オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記憶

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【小ネタ】日本バーリーって知ってる?

2025年02月16日 19時14分24秒 | メーカー・関連企業

ワタシにとって「Bally (バーリー)」と言えば、60年代から80年代にかけて、ピンボール、スロットマシン、あるいはビンゴ機などを通じて深く馴染んだゲーム機メーカーで、拙ブログでもこれまで過去記事「米国「Bally(バーリー)」社に関する思い付き話(1)」をはじめ、しばしば言及してまいりました。

1978年、ワタシはその「Bally」のロゴをTVCMで見て、あの米国Bally社がついに日本に乗り込んできたのかと驚きました。そこでは、Ballyのロゴが入った帽子をかぶったおじさんが喫茶店やレストランを覗くとそこに「Ballyコスモス」が設置されているというストーリーで、最後はBallyのロゴを持ったおねえちゃんが「日本バーリー💛」とほほ笑んで締めくくられていました。

1978年に放映されていた「日本バーリー」のTVCMの一部。米国Bally社のロゴそのものを使用している。このCMの全容はyoutubeで見ることができる

しかし、「Bally」の名は日本のAM業界にとっては古くからビッグネームであったようで、(おそらく勝手に)「バーリー」を名乗るAM関連業者は国内に複数社あり、この「日本バーリー」もその一つであることを後に知りました。「'76 遊戯機械名鑑」の関連業者名簿では、1973年に「日本バーリー株式会社」として資本金1000万円で設立とありますが、なぜか社名は「日本バーリー観光株式会社」となっています。おそらくこれは、並びにある「日本ドリーム観光株式会社」と混同があった編集ミスでしょう。

'76遊戯機械名鑑の関連業者名簿より、「日本バーリー株式会社」の部分。社名が「日本バーリー観光株式会社」とあるのは、編集段階でふたつ下にある「日本ドリーム観光株式会社」と混同があったと思われる。

しかし、業界誌「コインジャーナル」に掲載されている広告では社名を「日本バーリー電子機器」としており、正式な社名はよくわかりません。

コインジャーナル1979年1月号に掲載された「日本バーリー電子機器」の広告。右上に、あのTVCMで見たキャラクターが描かれている。「Ballyおじさん」と言うらしい。

日本バーリー電子機器は1980年1月倒産してしまい、業界紙ゲームマシンは、1980年3月1日号でこれを伝えています。

「ゲームマシン」1980年3月1日号4面より、日本バーリー電子機器の倒産を報じる記事。

この記事によれば、「バーリー・インベーダー」、「キャプテン・スタントマン」、「赤いキツネ」などのビデオゲームタイトルがあるとのことですが、ワタシはこれらの実機をロケで見た覚えがありません。この時期の業界誌を眺めているとよく見かける名前ではありますが、どの程度普及していたものでしょうか。倒産の背景に、「インベーダー後の状況変化に対応できず」とありますが、具体的にはどういうことだったのか気になります。インベーダーブームの終息後、基板や筐体の在庫に悩まされたという話は良く聞きますが、これもやはり同じような理由によるものだったのでしょうか。

Bally」は世界のコインノップ業界のトップに君臨したビッグネームで、このような騙りまで現れるほどだったのに、最近のナウなヤングはこの名前を知らない人が多いのは何とも淋しいことです。


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