長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』

2023-11-29 | 映画レビュー(れ)

 2018年タイ。少年サッカーチーム13名が折からの豪雨によって洞窟内に閉じ込められた事件は、世界中が固唾を飲んでその経緯を見守った。驚くべき救出作戦の全貌は後にロン・ハワードが『13人の命』としてパニックレスキュー映画に仕上げてもいる。ハワード監督の傑作に先駆けること2021年、エリザベス・チャイ・バサルヘリィとジミー・チン監督による本作は、ニュース映像や当事者たちへのインタビューなどを中心に事件を再現しているが、彼らの2023年作『ナイアド』によって本作が通り一遍の記録映画ではなく、スポーツドキュメンタリーであることが見えてくる。

 13人全員を生還させた救出作戦の立役者は、洞窟探検を専門とするケーブダイバーたちだった。浸水した洞窟は時に身1つ潜らせるのも容易ではなく、明かりは携帯するライトの微かな光のみ。タイ海軍の精鋭ダイバーですら1名が命を落とすほどの難所であり、長年の経験と並外れた精神力を必要とする。とは言え、人命救助は門外漢。映画は多大なプレッシャーに晒されたケーブダイバーの心境に迫ろうとする。監督コンビは『フリーソロ』で970メートル超の断崖絶壁に命綱なしで挑むフリークライマーに肉薄し、『ナイアド』ではフロリダ海峡170キロを泳ぐマラソンスイマーの精神世界を再現しようと試みた。ケーブダイバーにとって洞窟の暗黒は内なる宇宙であり、こだますのは自らの心の反響だ。「マイナースポーツに思わぬ形で注目が集まって良かった」と回想する彼らに、限られたアスリートだけが到達する境地とスポーツの可能性を見るのである。


『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』21・米
監督 エリザベス・チャイ・バサルヘリィ、ジミー・チン
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『ナイアド〜その決意は海を越える』(寄稿しました)

2023-11-16 | 映画レビュー(な)

 リアルサウンドにNetflixで配信中の映画『ナイアド〜その決意は海を越える〜』のレビューを寄稿しました。老境を迎えたアネット・ベニング、ジョディ・フォスターという2大女優の共演は、90年代の彼女らの映画を観てきたファンには感慨深いものがあるはず。『フリーソロ』などの傑作スポーツドキュメンタリーを手掛けてきた監督コンビの手腕にも注目を!

記事はこちら

記事内で触れている各作品についてはこちらをどうぞ↓


『ナイアド〜その決意は海を越える〜』23・米
監督 エリザベス・チャイ・バサルヘリィ、ジミー・チン
出演 アネット・ベニング、ジョディ・フォスター、リス・エヴァンス
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2019年ベスト10

2020-01-17 | ベスト10
【MOVIE】
監督 ポン・ジュノ



2、『アイリッシュマン』
監督 マーティン・スコセッシ



監督 トッド・フィリップス



監督 ジョーダン・ピール



監督 クエンティン・タランティーノ



監督 ノア・バームバック



監督 片渕須直



監督 ヴィンス・ギリガン



監督 新海誠



監督 ジョー&アンソニー・ルッソ



【TV SHOW】
監督 ヨハン・レンク



2、『マインドハンター』シーズン2
監督 デヴィッド・フィンチャー、他



3、『フリーバッグ』シーズン2
監督 ハリー・ブラッドビア



監督 エヴァ・デュヴァネイ



5、『キリング・イヴ』シーズン1~2
監督 ハリー・ブラッドビア、他



6、『ザ・クラウン』シーズン3
監督 ベンジャミン・キャロン、他



7、『マーベラス・ミセス・メイゼル』シーズン3
監督 エイミー・シャーマン&ダニエル・パラディーノ、他



8、『アトランタ』シーズン2
監督 ヒロ・ムライ、他



9、『セックス・エデュケーション』
監督 ベン・テイラー、他



監督 ミゲル・サポチニク


例年“多くの作品が世界同時で見る事のできる時代に、昨年の作品の順位に頭を悩ませるのは無意味”という思いから当年ワールドリリースを条件に年間ベストを選出してきた。とはいえ、日本劇場公開には限りがあり、ややムリのあるランキングを作ってきてしまったのも否めない。
翻って今年はNetflixはじめ配信映画が充実し、現時点での全米賞レースと大差ない充実ぶりである。豊作だった。2019年以前公開作品についてのランキングは上半期ベストテンを参照してもらいたい。ここに下半期からは『ワイルドライフ』『さらば愛しきアウトロー』『ゴールデン・リバー』『フリーソロ』を加えておく。また『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』が失敗に終わった事でMCU、『ゲーム・オブ・スローンズ』が完結した今年の大河シリーズものについての論考に重ねる言葉はなくなった。それらも合わせ上半期ベストテンの頁を読んで頂きたい。
以下、いくつかのトピックスに分けて2019年を振り返っていこう。


