少年の日々

はじめて考えるときのように

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佐藤雅彦~これも自分と認めざるをえない展~

2010年09月04日 | Weblog


これも自分と認めざるをえない展に行ってきました。

この情報化された社会において、

我々はさまざまな属性を持っている。

たとえば身長。

数値化された身長は、その時点で「僕」という

個人から切り離され、169cmという属性となる。

169cmは僕以外にもたくさん存在し、

それが僕である必要はない。


まったく逆の考え方もあって、

たとえば虹彩や指紋。


指紋はたとえ僕から切り離されても、

僕の指紋は僕でしかない。


現在社会は、さまざまな属性を僕に植え付け、

あるいは、僕から奪い、もはや自分が何者なのか、

分からない。


いや、少しニュアンスは違うかもしれない。

純然たる僕は僕として実在するにも関わらず、

僕の属性だけ切り離され、独り歩きし始めた

多くの僕が存在するのだ。


属性だけの僕が、実存している僕の知らぬところで、

犯罪を犯している可能性も多々ある。


僕を僕としてコントロール術はもはやなく、

客観的な判断基準を持って、たまたまその属性に

当てはまった人間が僕として存在する。


主観と客観、仮想と現実、実存と虚構。


はて、そんな中、僕はいったい、僕であるか。


GR DIGITAL III
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