クソで掃除できず

2018-12-24 02:05:05 | Weblog
毎年書いてる気がするが12月7日が過ぎた
この日は埼玉で日の入りが1番早い日である
つまりこの日を過ぎるとあとは明るい時間が延びていくだけだ

それだけで何か気持ちが前向きになるような気がする
明るい時間が長ければ電気を点けなくて済む時間が増える
電気代にもいいのに加え、早い時間に電気を点けてると、
セールスなどが訪ねてくるリスクが増える

休みの日はどうしても夕方にテレビを見たり、
ネットをするので少しでも明るい時間が長いほうがいいのである
ちなみに日の出の時刻はほぼ寝てるのでどうでもいい
朝に車などで出勤する人はこっちのほうが気になるだろう

さて、先日風呂場を掃除しようと思ったが、
あることで直前に断念した
それはクソである

直前までは何の前兆もなく、
今日は床をガッツリ掃除するぞと意気込んでいた

ここで何度も書いてるが、
普段はトイレで流す水を節約するために、
洗濯の排水を大きなたらいに溜めてるので、
それが邪魔で床を掃除できない



それが空になったときが床掃除のチャンスである
そして丁度空になったので今夜洗うぞとなったわけだ
ただ空になっても気持ちが盛り上がらなければ、
掃除をすることはない

久しぶりに空になるタイミングで、
気持ちが盛り上がったのである
絶好のチャンスである
今回を逃すと次はいつになるか分からない

しかし浴室に入る直前に便意が襲ってきてクソをした
普通はそこで流して予定通り掃除するんだろうが、
俺はなぜかクソはすぐに流せないのである

どうせクソを流すならシャワーを浴びた後の、
その日最後の小と一緒に流したいとなるわけだ
仮に便器の中にクソがあっても床掃除は可能だが、
自分のクソとはいえそれを横目に見ながら掃除は無理だった

小粒の固いクソならまだいけたが、
その時に限ってべっとりとした多めのクソだった
蓋をしても臭いが充満しており、
便器の真横に顔を近づけて掃除するわけだから、
長時間は無理である

次にたらいが空になるのと気持ちの盛り上がりが、
一致するのはいつになるのか分からない
ほんとに惜しいチャンスを逃してしまった
まさかあそこでクソをしたくなるとは夢にも思わなかった
直前までクソの気配が全くなかったのである
これでガッツリとした掃除は当分先になりそうである

さて先日かなりの奇跡が起きた
部屋から小銭が消えたのである
俺が言う小銭とは1円5円10円玉である
これらが全部姿を消した
これがセミセルフレジの破壊力だろうか

1人暮らしをしてると小銭をいかに捌くかが重要なんだが、
ここまできれいに捌けると気分がいい
ただその代償として次は小銭を払えないので、
当然小銭が残ってしまう
それでも瞬間的とはいえ、
完全に捌けたのは実に気分がいい出来事である
蛾が消えるのは勘弁だが小銭が消えるのは大歓迎である

さて、先日ある店で、
60歳以上ですかという確認をされた
その時はマスクをして帽子も被っていた
それでも60以上に見えるということは、
純度100%の爺ということである

俺は自分で勝手にまだ若いほうと思ってたんだが、
これでもう諦めがついた
ある意味人生終了である
完全に人生の向こう側に渡った感じである

まあ人生自体とっくに終わってるんだが、
精神的に大きな区切りになった

仕事でもプライベートでも、
気持ち的に張り合うというか、
意地になることが割と多いんだが、
これからは全局面で自分から折れようと思う

爺が意地を張っても仕方ないし、
周りから見ても痛々しいだけである

これからは下を向いて道の端っこを歩こうと思う
帽子とマスクをしても隠し切れないほど老いてるのである
これまで若いと思い込んでた自分が惨めである

もちろん仮に若くても、
くだらないことで張り合うこと自体が無意味なんだが、
これで割り切ることができた
これからは自分から負けに行くつもりである

人は少しずつ変化していくものは認識しづらいらしいが、
毎日見てる自分の顔はその最たるものだろう
それほど大きくは変わってないと思っていても、
順調に老けてたわけである
その現実を年齢確認で突き付けられたわけだ
ある意味あの店員に感謝である

俺はもう高齢者なのである
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