リッスン・トゥ・ハー

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リッスン・トゥ・ハー(夜更け)

2006-04-18 | 掌編~短編
所詮あたし泣き濡れて立ち上がれない鴎だから、
聞いて欲しい、時には誰もいなくてほんと途方に暮れて、ナミに目をやる。ナミは知らん振り。あ、ナミというのはあたしが飼っている金魚のことです。狭い水槽の中いつまでたっても動き回ってばかりで、あたしが餌をやっているというのに無視するたあ、薄情なやつです。しかしそれも仕方ない、ナミはあたしのことなんか水面に餌を投下するだけの機械みたいなもんやとおもとるんやろうし。でもこれまでは今と違って見えた。これまで途方に暮れてナミを見たとき、ナミはちゃんとあたしのほうを見ていろんな話を聞いてくれた、気がする。しかし今は知らん振り。明らかにまたまためんどくさいこといいよるわいいかげんにせんか、と意図的に知らん振りをされた、気がする。ナミの奴め。ああ、ナミにまで知らん振りされたあたし生きててもいいんでしたっけ?ほんと。嫌になるわ。なんで、ふてくされて寝る。

すぐさま起きた。
飛び起きた。
で鴎のように羽ばたいた。
海を見下ろして羽ばたいた。海を泳ぐナミを食らおうとした。寸前でやめた。

というのは、見た夢がもうこれ以上ない位白くて眩しかったから。以下夢。

ドラッグストアに向かいましたあたし自転車で、風に乗って堤防を行きます。いささか強すぎますよあなた。あなた聞いてるのですか?いささか強すぎますよ。阿呆。なぜあたしを押すか、この阿呆。あたしを押したもれるな。ああしっくりこん。言葉が胸につかえる、ひっかかる。
とかいうてたら着きましたドラッグのストアは清潔感で溢れかえっている。その清潔感にあたしはくじけそうになる。まるで意味もなくくじけそうになる。
入ってすぐのところ、あたしに体当たりした餓鬼、連れたミニスカーツの香水はきつすぎてくらくら。
くらくらですわ。回る。
あたしむかついて、そいつらのあとつけた。
そいつてやつがね、まず母親のほうですけど面長、やけど愛らしい顔しとんねんて。これ。ものすごい飼いたいわーこんなん飼いたいわー。ヘイ、マアム、ちゃんと散歩するからー、ねえ飼ってもいいでしょーねえ、ヘイ、ダッド、一生のお願いー、ねえねえねえねえねえ。グランマの放屁でであたしは我に返る、


こやつを飼う→ペットがこやつ
 ↓
(動物学者大槻助教授の解説)「ペットは飼い主に似ると言いますがぁ、その逆もしかり」
 ↓
面長ファミリーの誕生
 ↓
乗り合わせた飛行機にトラブルが発生する
 ↓
「お客様の中に面長はいらっしゃいませんでしょうかー」
 ↓
おもむろに手をあげる面長ファミリー
 ↓
星になった面長ファミリー
 ↓
剛史「面長は死んだんじゃねぇみんなの心にいつもいるんだよぉ」


いや、剛史が誰かは知りませんよ。
これ困りますよね。そうだそうだ飼ってはならぬ飼ってはならぬ。

で、あたしに体当たりしやがった息子のほうが、やはり面長で、まだまだできかけ、生まれたてそのままやないか、とローラーシューズで店内ぐるぐる走り回って迷惑極まりない、が面長は注意することなく、やりたいようにやらせている。またく、今時の若い母親はなっとらんわい、と鼻息憤怒と憤慨しときながらさりげなくあとつける。

面長が、各種ずらり並べられているサプリメンツを手に取る。

手にとったサプリメンツを棚に戻す。棚に戻したサプリメンツを手にとる。
手にとったサプリメンツを棚に戻す。棚に戻したサプリメンツを手にとる。
手にとったサプリメンツを棚に戻す。棚に戻したサプリメンツを手にとる。
手にとったサプリメンツを棚に戻す。棚に戻したサプリメンツを手にとる。

