縄奥ニュース・音楽まとめサイト

日々の面白いニュースやコラム、政治経済や事件事故のまとめの他に音楽や面白い動画をUPします。

その花、違法です 麻薬の原料・ケシ 公園に自生、知らずに栽培も 九州で昨年度15万本処分

2018-06-14 19:57:18 | ニュースまとめ・総合
その花、違法です 麻薬の原料・ケシ 公園に自生、知らずに栽培も 九州で昨年度15万本処分



2018年6月14日 17時0分

西日本新聞

 その花、気を付けて! ケシの花が開花シーズンを迎え、厚生労働省が注意を呼び掛けている。麻薬のアヘンの原料となる品種は栽培が禁止されているが、繁殖力が強いため住宅街や公園で見つかったり、違法と知らずに観賞用として栽培したりしているケースも。九州では2017年度15万本以上が処分されており、同省は「発見したら警察などに届け出てほしい」としている。

 同省によると、全国で17年度、通報を受けて処分したケシは66万7281本。九州は15万681本で、最多は熊本県の5万3521本。以下、長崎県3万1116本▽福岡県2万7747本▽佐賀県1万6909本と続く。

 特に発見例が多いのはアツミゲシ。4~6月に直径5センチ程度の薄紫色の花を咲かせる。ぎざぎざの葉が特徴で、茎は高さ1メートル前後。落花後、子房が膨らんで種子が入った「ケシボウズ」と呼ばれる実になり、傷をつけて分泌させた白い液からアヘンができる。

 アツミゲシとソムニフェルム種のケシはあへん法で、ハカマオニゲシは麻薬取締法で栽培が禁止されている。いずれも知らずに栽培した場合は罪に問われないが、故意に栽培すれば懲役1年以上10年以下の罪に問われる。合法のヒナゲシやオニゲシとは葉の数や形状、茎の毛などに違いはあるが「よく似ており、見分けるのは難しい」と同省担当者は話す。

 九州厚生局麻薬取締部によると、飛来した種子から繁殖することが多く、今年も畑や駐車場、コンビニの跡地などで見つかっているという。大分県竹田市では5月、巡回中の警察官が民家の庭先でケシ約50本を偶然見つけ、回収した。住人は違法と知らず、観賞用に栽培していたという。

 同部担当者は「自生するケシをアヘンの材料にしたという話は聞かないが、悪用の恐れはある。似た花を見かけたら、警察や保健所に通報してほしい」としている。

=2018/06/14付 西日本新聞夕刊=
コメント

【米朝首脳会談】特定失踪者問題調査会・荒木和博代表「失敗だった…拉致被害者は帰ってこない」

2018-06-14 19:54:13 | ニュースまとめ・総合

【米朝首脳会談】特定失踪者問題調査会・荒木和博代表「失敗だった…拉致被害者は帰ってこない」





2018/06/14 15:55



 特定失踪者問題調査会の荒木和博代表は14日、米朝首脳会談に関し「明らかに失敗だった。あれでは拉致被害者は帰ってこない」との見方を示した。国会内で開かれた日本維新の会の拉致対策本部総会で語った。

 荒木氏は「北朝鮮が話し合いに乗って行動を変えたときは、武力によって自分たちが抹殺されるのではないかという恐怖感があったときだけ」と述べた。また、トランプ米大統領が米韓合同軍事演習の中止に言及したことに懸念を示した上で「安倍晋三首相は米国の圧力をバックにして北朝鮮を話し合いに引っ張り出そうとしてきたが、米国のバックがなくなってしまったとなれば、方針を変えざるを得ない」と強調した。

 拉致被害者家族連絡会の増元照明前事務局長は同じ会合で、トランプ氏が北朝鮮の非核化の費用に関し「韓国と日本に支援する用意がある」と語ったことについて「拉致問題の解決なくして日本がお金を出すことは非常に違和感を持つし、拉致被害者家族としてとても許すことはできない」と訴えた。
コメント

元モー娘・辻希美が第4子妊娠を報告「楽しみ」夫・杉浦太陽「家族全員が喜び、心待ち」

2018-06-14 19:52:09 | 芸能・スポーツ
元モー娘・辻希美が第4子妊娠を報告「楽しみ」夫・杉浦太陽「家族全員が喜び、心待ち」



2018年6月14日 18時32分

スポニチアネックス

 元「モーニング娘。」のタレント・辻希美(30)が第4子を妊娠したことを14日、辻と夫で俳優の杉浦太陽(37)が双方のブログで発表した。出産予定は12月で、辻は約6年ぶりの出産。辻は「不安もありますが、元気な赤ちゃんに会えるのを楽しみに」と心境。杉浦は「家族全員が喜び、やがて迎える誕生のその日を心待ちにしています」と喜び、愛妻へのサポートを誓った。

