みんなに心配され、ノアに「泣かしちゃいましたー?」とからかわれた氷矢が「バカ野郎! 俺が泣かすわけ……おい小豆! 泣きやめ!」と、軽く怒鳴り、どうしてか面白くて、私は吹き出してしまった。
涙を拭いながら笑っていると、ほんのりと頬を赤らめて、ふんっと顔を逸らした。
こんな時に限って鈍感な奴……。
でもそんなところも好きだな、と思っていたら、城の方から声が聞こえてきた。

「只今より、各舞台上にて、様々な職業がパフォーマンスを披露します! どの舞台上にどのような人が来るかは秘密! 興味のある方は、探してみてください!」

スピーカー越しのそれに、残った涙を拭ってくれたアヴァが、母親らしい笑みを浮かべて、「見に行きましょう。」と言ってくれた。
変に泣いてしまって申し訳ない、と思いながらも、子供のように小さく肯き、また歩きだした。
でも舞台って、どこにあるんだろう。
屋台しか見かけなかったけど……。
そう、辺りを見渡しながら歩いていると、左側から歓声が聞こえてきた。
おっとアヴァと顔を見合わせ、駆け足でそこに近づいた。
屋台のあいだにある簡易的な舞台。
そこには、獣使いと吟遊詩人が、自分の得意分野を生かしてパフォーマンスを披露していた。
三味線の音に合わせて、獣使いが様々な動物達と一緒に、優雅に舞っている。
先程の演舞とは違う、ゆったりとしたものだ。
そのせいか、カップルがまあ多い。
なぜかくすくすと笑うノアの頭を軽く叩き、振り返った。
赤い瞳と眼が合い、私は妙に心が躍った。
泣いたせいだろうか、どぎまぎする感覚はなく、ただ蕩けるような気持ちが渦巻いている。
でも彼からしたら、意味が分からないよなと、すぐに逸らした。

「どーするー? 流石に邪魔するのも悪いし、大人数で見るにはちょっと静かすぎない? 他の、探す?」

エマの提案に、ややあってみな肯き、静かに立ち去った。
氷矢と二人だけで見てみたい気もするけど……。
ああダメダメ、好きなのはもう否定しないけど、告白とかそういうのはまだ、あれだから……。
と、胸中でかぶりを振っていたら、聞き覚えのある曲が流れてきた。
ふっと顔をあげる。
吟遊詩人が数人、異国の服に楽器を持って、愉快に演奏していた。
すぐに合点がいく。
ジャズの有名曲だ。
だがアヴァとエマは知らないようで、知識人のノアから軽く教わっていた。
この世界にもあるんだなと、妙な感動を覚え、音に耳を澄ました。
軽快で、それでいてしっとりとしたそれらに、自然と心が安らぐ。
また現実世界と同じように、夜の都会を車で走りたいな。
私は運転できないから……それこそ、氷矢に。
まあ、この世界じゃ無理か、と思っていたら、ぐっと腕を引かれ。
伏せていた眼をあげた。
そこには、舞台上にいたはずのサックス奏者が、サングラス越しに促してきた。
ふっと、横を見る。
氷矢も少し驚いた表情で、ピアノ奏者に手を引かれていた。
なんなんだろう、と思いつつもついてゆき、舞台上にあがる。
と共に、歓声があがり、理解が追い付かないまま笑顔を見せて、手を振り返した。
なんだろう、呼ばれた理由は分かるけど、と思っていたら、先程のサックス奏者が小声で言ってきた。

「お二人さんで踊ってくれないかい? 無理なら無理って言ってくれて構わない。」

少しびくりとしてしまったが、私は特に問題もなく、ただ右にいる氷矢に視線をやった。
同じように言われたのだろう彼は、一つおいて小さく肯いた。
模擬戦でも支障はなかったし、こんなぱっと見満身創痍な奴でいいのなら……。

「わかりました。やりましょう。」

私は幾らでも、構わない。
サックス奏者が戻ってゆき、掛け声と共に演奏が再開した。
軽く息を整え、彼に視線をやる。
流石は有名人だ、臆することなくこちらに来る。
ジャズらしい優雅な曲調に、気持ちを切り替えて踊り始めた。
右手を繋ぎ、音に合わせて足を動かす。
和服なのが惜しいなと思いつつ、ふっと視線をあげた。
僅かに俯いた彼の顔は近く、心が蕩けるような気持ちで溢れた。
私の気のせいだろうか。
微かに氷矢も、そんな感じがする。
右手を握る手は優しく、不慣れな私を巧く誘導してくれている。
無論、それに合わせてくるりと回り、また近くに戻ると、ちらりと視線をくれた。
優しい色。
穏やかな赤い瞳に、ふっと口角をあげた。
すると急に押され。
必然的に私が反る体勢に。
へ? と思うが、腰に回った腕がきちんと支えてくれ、表情をなんとか保てた。
元に戻ると、すっと視線を外された。
今まで平気だったはずなのに、かあっと身体があつくなる。
ジャズの優雅な音に自分の心拍数が重なる。
踊り自体は至って普通だ。
なのに全部彼に誘導されている気がして……。
演者なのに、酔いしれていた。
軽く腕を引かれる、目配せをくれる、全体で促してくれる。
ダンスをやったことがない私でも、綺麗に動けた。
これが終わってもまた、彼と一緒に踊りたい。
そんな蕩けた気持ちに、静かにパフォーマンスは終わった。
最後は少し大胆に、彼に高めにだっこされて。
こんな身なりのまま、観客に投げキッスをやった。
一気に声があがるなか、とんっと舞台上におりる。
やっぱり頬を微かに赤くしており、「くそ、お前のせいで暑くなった……。」と呟くように言われた。
吹っ切れたせいか、そんな氷矢にふっと口角をあげ、「へんたい。」とだけ言い、前に出て頭をさげた。

「ありがとうございました。」

それに連なる拍手と口笛にへにゃりと笑い、左を見た。
然し視線もくれず、早々に舞台から降り、慌ててついていくかたちとなった。
微笑ましい笑い声に押されながら、三人のところに戻った。
勿論褒められ、そして付き合ったらどうのの話に移り変わっていった。
どうにかなってしまったのだろうか。
身体があつくなる気もなく、強い否定もできない。
ただ、氷矢はそっぽを向いて、固く口を噤んでいた。
彼らしい反応に、心がきゅうっと締め付けられる。
なんか、もう、私氷矢の事が大好きなんだな。
認めよう。
うん。
それにさっきまでのあの眼つき。
凄く優しかったもん。
私にだけ向けられた色、雰囲気。
どこかで告白できないかな、と思っていたら、スピーカー越しの放送が空気を揺らした。

「グリッド海岸にて、花火師による打ち上げ花火を開始します! 時刻は九時四十分からです!」

花火、その単語に眼を丸くし、懐中時計を取り出した。
針は九時三十分を指しており、顔をあげながら告げると、急にわちゃわちゃしだした。
先に走りだす三人に、足を踏み出す。
然し止まったままの氷矢に、すぐに歩みをやめた。
俯いたままの彼に、「……いこ?」と小首を傾げる。
それでも動かない。
はあ、と溜息を吐き、手をとった。
ふっと顔をあがる。
今まで以上に驚いた、それでいて柔らかい表情に、微笑みを返した。

「いこ、氷矢。」

放送によって人の流れが変わりだす夏祭りのなかで、私と氷矢だけは、静かなゆっくりとした空間にいた。
ややあって、ふっと無表情に戻ると、歩きだした。

「バカが。」

すっと手を離し、隣に立って歩きだす。
もう夏祭りも終わりなのかな。
どうせなら、このあいだに告白したい……。
そう思いつつ、首都の南にある海岸に、向かった。
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第51話 惚れたはれた【改稿版】

2019-12-26 17:12:25 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
それぞれのお面をつけ、食べ物の屋台に吸い込まれてゆく。
そのなかで、ノアがリンゴ飴を見つけた。
エマも食べたいと言いだし、どういう訳か、誰が奢るかをじゃんけんで決めることになった。
いや私、殆ど金ないんだけど。
一応後々のために、千円程度と小銭は残したけど……。
まあいいかと諦め、エマの掛け声に合わせて手を出した。
私と氷矢以外は楽しそうだ。
そんなに盛り上がることか? と思っていたら、今度は結果が出た。
私、氷矢、アヴァはパー。
然し残りの二人はチョキ。
一番食べたい二人が勝ってしまい、私達は顔を見合わせ、微苦笑を浮かべた。
食べたくない側が残るとか、罰ゲームすぎだろと思いつつ、私が掛け声を言う。
と、アヴァがパーを出し、勝った。

「やったわ!」

喜ぶ彼女に、さっきから同じ手を出す氷矢を、横目で見た。
だが相手も同じなようで、軽く睨まれた。
ええ……と思いつつ、ノアに促され、二人でじゃんけんをすることに。
無論、最初から勝ち負けなどどうでもいいと思っているため、勢いはない。

「さいしょはグー。じゃんけんホイ。」

パー、パー。

「あいこでしょ。」

グー、グー。

「あいこでしょ。」

チョキ、チョキ。

「あいこでしょ……。」

グー、グー。

「しょ。」

パー、パー。

「しょ……!」

チョキ、チョキ。

「しょ!」

グー、グー。

「しょ!」

チョキ、チョキ。

「しょぉ!」

パー、パー。

「わかった! 私が払う!」

財布を出しながら、屋台に向かう。
氷矢は何か言いたげだったが、無視をしてお爺さんに二個注文した。
まあ、百円一枚で済んだからいいけど、なんかムカつく。
リンゴ飴を頬張る二人と、その横に座るアヴァを眺めながら、右にいる氷矢に「後出しとかしてないよな。」とぶっきらぼうに問いかけた。
いつの間にか買ってきた唐揚げを片手に、「んな馬鹿なことしてねぇよ。たまたまだろ。」と答えてくれた。
ああそうと思いつつ、ちらりと視線をやる。
左手に支えられたコップを見つめ、じりーっと右手を伸ばす。
然しふいっと避けられ、「自分で買え。」と冷たく言われた。
そんな彼に視線をやりつつ、右手をぶらぶらとさせる。

「けち。」

然し一度も眼を合わせてこず、唐揚げを食べ続ける。

「知らん。」

少しくらいくれてもいいのにと、胸中で頬を膨らませ、懐から懐中時計を取り出した。
針は既に八時半頃を指しており、静かに秒針が動いていた。
それなりの時間が経ったなあと、蓋を閉め、戻しながら辺りを軽く見た。
夏祭り、いつまで続くんだろう。
なんか、永遠と続いてほしい気もする。
というか、こうやって平和ボケできる日が、続けばいいのに……。
淡い光を放つ提灯から眼を離し、顔をさげた。
すると奥から走ってくる者が一人。
爽やかな色合いの着流しを来た男性で、明らかにこっちに向かってきている。
ファンかなーと思いつつ見ていると、息を切らして止まった。
爽やか系のイケメンだなあ……。
私は好きじゃないけど。
と、どうでもいいことを胸中で垂れながら、笑顔を見せながら手を出してきた彼に、少し驚きながらも右手を這わした。

「凄いファンなんです!」

声もイケてるけど……うーん、私は好きじゃない。
まだアイザックの方が好みだなあと思いつつ、お礼を言った。
まあ、好青年なファンは嬉しいね。
と思ったのも束の間、手を握ったまま、私の顔が引きつるようなことを、言いだした。

「本当……凄い好きで……あの、この間発売された写真集も全部持ってて、フィギュアとか、カードとか、ポスターとか、本当全部持ってて、全部部屋に飾ってるんですよ。もう天井とかにも貼ってて、寝る時とか、いつでも九条たん……あ、いや九条さんのお姿が見れて……。」

一気に怖気が這いあがってき、まるで起爆スイッチかのように、嫌な記憶が脳裏を駆け巡りはじめた。
胃酸が渦巻く、身体が強張る。
ヤバい、完全にあのストーカーのせいで……恐怖症になってる……!
何とか笑顔を保ちつつも、倒れそうな心持ちに、悟られない程度に深呼吸を繰り返した。
時。
肩に、ふわりと感覚が走る。
彼の左腕が回ってきた、のか……?
少し重たいそれのあとに、ぐっと寄せられ。
思わず従ってしまった。
着流しを挟んで伝わってくる、あつくしっかりとした身体に、恐怖は一瞬掻き消え、同時に笑顔も消えた。
顔を見上げる。
少し怒りの色がある。