優柔不断にもほどがありましょう。
結局棚に戻して、さらなるうろうろ。戻し方がきたない、あたし気になる。A型なんですよ。気になるんですよ。も。
このままじゃ、いてもたってもいられないからそそくさと駆け寄って、2ミリの狂いなく整えます。ふ。今日も街を平和を守った。ばりの安心感で、再び面長を探す。
と面長今度は息子とともに菓子を手に取っては戻し、手に取っては戻し。「これ食いたい」と欲望赴くままに息子は菓子を手に取って面長に渡す、何もいわず戻し。
工場で働くその道20年ベテランおばさんのように無駄なく取っては戻し。ベルトコンベアーが見える、あたしにはベルトコンベアーが見えて、そのそばに立って作業するベテランのおばさんの皺が刻まれている。面長の面長におばさんの皺が刻まれている。紛れもなく刻まれている。嘘偽りなく刻まれている。その皺に挟まれる菓子きっと泣いているから、あたしはそれを取り返したいと思う。面長親子の魔の手から救いたいと思う。そしてふるさと菓子の国に帰してやりたいと思う。でも見ず知らずの生娘が、突然鼻を膨らませて近づいてきたかと思うとこともあろうか菓子を取り上げ、国に帰したらきっと面長はわめき散らすに違いない。息子は泣き散らすに違いない。そういうタイプの面長親子に違いない。つか面長ならそうに違いない。ですからやめます。
そんな熱い思いを知ってか知らずか、まあ、知らずにでしょうけど、面長はいつの間にか選んだ菓子を握り締めて、再び、うろうろ。息子決めたとたんローラーシューズでしゃーーーて、また走り回る迷惑。

いや、そんなことしてる暇ないです。と突然、目的を思い出した。
面長親子の観察やってる場合やないです。
飽きてきたわけでもないです。
あたし、用があってドラッグのストアに赴いたわけでした。そうでした。
実際のところ喉が枯れ果てていた。水分を摂る必要がある。ただそれだけで、自転車こいで風受けてここにたどり着いたのでした。まあ近所に自動販売機ならあるがね。そうではなくてほら色々ついでに買いたいじゃないですか、その辺は柔軟に対応してもらえないと困りますよ。ほらあたし乙女じゃないですか、菓子の一つや二つ食べたって罪にゃならんだろうよ。で、水分を買いにきたわけ。なのにあたしは、面長親子を追いかけて追いかけて、サプリメンツを整えて整えて、菓子を故郷に帰そうとして帰そうとして。なにやってけつかる。阿呆。
でペットボトルの並んだコーナー走って向かう。いえ、走ってはなりません、あたしまことに上品にスキップして向かう。社会のルール守る女、鼻歌まぎれ上品にスキップして向かう。ヨドレヒヒ。でやってまいりました。で物色します。で迷います。で選びます。でやっぱやめます。で選びます。炭酸がええねんよ。喉ごしがたまらん、ええねんよ。炭酸は鮮やかなパッケージで人を見下す位置にございました。
見下す位置から人を見下しております。
150センチメートルちょいの人を見下す炭酸水のきらびやかなパッケージが、まぶしすぎます。たいていあたしは葡萄味の飲み物を好んで飲みよりますが、やはりそれが無難であろう、と判断しまして手に取ります。果汁を確認し、それから成分を一応見といてようやく決めた。その蓋をカリカリカリと開け、まっすぐに喉へダイレクトに喉へ流し込むあたしを想像すると、外の日差しが強くなったような気になる。海じゃないのにビキニの女の子。
炭酸水のお供用の乾いたスナックのお菓子を買おうと、そういった類のものが散乱しているコーナーへ向かおうと振り返る、
とちょうど通りかかった不幸な誰かの腹にひじが入る。
確かな手ごたえ。始末した。
誰かは「っつ!」つってうずくまった。立ち上がらない。唾のみこんだ、ら喉がものすごい鳴った。あ面長。