【格差社会問題、内省、フェイクとの戦い】
映画やTVドラマは近代を描き、内省する事で現代(いま)を映し出そうとしてきた。ここ数年、多くの作家達は世界中で起きる分断やレイシズムの風を感じ取り、それは今年、格差社会問題というテーマに結実する。世界同時多発的に同一テーマの作品が登場し、そのいずれも大ヒットを記録しているのが特徴的だ。

『ジョーカー』は社会の底辺へと追いやられた主人公が立ち上がり、それを無数の個人が集団的総意として支持して復讐に至る。映画は世界中で爆発的なヒットを記録した。
『アス』では地下世界で息を潜めて生きてきたドッペルゲンガー達が80年代に行われた慈善イベント“ハンズ・アクロス・アメリカ”を模して地上世界を乗っ取ろうとする。セネガルを舞台にするカンヌ映画祭グランプリ作『アトランティックス』では土着の幽霊譚と格差問題が交錯。出稼ぎ先で死んだ男達は遺した女達に憑りつき、未払いの賃金を取り立てようとする。そして韓国映画『パラサイト』では半地下住宅に住む失業一家が山の手の豪邸に住む富裕層一家に取り入り、そして…。
これら“底辺”からの視点に対し唯一、雲の上とも言える巨大企業創業一家を映したのがHBOのドラマ『サクセッション』であった。詳述はシーズン2終了後に改めて。

『ジョーカー』『アス』同様、1980年代から現在を射抜いたのはリミテッドドラマの『チェルノブイリ』だ。1986年のチェルノブイリ原発事故を描く本作は事件の詳細はもとより、原因となった国家的隠ぺい“フェイク”こそを糾弾し、ソ連崩壊の要因である事を示唆する。この改竄主義との戦いはソダーバーグが『ザ・ランドロマット』でパナマ文書問題をトリッキーな手法で暴き、その脚本を手掛けたスコット・Z・バーンズは監督作『ザ・レポート』でイラク戦争下のCIAによる隠ぺいを暴いた。このジャーナリスティックな突進力が情緒的な『新聞記者』には足りておらず、アダム・ドライヴァーの「書類は法を守るためにあるんだ」というセリフは日本の僕らにこそ深く刺さる。そしてフェイクはミステリオというヴィランとなってスパイダーマンにも立ちはだかった(『スパイダーマン ファー・フロム・ホーム』)。

『マインドハンター』シーズン2では後半、政治的駆け引きと人種差別によって殺人鬼が野放しとなったアトランタ連続児童誘拐殺人事件が後半の主要ストーリーとなり、犯罪史からアメリカを俯瞰しようとするドラマの構造が明らかとなる(残念なことに製作デヴィッド・フィンチャーの多忙によりシーズン3の製作が無期限延期となる事が発表された)。
1989年の“セントラルパーク5”事件を題材とした『ボクらを見る目』では少年達に着せられた冤罪事件を追う過程で、当時から行われていたドナルド・トランプの人種差別を糾弾した。
『ザ・クラウン』シーズン3はイギリスの国威が衰退の一途を辿る60年代を描く事によって王室や政治の意味を問い直し、ブレグジットで混乱する現在のイギリスを再考している。

そんな中、前ローマ教皇ベネディクト16世と現教皇フランシスコの語り合いを描いたフィクション『2人のローマ教皇』における贖罪と新旧価値観の融和の清々しさが気持ち良く心に残った。