「うちの家内なんで、やめてくれませんか。」

わざと低く作った声に、男性が恐怖を見せる。
然し私だけ、混乱の最中にいた。
ただ何もしなくていい、この人に任せればいいとだけ……。

「お宅みたいな奴にトラウマを抱いてるんですよ。だから、やめてくれませんかね? 俺の事、知らねぇようだけど。」

冷たく突き刺すような声音に、眉根を寄せながら、右手で氷矢の身体に触れた。
作戦は分かった。
夫婦のフリをすればいいんだ。
相手は私に恋愛感情を抱いているし、とてもじゃない限りはこれで退いてくれる、はず。
だから早くしてくれ。
怖さもあるが、恥ずかしさもあるんだ。
もうどうにかなりそうなくらい……。
あついし、たえられない……!
と、ぎゅっと着流しを掴んだ時。
男の手に、きらりと光る物が、一つ。
ナイフだ。
くそ、コイツ……!
私と氷矢が同時に動きだそうとした時、突進してきた。
だが流石は素人、僅かな躊躇いもあり、隙が多い。
氷矢が右に行ったと同時に、その場で大きく跳躍してみせた。
驚きの声をあげながら、下を通り過ぎてゆく。
なんだ? 私が好きだと言うわりに……。
まあいい、ダウンさせるまで。
着地と同時に、振り返りながら右足の蹴りを入れた。
踵がこめかみに当たり、一発でノックアウト。
どさりと倒れるそいつに、ふっと息を吐きだした。
然しぺしりと軽く頭を叩かれ、なんだよと左を見る。
呆れた面持ちの氷矢が、「だから素人に手ぇ出すなって……。まあ今回は刃物持ってたから、一応正当防衛には入るだろうけど。」と、言い置き、男を邪魔にならないところに捨てた。
むうっと思いつつ、三人の心配の声に振り返る。
大丈夫大丈夫と右手をひらひらとさせ、またリンゴ飴に戻った彼らから、笑顔を消した。
あつかったところが、冷たく感じる。
当の本人は、何事もなかったかのように、また唐揚げを楽しんでいる。
三人もいつも通りで、妙に疎外感を覚えた。
なんか、私だけ敏感になって、私だけ気にしてて……。
みんなに背中を向けて、夜空を見上げた。
星屑が見える。
どうして急に、氷矢に対して慌てるようになったんだろう。
抱っこもされたことあるし、何ならお互いに抱き合ったこともある。
氷矢とは……イーサンとは何度も触れ合って、接してきたはずだ。
なのに、なんで今更?
確かにカッコイイし、ちょっと竜と重ねて見てしまうこともあるけど……。
付き合うとか、そういう……。
なんで急に、恋とか意味の分からないものを意識しはじめて、然も抱きはじめるんだ?
いつもと変わらないはずだ。
周りから熟年主婦みたいだって言われる、いつもの関係と変わらないはずだ……。
アヴァと親子みたいな関係性を結ぶ、それと何も、変わらない。
はずだ……。

「小豆。」

唐突に呼ばれ、肩が飛び跳ねる。
氷矢の声だ。
あつくなる。
振り返ることもせず、右手を握り締める。

「なに。」

なぜか妙に、声音が冷たくなる。
恥ずかしい、から……?

「風邪でも引いてるんじゃねぇか?」

予想外の返答に、言葉が詰まる。
だが次の台詞に、私は咄嗟に言い放ってしまった。

「さっき、すげぇ体が熱かったし、顔も赤かっ──」
「察しろ!」

バカな事を、口走った。
察しろって、普通無理だろ。
氷矢にはそんな感情なんてないだろうし、そもそもあんな愛とか恋とか分からなそうな奴に……。
ああ、反応が怖い。
歯を食いしばり、夜空を見上げる。
刹那。
右腕に、感覚が走る。
はっと、眼が丸くなる。
恐る恐る、右を見た。

「何思ってんのか知らねぇけど、さっきのは流石にやりすぎた。何か俺も恥ずかしくなったし、お前も本当は嫌だったんだろ?」

……ねえ、馬鹿。
なんで無理して笑うの?
なんで微笑むの?
きゅって、心が痛くなる。
どうしてかは分からない。
けど視界が歪み。
涙が頬を撫でる。
なんで泣くんだよ。
氷矢が私のために無理して微笑んだから……?

「小豆……?」

右手が自由になり、思い切り腕で両目を覆った。
なんで……。

「おい、小豆? はぁ……めんどくせぇ奴だな。」

そうだよ、私、めんどくさい奴だよ。
なんで、女面してんだよ。
乙女になりやがって……。
なんで……。
私もう、恋愛とか興味ないって思ってたのに……。
エロとか大っ嫌いなのに……。
なんで……。
氷矢に抱かれたいって、思うのかなぁ……!
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第50話 ヨーヨーとお金と不可思議【改稿版】

2019-12-26 14:39:17 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
元勇者御一行は佐藤さんを追い、私達は先程と同じように歩きだした。
少しわちゃわちゃとはしたが、またいつもの賑やかさに戻った街中で、一つの屋台を見つけた。
これまた懐かしい、ヨーヨー釣りだ。
程々の難易度で楽しめるから、射的の次に好きだったものだな。
と思いつつ、五人全員、一人ずつ十五円を払い、ビニールの安っぽいプールに、取り囲むように腰をおろした。

「切れたらそこで終了だかんねー! もしもう一回やりたいってんなら、十五万積んでくれよぉー!」

けたけたと笑う、姉御肌っぽいお姉さんにツッコミながら、その掛け声と共に、みな一斉に動き始めた。
やはり忍者なだけある。
エマの凄まじいスピードに、ひしめき合うヨーヨー達が消えてゆく。
然し、氷矢とノアの的確で素早い動きも加わり、減り方は私を慌てさせる。
負けてられないと意気込み、輪っかのなかを狙って、的確にとってゆく。
早くしないと、切れやすい紐が耐えきれなくなる。
ノアに何度か横取りされながらも、最後の最後には、私とエマが残り。
全てのヨーヨーを吊り上げた。
意外と早い段階で氷矢の方は切れていたらしく、「あ、なくなった。」と顔をあげた時、眠たげな眼とあった。
その、少しセクシーな面持ちに、すぐに顔を逸らした。
なんか夏祭り始まってから、氷矢が私のことばかり気にかけているような……。
き、気のせいかな……。
と、一人違う世界にいると、「いやぁ……さっきも屋台から飛び出して見てたけどさぁ……やっぱ勇者御一行ってのは凄いねぇー! いいもん見せて貰ったよ!」というお姉さんの明るい声が聞こえ、現実に戻ることができた。
もう、考えても意味なんかない。
元々ちょっと過保護な奴だし。
そういうもんそういうもん。
お姉さんの掌に、最後に千切れた釣り竿を乗せる。
大量にゲットしたヨーヨーは、ビニール袋につめられ、またもや氷矢が受け取った。
そう、こんなふうに。
謎に過保護なだけ。
去り際のお姉さんの楽しそうな声に、また現実に引き戻されながら、軽く手を振り。
ビニール袋から赤いヨーヨーを取り出して、みょんみょんしながら歩いていた。
然し、アヴァの悲し気な面持ちに、足をとめた。
俯く彼女に、名前を呼ぶ。
周りのみんなも、それぞれとまった。
ややあって、少し顔をあげた。

「みんな速すぎて私……ヨーヨー取れなかった……。」

同情を誘うような声音に、あっと私達は固まり。
ややあって顔を見合わせる。
そういや、アヴァのこと気にしてなかったな……と思いつつ、氷矢の方を見た。
ら、なぜか背中を向けて、無言でみょんみょんしだした。
え、なに?
俺は悪くないアピール?
俺は知らないぞアピール!?
本当、たまに変なことするよね……。
溜息を軽く吐き、アヴァに向き直った。
何にせよ、私達が盛り上がりすぎて楽しめなかったみたいだ。
次はきちんと楽しめる屋台を探そうと、色々と提案してみる。
然し、私の言葉を遮って、アヴァは矢庭に指を指した。

「じゃあ……あれ買って。」

指されたのは、私の後ろ。
そのまま振り返る。
だがそこには、なぜか高級チョコレートが並ぶ屋台があり、思わず眉根を寄せた。
世界的にも有名な、高級チョコレート店。
それが、えっと……屋台……?
なんで?
と思いつつも、前々からそのチョコレートを食べたいとアヴァが言っていたのを思い出す。
まあ、勇者だし、一応高給取りではあるけど……。
心は庶民のままだ。
丁度その屋台の方を向いていた氷矢は、私を一瞥したあと、静かにみょんみょんするのをやめた。
名家出の彼でもこの反応だ。
高いし、なにより異様すぎる。
和風な夏祭りに全然馴染んでないよ。
なんてツッコミたい気持ちを抑え込み、仕方ない、アヴァのためならと、彼女の手をひいて、妙な存在感を放つそれに向かった。

「いらっしゃいませ。」

夏祭りの屋台に似合わぬ、紳士なお兄さんに、アヴァが早速注文を寄越した。

「これ、頂けないかしら?」

すっと差された方に、視線をやる。
チョコレート十個入りのものだ。
王家が負担してるし、通常よりも安いだろうと思いつつ、値札を見た。

「ご……。」

然し、そこには五千円ちょいの値段が書かれており、言葉が詰まった。
え、待って、王家が負担して……。
思考が徐々に停止していくなか、察したのか、お兄さんが答えてくれた。

「元は七千円でございます。」
「な……。」

声が掠れてゆき、もう復唱するのも嫌になった。
チョコレート十個でか、と言いたくなるが、ここのチョコは世界一だ。
本物の高級品、セレブがちょっとした楽しみに買う程度……。
いや、私の経済力から見たら安いのだが、庶民の心は深く根付いている。
物凄い抵抗感を覚えながらも、アヴァのためならばと、財布を開いた。
然しなかには三千円程。
全然足りないと思い、振り返って三人を見つめる。
エマは困り眉のままかぶりを振った。
ノアも同じく。
残るは氷矢だけだ。
だが無反応。
なにそのムカつくポーカーフェイスは!
むっと眉根を寄せ、財布を振って訴えかける。
すると溜息を吐きながら、何気に手荷物いっぱいの彼がやってきた。

「幾ら?」
「五千ちょい。」
「ごせっ──」

思い切り言おうとした氷矢の口を、財布をしまいながら右手で抑えた。
左にいるため、必然的に近くなる。
色白の肌に吊り合う綺麗な顔に、ふっと視線を外し。

「いいから、二千円だせ。」

低く言うと、何かもごもごと文句を言いつつ、素直に二千円を出してくれた。
それを受け取り、硝子の棚のうえに置き、自分の財布からも三千円と小銭を出した。
お兄さんは終始笑顔で対応してくれ、高級そうな紙袋に入れると、アヴァに手渡した。
本当に値段と吊り合う物なのか? と思いつつも、ぱあっと笑顔になった彼女に、微苦笑を見せた。
まあ、いいか、喜んでくれたし。
氷矢は……ちょっとむっとしてたけど。
でももし付き合うことになったら、彼かしたらお義母さんになるんだよな……。
なんかこっぱずかしいなと思いつつ、ノアの提案で、お面屋に行くことになった。
夏祭りの醍醐味の一つでもあるそれに、ヨーヨーをみょんみょんさせつつ向かった。

「いらっしゃい。おや、いい男じゃないかい。」

早速お面屋の店主が、イケメンの氷矢に口角をあげる。
少し怪しい感じのするお婆さんだが……いつまで経っても乙女な人は、大体陽気な性格をしてる。
ほっとくかと、他の三人と共にお面を物色した。
この国にも妖怪というものはある。
というか、魔術にそういうのがいるらしい。
本当かどうかは分からないが、鬼や狐などのお面も、祭りの灯りを反射しながら、ぶらさがっていた。
と、アヴァが少し背伸びをして、黒い鴉天狗をとった。
氷矢かなと一瞬思ったが、どうやら違うらしい。
私のところに来ると、ふっと柔らかい笑みを見せた。

「カッコよくて賢くて強い。だからこれかなって。しなやかな感じとかね。ああでも、狐とはまた違うのよ? なんか似てるけど……。」

少ししょぼんとするアヴァに、「ありがとう。」と言い、そのお面を受け取った。
ぱっとまた笑顔になる。
純粋というか何というか……可愛い人だなと思いつつ、逆に私も探し始めた。
猫好きだし、そういうお面があったらいいな、と視線を巡らせていたら、一番下にデフォルメされた猫がぽつんといた。
少ししゃがみ、鴉天狗の紐を手首にかけ、それを取った。
三毛猫のデザインで、他のものよりも幾分か可愛らしく作られている。
アヴァにぴったりだなと、振り返って渡すと、更に笑顔を咲かせた。
それに彼女の過去を思いだしながらも、お礼の言葉に軽くかぶりを振った。
ややあってふと気になり、お婆さんと氷矢の方を見た。
うん、そいつの手を触りながら笑みを見せるのはいいけど、もっと愛想のいい奴を選びなよ……。
表情もない、反応も適当、そんな奴に紳士的な対応なんて出来ない。
なんだか気の毒に思いつつも、エマとノアに視線を移した。
エマはアヴァにあげた猫とは違い、妖怪らしい顔つきで、ノアは龍のお面をつけていた。
何となく分かるな、と思いつつ、氷矢を一瞥し、商品に向き直った。
夏祭りだからいいけど、何も無い夜の神社で見たら、凄い怖いだろうな……。
なんて違うことを思いつつも、一段二段と、上から順に見てゆく。
鬼でもない、狸でもない。
けど冷静でカッコよくて賢い。
それこそ、鴉天狗のような……。
あ、狐だ。
中央にあるそれに、右手を伸ばす。
白に走る赤い口と、細長いツリ目。
若干笑っているようにも見える狐のお面を、静かに手にとった。

「イーサン君らしいですねー。」
「少ししか話してないけど、そんな感じがする。」
「ピッタリだわ。」

後ろからの声に、ふっと右を見た。
赤い瞳と眼が合い、狐と重なる。
筋肉量で言えば鬼に近いけど……でもやっぱりこれが一番だなと、彼に近づき、適当に頭にかけてやった。
慌てて左手で受け止める氷矢に、お婆さんが反応する。

