長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『新聞記者』

2019-07-14 | 映画レビュー(し)

社会現象と言っていいだろう。参議院選挙を前に現政権を批判する本作が口コミでスマッシュヒットを続けている。公開館数は140強、公開2週目で興収2億円を突破した。僕は平日夜7時の回を鑑賞したが、都心の新宿ピカデリーは満席、そして上映後には客席から勢い良く拍手が上がった。SNSを見る限り、盛り上がりはここだけではなさそうだ。


無理もないだろう。もはや右傾化という言葉では計り切れない国家状況であり、マスメディアは既に政権の支配下にある。本作も人気俳優松坂桃李の主演ながらテレビでプロモーションが行われているような気配はない。あくまで架空とはいえ、総理の伝記を書いた記者によるレイプ事件、そして総理が友人の経営する学校法人へ便宜を図ったとされる加計学園問題を明らかに想起させる事件が登場し、糾弾する本作に対して留飲の下がるような想いを持った観客は少なくなかったハズだ。この時期に政治的メッセージ性を持った本作がヒットする事は大きな意義がある。

 

一方で本作への手放しの絶賛には違和感も覚えた。”サスペンス・エンターテイメント”として銘打たれているが、ポリティカルサスペンスとして見せる作劇、演出は明らかに力不足だ。

田中哲司の怪演に救われてはいるものの、情報を操作し、政権に都合の良い世論へ誘導する「内調」の描写は劇画的すぎるだろう(僕はアニメ『攻殻機動隊SAC2ndGIG』に登場した同組織を連想してしまった)。劇団”風琴工房”の詩森ろばが参加している脚本は「この国の民主主義は形だけでいいんだ」等、演劇的で説明的なセリフが多い。何度も出てくる主役2人のアップに荒い呼吸音がオーバーラップする演出は心理描写として貧弱ではないだろうか。そして2人は事もあろうに霞が関駅前で接触している。そこ、政府の最寄だよ!

アメリカにおけるジャーナリズム映画が公の利益のために戦うのに対し、本作では家族のためという動機が強調されており、その内向きさと情緒性は日本的ではあるが熱量に弱く、僕には物足りなく感じられてしまった。

 

本作への好評とその仕上がりの乖離にこの国の”社会派”と呼ばれるジャンルが製作側においても、市場においても如何に痩せ細ってしまっているのか痛感した。社会が混迷する時こそ創作物は鍛えられ、強くなるべきである。本作のヒットを一過性で終わらせてはいけない。

 

『新聞記者』19・日

監督 藤井道人

出演 シム・ウンギョウ、松坂桃李、本田翼、田中哲司

新聞記者 (角川新書)
望月 衣塑子
KADOKAWA

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