【新たな10年で描かれる物語とは】
『アベンジャーズ エンドゲーム』の監督ルッソ兄弟は全宇宙の人口を半減する悪役サノスを「環境問題のメタファー」として描いたという。スウェーデンの少女グレタ・トゥーンベリによって世界的ムーブメントとなった環境問題への危機意識はこれからの10年間、避けては通れないテーマだろう。これに早くもアニメ作品が取り組んでいた事が印象的だった。
オリンピック後、チェーン店と“バニラ”と絶望が蔓延し、ついに東京が水没する『天気の子』は、“わたしとあなた”しか存在しない新海誠の作風が前述の『ジョーカー』らと呼応する点でも2019年の映画だった。

大ヒット作の続編『アナと雪の女王2』ではヒロイン達の先祖が先住民族を騙してダムを作り、それが原因で自然が崩壊していく。ヴィランを設定せず、主人公たちが自然バランスを取り戻す物語とした作劇はこれまでのディズニーメソッドから脱却した意欲的なものだった。このチャレンジは過去3作の遺産を捨て去る『トイ・ストーリー4』にも共通しており、セクハラ問題によって社のトップ、ジョン・ラセターを事実上放逐したディズニーの意思表示とも見て取れる。

アニメ的な可愛らしいデザインながら意思疎通が困難な存在(自然)としてドラゴンを描いてきた『ヒックとドラゴン』シリーズも今年、3部作を完結した。美しい飛翔シーンや迫力あるドラゴンのアクションなど、同時期にスタートした『ゲーム・オブ・スローンズ』を彷彿とさせる絵も多く、この2作によって当面のドラゴン描写はやり尽くされたような感があった。


【ベストアクト】

『マリッジ・ストーリー』は全てにおいて成熟しており、スカーレット・ヨハンソン、そしてアダム・ドライヴァーの演技は昨年のアメリカ映画における最高のそれである。ドライヴァーは批評家から酷評された『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』でも奮闘し、失敗作すら味方に付ける絶好調ぶり。たぶん、オスカーも獲るだろう。10年代終盤は彼の時代だった。



近年、演技派俳優として他の追随を許さないオルタナティブな存在となったホアキン・フェニックスは『ジョーカー』でさらなる高みに到達した。ひしゃげた痩身、泣いているような笑い声…ヒース・レジャー版とは異なるアプローチには目が離せなかった。



ブラッド・ピットも2019年は当たり年だった。守護神のように映画に存在する『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の彼はキャリア史上、最高に格好良かった。一方、製作も務めたSF大作『アド・アストラ』では厭世的な宇宙パイロットを演じた。今年は彼や『アイリッシュマン』のロバート・デニーロが“男らしさ”を解体したのも印象的だった。



女優では何と言ってもレクター博士以来のサイコパス殺人鬼キャラを作り上げた『キリング・イヴ』のジョディ・カマーに尽きる。怖ろしくも可愛らしく、殺せば殺すほど胸がすくというカリスマ性である。今後、映画界でも活躍していく事だろう。



そして2019年はその『キリング・イヴ』はじめ『フリーバッグ』で脚本・製作・主演を務め、エミー賞を独占したフィービー・ウォーラー・ブリッジの年だった。あけっぴろげなユーモアとキレのいいストーリーテリングで新たな女性像を描いてみせた。2020年は007新作でリライトを担当するなど、今後の動きから目が離せない。



最後にゾーイ・クラヴィッツの名前を挙げておこう。大絶賛されたドラマ『ビッグ・リトル・ライズ』の続編は失敗に終わったが、その唯一の見所がメリル・ストリープと彼女だった。良心の呵責に耐えられず、神経衰弱に陥っていく彼女は演技者として新たなステージに立った。

【おまけ~2010年代ベスト10】
『ソーシャルネットワーク』 
『ゼロ・ダーク・サーティ』
『マッドマックス怒りのデス・ロード』 
『ホーリー・モーターズ』

順不同。マイフェイバリットである事はもちろんだが、僕なりに映画史における重要性も加味しているつもりである(まぁ、明日の気分で入換えそうだけど)。
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『フリーソロ』

2019-10-07 | 映画レビュー(ふ)

『ドーンウォール』にも登場したヨセミテ公園の断崖絶壁エル・キャピタン。トミー・コールドウェルによって2015年に攻略されたこの難所に今度はアレックス・オノルドなる若者がなんと素手“フリーソロ”で挑む。前人未到の挑戦を追った2018年アカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞作だ。