「流石はねーちゃんだねぇ。このにーちゃんは、狐様のように頼りになる人だよ。絶対に別れるんじゃないよ。末永く幸せにな。」

にやりと口角をあげ、氷矢から手を離した。
不思議な雰囲気を持つ人。
だけど悪い気はしないなと、お代は幾らですかと問いかけた。
然しかぶりを振り。

「こんな老い耄れに金なんぞいらぬ。ワシャあ、久し振りにいい人間に出会えただけで嬉しいわい。」

意味深長な言葉を告げた。
ん? と小首を傾げると、私の眼を見たまま少しおき。
ややあってふっと笑い、視線を伏せながら答えてくれた。

「ふん。本当なら教えたくないんじゃが……まぁいい。教えちゃる。ワシはな、“数百年前の妖怪じゃよ。闇魔道士さね。”本当のあやかしになっちまった、哀れな老い耄れさ。」

けたけたと笑い、再度視線をくれた。
どういうことだと、私達は顔を見合わせ、互いに首を傾げる。
ややあって徐に戻す。
然しそこにはお婆さんの姿も、お面の数々もなかった。

「え……?」
「消えた?」

私の呆けた声に続き、氷矢が訝しげに屋台があった場所に立った。
ノアが跳ねてみても、何も起こる事はない。
魔術の類ではないのか。
最初からそこには何もなかったかのように、夏祭りの賑やかさは私達を包んだ。

「まぁ、何か凄い人だったんじゃない?」

だが、エマの明るい声に、そういうもんかなと顔を見合わせ。
また屋台の並ぶ道を、歩きだした。
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第49話 佐藤さんは頭を抱えてます【改稿版】

2019-12-20 18:39:19 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
地面を蹴り、春風さんの方に向かう。
だが、余裕綽々の笑みで、眼前から消えた。
慌てて右足を出し、振り向きながら、斜め上を見た。
ら。
手裏剣を持った春風さんが、不敵に笑っていた。
すぐに刀を動かし、足元を固定させながら、降ってくるそれらを弾いていく。
武器は通常よりも軽く、妙な感覚だが、いつもより気楽に戦える。
徐々にあがっていく口角に、周りの歓声が連なった。
最後の一つ。
弾き返す。
と共に。
頬を掠ってゆくもの、あり。
眼を丸くしながら、舞い上がる前髪に、背後からの悲鳴を聞いた。
掠ったものの感触は、あの日のものと同じ。
矢だ。
歯を食いしばるように、強い笑みを見せながら、次を構えるレオナルドさんを見据える。
だが、その横から、こっそりと父親を狙う息子が一人。
いたのだが、上から来た春風さんのせいで、氷矢の注意がそちらに向いた。
時。
迫りくる次の矢。
集中し、全神経を使って。
右に顔を傾ける。
通り過ぎてゆく。
と同時に地面を蹴り、一気に距離をつめる。
刀を握る右手に力を入れ、その優し気な赤い瞳を、見つめ返した。
が。
軽い音を起てて、頭に衝撃が走る。
足を踏み出してとまると、血糊がデコの方から流れてきた。
にっと笑うレオナルドさんに、やられた、という風に顔を顰めた。
矢は消えたが……まさかこのスピードで額を狙ってくるとは。
やはり歴戦は違うと、歓声のなかから聞こえてくる、「負けるなー!」という声に、血糊を軽く拭った。
余裕綽々なレオナルドさんに、口角をあげる。
刹那。
その首に、矢が刺さった。
同じく血糊を流し、ややあって本体は消えた。
驚いて右を見ると、春風さんに狙われながらも、もう一度構える氷矢がいた。
鋭い眼つきに、私よりも早く痛がってみせる。
然し、背後から忍び寄るくノ一に身体が動き、刀を握り締めながら、一気に駆け寄り。
ぎりぎりで、その双剣をふせいだ。
やるじゃない、というような表情に、強く歯を食いしばり。
そのままないだ。
然し流石はくノ一だ。
バランスを崩さず、とんとんっと地面に着地した。
後ろにいる氷矢は……もういない。
レオナルドさんを相手にやっているのだろうか。
なんにせよ、私は呼吸を整え、集中した。
途端。
次は大剣が飛んできた。
思わず声が漏れ、慌てて地面を蹴った。
脚を限界まで折りたたみ、跳躍する。
きちんと跳んだわけではないため、いつもより低い。
そのせいか、ぎりぎりを通っていき、地面の上にからんと落ちた。
ややあって私も、重力に従ってゆく。
ゆっくりと脚を伸ばし、着地する。
と共に。
次は甲冑を来た巨体が、拳を握り締めてやってきた。

「え、ちょっ……佐藤さん!?」

武器はともかく、肉体は偽物じゃないだろ!
そう叫ぼうかと思った時には。
髪が舞い上がり、眼前で大きな拳がとまった。

「吹き飛ぶふり、出来るかね?」

早口で小さく言う佐藤さん。
その有無を言わさぬ、然し優しい眼つきに、左側を庇いながら、まるで吹き飛ばされたかのように動いてみせた。
どさりと、右肩から着地する。
そして如何にもな苦しみ方をし、息を切らしながら、徐に瞼をあげた。
そこには、他の演舞があった。
灰色の巨人になったノアは、サリヴァンさんの魔法に応え、時々当たるふりをし、時々属性を考慮した変身をしてみせた。
偽物をつくれない、本物同士の争いは、壮大な、かつ幻想的な雰囲気を醸し出していた。
然し、素人であるアヴァは大丈夫なのだろうか。
と思ったが、春風さん相手に、棒術で応戦していた。
然も緊張している素振りもなく、随分と慣れた様子で。
護身術を習っていた、というのは聞いたことがあるが……。
まさか棒術までできるとは思わなかった。
然し、そんなアヴァと、更に手強いだろうエマを、笑みを見せながらいなしていく春風さんには、見惚れてしまう。
流石は元勇者御一行の一員。
援護組とは言え、その実力は半端ない。
と、そんな悠長なことはしていられない。
大剣を手にやってくる佐藤さんに、刀を使いながら立ち上がった。
応援の言葉は熱くなり、辺りを包み込んでゆく。
大体の対戦相手が決まったのだろうか。
レオナルドさんと氷矢。
ノアとサリヴァンさん。
アヴァ&エマと春風さん。
そして。
私と、佐藤さん。
刀を握り締め、背筋を伸ばす。

「派手に出来るかね?」

穏やかな笑みと声音は、黒く光る鎧と、無数にある傷痕に似合わない。

「左側は、狙わないでくださいよ。」

反対に私は、吹っ切れたように、口角を吊り上げる。
模擬戦とは言え、先代との戦いだ。
集中しろ、私。
そう、じりじりと姿勢を低くし、足を退いてゆく。
佐藤さんは動きを見せない。
見つめてくるのみ。
どちらから仕掛けるか。
きっかけを掴むか、きっかけを与えるか。
刹那。
大剣を持つ左手が、ぴくりと動いた。
と同時に、本能的な感で、先程と同じように跳びあがった。
理性はまだ、状況判断ができていない。
にも関わらず、やっと追いついた時には、大剣も私も、元の位置にあった。
ただ本能だけが動いた。
周りの歓声が、少し静まる。
速すぎて……何もわからなかった……。
然し。
今度は違った。
大剣が、眼で捉えられるほどの速さで。
上から降ってきた。
嘘だろと眼を丸くしつつ、刀を動かし、脚を大きく開いて、姿勢を低くした。
がきん。
重たい音が鳴る。
と同時に、身体中に、大きな負荷がかかりはじめた。
重力が一気に、倍増した。
そんな感覚に、歯を食いしばる。
偽物だから、剣自体は軽いはずだ。
ということは、このバカみたいな重さは……。
佐藤さん本人が出している、ということだ。
腕一本で、ここまでの重さを再現できる。
その凄まじい筋力に、ぎゅっと、更に柄を握り締めた。
これでも傷口に影響がない。
恐らく調節してくれているお蔭……。
レベルが違いすぎる……!
と思っていたら。
視界ががくんと下がった。
気がする。

「あ。」

佐藤さんののんびりとした声。
まるで、盆栽の枝を切りすぎた時みたいな、軽い調子の声に、ふっと重たさが消えた。
去ってゆく大剣に、息を吐きだしながら、刀をおろす。

「佐藤さん、力強すぎですよ……。」

苦笑いを交えながら、姿勢を正そうと脚を動かした。
時。
ぱらぱらと、場違いな音が足元から聞こえてきた。
盛り上がりを見せた歓声は、ざわめきに変わる。
少しさがる口角に、佐藤さんを見た。
相変わらずの微笑みだが、どこかぎこちない。
まるで、誰かが大事にしていた物を壊してしまって、取り繕ってとりあえず笑っているような。
その妙な表情に、「ん?」と声を漏らしつつ、足をあげて、視線を下にやった。
ら。
下駄の裏から、小石がこぼれ落ち。
ばきばきに割れた数センチの窪みのなかに、吸い込まれていった。

「あ。」

思わず、佐藤さんと同じような声を漏らす。
下を見ながら足をどけ、少しさがった。
どうやら力が強すぎたようで、耐えきれなくなった石畳が、割れてしまったらしい。
小さなクレーターのようなそれに、ちらりと視線をやる。
涼しい夏だが、冷や汗をかきはじめている。
ということは……まあ、大人の事情が、な……。
暫く佐藤さんの焦りの見える微笑みを見つめていたが、急に動きだすと、何事もなかったかのように、大剣を振るってきた。
次は横からだ。
跳ぶ余裕はなく、逆に姿勢を低くして、すれすれで避けた。
立ち上がる。
次も横からだ。
また地面にダメージが入るような攻撃はしてこない。
それだけヤバいんだなと思いつつ、とにかく避けてまわった。
然し流石に飽き、逆手に持ち、右から来た一振りを受け止めた。
無論、力は強く、そのまま押される。
ざざざっと身体が動き、脚に力を入れようとしても、地面を滑ってゆく。
石畳と下駄で、そんな芸当ができるわけがない。
そう思っても、佐藤さんの力と私の踏ん張り力が、無理矢理それを実現させた。
やっとこさとまり、大きく息を吐きだしながら、のいてゆく大剣に刀を持ち変えた。
然し。

「ヤバいねぇ。」

紳士的な佐藤さんの口から、ヤングな言葉が出てくる。
え? と、息を整えつつ、滑ってきた方を見た。
ら。
摩擦熱が起きたのだろうか。
なぜか微妙に凹んでいた。
ヤバい、ね、これは。
徐に、そーっと足裏を見る。
確かにすり減ったあとがあり、焦りが湧いてでてきた。

「ヤバい、ですね……。」

他の修復作業もあるのに、こうも仕事を増やしてしまっては……。
と思っていたが。
私達勇者組以外でも、それは起こり始めた。

「ふざけんな!」

氷矢の怒鳴り声を聞き、振り返ると、なぜか地面に埋まっていた。
へ? と、思考が停止する。
なんでアイツ地面に埋まってんの、ねえ。
イケメンが台無しなことになってんだけど、ねえ。
然しそんな意味不明な場面に、同じように怒った表情のレオナルドさんが、声を荒げた。

「お前はもう少し言葉使いを直せ!」

うん、しっかりした怒りようだ。
然しそれに、地面に埋まったままの息子が吠える。

「はぁ?! 知らねぇよ! んなことより出せ!」

アイザックとのやり取りと同じような怒り方だ。
然し、光景は異常すぎる。
石畳のなかに埋まるイケメン息子と、意に介さず怒るイケオジ父親。
どういうこと……?
と思いつつも、佐藤さんの方を見た。
もう微笑みはなく、青ざめた顔をしていた。
ですよ、ね……。
もはやこれ以上のリアクションはなく、視線を戻した。
えぐい程地面を壊した親子越しに見えるのは、更なる破壊。
春風さんとエマの双剣が地面を削り、アヴァの強い打撃は何度も同じところに当たり、遂には少し欠けた。
そしてノアとサリヴァンさんは、その強大な力のせいか、遠慮なくぶっ壊している。
炎で溶けるは、巨大な拳で穴ができるは。
収集がつかない程の損傷っぷりに、私はもう溜息を吐くことしかできなかった。
大人の事情が、ぷんぷん匂う。
徐に、佐藤さんの方を向いた。
耐えきれなくなったのだろう。
星空を見上げ、遂には吼えた。

「これにて模擬戦は終了! ありがとうございました!」

みなの注目が集まる。
然し、元勇者の余裕のない表情と、地面の損傷具合から察した人々は、ブーイングをあげることなく。
楽しげに声をあげながら、徐々に、ゆっくりと、屋台の方に散っていった。
流石はこの国の人達。
察しがいい……!
と思いつつ、すぐさまやってくる警鳥隊にビビる佐藤さんに、刀が消えた右手で慰めた。
硬い甲冑の質感を感じつつ、「私達も負担しますよ。」と微苦笑を浮かべた。
ここまで怯えるということは……大分アレなんだなと、親子喧嘩の方に視線をやり。
一つ息を吐いたあと、駆け足で近寄った。

「レオナルドさん、もうやめにしましょ? ね?」

氷矢とはまた違う怖さを持つレオナルドさんの肩に、そっと触れる。
何度か宥めるが、興奮したままだ。

「然しなたっちゃん! いつか結婚する相手がこうも口が悪いと、嫌になってくるだろう!」

ん、いや、待って。
なんで結婚する前提!?
というか付き合ってもないんだけど!?
予想外の言葉に、ツッコミが出掛かる。
が、氷矢がすかさず吼えた。

「小豆も大概口わりぃ! お互いに何も思ってねぇんならいいだろうが!」

なんでアンタ結婚のこと否定しないの!?
と更なるツッコミが来るが、また言葉が被さってきた。
然もレオナルドさんから。

「何?! たっちゃんも口が悪いのか?! 嫁御がそんなんでいいのか?!」
「いやレオナルドさん! 飛躍しすぎです!」

次はちゃんとつっこめた……。
と思いきや、話は周り回って元に戻り、結局喧嘩は続いた。
もう、とにかく佐藤さんが悲しい事になってるんですと、氷矢を地面から引き抜いた。
約百七十センチ程の縦穴に、溜息を吐きながら、着流しについた泥や土を叩き落とした。

