潮風に乗って-北から南から

船や港に関係する地名を訪ねて、その土地の情報を発信します。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

「小江戸」と呼ばれる城下町の川越

2005年09月30日 | 名所旧跡
 
 蔵造り一番街(川越市)「彩影~ふるさとの建築」asahi.com mytown埼玉

 『蔵造りの街を、人力車がゆっくりと走る=川越市で活性化呼ぶ、歴史の面影
 「小江戸」と呼ばれる城下町の川越。その蔵造り商店街を全国各地から見物にくる人が絶えない。今の東京には、江戸の昔の日本橋小伝馬町、室町などにあった蔵造り問屋街の遺構はまったくない。川越にその歴史的面影を残す町並みがあるからだ。
 
 だが、川越の蔵造りも1893(明治26)年大火後に耐火建築として建てられたものが多く、江戸時代のものにくらべ、窓や屋根の表現が派手だ。重量級の厚い黒漆喰(しっくい)の壁、大きな鬼瓦。どっしりした構えで、江戸と明治がダイナミックに交錯している。
 川越で最も古く1792(寛政4)年につくられた土蔵造りの大沢家は国の重文に指定されている。大火でもびくともしなかったことから、大火後に蔵造りがふえ、最盛期には200軒ほど。が、戦後の高度成長期に蔵は暗く住みづらいと姿を消し、今は30軒前後。商店街が衰退しかけ「蔵を生かした街づくりを」と、札(ふだ)の辻から仲町交差点まで430メートルの両側を「蔵造り一番街」の保存地区として残し、客を呼び込んでいる。』

 「菓子屋横丁」や「時の鐘」等蔵造り商店街には、江戸の面影を残す街並みでのんびりと店を覗いて買い物をする人や、物珍しい商品を見物に来る若者達も多い。

 「時の鐘」は寛永の創建からおよそ350年間、 暮らしに欠かせない「時」を告げてきた川越のシンボルです。 現在、1日に4回(午前6時・正午・午後3時・午後6時)、蔵造りの町並みに 鐘の音を響かせているとのこと。(平成8年6月、時の鐘は環境庁主催の残したい「日本の音風景百選」に選ばれました。)

 菓子屋横丁の通りに面して、昔ながらの「お好み焼き屋」さんがあり、年老いたおばあさんが元気に「お好み焼き」を焼いていました。具材には「赤生姜」、「てんかす」等が入れられて、懐かしい昔の味を思い出します。定価は200円と安いし、非常に美味しく丁寧な焼き方です。



巾着田のヒガンバナを見に行きました!

2005年09月28日 | 

 昨日、埼玉県日高市高麗(こま)本郷巾着(きんちゃく)田のヒガンバナを見に行きました。色鮮やかな曼珠沙華(ヒガンバナ=彼岸花)が群生していて、辺り一面を真紅に染め、まるで赤い絨毯を敷き詰めたようです。 これからが季節とかで車や観光バスで道路は混み合っていました。

 秋告げる鮮やかな赤 日高・ヒガンバナが見ごろ WEB埼玉 2005/09/25
  『日高市高麗本郷の巾着(きんちゃく)田で百万本といわれるヒガンバナが咲き始め、鮮やかな赤色で秋を告げている。市によると、今年は夏の暑さの影響などで開花が例年より十日ほど遅く、早咲きは今月末にかけて、遅咲きは今月末から十月上旬にかけて見ごろを迎えるという。
 高麗川左岸の延長約六百メートル、幅約五十メートルにわたる日本最大級の群生地。夜間の気温が二〇度前後に下がる、毎年この時期に発芽する。市は群生地を「巾着田曼珠沙華(マンジュシャゲ)公園」とし、今年から一日二百円の入場料(高校生以上)を徴収している。』

 日高市内を流れる清流、高麗川(こまがわ)の蛇行により長い年月をかけてつくられ、その形がきんちゃくの形に似ていることから巾着田(きんちゃくだ)と呼ばれるようになりました。
 巾着田URL http://www.kinchakuda.com/