ちょうど店内バックグランドミュージックが懐かしカントリーソングからテクノを配合させたロックンロールソングに変わったところで、
はっ、となって、「はっ」といって、うずくまる面長に「ご、ごめんなさい」ご機嫌を窺う。面長は低く唸ってうずくまったまま低く唸って、店内中の走り回っていた息子、何か常でない空気を読み取ってこちらにやってくる。うずくまる母面長を見て、急に泣き出す、息子の声を掻き分けるように面長が唸り声。声の競演はバックグランドミュージックを凌ぐヴォリューム。買い物してた他のセレブたちが集まる、ここ意外と客多い。あたし完全にうろたえた。
とりあえず必死で「大丈夫ですか?」面長さらに低く唸る「救急車呼びましょうか?」低く唸る「ごめんなさいごめんなさい」低い唸りがやがて、念仏に変わる。念仏と息子の鳴き声、念仏ぶつぶつと面長ねんぶつぶつぶつと。怖い。「あ、あの」念仏があたしの周りを囲んで、念仏がオクラホマミキサー踊って、あたしをその国へいざなう。キャンプファイヤーだ。さあ、踊りだそうよ、念仏がいざなう。
面長、手で腹押さえながらようやく立ち上がってなんにもいわずに、ただあたしを睨んでいるのです。息子はその母を見てようやく泣き止む。泣きなんだら何も言わずに母にならってこち睨む。永遠にも一瞬にも感じます。面長はほんと何にも言わずにただひたすら睨んでいるものだから、その視線の先は、もしかするとあたしのことじゃないのかしらん?あたしがひじを腹に入れたのは、その事後で、ライダーかなんかに跳び蹴りを食らわされて、ふらついていたところにひじが入ったために、面長からすれば最後のほうは、なんかよう分からんがまま痛かったという感じで、そうなのかもしれぬ。それならはは、こんなに恐れる必要はない。あたしの後ろにいるライダーのせいで、まあ、ライダーがとび蹴りを食らわせたんだからそれなりの理由があるんだろうけど、それはまた別のお話で。

と思って振り向いたけど、まあ、おらんわなぁ、沈黙痛い。

そうだ、何か何かとても楽しいことを考えよう。その空想の世界に入り込んでしまおうじゃないか。そうすればいいじゃないか。

でディズニーランド。どうもこんにちは、ようこそディズニーへ。夢の島ディズニーへ。
ここには、涙とか憎しみとかはんぺんとか蝉時雨と言う言葉はありません。だって夢の島ディズニー。つうかこれ夢やん。ウォルトておっさんの夢。まてよ、おっさんやからはんぺんは大好き。はんぺんはございます。さあ、愉しんでください。アトラクションとかたんとあります。アトラクションとかたんとあります。え、どんなアトラクションがあるかて?それはそれは、もう口で説明できるぐらいならあたしは落語家あたりやってますよ、あなた、ほらそれができないからこうしてのうのうと日々過ごしとるわけです。とにかくアトラクションです。あ、うちの看板キャラが呼んでますよ。

「ユー、どういうつもりか?」
うちの看板キャラと、初めて聞いた面長の声は恐ろしく低い。
「ユー、どういうつもりか?」
「ユー、どういうつもりか?」
「ユー、どういうつもりか?」
「ユー、どういうつもりか?」
と4度繰り返した。あたし何も言えず。
唾飛ばして「ユーっ、どういうつもりかっ?」「おばちゃんママ怒ってるよ」
「おば、ええと、すいません、痛かったですか?」
「痛いなんてもんちゃいますわ、死、ですわ」
「死、ですか、と、というと?」
「おばちゃん、ママ完全に怒ってるよ」
「あの時ミーは死んだというわけです」
「おばて、はぁ」
「そして戻ってまいりました」
「わし信じてたけどね」
「戻ってまいられましたか」
それは残念でした。
そういえば、その方、よくよく見るとミニスカーツから伸びた足先サンダルは緑の皮膚ぽい皮です。じゃらじゃらネックレスは大きめの種みたいな干乾びたもんです。耳になんかの死骸らしきもんがぶら下がってます。黒目が上下左右自在に動いております。何もかもが少しづつ宗教の、それも人目を忍んで信仰する、密教の匂い感じます。ああ、ああ。嫌な感じや。
「ミーの死の責任をどうとってくれましょうか?」
「責任ともうしますと?」
「とりあえずいらっしゃい」
「さあはじまったぞ、こうなったらママ止まらないぞぉ」
「えと、ど、どこへでしょう?」
「とりあえずいらっしゃい」
「本日ちょっと急がしめなんです」
「とりあえずいらっしゃい」と腕をつかまれた。
長い爪ぎゅるり食い込む痛い。ぐい、ひきよせられた。息子はなにやら意味のわからんことを囃し立てる。「ぶっちゃーぶっちゃー、メゾぶっちゃー」混乱、思わず振りほどこうとする、乱暴に腕を動かすしかし、面長の力は赤鬼のそれ、赤鬼のそれは西郷どんのそれ、その辺は簡単に振りほどくことはできないようになっている。がっさがっさがっさと動かす、さらに爪が食い込む、がっさがっさがっさっがさ動かす、爪がめり込む。さっきまでセレブ争い嫌い、と高見の見物してはセレブはいつの間にかひとりもいない。世界は我々に興味がないのだ。そうこうしている間にも面長はあたしをとりあえずの場所に連れて行こうとする。嫌です。行きたくありません。そう考えるから、さらに乱暴に腕を動かすしかし、面長の力は赤鬼のそれ。