「たっちゃんはいい嫁御になるな! うちのママもきっと喜ぶぞ!」
「だからまだ結婚まで行ってないですって!」
「あ! そうか!」

本気なのか冗談なのか分からないレオナルドさんは、はははと笑ったあと、氷矢に「ごめんなー。」とあっさり謝った。
え、早くね?
と思うものの、いつものことなのか。
いつの間にか無表情に戻った彼も、「悪かった。」と軽く謝った。
まあ、うん。
なんにせよ収まってよかった。
結婚の話にはちょっと、ビックリしたけど。
まだちょこっとついている汚れを叩きながら、他のメンバーも見ていく。
然し、佐藤さんのことは気にも留めていないようで、楽しそうに談笑を交わしていた。
少しくらい労わってやれよ、と思うものの、警鳥隊と共にとぼとぼと歩いてゆく当の本人を、ぼうっと見つめた。
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第48話 勘違いと演舞【改稿版】

2019-12-16 18:09:52 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
たこ焼きを頬張る氷矢に続き、私もその隣にある焼きそばに吸い込まれていった。
いい香りと熱気が、顔面を覆い尽くす。
如何にも祭り好き、といった青年に対し、ぽつぽつと注文してゆく。
と、またもや横からノアが現れ、無言で手をあげてきた。
お前中身爺だろ、然も百超えの、と思いつつも、「マヨネーズありでいい?」と問いかけた。
すると子供のフリをするのが楽しいのか、それらしく元気に肯いた。
こいつ……。
然もお兄さんからはノアが見えないのか、快活な笑みを浮かべ、普通の調子で訊いてきた。

「家族で来ると、子供のはしゃぎようが凄いっスよねー。まぁ、旦那さんも結構一緒になってはしゃいでますが……そこの旦那さんも楽しんでくれてますかい?」

手を動かしつつ、ちらりと上目遣いに一瞥をくれた。
え?
え?
旦那って、え?
と、脳内プチパニックのまま、振り返った。
なぜ後ろでたこ焼きを喰う……。
然も一瞥をくれただけで、誤解を解く気もなく、もぐもぐと食べ続けるのみ。
妙な奴、と思いつつも、氷矢が全くの無反応なため、どうでもいいかという気持ちになった。
向き直り、普通に笑みを見せる。

「多分楽しんでます。表情のない人なんで、分からないんですけど。」
「確かに、不思議な旦那さんっスねー。でも、凄いハンサムな方じゃねーっスか。いい家庭築いてってくださいよーっとぉ。ハイ! お待ちどおさん! 坊主のためにも少し多めにしときましたよ!」

慣れた手つきで焼きそばをプラスチック容器に入れ、輪ゴムをかけて割りばしと共に、ビニール袋に入れてくれた。
差し出されたそれを右手で受け取る。
と、氷矢がすっと来ると、私が袋を掴む前に持った。
無論、いつものことなのでそのまま手を離し、財布から小銭を探す。
むー、片手だと取りづらいし、探しにくい。
と思っていたら。

「いいっスねー。俺もアンタの旦那さんみてぇにカッケー大人になりたいっス。ああ、代わりに俺が出しましょうかい? 二つで二十円っスね。」

と言われ、顔が熱くなる。
ちょっと兄さん……言い過ぎ……。
などと、半分ぼうっとしつつ、お言葉に甘えて、可愛げのない財布を渡した。
本当に。
穴があったら。
入りたい。
と思いつつ、二十円が消えた財布を受け取り、軽く会釈をしたあと、そそくさとその場から離れた。
比較的涼しいはずなのに。
なんかさっきから熱い。
はあ、と一つ溜息を吐き、近くに設置されたベンチに、腰かけた。
たこ焼きを食べ終わったのだろう、ノアに渡したあと、割り箸を抜いて本体だけ渡された。
先に膝の上に置き、ゴムをとる。
と、持ち手の方を向けられ、すっと抜き、仕方なく口を使って二つに割った。
あのね、氷矢くん。
アンタのその妙に過保護なところが、余計に……。
と思いつつも、焼きそばを食べようとした時。
どこからともなく、変な男がやってきた。
そしていきなりフラッシュを焚かれ、反射的に眼を瞑る。
氷矢の舌打ちが聞こえ、なんなんだと眉根を寄せた時。
更に追いうちをかけてくるように、訊いてきた。

「いつ結婚されたんですか?! 子供はいつ?! 名前は?! 結婚式は?! ファーストキスは?! 不倫とかありませんか?!」

謎の単語に、私の思考が停止する。
けっこん……?
えっと、氷矢、と……?
このすぐに胸ぐらを掴みにいった、サディスト臭満載のこいつと……?
然し掴まれた方は、恐怖を面持ちを浮かべており、少し現実に戻れた。
すっと、右に焼きそばを置く。

「テメェも酔ってんのか? 警鳥隊に突き出すぞ。」

本気ではない。
それが分かる声音だが、あの鋭い睨みに負けているのか、男は小刻みに震えながら、言い訳を開始した。

「い、いや……酔っ払ってない、ですけど、あの……二人でいて、しかも子供がいたら、ねぇ……? 勘違い、しますし、ねぇ……?」

まるで私達の方が悪い、というような言い草に、眉根を寄せる。
こいつ、ニュース見てないのか?
マスコミっぽい恰好して。
ノアはオリジナルの姿で何度かテレビ出演してるし、勇者御一行っていうのは分かるはずだ。
本当は酔っ払いか、それとも何も見てないヤバい奴か……。
そう冷静になっていくうちに、唐揚げ購入から帰ってきた二人のうち、エマが鋭い視線でそいつを睨んだ。

「迷惑なのでやめて頂きたい。まだ言い訳するのなら、私が連行しますよ。」

どうやら聞こえていたらしい。
その声に、男がまだ反論しようとする。
然し、今度はノアが立ち上がった。

「しつこいものは嫌いなんですよ、この人。」

子供のフリはせず、いつものトーンで言う。
が、仲間だと知らないっぽいそいつは、氷矢に掴まれたまま。

「君にはまだ早いお話だから、ママのおっぱいでも吸っ──」

っと言いかけ、脊髄反射で私の身体が動き。

「黙れ子豚ぁ!」

と、比較的無事な右足で、思い切り下から顎を蹴り上げた。
浴衣がはだけるのも気に留めず、ゆっくりと足を下す。
と共に、鼻血を垂らして気絶するそいつ。
無様だな、と思いつつ、そそくさとベンチに戻り、焼きそばにありついた。
いい香りに、麺を口に入れる。
濃いめのソースと青のりが、いい具合に絡み合っている。
視線をあげて見てみると、男はそのまま、道の片隅に捨てられ、何事もなかったかのように、みんな戻って来た。
アヴァは流石にちらちらと気にかけていたが、まああとで警鳥隊が拾ってくれるでしょう。
っと思いつつ焼きそばを食べていたら、右横に座った氷矢が、控えめの声で「素人相手に暴力振るうの、本当は禁止されてるからな。」と言われ、少し反省した。

@@@

もぐもぐタイムが終わり、アヴァが持ってきた飲み物を啜りながら、次はどうしようかと軽く話していた。
ら。
城の方から、スピーカー越しの声が聞こえてきた。

「今から十字路の中央で、踊り子と吟遊詩人、黒魔道士による演舞を開始致します! 是非とも皆様! 美しく幻想的な舞いをご覧に! そして演舞の最後には、特別ゲストが登場致しますので、お楽しみに!」

ぷつんっと無骨に切れたその宣伝に、周りのざわめきがより一層、明るいものに変わる。
勿論、それはこのグループでも巻き起こった。

「見に行きたいわ!」
「特別ゲストが気になる!」

きゃっきゃとはしゃぐ二人は、私達を促した。
それにふっと口角をあげ、徐に立ち上がる。
と、少しふらつき、慌てて右手を動かすと、しっかりとした腕に触れ、軽く支えられながら、地面を踏みしめた。

「ごめん、ちょっとさっきので……。」

彼から手を離しつつ視線をやると、「気を付けろよ。」と冷たく言い置き、歩きだした。
既に中央に向かいだす三人と氷矢に、慌ててついていく。
徐々に人も増え始め、警鳥隊が作り出す輪の外側に、集まりだした。
このままだと先頭では見れないな……と思っていたが、右に左に避けてゆく。
黄色い声や歓喜の声が、空気を震わせた。
そうだった、私は勇者で、然も氷矢は英雄の息子。
イケメンで人気があるし、何度かテレビにも出演してる。
改めて感じるその熱気に、右手だけで手を振り返した。
するといつの間にか先頭に来ており、くるくると身体の向きを変えながら、彼らに応えていった。
氷矢は名前を呼ばれ、慣れているのか軽く手を振りかえした。
勿論、そこからきゃーきゃーと黄色い声があがり、当の本人は面倒くさそうに溜息を吐いた。
なにこの余裕、と思いつつも、何とも言えない距離感を一瞬、感じた。
この人は私が来る前からずっとプロでいて、それでファンも多くいる。
ようは有名人であり、女性人気も物凄い。
そんな人が隣にいて、いいのだろうかと、ふと思ってしまう。
幾ら私が勇者とはいえ……元々はただの女子大生だ。
インフルエンサーが身近にいるのと、同じ。
私はこの人のことを好きになっていいのかどうか、分からなくなる。
と。
ざわめきのなかから、黄色い声が聞こえてきた。

「イーサン君とたっちゃんって付き合ってるのー?!」

予想外の言葉。
無論、先程までの悩みが、ぶわっとどこかに吹っ飛んでいく。
と共に、身体が熱くなっていく。
ど、どうしよう。
今度は人が多い。
右から氷矢の深い溜息が聞こえてくる。
あと少ししたら、多分……キレる。
と思っていたら。

「そんな事より、綺麗な演舞を見ましょうー! 多分もうそろそろ始まりますよー!」

ノアの的確なフォローが入り、気分があがっている彼らの意識が、そちらに向いた。
ほっと息を吐き、某小悪魔に笑みをやる。
にっと返された可愛い表情に、視線を正面に戻した。
と、わっかを作っていた警鳥隊がさがっていくと、柵と同じ高さの結界術が張り巡らされた。
最初の魔術の登場に、普段触れる機会が少ない彼らが、歓喜の声をあげる。
次に、人がいなくなった舞台に、ぱっと数人の踊り子が現れ、吟遊詩人が続いた。
古風で軽快な演奏が始まり、主に和楽器を持ちながら、動ける者は立ち位置に移動する。
女性の踊り子達は、華やかな衣装に身を包み、軽く舞いながら、同じように位置についた。
すると全ての演奏が、ばばんと音を重ねて終わり、それに合わせて、彼女達の動きもぴたりととまった。
静寂が辺りを包み込み、何が始まるのかと、私達に好奇心を植え付けていく。
刹那。
炎が夜空を舞う。
まるで東洋の龍のように、煌々と輝くそれは、動き回る。
静寂のなかに歓喜の声が響き、炎の龍は優雅に荘厳に、空中を舞った。
そして、一人の踊り子が挙げる右手に、吸い込まれるようにして消えた。
と思いきや。
その手から炎を出しつつ、矢庭に踊り始めた。
手から手へ。
手から身体へ。
身体から手へ。
まるで、龍と共に優雅に舞う女神のようで、歓喜の声は静まり、ただただ魅入られた。
途端。
次は連続で、夜空を彩った。
雷は蝶の形を保ち。
水は鳥の形を保ち。
氷は獣の形を保ち。
全て、生きているかのように舞うと、残りの踊り子達の手に、同じように吸い込まれていった。
と同時に。
先程とは違う、重くずっしりとした曲が、流れ始める。
尺八と太鼓の音が空気を揺らし、踊りをやめた彼女らはぐっと仁王立ちをした。
静かな時の流れ。
尺八の揺らぎが、耳にくる。
と思っていたら。
ばんっと、爆発的に盛り上がってゆき、神妙な面持ちから、華やかな笑みに切り替え、それぞれの魔術と共に踊りだす。
踊り子も、相棒である魔術も、何もかもがぴったりと。
舞い上がる髪。
舞い上がる布切れ。
違う輝きを放つ魔術達に照らされ、その、心の底からの笑顔を目立たせる。
重なる音。
重なる属性。
重なる舞い。
思わず私は、右側にいる氷矢の手を探した。
そして当たると、すっと、包帯まみれの手を滑らした。
然し、誰も気が付かない。
ただ、私と氷矢は。
ぎゅっと、互いに握りしめた。
涼しい夏のそよ風が、頬を撫でる。
勢いのある和太鼓は、タイミングのいい掛け声をあげ。
三味線は快活な笑みを見せ、くるくると回り。
首を振りつつ、尺八は時々飛び跳ねた。
琴を奏でる指さえも、舞いの一つになり。
踊り子達はキレのある、大地の躍動を感じさせる動きを見せ。
魔術達は、本当に生きているかのように。
全てが最高潮で。
私は、惚れたはれたさえも、忘れた。
舞いのなかに組み込まれた、それぞれの戦いの動きは、なぜか妙に美しく見え。
感動を覚えた。
なぜか、鼻が痛む。
ダメだ、私、泣いてる。
久しぶりだ。
こういう芸術で、素直に涙を流したのは。
どうしてかは分からない。
ただそこにあるのは、感動という言葉のみ。
眼前で繰り広げられる、美しく壮大で、勢いのある……まるで生死を描いたような舞いと演奏は、徐々に激しくなってゆき。
終盤にさしかかった、ということを感じさせた。
踊り子の頬を汗が伝う。
リズム隊も眉根を寄せ、汗を流し、掛け声を張り上げ。
魔術はより一層大きく、音を起てながら。
全てが、全てのものが。
一塊になってゆく。
相棒は離れ、空中に集まりだす。
彼女達は強い足取りで、石畳を鳴らす。
感想はただ、素晴らしいの一言。
一人一人がプロ意識を持ち、そして自分を持っている。
故に全力で、私達よりも先に、その音と踊りに楽しみを見出している。
それが、それらが、空気を伝ってゆき。
首都という小さな街全体を、包み込み。
遂に。
それらは終盤を迎える。
高鳴る鼓動。
高鳴る鼓舞。
高鳴る声音。