下北での撮影任せて

2005年09月26日 | Weblog

 下北での撮影任せて むつ市など28団体がFC設立

 2005年09月23日金曜日 河北新報
 『青森県下北地方を舞台にした映画やテレビドラマなどの撮影を誘致、支援する「下北フィルムコミッション」(下北FC)が設立された。10月に同市内でクランクインする映画ロケへの協力が初仕事となり、映像作品を通じた地域活性化が期待されている。

 下北FCはロケ地の情報提供や誘致活動のほか、施設使用の協力、宿泊施設紹介、ボランティアやエキストラの手配などで撮影をバックアップする。同市など8自治体と、商工・観光団体、まちづくり団体などでつくる「下北半島活性化研究会」(舘岡清貴会長)が母体となり、計28団体で構成する。

 すでに東京の映画プロデューサーらが2度にわたりロケハンを行い、むつ市を舞台に映画撮影することを決定した。撮影は10月下旬から行われ、1200人規模のエキストラが参加する。映画のタイトルなどは10月初めに発表になる予定だ。

 むつ市で21日に行われた設立総会には関係者30人が出席し、会長に杉山粛むつ市長を選出した。総会後は、あおもり映画祭トータルコーディネーターの川島大史氏、神戸フィルムオフィス代表の田中まこ氏が、FCの役割などについて講演した。
 青森県内のFC設立は弘前市に次いで2番目。』

 画像は、以前にむつ市の運動公園で、10月初めに撮影したものです。



北海道大雪山系で初冠雪

2005年09月22日 | 

 『北海道大雪山系で初冠雪・昨年より24日早く

 北海道大雪山系の旭岳(2290メートル)で21日、初冠雪が観測された。旭川地方気象台によると、昨年より24日、平年より3日早い。

 旭川市内では、雲の切れ間から白く雪化粧した旭岳中腹を確認できた。同気象台によると、寒気を伴った気圧の谷が20日夜、旭岳上空を通過したために雪になったという。旭岳ロープウエーによると、5合目の姿見駅は午前5時半、氷点下1度。旭岳では4合目まで紅葉が見ごろを迎えているという。』〔共同〕 (14:00)

 5月に北海道旅行した時は、雪景色の大雪山を富良野から眺めたのですが、紅葉と共に初冠雪を迎えるのですね、横浜の方はこれからですが紅葉の名所を撮りに行こうと楽しみにしています。
 画像はズ-ムin朝で特集「日本一早い紅葉生中継」を放映していましたので、収録した中から使用しました。



むつSC、全5店舗を閉鎖

2005年09月21日 | Weblog

 むつSC、全5店舗を閉鎖 負債40億円 2005年09月21日水曜日 河北新報

 『青森県むつ市内でスーパーマーケットを展開する「むつショッピングセンター(むつSC)」(小野哲行社長)は20日までに、全5店舗を閉鎖した。負債総額は約40億円に上り、青森県内で今年最大の経営破たんとなった。パートを含む従業員約220人は、解雇の見通し。

 東京商工リサーチ青森支店などによると、同社は1971年設立。82年、スーパー大手ダイエーとフランチャイズ契約を締結し、95年には青森県下北地区で最大規模の郊外店「中央店アークスプラザ」を、むつ市内に開業した。一時は7店舗を展開し、97年9月期決算では80億円を超える売上高を計上した。

 しかし、40億円に上る中央店への設備投資が重荷となったほか、売り上げも伸び悩み、これまでに2店舗を閉鎖。他の大型店との競争激化が減収に拍車を掛け、業績回復の見込みがなくなった。
 ダイエーとのフランチャイズ契約は、2002年2月に打ち切られている。』

 「むつ」で生活している時、一度倒産の噂が有りましたが、その後は普通通りの営業が行われていたのに。・・・特に、田名部駅通りのSCは毎日の食料を買うのに利用していましたから非常に残念です。
 会社帰り6時過ぎになると、総菜などは半額になったり、また、出張で「むつ」に来ている人達も格安の値段で買えるとあって、夕食や酒の「つまみ」に買っていました。




光のマジック 津軽で「幻日」

2005年09月18日 | Weblog

 2005年9月17日(土) 東奥日報 光のマジック 津軽で「幻日」
 『十六日、夕方には津軽地方で、夜には県南地方で、それぞれ違う珍しい自然現象が発生、本社の支社局には「太陽が三つ?」「オーロラ?」など問い合わせの電話が相次いだ。

