たのしい夢日記

京都奈良寺社巡り・思い出・読んだ本…日々のあれこれを写真と共に。

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着物

2014-10-20 23:36:25 | 母の記憶




美智子皇后さまが今日、傘寿を迎えられたという記事が新聞に載っていた。

昭和9年10月のご誕生以来の主な出来事も。

11年前に亡くなった母は、昭和9年11月生まれ。結婚も、天皇皇后陛下と同じ年のはず。

「死んだ子の年を数える」というけれど、子も「死んだ親の年を数える」こともある。私もよく、街中で腰の曲がった年配女性が、それでも元気に天王寺のにぎわいの中買い物をしているのを見ると、母はずいぶん早くに死んだのだな、とよく考えるのだ。

美智子皇后さまはさすがに80歳、髪も真っ白になり、でも上品に着物を着こなされ、天皇陛下と仲良く写真の中並んでおられた。

先月帰省した時に、父が色々なものを整理している、というので、母の残した着物を数枚もらった。一人娘の私が今までもらっていなかったのはつまり、私が着物を着ないから、という単純な理由と、着物用の箪笥を持っていないからである。

しかし一昨年位から、着物を着てみてもいいのな?と思い始め、2,3枚昔母にもらったカジュアルな着物を着てみるようになった。浴衣は楽だけれど着物をきちんと着る、というのは難しい。着付けを習ったこともない。母に教わった半幅帯の結び方で着たことはあったので、それでとりあえず。

最近は着物女子も増え、ややこしい決まり事なしで着物を着る人も増えたので、気軽に着られる着物を扱ったサイトもたくさんある。そういったサイトで基本のセットを手に入れ、帯締めや帯、草履、など少しずつ集めてきた。この年齢ならきちんとした着物を着るべきだろうけれどまあ、いいだろう。

帯の結び方、帯締めの色々な結び方もネットで検索すれば調べられる。着付けをきちんと習ったらちょっと違うだろうがとりあえずなんとかなるものだ。

今回もらった着物の中には、こんなのもってたっけ?と言うのもあり、確かに母が来ていた記憶のあるものも。

今年はこのうちのどれかを着てみよう。

秋の紅葉の時期?お正月がいいだろうか。
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久々帰省

2014-10-13 22:17:33 | 現実
私の部屋は、巨大なストレチアの鉢に占領されている。

手入れをしてやったら花が咲き始めた、と父が言う。3年前の帰省時も咲いていた。脚が悪くなって、あまり2階に上がらなくなって水やりもしないでいたというのだが。
鳥の顔みたいな花がいくつも咲いている。

9月に北海道に帰るというのも珍しい。

初めてピーチで帰ったのだが、往復で今までの航空運賃の半額で済んだのがすごい。但し時間帯などはあまり良くはないが。その上関空の第2ターミナルは、地方空港のターミナル風で、ずいぶん小さく何もない。


さて、北海道。



私の千歳空港のイメージは、ここ。

吹き抜けのようになっている空間が真中にあって、上のレストランフロアから見下ろした感じ。お土産屋さんが沢山見える。



これはちょうど20年前にオーストラリアから帰省した時の写真だが、その頃にはこの空間に、白樺を植えたスペースがあった。

家族3人で撮った写真は、これが最後から2番目位だろう。確か、大阪に来てから、京都のレストランで撮った写真が最後と覚えている。


故郷の町に帰るたび、人通りのなさに戸惑うが、今回も、夜11時に駅の回りに人っ子ひとりいない、というのに改めて驚かされた。その時間の東大阪であれば、駅から家に着くまでの数分で何人もの人に会う。まだ町は眠っていない感じ。それに慣れきってしまったので調子が狂う。

確かコンビニが駅にあったような?と思ったが売店だったらしく、しかたなく5分ほど歩いた所のセブンイレブンで翌日の朝食をGET。品ぞろえは、むろん東大阪の近所のセブンイレブンと違いはないので、なんだか救いの神のように思ったりした。

昼間は大阪と変わりない位暖かかったけれど、朝は寒い。夏に帰省した時も6時頃に寒くて目が覚めたけれど、9月末ともなると格段に冷え込む。
夜はいらないけれど、大体朝方は少しストーブを「焚く」と父は言う。

ストーブはつけるのではなく、「焚く」というのが北海道。昔は石炭ストーブだったから、焚くというのが合っていた。今は外のタンクから石油が送られてくるのだけれど。
煙突のあるストーブの暖かさは、エアコンとは大違い。ストーブの上にやかんを載せておくというのも、懐かしい。





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