『いよぉお!』

力強い掛け声に、全ての演奏が終息し、踊り子の舞いも、全て揃ったまま、ぴたりと終わった。
余韻が、熱気が、感動が。
広まる。
彼女達の、彼達のやり切った気持ちいい笑顔。
のあと、魔術達は空に舞い上がり。
弾けるように終わった。
刹那。
女性のドスの効いた掛け声と共に、十字路の角にたつ建物の屋根に、それぞれ一人ずつ、人影が現れた。
ざわめきが矢庭にあがる。
一つは、長い髪を靡かせ、分厚い鎧に身を包み、その手に巨大な剣を持ち。
一つは、曲げた膝を伸ばし、袴を靡かせながら、その手に大型の和弓を持ち。
一つは、黒いマントを靡かせ、大きな帽子をかぶり、その手に無骨な杖を持ち。
一つは、マフラーを靡かせ、脚を揃え、その両手に刃の広い双剣を持ち。
彼らはそれぞれ、空に跳びあがった。
そして各々の恰好で、いつの間にか無人になった舞台に。
着地してみせた。
ドスンと地面を揺らすもの。
音を起てずにつま先をたてるもの。
歓声があがり、感動によって抑えられていた盛り上がりが、ぶりかえした。
その舞台に立つのは、我らが先代であり英雄。
元勇者御一行。
特別ゲストって、そういうことかと思いつつ、なぜか首を傾げ、ややあってぱあっと笑顔になるエマに、視線をやった。
そういえば入院してるとかどうとか……。
そうか、やっぱり春風さんがエマの母親で、サプライズ的なことを考えてたんだな。
と、思っていたら。
ぐっと右手が引っ張られる。
いや正確には、氷矢が引っ張られているのだ。
いつの間にか、私達のところだけ、結界術が解け、舞台上へと足を踏み出す。
他のメンバーも、同じように引かれていた。
え? と思うが、私達を招いたレオナルドさんは、快活な笑みを見せて肯いてくれた。
うん。
え?
と、氷矢と手を繋いだまま、唖然としていると、佐藤さんが声をあげた。

「今宵は現勇者御一行と共に!」

は? と、マジトーンな声が、右から聞こえてくる。
が、レオナルドさんが小声で言ってきた。

「急遽参加することになったんだ。ここは飲み込んでくれ。な? たっちゃんは無理しなくていい。」

ぐっと氷矢の眉間に皺がよるが、慌てて宥める。
まあ別に元気だし、足と右手は健在だ。
軽い演舞のようなものだろうと思い、特に何も考えずに肯いた。
ややあって氷矢も、舌打ちをかましつつも肯き、佐藤さんの声に耳を傾けた。
先程とは違う景色に、息を整える。
急っちゃ急だが、まあ別にいいやと、彼の左手から、手を離した。
佐藤さんの話によると、模擬戦と演舞を合わせたようなものを行うようで、武器も全て、魔術による再現らしい。
まあ、サリヴァンさんのは本物だが、あのクラスにまでなると、数ミリ隙間つくることも余裕だろう。
なんて話を聞いていたら、武器がそれぞれの手元に現れた。
私と氷矢はいつもの武器。
エマは双剣とクナイ。
で……アヴァは棒?
どういうことなんだろう、と思いつつも、右手で柄をしっかりと握り締めた。
いつものと変わらない。
まあただの模擬戦だし、相手は経験則が桁違いのベテランだ。
なにかあっても、カバーしてくれるだろう。
そう、全員が武器を手にもった時、佐藤さんの威厳ある声が、高らかに響いた。

「それでは! 元勇者御一行&現勇者御一行による、模擬戦演舞、ご覧に入れましょう!」

刹那。
右側から、素早い何かが飛んでくる。
気配がする。
刀を動かし、右に視線をやる。
と共に、甲高い音を起てて、クナイが地面に落ちた。
歓声があがる。
大分手加減しているのだろうが……あの歳でこの素早さ。
流石だなと思いつつ、口角をあげ、春風さんの笑みに、視線をやった。
幾ら模擬戦と言えど、戦は戦。
それなりの本気は出させてもらう。
深く、傷を痛めないように、深呼吸をする。
と、それが合図になり。
全ての人間が、動き始めた。
コメント

第47話 射的の得意不得意【改稿版】

2019-12-16 13:21:42 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
暫くして、アヴァとエマ、そして遅れたノアも集まり、やっとこさ祭りに出向いた。
が、アイザックだけ、数人の女性を連れて、「ボクのことは気にしないでー。」と言って去っていった。
イメージ通りだが……まぁ、いいか。
気を取り直して、私を含む五人は、石畳のうえに展開された屋台のあいだを、歩いてゆく。
アヴァとエマは気が合うのか、下駄を鳴らしながら、楽しそうに談笑している。
のはいいんだが……何で私だけ男性陣に混ざってるんだろう……。
なんかムカつく。
そう思い、少し足を速めた。
然し、軽く肩を叩かれ。

「む。」

左を見ると、赤い瞳で一瞥をくれた。

「ゆっくり楽しめって言われてんだろ。」

相変わらずの声音に、違うんだよなあ、と思いつつも、結局女子トークに入れないタイプの私は、ふっと緩めた。
すっかり日も落ち、頭上を行きかう提灯と、屋台の独特な灯りが、街を包み込む。
現代の夏祭りとはまた違う雰囲気に、自然と心が躍った。
と、前の二人が何かを指差し、きゃっきゃとはしゃぎながら、振り返る。
明るい笑顔に、ふっと口角があがった。
どうやら射的を見つけたようで、やろうやろうと、手招きをしてきた。
射的、懐かしいなと思いつつ、こくりと肯き、その屋台に向かった。
今回の夏祭りは政府、というか王家がほぼ全額負担しているらしく、雰囲気を壊さないために、最高でも三百円までに決めているそう。
あの麿様なら潔くやってるだろうな、と思いつつ、一回五発のそれに、百円を屋台のオジサンに渡した。
まずはアヴァからだ。
射的の銃に弾を詰め込み、両手で構える。
氷矢の横に立ち、「何を狙うんだ?」と訊くと、きらきらとした表情で「猫のぬいぐるみよ!」と答えてくれた。
景品の方に視線をやる。
丁度真ん中に、可愛らしい三毛猫のぬいぐるみが、ちょこんと座っていた。
結構重たそうだけどなと思いつつ、心地よい喧噪に耳を傾けた。
ややあって、狙いが定まったか。
引き金を引いた。
発射されたコルクの弾は、見事に命中した。
まあ、的はデカいからな。
然し景品は倒れず、アヴァは蛙のように頬を膨らませ、もう一発を詰めた。
今度は腕を伸ばして撃つ。
だが倒れない。
重心が思ったよりも下にあるのか。
もう少し上を撃てばいいんじゃないかと、私が言おうとした時。
氷矢が動き出し、「当てるとこが違いますよ。」と手を出した。
あー、彼の方が早かったかと、驚きつつも渡したアヴァから、視線を外した。
そして氷矢は、彼女が立っていた場所に仁王立ちし。
構えた。
その姿に、本物の雰囲気がまとわりつく。
ぎゅっと心臓を掴まれるような、妙な感覚に、眼が離せなかった。
紺色の着流しから覗く、細く引き締まった筋肉の筋と、顎のラインや首筋、そしてその本物の目つきに、徐々に息苦しくなってきた。
眼が離せない。
けど見てると……。
苦しくなる。
なにこれ、物凄く懐かしいというか……。
凄い、いたたまれない。
ちらりと視線を戻す。
綺麗な立ち姿。
男らしい雰囲気。
銀髪と赤い瞳が、淡い祭りの光を反射する。
ダメだ、見てられない……!

「……惚れちゃってますねー。」

可愛い、いたずらっ子のような声が、下から聞こえてきた。
と共に、ぽふんと頭から蒸気が出てくる、ような気がした。
かーっと、更に身体が熱くなる。
にやにやと笑うノアの頭を、軽く右手で叩いた。

「ば、ばか言うな……。」

然し、まだにやにやと笑ったまま。

「イーサン君の口調、移っちゃってますよー。」

けたけたと笑った。
もう下から下から、恥ずかしさが熱さとなってこみ上げてくる。
口を固く紡ぎ、ノアの頭を叩こうとする。
だが嫌な小悪魔は、ひらひらと避け。

「好きなのはいいことですよー。」

と、からかってきた。
恥ずかしさに、苛立ちが混ざる。
左腕の冷気が僅かに呻き、ぎゅっと右手を握り締め。

「黙れ小僧!」

と、勢い任せに言ってしまった。
そしてすぐに口元を覆う。
ダメだぁ……!
思考力が低下してる……!
大きく眼を見開いて辺りを見るも、意外とみんなすぐに、何事もなかったかのように動き始める。
また違う種類の恥ずかしさがこみ上げてき、右手で顔を煽いだ。
もうやだ、穴があったら入りたい……。
と思いつつ、視線をあげた。
ら。
銃を片手に、猫のぬいぐるみを抱えた氷矢と、眼があった。
あああああいつもと変わらぬ無表情なのにいいい!
なんかくっそ可愛いんですけど!
なんて悶えつつ、なぜか彼に近づき、銃をかっさらった。
よくわからんが……。
ムカつく!

「なんかおかしいぞ、お前。」

後ろからの声に、胸中で頭をぶんぶんと振る。
勿論縦に。
おかしいよ!
自分でも分かるぐらいおかしいよ!
なんで今更こんな……。
と、とりあえず氷矢、そのぬいぐるみを早くアヴァに渡しなさい!
アンタが持ってると、余計おかしくなる!
なんて胸中で叫びつつも、「ありがとうね、イーサン君。」という明るい声に、一つ息を吐いた。
もう意味がわからないけど……射的でもして心を落ち着かせよう。
でないと私の心と身体が、もたない。
にしても、どれを狙えばいいんだろう。
これといって欲しいものもないし、と思っていたら、左横から例の小悪魔が、ひょっこりと現れた。

「酢昆布ほしいなー?」

子供っぽい声で、わざとらしく小首を傾げる。
なんでよりにもよって、的が小さい奴なんだよ!
お前見えてる!?
私片腕だけなんですけど!
それこそ氷矢に頼めよ!
と、様々なツッコミが喉元まで出掛かるが、それを飲み込み、大きく深呼吸をし。
右手だけで、銃を構えた。
左手がない分、照準はぶれやすい。
だが、私は昔から銃が得意だ。
リアルでもバーチャルでも、ゲームでは毎回優勝したり、勝ったりしている。
一応それなりの成績を納めてきた私に、この程度……。
赤子の手をひねるも同然だ。
呼吸をとめ、照準が一瞬ぴたりと合った、のと同時に。
引き金を引いた。
少し腕を下げると、コルク弾は酢昆布に当たり、軽い音を起てて倒れた。
ノアは当たると思っていなかったのだろう。
素直に感嘆の声をあげた。
ふっと口角をあげると、屋台のオジサンも快活な笑みを見せ、「流石は勇者様だねぇ! 片腕で小さい標的を撃ち抜くとは! そこのあんちゃんよりも凄いじゃねぇか!」と言い放った。
そんなに凄いことかなぁと、へなへなと笑ってみせる。
流石にそこまでの成功率は期待してなかった。
だから余計に、アヴァやエマからの褒め言葉にも、口角をあげた。
が。
ふっと思い出し、徐に振り返る。
うん、負けず嫌いさんがいたね。
物凄く負けず嫌いさんがいたね。
その鋭い目つきに、惚れたはれたも引っ込んでいった。

「貸せ。」

短く乱暴な言葉に、はい、と銃を渡した。
私だけでなく、オジサンもみんなも笑顔を消して、数人はあれ? やっちゃった? という風な表情を浮かべていた。
そうだよ、こいつメチャクチャ負けず嫌いなんだよ……。
面倒くさいけど、多分その性格のお蔭で、十代にしてプロ入りできたんだと思う。
その構える姿には、やっぱり本物の風格がある。
と共に、また息苦しくなってきた。
カッコイイ、その言葉が脳内を埋め尽くす。
でもなんで今更?
戦闘時の方が、もっとカッコイイ氷矢を見れてたはず……。
けどまあ、仕方ないか。
心持ちが、今と全然違う。
本当に安心して、リラックスした状態でいるから、彼を恋愛脳で見れるのだろう。
と、ぼうっと見ていると、更に百円払い、次々に打ちぬいていった。
その当てる位置は的確で、無駄がない。
ついつい、見とれてしまう。