 同日午後五時ごろ、津軽地方を中心に、太陽の左右に別の光が現れる「幻日(げんじつ)」が発生、また、午後七時すぎから、太平洋側で、光の柱が夜空に浮かぶ「光柱(こうちゅう)」が観測された。
 いずれも太陽光やいさり火が大気中の氷の結晶で屈折、反射して見える珍しい自然現象で、幻日は青森市のほか、弘前市や五所川原市などでも確認され、光柱は八戸市、三沢市、むつ市、野辺地町などで見ることができた。

 青森地方気象台が幻日を観測したのは、前回が今年三月二十三日で、その前が昨年十月十九日。「年に数度しかない珍しい現象です」という。

 一方、十数本の光柱を確認した八戸測候所は、「イカ釣り漁船のいさり火が空に反射したため」と“怪奇”現象を説明した。同日は上空に薄雲が広がり両現象が起きやすい条件だったという。

※写真=西の空に見えた幻日。中央は太陽、左右にそれぞれ幻日が見える(16日午後4時55分ごろ、青森市第二問屋町から)』

 今日は中秋の名月です、各地では色々な催しが開かれていますが、昔から花鳥風月を題材にして古来の楽器による演奏で会場を盛り上げています。しかし、月そのものが創り出す景色が一番のような気がします。(小生が古来の楽器に興味が無いからかも知れませんが・・・)

『待宵の月』に照らされて…きょう『中秋の名月』中日新聞 2005/09/18
 『福井駅舎輝き一層、旧駅舎が姿を消し、全容を現した新しいJR福井駅舎の上空にぽっかり浮かんだ「待宵の月」=17日夜、旧暦の八月十四日にあたる十七日夜、県内上空に「待宵(まつよい)の月」が望めた。
 福井市のJR福井駅の上空でも、大きく明るい月が暗い雲の合間から美しい姿をのぞかせた。その真下には今年四月に開業した新駅舎が。
 旧駅舎に隠れていた新駅舎は、ようやく全容が眺められるようになった。真っ白な駅舎の壁面が月光に輝き、幻想的に浮かび上がった。』とありました。




「さもだし」の吸い物

2005年09月16日 | ともだち

 ニュ-スで、箱根のススキも白い穂を靡かせているとの、報道がされていました。
これからの時期は下北でも山菜採りで、賑わいをみせるでしょう。

 以前、会社に来ている人から「さもだし」(こちらでは「ぼりぼり」とも言うそうです。)を戴いたことがあります、始末もされていてパックに詰められていました。

 特別なレシピは有りませんが吸い物が殆どです、非常に簡単で冷凍庫からパックを取り出し、必要な分だけ小分けする。鍋にお湯を沸かして、食材の「さもだし」を入れる。次に、適当に味付けをして(自分はかつをだしを使用)出来上がりです。

 時には気分を変えて、最後に溶き卵を入れて仕上げることもありました。食べる前にミョウガを小さく刻んで入れると、風味が増して料亭風の吸い物の出来上がりです。
 友達が食後の感想で、NHK放映の氷川きよしがでる番組(きよしこの夜?)に食後の感想で「ギャフン」という場面が有りますが、一度も言ったことは有りませんでした。


下北の例大祭-佐井村

2005年09月14日 | Weblog

 下北地方でも「まさかり」の刃の部分にあたる北海道に面した佐井村で、9月14日から16日まで箭根森(やのねもり)八幡宮の例大祭が行われます。
 『本祭には祭りの先頭を行く神楽が、各家を門つけして邪気を払い御神輿のお通りに備えます。この神楽は代々古佐井の青年たちに受け継がれてきました。

 京都の祇園祭の流れを汲む華やかな祭りの行列は、3日間かけてゆっくりと本村の各町内を回ります。「高砂」、「大黒恵比寿」、「養老の滝」、「大石内蔵助」を祀った華麗な4台の山車は、笛や太鼓、鉦の音がかもし出す雅なお囃子を奏でながら運行し、夜になると額をつけてさらに美しく彩られます。八幡宮の下に灯を入れた山車が並ぶ様は、見る人を幻想の世界へ誘います。