 辻は「この度、杉浦家に第四子となる新しい命を授かることができました。約6年ぶりの出産なので不安もありますが、家族にサポートしてもらいながら元気な赤ちゃんに会えるのを楽しみに、マタニティーライフを楽しみたいと思います」と報告。

 「末っ子のソラも弟か妹ができて、お兄ちゃんになるのを楽しみにしてくれてます。12月頃に出産予定なので、更に賑やかになる杉浦ファミリーをどうぞ温かく見守っていただけると、うれしいです」と呼び掛けた。

 杉浦も「この度、杉浦家に新しい命を授かりました。6人家族になり、更に賑やかになりそうです。家族全員が喜び、やがて迎える誕生のその日を心待ちにしています。妻をサポートしながら、家族みんなで新たな命を迎えたいと思います」と報告。「皆様には、温かく見守っていただけると、うれしく思います。これからも杉浦familyをよろしくお願いいたします」とした。

 2人は2007年6月に結婚。同年11月に第1子長女、10年12月に第2子長男、13年3月に第3子次男が誕生した。

 杉浦は今月8日放送のフジテレビ「ダウンタウンなう」(金曜後9・55)に出演。辻との離婚危機を明かし、話題になった。
コメント

ドン・ファン怪死事件で雲隠れ家政婦は今 「警察から無罪放免」主張だが

2018-06-14 19:49:27 | ニュースまとめ・総合
ドン・ファン怪死事件で雲隠れ家政婦は今 「警察から無罪放免」主張だが


2018年6月14日 16時30分

東スポWeb


“紀州のドン・ファン”こと和歌山県田辺市の資産家で酒類販売会社社長の野崎幸助氏(享年77)が変死を遂げた事件で、当時の状況を本紙やテレビ局の取材に語っていた遺体の第一発見者の一人である家政婦Aさんが、3日に行われた和歌山県警による自宅の家宅捜索の後、メディアの前から姿を消している。所在について様々な情報が流れるなか、元警視庁刑事で犯罪心理学者の北芝健氏が、都内でAさんとの接触に成功した。Aさんは警察から「無罪放免された」と語ったというが――。

 野崎氏の妻Sさん(22)とともに、遺体の第一発見者となった家政婦Aさんは「悪いことをしてないんだから、本当のことを言った方がいい」とテレビ局関係者を野崎邸に招き入れ、死亡時の様子を再現。ド派手な服装と、メディアによって微妙に異なる発言内容が、かえって視聴者の関心を集めた。しかし、東京・港区にあるAさんの自宅で3日に行われた家宅捜索以降、報道陣の前に姿を現していない。

 野崎氏の会社の従業員は「連絡は取れてるけど、向こうから一方的。こちらから呼び出しても出ない。電話を切ってる」と言い、Aさんの行動については「しゃべり過ぎ。『私は無実を話すんだから』って言ってたけど、つじつまの合わないことばっかりやから『しゃべるな』って怒ったんや。結局、バッシング浴びとるやろ。アホや。後で『すいませんでした』って電話掛けてきたけどな。もう遅いわ」と吐き捨てた。

 その所在については、「和歌山にいる」「東京の友人宅を転々としている」などの情報が乱れ飛ぶなか、北芝氏が知人を介しAさんに接触。12日に東京都内でAさんと、その娘のBさんに話を聞いた。

 北芝氏は「Aさんは、東京に住んでいるBさんの自宅に身を寄せていたそうです。警察から携帯電話などの私物を返され『もう無罪放免なんです。パスポートも返してもらったし、外国だって行けますよ』と話していました」。疑念が晴れたと確信したためか、Aさんはニコニコしながら話していたそうで「私、歌が好きなんですよ」とカラオケで演歌まで披露。歌手のBさんも「美声をとどろかせた」と北芝氏。

 事件の核心部分、野崎氏の死については、こう語ったという。

「死因の覚醒剤の入手経路は『分からない』と言っていたが、野崎氏は精力剤に目がなかったそうで、社長の周りには『この精力剤がよく効きます』と売り込んでる人がいた。そういうものをビールと一緒に飲んで死んじゃった可能性はあるんじゃないかと推理していた。社長が亡くなったことで『報酬がなくなり、失うものの方が多い。Sさんも月100万円をもらえなくなって困るんじゃないか』と擁護するような話しぶりもしていた」(北芝氏)

 警察は、野崎さんの愛犬イブの死因について鑑定中だ。イブの死に際、Aさんが野崎氏から強い言葉で叱責されたことについては「私は何も変なものを食べさせていない。気をつけてご飯を作っていたのに…」と話していたという。