高さ970メートルにも及ぶ絶壁を命綱なしで登るのは誰がどう考えたって狂気の沙汰だが、『ドーンウォール』を見ておけばそれがプロにとっても如何に困難で自殺的行為かよりわかり、サスペンスも倍増しになる。登壁するコースは違うものの、ロープがあっても攻略するのに6年かかった岩山だ。1つでも手足の動きを誤ればそれは即ち死に繋がる。

アレックスにこのチャレンジを決意させたのはもちろん前述のトミー・コールドウェルだ。本作ではアレックスの師匠的な存在として登場。『ドーンウォール』を先に見た身としては非業の人生を送ってきた彼の幸せそうな現在に一安心である。

アレックスはトミーよりもさらにストイックな人物だ。自宅を持たず、キャンピングカーに寝泊まりしながら全米各地を転々とし、山に登る。食事は肉を取らず、質素なもので、欲求らしい欲求はほとんどなく、可愛いカノジョ(ほんとに可愛い)も彼にとってはちょっと煩わしい存在である。それでも自身のクライミングには最新装備の撮影隊を同行させる歪なナルシズムが面白い。

カノジョのアイデアで賞金を使って家を購入した。山登りにもカノジョを同行させた。ところがそれ以来、2度も滑落して負傷。いったいどうしたのか。平穏な生活を送るアレックスの内に不安や怒りが静かにこみ上げていく。このままでいいのか。人生は挑戦し続ける事に意味があるのではないか?

『ドーンウォール』に比べて本作が面白いのは前述の撮影隊による圧巻のカメラワークがあるからだ。少しでもアレックスの集中力を削ぐことになればとんでもない事故記録映像になってしまう。最新の注意と技術が費やされた撮影は手に汗握る地上970メートルのクライミングへと僕らを誘う。これほど劇場の鑑賞に適したドキュメンタリーもそうそうないだろう。

途中、アレックスの強靭な精神力の秘密を探るべく、脳のCTスキャンを行う場面が出てくるが、何と彼は他人に比べて恐怖に対する耐性が高いという。とは言え、特殊な人の偉業とは捉えないで欲しい。そこから見えてくるのは生きる事についての哲学だ。「人間誰もがいつしか、予想のできない死を迎える。それならば挑戦しよう」。この映画は人生に迷う全ての人を奮い立たせてくれる事だろう。


『フリーソロ』18・米
監督 エリザベス・チャイ・バサヒリィー、ジミー・チン
出演 アレックス・オノルド、トミー・コールドウェル
 
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『ドーンウォール』

2019-10-06 | 映画レビュー(と)

ロッククライマー、トミー・コールドウェルによるヨセミテ公園エル・キャピタン登壁を追ったドキュメンタリー。高さ900メートル超のこの岩山で最難関と言われる“ドーンウォール”を彼はおよそ6年かけて攻略した。その偉業もさることながら、彼の苦難に満ちた人生に引き付けられる1本である。

1978年コロラド州に生まれたトミーは生まれつき身体が弱かった事から父にスパルタ同然の教育を受け、幼くしてロッククライミングを始める。各大会を渡り歩く中で運命の人ベスと出会い、2人はキルギスへ冒険旅行に。そこで反政府ゲリラに捕らわれ、トミーは兵士を奈落へ突き落す事で生還する。この事件が彼とベスの間に修復し難い傷を残し、破局の原因となってしまう。さらにトミーは事故で左手人差し指を切断。生きる事そのものとも言えるクライミングに大きな障害を抱えてしまうのだった。トミーは苦しみを振り払うかのようにドーンウォールへと挑む。

後半はそんな非業の人トミーの新たな相棒となったケビン・ジョージソンの苦闘にも焦点が当てられている。ボルタリングは名人級のジョージソンだが、9メートルから上は登った事がなかった。世間の注目とトミーの足を引っ張るのではというプレッシャーの中で揺れる心は僕らも常日頃体験する不安や迷いと何ら変わりない。偉業とはその最初の一歩を踏み出す事にあるのだと気付かされた。

トミーのその後は2018年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞作『フリーソロ』でも描かれている。なぜ山に登るのか?それは人生そのものであるからに他ならない。ぜひこの2本をセットで見てもらいたい。


『ドーンウォール』17・米
監督 ピーター・モーティマー、ジョシュ・ローウェル
出演 トミー・コールドウェル、ケビン・ジョージソン
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