「……一気にとっちまったな。」

満足したのか、合計六発の弾を消費すると、銃を置いた。
驚いた様子のオジサンは、慌てて倒れた景品を手にとり、紙袋にそれを入れた。

「すみません。」

受け取りながら、短く謝る氷矢に、オジサンは少し明るい表情に戻ると、いやいやとかぶりを振った。
と、財布を矢庭に取りだした。
少し近づくと、千円札を二枚取り出し、無の境地というか、通常運転の表情で渡した。
然し勿論、いやいやいやと両手と首を横に振り、「とんでもない。」と同じ言葉を繰り返した。
氷矢は無表情のまま、「いいから、受け取ってください。」と何度か言うも、ぴたりとやめ、少し腕を引いた。
これにオジサンは頭を掻きながら、笑顔で軽く、何度もさげた。

「お気持ちだけで十分ですわー。あんちゃんの事をバカにしちまった阿呆に渡すものじゃねぇぜ。」

が、どうやら油断してしまったらしい。
狙っていたのだろう氷矢は、オジサンの手を掴み、掌のほうを向けると、そこに二千円を置き、軽く頭をさげてそそくさと歩きだした。
その素早い動きに、私以外はぽかんとする。
あの人、謎に頑固なところあるよな……。
と思いつつ、一つ挟んだところにある屋台で、何事もなかったかのようにたこ焼きを頼む氷矢を、ぼうっと見つめた。
無論、オジサンも声を出せず、ややあって、申し訳なさそうな表情で、掌のお札を見つめた。
それに私が笑顔を見せる。
あんなんだけど、根は真面目で優しいからな。

「ああ見えて物凄い優しい奴なんですよ。不器用だし、寧ろその優しさを受け取ってくれないとキレる奴なんですが……これも一つの醍醐味として、受け取ってやってください。」

すると、オジサンはぽっと頬を赤らめ、「お、おう……勇者様がそうおっしゃるなら……。」と、ぎこちなく肯いた。
氷矢と同じく、軽く会釈をして、彼の方に向かった。
後ろから聞こえてくる、「頑張ってねー。」というノアの声に、少し足取りを速めた。
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第46話 虎狩りと冤罪【改稿版】

2019-12-10 21:03:48 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
結局、白地に雪の降る、シンプルな浴衣に袖を通し、髪はお団子にした。
軽く化粧をし、巾着片手に、からんころんと出てくる。
その柔らかで儚げな美しさに、自然と口角があがった。
既に街は祭りの色で染まっており、上を行きかう提灯が、幻想的な空間を作り出している。
本当にこれから、というか、もう夏祭りが始まってるんだと、辺りを見渡していると。
一つの屋根のうえに。
人影。
ん? と思いつつ見つめていると、ふっと消え。
そして眼前に現れた。
思わず一歩退いてしまうが、ゆっくりと腰をあげたのは、華やかな浴衣に身を包んだエマだ。
ほっと息を吐き、その微笑みに小さく肯きを返す。

「あら、新しい子。お知り合い?」

鍵を閉めたアヴァが振り返り、口元に手を当てる。
それにエマは頭を下げ、丁寧な自己紹介をした。
見た目は可愛らしいのに、その辺りは凄い堅苦しいというか、しっかりしてるよな、と思いつつ、初対面同士の会話に耳を傾け。
懐から懐中時計を取り出した。
長い鎖国により、機械の類には大きなバラつきがある。
テレビは液晶だが、電話は黒電話や電話ボックスのみ。
時計も全てアナログで、腕時計は存在しない。
然し医療関係、そして武器や防具関係では、他国の技術を多いに活用している。
懐中時計は使いづらいが、その分、当時のものより機能性や耐久値はあがっている。
何ともまあ、妙な機械事情だが、案外この懐中時計が気に入っていたりする。
ということで、今の時間は……?

「ヤバいヤバい、氷矢達を待たせてる。早く行こう。」

集合時間より遅れていた。
これ以上は待たせていられないと、二人の背を軽く叩き、十字路に向かった。
祭りの知らせを聞いたのだろうか。
徐々に人も増えてき、話しかけられる回数も多くなった。
お蔭で少し足止めを食らってしまったが、悪い気はしない。
まあ、焦りはあるんだが……。
と思いつつ、十字路の中心部付近についた。
然しそこには。
無表情な銀髪の姿と、そんな彼よりも更に背が高い、もじゃもじゃ頭の狐のような奴が、なぜか女性達に囲まれていた。
思わず、足をとめてしまう。
二人が数歩歩き、振り返るが、私の表情と目線で察したのだろうか、顔を見合わせ、ややあってくすくすと笑い合った。
そして二人して、私を促す。
なんだよお前ら、さっき出会ったばかりだろう。
と、胸中で思いつつ、二人を見る。
くそ、氷矢があんなちやほやされて……冷静でいられるかっての……。
さっさと引きずり出して、みんなで夏祭りを楽しむんだ。
そう、一歩踏み出した。
刹那。
女性達のなかから、甲高い声が聞こえてきた。
悲鳴だ。
慌てて聞こえてきた方に視線をやる。
この密集具合だ、故意でもそうじゃなくても、相手を傷つけてしまう確率は高い。
変なことじゃなければいいんだがと思いつつ、少し渋っていた足取りを、速めた。

「大丈夫ですか!」

走りはまだ難しい。
だから早足で声をかけると、なかから一人、わっと飛び出してきた。
くっと右足でブレーキをかけると、大きな瞳を煌めかせて、その女性は私の右手に縋って来た。
なんか、凄い人との距離が近そうな女性だな、と思いつつ、答えをまった。
ざわめきがあがるなか、その人は細い指でさし、上目遣いにこちらを見てきた。

「あの人がぁ、お尻を触ってきてぇ……。」

謎の猫なで声に、さされた方に視線をやる。
だがその先には、ぼうっと無表情で突っ立っている銀髪が、いた。
見間違いかと思い、ぱちぱちと瞬きをする。
然し、右腕に抱きついてくる女性は、あの銀髪をさしていた。
唖然として交互に見ていると、勘の鋭いそいつは、徐々に険しい顔つきになりだし。
無表情でも比較的穏やかな方だった面持ちが、一気に棘のあるものになった。
ヤバい、元々グレてたらしい彼には、屈辱的な状況だ。
だがまずは先に、女性の方を宥めないと。

「大丈夫ですよ、安心してください。後のことは私がやりますから、そこの連れと一緒にいてください。」

ふっと微笑みを見せる。
と、矢庭に女性の頬が赤くなった、気がしたが、すぐに背けて二人の側に行ったため、しっかりとは見えなかった。
そのまま見ていても、顔を俯かせたままで、本当に赤らめたのかどうか、分からない。
うーん? と胸中で首をひねりつつも、銀髪の彼、氷矢に視線をやった。
鋭い眼光に、足を踏み出す。
クールで堅物な彼が、痴漢行為をするとは思えない。
然し意外と、というのはよくあること。
もし本当にやっていたのだとしたら、きちんと制裁を加えないといけない。
というか、私の心も落ち着かない……。
避けていく女性達に眼もくれず、氷矢の前でとまった。

「やった?」
「何を。」

唸るような声。
大分、キレている。
人を殺せそうな睨みに耐えつつ、単刀直入に訊いた。

「痴漢。さっきの女性の尻、触ったか?」

すると、矢庭に女性達から小さな悲鳴があがり、ざわめきに変わった。
無論、氷矢は更に苛立ちを覚え、元々への字気味の口を、更に歪めて、深く眉間に皺を寄せた。
然しどうにかこうにか抑えているようで、女性達に顔を向けないように、拳を握り締めている。
凄い怒りというか、正直者である氷矢がここまでキレるってことは……嘘なんじゃないか……?
あの女性の……。
と思いつつ、振り返って、俯いたままの彼女を見た。

「……誰がするか、そんなもん。因縁つけてんじゃねぇぞ。」

下から来るような、恐怖の声音に、視線をばっと戻す。
高身長の彼からの睨みに、思わず怖気づいてしまった。
いつもなら頼もしいのに……。
自分に向けられるとちょー怖い!
なにこの人!
強面ってわけじゃないのに、なんでこんなに怖いの!
なんて胸中でわざとらしくツッコミつつ、分かったよと右手をあげた。
すると視線を逸らしてくれ、ふっと息を吐いた。
ああ……マジで怖い……。

「連れてこい。」

唐突な言葉に、思わず「え?」と返してしまう。
然し氷矢は同じトーンで、言葉を付け加えた。

「痴漢っつった奴、ここに連れてこい。」

相変わらずドスの効いた声に、眼を丸くする。
いや、え、そんな状態のお前と、あの女性を会わせられると思うか!?
絶対にヤバいことになると、一歩近づいた。

「いや……流石に、さ……。手が出ちゃう、かもしれないし……。」

だが氷矢は俯いたまま、言葉を続ける。

「何もしねぇよ。ちょっと話し合うだけだ。」

いやその話し合いも恐怖の光景しか想像できないんですけどぉ!?
と思いつつも、うーんと頭を捻る。
どうしよう、氷矢の言う通り、連れてくるか。
確かに怪しいもんなぁ……。
でもこの調子だから……。
と、うんうんと考えを巡らせていると、右手首を掴まれた。
決して強くはない、比較的優しい手に、えっと視線をやる。
俯いたままだ。

「連れてこねぇのなら……代わりにお前が言ってこいよ。」

一瞬いいな、と思うが、恐らく私が言っても、彼女は退かないだろう。
寧ろ同性なのを武器にして、色々と押しかかってきそうだ。
それにヒステリックになられて、痴漢だなんだと騒がれたら……。
爆弾状態である氷矢がどう動くか、分からない。
なら逆に、凄みのある彼に任せれば、喚こうとしても喚けないことになるだろうし、素直に言う可能性も高い。
それに私は勇者だ。
彼もテレビ番組に出るぐらいの知名度だし、不審に思われるリスクはほぼない。
よし、なら連れてこようと、こくりと肯き、そう答えた。
そして足を踏み出す。
が、腕は掴まれたままだ。

「連れてくるって。」

苦笑いを交えて言うと、徐に顔をあげ。
恐怖の赤い瞳で見下してきた。
だから怖いって……。

「絶対に連れてこいよ、お前。あと悲鳴が聞こえてきても何もすんな。手は出さねぇ。」

だから怖いから氷矢ぁ……。
と、泣きたいのを抑えながら、うんうんと肯く。

「大丈夫、近くにはいるけど。」

そう言うと、「……勝手にしろ、馬鹿野郎が。」と吐き捨てるように言い、手を離してくれた。
馬鹿野郎ってなんだよとむすっとしつつ、女性のもとに戻った。
アヴァとエマに、耳打ちをする。
それぞれ小さく肯いた。
そして俯いたままの女性に、口角をあげ、右手を差し出した。

「怖くありませんから、彼のところに行きましょう。大丈夫です。私がいますから。」

ふっと、彼女の顔を覗き込もうとする。
が、頑なに背け、全く見せてくれない。
然も動かないし。
姿勢を正し、二人に視線をやる。
するとそれぞれ首を傾げて、苦笑いを浮かべた。
うーん、どうしようかな。
動いてくれないと困るんだけど。
多分こういうのは、紳士的なノアや佐藤さんが得意なんだろうけど、片方はまだ来ていないしな。
来るまで待つ、なんてことはできないし、さっさと終わらせたいんだけどと、少し面倒くさそうに、もう一度話しかけた。
が。
まるで子供のように飛び出してきたかと思うと。
なぜか、抱きついて来た。
と共に。
左腕に、彼女のダイレクトアタックがぶつかる。
痛み止めで抑えていた以上の激痛が、一気に全身を駆け巡る。
思わず声が漏れ、痛みを緩和するかのように、冷気が強まる。
私が痛がっているのにも関わらず、そのままむぎゅうっと抱きつかれ。
更に押さえつけられ、その左腕によって、肋骨の方にもダメージが入る。
失神する程の激痛。
二人が慌てて引き離そうとする。
だが素人相手に、プロであるエマが全力を出せるわけもない。
全く緩むことなく、痛みに全身が支配される。
声は出ず、周りはざわめいたまま。
徐々に痛みやストレスによる吐き気がこみあげてき、更なる地獄が頭を朦朧とさせる。
駄目だ、ここでは吐けない。
そう、必死に上を向いて耐える。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
それしかない。
頭のなかは、それしかない。
時。
身体に、開放感。
同時に、離れようと反対側に入れていた力によって、後ろに倒れそうになる。
が、ふっと、筋肉質な腕が、支えてくれた。
押さえつけられていた分の痛みはなくなったが、それでも残ったものに、歯を食いしばる。
こけた女性は、アヴァとエマに、拾い上げられた。

「テメェ……なにしやがった……。」

唸るような低い声。
右上からのそれに、安堵の溜息が漏れる。
スコット先生のかけてくれた術が、また再度、効いてきた。
と、左側から、違う声が聞こえてきた。

「うちの大将殺さないでよ~、大怪我してんだからさぁ。」

横目で見る。
アイザックだ。
なぜか後ろから、女性の黄色い声が聞こえてくるが、ありがとうと右手をあげた。
そして息を整え、例の彼女を見据える。

「流石に行動が過ぎるぞ……。」

掠れる声に、右手で氷矢の肩を持ち、立ち上がろうとする。
と、背中にまわった腕で支えてくれ、ふらふらとしながらも、何とか姿勢を正した。
掌に伝わってくる引き締まった筋肉に、一つ息を吐く。
いつの間にかエマに羽交い締めにされており、注目が集まったせいか、女性はヒステリックに喚きだした。
甲高い嫌な声に、眉根を寄せる。
痴漢だなんだと、案の定騒いでる。
煩いな、この女……。
楽しいはずの夏祭りが、この女一人によって狂わされた。
その苛立ちに、左を見る。
アイザックは腰にある刀に、左手をかけていた。
そして反対に氷矢は。
険しい顔で、睨んでいた。
エマの表情も険しく、戦の匂いが脳を刺激する。
そこから抜け出すために、この祭りの場に来たのに。
結局面倒事に巻き込まれて……。
はあ、と、絞り出すように息を吐いた。
すると。
女が私に気が付き。
なぜか、恍惚とした表情を見せ。
まるで恋する乙女のように、視線を外した。
その異様な反応に、こちら側にいる私を含めた三人は、警戒を一瞬緩めた。
というか、緩まされた……?