北風が強く強く吹いたから旅人はコートのボタンを止めた。
あたしが抵抗すればするほど面長は爪を食い込ませてくる。
ならば。
ふっと力を緩める。
太陽は偉大だ。だれかれかまわず同じように降り注ぐ。地球で生きるものであればたいていが太陽に生かされている。太陽は偉大だ。あたしだってそれに生かされているに過ぎない。太陽は偉大だ。
だけど面長は力を緩めることなくあたしをとりあえずの場所へ引きずり込もうと必死。太陽の偉大さなんて理解してない、かわりに神グリコーゲンとかなんとかを偉大だと思って祈りたおしているに違いない。なんかもう必死やもん。息子は息子でわけのわからんこと言いながら錯乱してるし。「波風、立てる、はっ、ぶりぶり、ぶりぶりぶり」と。
戯れている間に午後はどんどん過ぎていってるし、夜になっても爪食い込ませる気か面長よ。
いいや、そんなこと許さない。あたしは気合を入れてぼむと息を吐き、
「痛いんですけど離してもらえますか?」きつめの口調で言う。
「ミーの痛さ、海の深さのそれ」抑揚のない調子。オーケーわかった、もう一方の手にもってて、完全に忘れてた炭酸水を棚に戻す。いま一度ぼむと息を吐く。なにくそ、と突然おもいっきり腕を振ったら、面長はバランスを崩してよろめき、爪があたしの腕から離れる。息子がまた泣き出す。自由と言う名の空気が美味しい。面長はおもしろいぐらいバランスを崩して大きくおこぶ。知ったことか。爪離れたらこちのもの一目散に出口へ。面長何か言ってはる、けど知らん、喚いてはる、けど知らん。息子は泣いてはる、けど知らん。バックグランドミュージックはムーディでメロウ、わたしそこにビート刻んで、倍速で。

心地よい向かい風が吹いている、はずの世界へ飛び出す、ドラッグのストアからのあたし逃亡者で、当然、逃亡者には逃亡者の苦悩があるわけで、それを思うとなんとも憂鬱ではありました。逃亡者の仲間なんかができる可能性もあるわけで、だって仲間がいたほうが気持ち楽になる気がするし、仲間がいたら暇な時退屈しないだろうし、オセロなんかで暇つぶしできるだろうし、あたしは白使いて決まってるから黒使いを仲間にしないといけないけれど。イベントがあるとき仲間がいたら盛り上がるし、プレゼント用意して渡すんだ。手紙もつけてね。「仲間になってくれてありがとう、これからもずっと仲間でいようね」それから、指輪を送られて、子供を2人ぐらい作って、いいお父さんになるわよ、あなた。だってあたしが選んだ仲間。きっと逃げ切れるわよ。まあ結局面長は追ってきそうにないけれど。面長?あたしなんで逃出したのでしょう。どこに向かうのでしょう。あれ、と自動トビラの前に立つ。立つ。外を見る。ま白。眩しすぎる。目を開けてられやいや。と思った、ら目覚めてた。

相当喉かわいて、額に汗がにじむ。で、なんやめっちゃ静か。