【氏名】
斎藤 久美子、本人には何も関係のないはずであるが。
【記憶にあるプロフィール】
彼女の生年は不明であるが、私より3、4歳年上。もし、元気であれば71、2歳になっているはずである。
私が建築士に合格した30数年前に、斎藤は当時の建設省(現、国土交通省)の建築士免許登録課の事務員であった。建築士免許を建設省に登録してから、私は建築士協会の技術研究部会に所属し、新技術の研究や発表のため建設省に出入りすることがあった。何かの発表会が終わってから、その打ち上げのために技術研究部会の建築士と建設省の担当部門が交流することがあった。その打ち上げの飲み会で斎藤と知り合うことになった。その後、2、3度同じような打ち上げがあり、斎藤と出会うことがあった。彼女は高卒で、公務員中級試験で入省したノンキャリアであった。ノンキャリアであったが、頭の回転は良く、明るい笑顔をする女性であった。すでに結婚していて、飲み会での接触だけであり、それ以上は深い付き合いは無かった。どういう訳か、彼女は自宅の住所を教えてくれた。現在では考えられないことであり、その頃は公務員と民間との交流は比較的緩やかであっからである。
【自宅のあった場所】
斎藤がメモしてくれた住所は、目黒区の碑文谷の住宅街であった。一帯はかなり前、多分戦前ではないかと思われる、に分譲された地域であり、一つの住宅の敷地は比較的広いものであった。住宅街にある道路は直線状に配置されていて、下町のように無計画に設置された曲がりくねった道路ではない。余裕のある居住者が多いようで、地域ではせせこましい感じを受けることはなかった。
彼女がメモしてくれた住所に到着すると、そこには100坪程度の敷地で、建坪が30坪ほどの二階建ての住宅があった。住宅は比較的最近に建築されたようで、壁の色には汚れはなく、新築してから10年程度ではないかと推測された。メモされた住居表示とその住宅は一致するのだが、表札には全く別人の氏名が掲げられていた。近隣の住宅の住居表示を確かめたのだが、該当する住居表示はその1軒だけであった。
該当する住宅を捜してウロウロとしている時に、偶然にもその住宅の台所口が開き、80歳半ばの老婆が顔を出してきた。老婆に、
「ここは斎藤さんのお宅ではないでしょうか?」
と尋ねることにした。老婆は、
「ここには昔から私の家族が住んでいて、斎藤という人は住んでいませんよ」
と返事してきた。なおも、
「奥さんが建設省に勤めていた人が住んでいた、と聞いているのですが」
となおも問い合わせると、
「あー、思い出した。この家を建て替える前は、庭が広かったので小さな借家を建てて貸していましたが、斎藤さんはその借家に住んでみえましたね」
と返答してきた。30年前には、同じ住居表示の同じ敷地に借家があり、そこに斎藤が夫婦で住んでいたのだった。さらに、老婆は、
「斎藤さんのご主人は20年くらい前に事件を起こして転居されました。事件は新聞にも掲載された大きなものでしたよ。それから斎藤さんがどこに住んでいるのか私は判りませんが」
と返事してきた。それ以上は係わりたくないような言い回しであった。斎藤の亭主は何か新聞ダネになるような事件を起こし、この借家には住めなくなったのではないか、と推測した。
【事件の内容を調べてみた】
該当地に住む老婆から不可解な返事をもらったため、図書館の新聞縮刷版で過去の記事を検索してみることにした。すると、21年前の新聞に、斎藤の亭主が引き起こした事件が掲載されているのを発見した。斎藤の亭主は比較的大きな自動車会社の経理部に勤めていて、1億円の横領をした、と記載されていた。次いで、その横領事件で懲役3年の判決を受けた、とも記載されていた。
【その後の斎藤は】
21年前の1億円であることから、相当な金額である。斎藤の亭主が横領した金銭を何に使ったのか不明であるが、大変な事件であることは確かである。
その後の斎藤の動向が気になったので、建設省のOBなどに問い合わせてみた。すると、事件のあった後でも数年間は斎藤は建設省で働いていたが、その後退職し、同僚も現在の住所は知らない、ということであった。
斎藤本人が引き起こした事件ではないのだが、建設省の中では知れ渡ったことであろう。生活のために、しばらくは建設省で働いていたのであろうが、さぞかし肩身が狭かったと想像される。現在はどこかで亭主と共に隠れるようにしてヒッソリを生活していることであろう。可哀相な女性である。
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