「なんだ、あいつ……。」

そう呟き、凝視する。
なんなんだ……。
調子が狂わされてばかりだ。
と思いつつも、軽く深呼吸をし、問いかけた。

「反省、してます?」

だが同じ反応。
流石に二人も不審に思ったようで、顔を見合わせた。
眉根を寄せつつ、続ける。

「あの、私の話、聞いてます?」

今度は少しキツく。
すると、祭りのざわめきに混じって、女の微かな声が聞こえてきた。
然し、しっかりとは聞き取れない。
小首を傾げ、驚いた様子のアヴァに視線をやり。
名前を呼んで、軽く手招きをした。
少し躊躇いつつ、振り返りつつも、私のところに来る。
困ったような面持ちで、アヴァは女の言ったことを伝えてくれた。

「えっと……貴方が好きなの、と。それと……少しお酒の匂いが……。」

その言葉に、いつの間にか近くに来ていた男子二人も、納得したらしい。
アイザックに視線をやると、苦笑いを柔らかくしたような笑みを浮かべ、刀から手を離した。
反対に氷矢は一瞥をくれたあと、口を噤んだ。
アヴァに視線を戻し、ややあってその後ろの女性にやる。
確かに若干、ふらふらとしている。
ただの酔っ払いかと、やっと息を吐きだし、痛みも和らいだ左腕を軽く撫で、「氷矢、警鳥隊に引き渡すか?」と問いかけた。
ややあって、舌打ち混じりの返事をされた。

「酔っ払いに説教垂れても、ゲロしか吐かねぇからな。」

先程よりもマシだが、それでも苛立ちの籠った声音に、確かにと肯き、アヴァにそのことを告げ、エマと共に引き渡しにいってくれと付け加えた。
ややあって、言葉が伝わったエマも大きく肯き、二人に連れ去られていく女性の背を、見つめた。
ちょっと、憐みの眼で……。

「酔っ払いは面倒だねぇ。まぁ、警鳥隊はその辺りプロだから、大丈夫だと思うよー。」

相変わらずの間延びした声に、欠伸が移る。
あっとアイザックにさされるが、仕方ないだろと照れを隠し、氷矢に向き直った。
いつもの無表情に、「ごめんな……。」と呟いた。
然し小さくかぶりを振り、「お前にこれ以上の怪我がなくて良かった。」と、素直に言いやがった。
かーっと身体が火照り、慌ててアイザックの方を見る。
が、にこにこ笑顔で女性達のなかに戻っており、一つ重たく、溜息を吐いた。
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第45話 忙しい宣伝係【改稿版】

2019-12-05 19:56:33 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
ハチベエさんは乗り気じゃなかったが、既に手は回っているという将軍の声に溜息を吐き、渋々といった感じで去っていった。
苦労人だな、あの人、と思いつつエマと話し合い、先に里に帰って、任命されたことを伝えに行くことになり、その持ち前の身体能力を発揮してすっと消えたのを、笑顔で見送った。
さて、誘ってみるか。
勿論、氷矢も。
夏祭りは現世で何回も行ったことがあるが、この異世界だとどうなるんだろうか。
魔術の類は絡んできそうだよな。
あとエンターテイナー系の許可もちも、盛り上げ役として登場しそう。
となると、現世より楽しい夏祭りになるのでは?
なんて歩きながら考えていたら。

「おい、小豆。」

後ろから呼ばれ。
ぱっと振り返った。
そこには軽く髪をかきあげる氷矢がおり、嬉々として近づく。
むふーっと笑みを見せると、それとなく視線を外した。
これに右手に持った鞘で軽く小突き、祭りのことを告げた。
すると眉根を寄せ、「はぁ? 祭り? ふざけんな。こっちは忙しいんだよ。二週間経っても一向に進まねぇのに、今の王様は何考えてん──」と言いかけたが、私が更に近づき、その眼を見上げながら「大工の人たちには先に話がまわってる。氷矢一人だけ取り残されるぞ。」と、口角をあげてみせた。
ややあって、面倒くさそうに溜息を吐き。
一歩離れたところで、「わかった……付き合えばいいんだろ。」と、若干投げやりに答えてくれた。
これにうしっと小さくガッツポーズをし、「じゃあ六時に十字路で集合なー。」と言いながら、ノアの家に向かった。
先に大家さんにも告げると、笑顔を見せ、参加すると肯いてくれた。
本当、この人のところに来て正解だよ、と思いつつ当の本人を訪ね。
祭りのことを告げた。
すると大きく喜び、「知ってはいたんですが、行くのは初めてです!」と、可愛らしい笑みを見せた。
じゃあ十字路でなと、丁度いいところで切り上げ、道に出たあと、懐に一応入れておいた紙飛行機を取り出した。
果たしてこれで来てくれるのだろうか。
いや、詮索はしない、詮索はしない。
とりあえず投げてみよう。
そう思い、軽く、手を離した。
すると。
鈴が一つ鳴り。
後ろで着地する音が続いた。

「どうしたのー?」

間延びした声に、振り返る。
ホントに来た……。
然も刀つきで……。
どういう原理なのか、もの凄く気になりながらも、やってきたアイザックに祭りのことを告げた。
すると少し眼を丸くし。
ややあってふにゃりといつもの笑みになると、「ボクが行って大丈夫なのかなぁ。」と、呟くように言った。
確かに公式には認められていないが……でもそれなりの地位を持ち、発言力を持つスコット先生が、既に上に告げている。
心配する必要はないと、アイザックに微笑みかけ、結果として彼も祭りに来ることになった。
刀の一歩や二本、持ち歩いていたって大丈夫な国だ。
ハチベエさんもまぁまぁの頻度で帯刀してるし……。
だから大丈夫。
アイザックもいい気分転換になるよ。
そう言い残して、次は病院に向かった。
一応怪我人だし、担当医のお許しは貰っておかないとな。

「重傷者ですからね。無理はしないでください。まぁ、そんな事言っても意味ないと思うので、さっさと痛み止めをしておきましょう。」

相変わらずのサバサバ感に、一種の安心感を覚える。
私も結構男臭いとこあるけど、スコット先生は更にその上を行くな……。
結婚どころか、恋人つくるのにも一苦労しそー、と思いつつ、暫くじいっと待っていた。
六時って言ってたけど、結構もう夕方なんだよな。
用意もあるし、少し急ごう。
と思っていたら、解放された。
どうせならスコット先生もさ、と言いかけたが、すぐにかぶりを振り、仕事があるのでときっぱり。
どこぞの失敗しない系女医かなぁー? んー?
なんてツッコミを飲み込み、早足で病院から抜け出した。
残るは一つ。
アヴァの家だ。
心地よくなった身体に脚を動かし、そそくさと角を曲がり。
扉を開けた。

「ただいま。」

少し大きく言うと、驚いた面持ちで「あら、おかえりなさい。どうしたの?」と、小首を傾げた。
これに子供のように笑みを見せ、扉を後ろ手に閉めながら、祭りのことを告げた。
右手と足だけで上手くブーツを脱ぐ。
勿論、アヴァは更に驚き、「粋な事を考えるお人なのね……。」と独り言を呟いた。
家にあがり、腰に手をあて、「んで、来るか?」と問うと、「当然よ!」と華やかな笑みを浮かべた。
そして急に手をうち、慌ててどこかに向かう。
その背に「どうした。」と投げかけると、「早く着替えましょ! 時間がかかるのよ、お洒落するには!」と、明るい声が返ってきた。
時間がかかるっつったって、と思いつつ、壁にかけられた時計を見る。
が、針は既に五時をまわっていた。
嘘、もうそんな時間!?
と、今まで一回も時計を見ていなかったことに気が付き、何着か浴衣を持ってきたアヴァと、忙しなく用意をした。
私が選ぶより、アヴァが選ぶ方がいいと言い、結果として赤と黒のシックで、然しどこか妖艶なものに決まった。
一応さらしを巻き、左腕のせいではだけても大丈夫なように、痛くない程度に胸も潰した。
そしていつものように、髪を高く結ぶ。
お団子ヘアは……私には似合わない。
だからこっちでいいと、最後に口紅を塗られ。
うーと思いつつ、姿見の前に。
徐々に外も暗くなってきた。
少しくらいならいいだろうが、長くは待たせておけない。
なんて焦りつつも、鏡に映った自分に、一つ溜息を吐いた。
顔には二本の大きな斜めの傷。
左腕はギプス固定され、頬や首筋、右手などには、湿布や包帯が巻かれている。
可愛いどころか、綺麗にもなれない。
まぁ、仕方ないんだけどな。
外見如きに拘ってたら、何も戦えない。
そう思っていたのに。
アヴァの手がそっと背中にき。
姿見に映りながら。

「勇者だからこそのカッコよさ、綺麗さよ。そんな悲しい顔しないで、ほら。」

ふっと、微笑んだ。
おかしいな、私は諦めがついていたのに。
鏡に映る自分の顔は、沈んでいた。
……本当は綺麗になりたいよ、私だって女の子だもん。
だから、アヴァ。

「ありがと……。ちょっと、勇気でた。」

その言葉、凄く嬉しいよ。
そう思い、笑みを返した。
するとこくりと肯いた。
そうだよ、私は自信を持っていいんだ。
うん。
と思いつつ、時計を見た。
が。

「もう時間ないじゃん!」

針は既に、六時に近くなっていた。
勿論、全く用意が出来ていないアヴァは、ばたばたと慌てながら、浴衣を舞いあげた。
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第44話 まろまろした麻呂眉【改稿版】

2019-12-05 17:00:26 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
息を整え、城に戻る。
氷矢や佐藤さんに慰められ、サリヴァンさんには抱きつかれた。
その過剰な程の愛され方に、自然と笑顔が出てくる。
私の気持ちは私だけが知っていればいい。
だからもう、この事には触れない。
けりは付けたんだから。
そう思いつつ、談笑を続けていると、徐々に気も楽になっていった。
このまま忘れられたらいいんだけどな、と思うものの、そういう器用な事は私には出来ない。
トラウマ確定案件だな……と、また思い出して鬱々とし始めると、丁度いいタイミングでハチベエさんがやってきた。
息を切らし、神妙な面持ち。
現指南役であり、将軍側近という立場である彼は、私とエマを交互に見ながら、「次の将軍様が貴殿らに会いたいと申されておる。」と言い残し、踵を返した。
その慌てた様子に、私達は顔を見合わせ、こくりと肯くと、すらりとした背に続いた。
次の将軍様って、もう既に決まっていたのか。
なら一安心だなと思いつつ、一階の奥の方まで行くと、喧噪は小さくなり、何とも言えない荘厳な雰囲気が漂ってきた。
私、ただの女子大生だったんだけどな……。
こんなところに来て、いいんだろうか……。
なんて今更な事を思いつつも、とある一室の前にとまり。
ハチベエさんがその襖の前で、片膝をついた。

「現勇者と忍のご到着でございます。」

真剣な声音に、ごくりと唾を飲み込むと、くぐもった声が聞こえてきた。

「よい、通せ。」

男性の高い声。
聞き覚えのあるそれに、すぐに平安時代の貴族が頭のなかに浮かんだ。
今度の将軍は、威厳ある仙人風、ではないのか……?
高鳴る緊張に、開けられる襖を見つめた。

「入れ。」

低く促され、少し慌てて、なかに入った。
土足OKなのかよ、と思いつつ、畳のうえに正座する。
まず驚いたのは、眼前にある簾だ。
藤色の簾。
まさしく平安時代のもの。
そしてそこに映るシルエットも。
平安。
いや、結構戦国時代や江戸時代の物が多いこの国で、平安……!?
とツッコミたくなったが、静かな空間に流れる空気には、本物を感じた。
そりゃそうだ、私とは違う、王家直属の将軍だもの。
ハチベエさんからの目配せに従い、右手をついて、頭を下げた。
少し腹辺りに違和感のようなものが走るが、我慢し、最低限の自己紹介をした。
ややあって右から、エマの低いトーンが聞こえてきた。

「瓜生の里出身、エマ・スチュアートでございます。現在修行中につき、通り名は伏せておりますが、神情という名を授かっております。」

神情?
というか、通り名なんてあるのか、と思いつつ、「面を上げよ。」という声に、徐に従った。
相変わらずのシルエットだが、一つ扇子を開くと、ぱたぱたと優雅に仰ぎながら、話しだした。