箭根森八幡宮が南部藩に御神興の渡御を許され、祭礼を執り行ったのは元禄9年(1696年)。この年から村では年に一度の祭礼が行事となり、平成7年には開始から三百年の節目を迎えました。』

 むつで生活している時、佐井村の例大祭を見に出かけました、国道から少し離れた石段を登っていくと箭根森(やのねもり)八幡宮があります。ここで本殿の写真を撮ろうと宮司さんに許可をもらって写真を撮っていると、奥の方から宮司さんが御神酒を持ってきて、八幡宮の歴史等を懇切丁寧に説明してくれました。
 こちらは御神酒を有難く戴き、感激して祭りの気分になり、祇園祭の流れを汲む華やかな祭りを堪能したことを覚えています。


下北駅のコスモス

2005年09月12日 | 

 ニュ-スで「コスモス」の花が満開になりました、「ななかまど」もきれいに色づいてきたと報道されています。下北駅のコスモスはどのような花が咲いているでしょうか?運動公園へ通じる両側の「ななかまど」はきれいに色づいてきたでしょうか?

 以前、何度か「コスモス」や「ななかまど」を撮りに出かけたことがあります。群れて咲いているコスモスの花を揺らして、むつ湾から初秋の風が吹き、静かに揺れるコスモスの風情が何ともいえませんでした。そんな風情は、下北の秋を感じる楽しみの一つでした。

 また、この時期には弘前市の中心街にある喫茶店を覗き、店内に飾られている「ななかまど」や鮮やかに色づいた「木の実」の写真を観に行きました。
 初めて覗いたとき、マスタ-にこの写真は「誰の作品ですか?」と尋ねると、表情が急にやさしくなり、そして仕事を中断して、「何日の何時頃に撮影して、状況はこうだった」と撮影時の話や花の名前等を、丁寧に解説してくれたことを思い出します。


マリンタワ-からの横浜港

2005年09月09日 | 

 久し振りに横浜港へ行きました、台風一過、非常に暑い一日でしたが、先日の新聞報道で、地球深部探査船「ちきゅう」が本牧ふ頭に到着とありましたので、出かけましたが会うことは出来ませんでした。

 横浜港での一般見学は9月10日(土)ですが、用事で都合が悪いため、横浜港で「ちきゅう」の遠景をと思い・・・・・。

 天候も雨上がりで、済んでいて快晴で遠くは三浦半島まで見えました。山下公園の近くにある「マリンタワ-」展望台に昇ったり、「氷川丸」に乗船したりして、普段見る横浜港の景色とは違ったアングルでの写真を撮ってきました。



三沢基地で航空祭

2005年09月06日 | Weblog

 ニュ-スで三沢基地航空祭のことを報じていました。
 三沢基地航空祭、戦闘機など展示も人気(2005/09/06) デ-リ-東北
 『“大空のまち”三沢にブルーインパルスの勇姿再び―。四日、三沢市の三沢基地で行われた航空祭には、全国各地から約十一万人(主催者発表)の観客が詰め掛けた。
 航空祭の目玉・空自松島基地(宮城県)所属のアクロバットチーム「ブルーインパルス」は、二年ぶりに六機編成の華麗なテクニックを披露。天候の理由で派手なアクロバット飛行が中止となり、子供たちや長大な望遠レンズを装備したファンらからは演目変更を惜しむ声が漏れた。それでも、白煙を噴射しながら一糸乱れぬ編隊飛行を見せ、観客は無事に着陸した六機を、大きな拍手で出迎えた。

 地上では、格納庫前のエプロン地区に、米軍と航空自衛隊から三十五機種五十五機の戦闘機、支援戦闘機、哨戒機、回転翼機などがズラリ。戦闘機をバックに説明役の自衛隊員や米軍人と記念撮影をする子供たちの姿が数多く見られた。
 救難ヘリによる救助訓練や、戦闘機にミサイルを装備する作業も公開され、ハンバーガーなどのアメリカンフードや航空祭限定グッズなどを販売する出店などが人気を集めた。』

 数年前に、大湊自衛隊勤務の人の世話で早朝から見学に行ったことを思い出します。一般の人は三沢基地への道路が渋滞して、車はなかなか進まない様子でしたが、当方は専用のバス(緑色の輸送用バス)で、専用道路を通るのでスム-ズに基地内へ入場できたことが印象的でした。

 また、当日は晴天で非常に暑く、地面が焼けていて日傘は空を見上げるため、効果が無く、一日で日焼けしたことを覚えています。航空祭は「ブルーインパルス」の6機編隊が爆音とともに、基地上空にきれいな直線や弧を描き華麗なテクニックや派手なアクロバット飛行を実演し、一糸乱れのない統制のとれた編隊飛行を観ることができ、圧巻だったのを思い出します。



深部探査船「ちきゅう」公開

2005年09月04日 | Weblog

 深部探査船「ちきゅう」公開 2005/09/02 中部新聞
 写真は地球深部探査船「ちきゅう」=2日午後、横浜市中区で共同通信社ヘリから
 『深海底を最大7000メートルまで掘り下げて岩石やマントルのサンプルを採取、地震の発生メカニズムや生物の歴史などを調べる海洋研究開発機構の地球深部探査船「ちきゅう」(57、087トン)が2日、横浜市の本牧ふ頭に到着、内部が報道関係者に公開された。
 7月末に長崎市の造船所で完成したちきゅうは全長210メートル。船体中央に高さ70メートル(海面からは約120メートル)のやぐらが目を引く。船体前部の6階建て部分に最新の分析機器を備え、まるで海に浮かぶ研究所だ。
 やぐらでは、長さ約40メートル、直径13センチのパイプを次々に連結させ、床にあいた穴を通して海面に下ろす。先端のドリルで海底を掘削、パイプの中を上下する筒(インナーバレル)に海底下の土や岩石を封じ込め、引き上げる。』

探査船「ちきゅう」運用開始、海底下7千mまで掘削
 2005年9月2日22時36分 読売新聞
 『7000mの掘削能力を持つ地球深部探査船「ちきゅう」=読売ヘリから 海底下7000メートルまで掘削できる地球深部探査船「ちきゅう」(5万7100トン)が運用を開始し、2日、横浜港で報道陣に公開された。
 独立行政法人「海洋研究開発機構」が約600億円をかけて建造した最新鋭の探査船で、全長210メートル、幅38メートル。船体のほぼ中央に、船底からの高さが130メートルの掘削用やぐらがそびえる。
 地球内部のマントルに達する7000メートルの掘削能力は既存の学術用掘削船の3倍以上。地震の発生メカニズムや地球環境の変化の解明に期待がかかる。
 日本近海での試験航海を経て、日米が主導する「統合国際深海掘削計画」の主力船として、2007年から本格運用される。』



車窓から眺めるむつ湾

2005年09月01日 | 
 
ニュ-スで下北半島のことを報じていました。横浜町で「幸せの黄色い花づくり大作戦」(2005/08/31)デ-リ-東北

 『横浜町の有志グループ「菜の花トラストin横浜町」は二十八日、同町稲荷平地区の休耕地で「幸せの黄色い花づくり大作戦」を行った。大作戦には約三十人が参加、休耕地にナタネをまき、来年五月ごろに「幸せの黄色い菜の花が咲くように」と願いを込めた。
 大作戦は今年で二年目を迎え、この日のナタネまきにはトラストの会員や横浜町内の小、中学生に加え、むつ市や青森市から家族連れが参加した。』

 横浜町は、海の青、菜の花の黄色、山の緑と、四季折々にそのコントラストが美しい下北半島の中央に位置するむつ湾に面した町で、菜の花の作付け面積日本一を誇っています。

 先日も「むつ」からの帰途、車窓から眺めるむつ湾は格別でした、海面は穏やかで、漁船が漁をしている景色は非常に印象に残りました。
 また、青森からの帰りに度々立ち寄った食事処、「舟宿」(むつ湾ほたてセンタ-の近くで、店内には石原裕次郎の歌が常に流れています。)を思い出し、ここからのむつ湾の夕陽を眺め、地元産の新鮮なほたて料理を食し、石原裕次郎の歌を聴きながら過ごした一時が、懐かしく思い出されました。