「九条辰美殿……いや、浜松小豆殿と呼べば良いのか?」

その問いに、「呼びやすい方で構いません。」と、軽く頭をさげた。

「うむ。」

この短い声に、静かにあげる。
横顔のシルエットだ。
というか、なぜ簾の奥にいるのだろう。
そういうこだわり?
まぁ、いいか。
重要なのは将軍の人間性だしな。

「では、九条殿、貴殿の活躍ぶりは聞いておる。危険人物の駆逐にも成功し、まだ四か月か五か月ほどしか経っておらぬのに、数々の功績をあげておるの。三月頃から活躍しておるが……何か欲しいものはないかえ? 物騒な物ばかりじゃ辟易とするじゃろう。」

なんて思っていたら、唐突な質問に、返答がつっかえた。
欲しい物、か……。
そうだな。
今は夏だし、幾ら涼しいとは言え、動き回ると暑くなる時季だ。
ならここはと、少し身を乗り出した。

「今の装備の性能をそのままに、涼しい格好にして頂けませんか? 今は夏です。幾ら涼しくとも、動くと暑いで──」
「嫌じゃ。」

が。
きっぱりと言われ、言葉が切れた。
流石にこれには側近も驚き、切れ長の眼を少し丸くして、簾の方を見た。

「元勇者御一行からの要望も御座いました。ここは、夏用の防具を揃えた方が──」
「嫌なものは嫌じゃ! 麿はゆうたぞ! 物騒なものばかりは嫌じゃと! 防具なんぞ、鍛冶屋にでも頼めばよかろう!」
「然し麿様、元勇者と現勇者の装備は特別で御座います。特に現勇者の防具は、王家代々に伝わる魔術を──」
「しつこい! そんな物はよいのじゃ! 麿は戦になぞ興味はない! 装備の話なんぞ、貴様がやれば良かろう! とにかく、麿は嫌じゃ! 戦の話なぞ嫌じゃ! 九条!」

二人の会話にぼうっとしていると、ばたばたと動くシルエットに名指しされ。
反射的に背筋を伸ばし、「はっ。」と返事した。
せいか、少し肋骨の辺りに痛みが走り、顔を歪めて背中から力を抜いた。
急な動きはまだ駄目か……。
と思っていたら、将軍は扇子を口元にやり、こう言いだした。

「貴殿は戦のことばかり考えて、労働基準法を守っておらぬじゃろう! ここ数ヶ月、目立った功績以外にも、魔物退治に明け暮れておったであろう! 父上はそれを咎めず、ほおっておいた……じゃが、戦ばかり考えておったら、楽しいものも楽しめぬぞ! そこで、麿は考えたのじゃ。“今宵、夏祭りを開く”。無論、もう既に手は回しておる。大工の者共も、夜には作業を中止するよう呼びかけておるからの。ハチベエ、そうゆうことでな。」

そして最後は、私から見て右側にいる側近に、けたけたと笑いかけた。
勿論、ハチベエさんは身を乗り出し、反対の声をあげる。
だがそれでも笑い続け、ひらひらとかわしていった。
少し妙な方だが、先代の雰囲気は確かにある。
多少信頼しても良さそうだと、静かに頭をさげた。

「うむ。話の解る勇者であるの。誰かと違って……。」

またけたけたと笑う将軍に、ハチベエさんの唸る声が重なる。
ややあって声の通りに、頭をあげた。
と、一つ空気が変わった。
それは将軍が開いていた扇子を、ぴしゃりと閉じたからだ。

「して、エマ・スチュアート殿、貴殿は忍であると申したな?」

その問いに右を見る。
可愛い顔立ちの彼女だが、根はしっかりしている。
真剣な眼差しに、「はっ。」という声を聞きながら、視線をシルエットに戻した。

「神情というのは、忍のなかでも位の高い者につける通り名ではないかの? もしや、今の時代は違うのかのう。」

どこか探るような声音に、軽く眉根を寄せる。
エマはすぐには答えず、ややあって低いトーンで答えた。

「……まだ勇者にも言っていない事で御座いまして。実はわたくし、“異常者なので御座います”。」

だが私の耳には、一つの単語が引っかかった。
異常者?
初めて聞く言葉だぞ。
思わずエマを見るが、その横顔に変化はなかった。
どういうことだ。

「なんと。それはまぁ……。」

と思っていたら、将軍の歓喜の声音が入ってきた。
喜ぶ程のことなのかと、視線を正面に戻した。
私の知ってる異常者とは……別の意味を持つのか?
この喜び方からして、政府や戦闘における珍しいもの、なのか……。
そう、若干置いてけぼりになっていたが、エマが話を続けた。

「それ故に、元々の身体能力が高く、神情という名を授かりました。私はまだ、勇者の脚を引っ張ってしまうと思い、修行を続けていますが、もう十二分にいいと言われております。因みに、修行を始めたのは二週間程前……将軍が崩御なされた当日から、メイドを辞めて里に戻りました。」

身体能力が高い、その言葉に、何となく合点が行った。
異常者って、ようはチートレベルの力を持つ、特殊な身体つきの人の事か、と。
多分現世でこんな名前つけたら、障害者の二の舞になりそうだな……。
と、とりあえず納得した私は、眉根から力を抜いた。
が。

「ならば、今すぐにでも忍になれば良かろう。九条殿もそれを喜ぶであろう。」

というまたもや唐突な台詞に、また眉根を寄せる。
いやまぁ、別に私はいいんだけどと、右を見た。
緑色の瞳と眼があい、そのまま首を傾げてきた。
あざといなお前……と思いつつ、一つ息を吐き。

「将軍様が宜しいと仰るのならば。」

シルエットを見据え、言い放った。
これに「うむ!」と、嬉しそうに扇子で掌を叩き、エマやハチベエさんの言いたげな様子を無視して、「では、今宵の六時から祭を開くからの。仲間を連れてくるのも良し、家族を連れてくるのも良し。戦のことなぞ忘れて、大いに楽しむが良いぞ。」と、明るい声で告げた。
なんというか、今度の将軍様は型にハマらない、自由人タイプだなと、同時に溜息を漏らす二人に、笑い声を噛み殺した。


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第43話 価値【改稿版】

2019-12-04 20:57:18 | 【改稿版】ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を
晴れてゆく視界。
頬を流れてゆく涙。
そこにあった手は、首筋を滑ってゆく。
主は眉根を寄せ、僅かに涙痕があった。
氷矢だ。
右肩の温もりに、そちらに視線をやる。
子供を安心させるような微笑み。
佐藤さんだ。
それに鼻を啜り、震える声で、先程のことを言った。
然し微笑みを見せたままかぶりを振り、え? と小さく漏らすと、氷矢の手が頬に帰ってきた。
そして、涙を拭ってくれた。
視線を戻す。
赤い瞳には、今まで以上に感情がある。
でも私には、感情がない。
全てが抜け落ちてしまったかのように。
何も、感じない。
ただ分かるのは。
途轍もない寂しさと、安堵のみだ。
何が起こったのか、未だに分からないけれど、私は氷矢の少し優しげなポーカーフェイスに、ほっと小さく息を吐き出した。
刹那。
背後から。
ねちゃり、という音が。
聞こえてきた。
えっと、眼が見開く。
頬に残った涙が、乾いてゆく。
そして恐怖故に。
振り返ろうとした。
が。
首がおかしくなる程の力で、押さえられた。
ふっと、赤い瞳を見つめる。
優しい色は消え、鋭い光へと変わっていた。
咎めるようなそれに、歯を食いしばる。
そして。
右手で、彼の太い手首を掴んだ。
恐怖が焦りとなり、力となる。
徐々に強くなっていき、遂には。
顔を歪め、舌打ちをしながら。
振り払うように両手をどけた。
と共に、私は後ろを見た。
が。
そこにいたのは。
あの看護婦が、ゾンビのように両手をぶらさげて。
左右に揺れて。
ぽたぽたと赤黒い血を垂れ流していた。
不幸中の幸いか。
看護婦の注意は、奴をぶっ飛ばしただろう佐藤さんに向いている。
だが恐怖心が身体を締め付け、眼が離せなかった。

「だから止めたのに。お前の今の状態じゃ、堪えれるもんも堪えられねぇよ。」

背中に手を当てられ、左からの声に、少し息を整えた。

「さっきも、あんな感じで看護婦が近づいてきて……腹部が痛くて右手で抑えていたら、その手に重ねてきて、頬を赤らめながら笑いかけてきたんだ。その口の中は粘ついた血みたいな液体でぐちゃぐちゃで……しかも、お持ちします、あなたの命をって言ってきたな……。」

自分でも分かる。
声が僅かに、震えていると。
佐藤さんが拳を構え、いつでも対処できるようにしているが、それでも恐怖心は拭えなかった。

「やっぱりか。お前は気付いてなかったんだろうが、ずっとお前たちの上で作業してたから、アイツの動きも見えてたんだよ。お前がアイツを見てない間、あの“ストーカー野郎と同じような顔して、お前の身体中見て”やがった。女の看護士のくせに、気持ちわりぃ奴だなって思ってたが……まさか化けてたとはな。」

低い声に、顔が引きつる。
まさかまだ……。
まだ私に絡んでくるのか?
まだ私を追ってくるのか?
でもなんで。
攻撃してこない。
先程のは奴の幻かなんかだろう。
けどこの状況で攻撃してこず、寧ろ結構な距離を保って揺れているのは……。
ちょっとストーカー野郎にしては、おかしいな。
ずっとゾンビのように揺れてて、生気も感じられない。
執念で魂だけが残ったのだろうか。
一つ息を吐き、歩きだした。
そしてエマが抱えている鞘に、触れる。

「え……?」

彼女の間抜けな声のあとに、右腕を掴まれた。
氷矢はまだ私を止める気だ。
だが視線をストーカー野郎にやったまま。

「無理だと感じたら退く。それでいいだろ。」

先程よりもしっかりとした声音で、言い放った。
徐々に恐怖心が小さくなっていく。
そう、もう奴は私に手が出せない。
怖がったところで、無駄だ。
未だに離れないそれに、少し右後ろを見た。
赤い瞳に、「今のアイツは弱い。それでも嫌なら、ベテランたちに頼めばいい。」と言った。
ややあって。
すっと離れ。
視線をストーカー野郎に戻した時。

「ほざけ。」

と短く。
それに軽く深呼吸をし、エマにちらりと視線をやる。
困り眉のまま小さくこくりと肯き、鞘から手を離した。
ざわめきがあがるが、佐藤さんは何も言わない。
故にそれも直に収まり、私は通気性のいいブーツで、静かにゆっくりと。
奴に向かって。
歩きだした。
晴天だ。
この場に似つかわしくない程に。
鞘を握り締め、看護婦ことストーカー野郎の前まで。
感情を無くせ。
全てを偽れ。
コイツが満足して勝手に昇天していくように。
仕向けろ。

「私が憎いか?」

俯いたまま揺れ続けるソイツは、無言で肯いた。

「私を殺したいと思うか?」

次は一つ間をおいて。
肯いた。
なら次の質問は……。
ああ、大丈夫大丈夫。
私なら出来る。
だって聖人じゃないもん。
勇者という肩書きがあるだけで、ただの腐った人間だもん。
大丈夫……。

「私をまだ……好いているのか?」

今度はとまった。
揺れがとまった。
そしてややあって、肯いた。
びきりと私の何かが切れかかるが、まぁ落ち着け。
ここで暴れてみろ。
最悪な事になる。
息を整え、口角をあげた。

「ごめんな。」

なるべく優しい声音で、言った。
そして続ける。

「お前のしたことはそりゃあ……許される事じゃないけど……。でも純粋に私を好いてくれて、勇気を出して告白してくれたんだろ?」

なら、と、その場の膝をついた。
虚ろな眼が、徐にこちらを向く。
相変わらず垂れてくる血に、嫌悪感を抱きながらも。
鞘をそっと地面に置き。
そして。
両手でその頬に触れた。
内から湧き上がってくるどす黒いものを、必死で押さえつける。
やめろ、やめろ。
暴れるな、自分。
大丈夫、あと少し。
あと少し我慢すれば。
その分、氷矢に癒してもらえる……。
彼なら無愛想でもしてくれる。
だから、だから……!
踏ん張れ、浜松小豆!

「なのに……ごめんな、気持ち悪い奴だとかって、周りに言いふらして……。私もやりすぎたよ。ごめん。」

ふっと、両手で顔をあげさせる。
虚ろな眼。
どす黒いもの……そうだ、真っ黒な獣だ。
そいつが吠える。
けど鎖を引っ張って、必死に耐える。
あと少し……。

「……悠人くん、私を愛してくれて、」

ふっと、首の後ろに手を回し。
奴を抱きしめ。
耳元で。

「ありがとう……。」

囁いた。
瞬間。
ぱあっと、風が巻き上がり。
ゆっくりと腕を離すと。
光の粒になって。
ストーカー野郎は、九条悠人は。
あっさりと消えていった。
血痕も何もかも、綺麗に。
消えていった。
今度こそ終わりだ。
そう、謎に実感できた。
腕をおろし、大きく深く。
息を吐きだす。
凝り固まった口角を下げると、謎に心地よかった。
これでいいんだよ。
アイツはもう、今度こそ地獄に行くから。
ただ、現世に残ったままの竜には、申し訳ないよな……。
ストーカー野郎に彼女が殺されて、その野郎は死んで……。
病んでなきゃいいけど、と思いつつ、転生者になったせいだろうか。
どこか他人事のように思えた。
残酷、なのかも知れない。
けど世の中綺麗なものばかりじゃないし、私のこれだって、罪悪感を抱く気はない。
だってアイツにはもう真実なんて必要ないんだし。
最期の最期くらい。
いい思いして死んでってくれ。
と思いつつ、私はやっと終わったこの出来事に、綺麗な青空を見上げた。



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