 そんなAさんが、最も強い口調で話していたのが、某週刊誌の記者に対するものだった。

「『今回の事件に火をつけて大きくしているし、ひつぎの写真を撮ったりして死者の尊厳を踏みにじっている』と、憤まんやる方ないといった感じで強調していました」

 Aさんとの面会を終え、北芝氏は「明るく正直に状況描写しており、シロの印象が強い」と感想を語った。

 警察は第一発見者の2人に集中して捜査を展開しているとみられており、Aさんの証言通り、警察がAさんを「無罪放免」としたのならば、捜査はSさんに集中することになる。

 北芝氏は「死因が覚醒剤中毒である以上、それが野崎氏の手元に行かなければならない。家の中だと疑われるのは2人だが、そのうちの1人を県警が外したとなると意味は大きい。Sさんにもおかしなことがないなら、“第3の存在”がカプセルを事前に渡していた可能性もあり得る。どんな県警にも捜査の神などいないし、初動を誤ったことも含め全体を考えないといけない」と指摘した。

 また、Aさんは「記者会見を開いて全部お答えしたい」との意向を示しているという。真相解明の糸口となるのか。
コメント

仮面ライダー出演俳優の野邉大地さん 飛び降り訓練で死亡

2018-06-14 16:35:57 | ニュースまとめ・総合

仮面ライダー出演俳優の野邉大地さん 飛び降り訓練で死亡



2018年6月14日 15時44分
ライブドアニュース速報

千葉県警によると、13日午前、千葉県白子町のホテルで飛び降り訓練をしていた俳優の野邉大地さんが、飛び降り直後に意識を失い、14日朝に死亡した。野邉さんは「仮面ライダービルド」などに出演していた。共同通信が報じた。
コメント

50年前の日大闘争に怒り再燃 「相撲部員だった田中英寿理事長に押さえつけられた!」

2018-06-14 16:00:33 | 芸能・スポーツ

50年前の日大闘争に怒り再燃 「相撲部員だった田中英寿理事長に押さえつけられた!」




2018/06/14 12:32



 6月10日、東京・お茶の水で「日大全共闘結成50周年の集い」が行われ、元日大全共闘のメンバー約100人に加えて、他大学の活動家(当時)など関係者20人が集まった。日大全共闘の正式名称は「日本大学全学共闘会議」。つまりこの集いは、日大全共闘の「同窓会」である。 

 1968年、日大は東京国税局から脱税を摘発され、約20億円もの巨額な使途不明金が発覚。これに怒った学生は大学に抗議したが、大学側は警視庁機動隊を導入して学生を厳しく取り締まるようになった。この間に日大全共闘が結成され、やがて各学部の校舎をバリケード封鎖することになる。

 日大全共闘は大学側に古田重二良会頭(当時のトップ)など全理事の退陣、経理の全面公開、不当処分白紙撤回、集会の自由――などを求めて徹底抗戦した。「日大闘争」と呼ばれており、多くの逮捕者を出した。また、右翼団体や体育会、機動隊との衝突で死傷者まで出すことになった。

「日大全共闘結成50周年の集い」の主催者は元日大全共闘の有志がつくった「日大930の会」である。930とは、1968年9月30日に日大全共闘と古田会頭が交渉し、日大全共闘側の要求が通った日にちなむ。

 同窓会は、今年、日大全共闘結成50年を迎えるのを機に半年以上前から計画されていた。「日大アメフト部問題」が起こってから、急きょ開かれたわけではない。

 しかし、元日大全共闘は今回の問題について、1968年の使途不明金問題と重ね合わせていた。メンバーの一人はこう演説する。

「日大の学生を押さえつけるために暴行した側には当時、相撲部員だった田中英寿・現日大理事長がおり、わたしたちと無関係ではありません。50年間、日大の対応は何も変わっていない。わたしたちはいまの学生や教職員とともに闘っていきたい」

 この日、元日大全共闘は理工学部近くの錦華公園(東京都千代田区)に集合。そのあと、約200メートル離れたYMCAアジア青少年センターで同窓会が行われた。

 日大がアメフト部問題で揺れるなか、元日大全共闘が集まることについて、警察も気になっていたようだ。同窓会主催者の1人と、警視庁神田警察署警備課とでこんなやりとりがあった。


元日大全共闘メンバーが都内の公園に集結。現・日大理事長の退陣を訴える(写真・小林哲夫)© Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 元日大全共闘メンバーが都内の公園に集結。現・日大理事長の退陣を訴える(写真・小林哲夫)
警察 ネットで「拡散・日大全共闘が錦華公園からデモをやる」みたいなのが広がっているが、どうなのか。東京都の公安条例で不特定多数の者が集まって集会を開くときは、屋内外を問わず集会届が必要だ。

元日大全共闘 昔を懐かしむ年寄りが、錦華公園で待ち合わせをして同窓会(懇親会)会場のYMCAアジア青少年センターに行くんだ。「50周年の集い」は集会ではなく、懇親会です。

 日曜日ということもあり、錦華公園からYMCAアジア青少年センターまでの人通りはほとんどない。警察は「移動に際しては、プラカード・旗は禁止」の旨の話をしたようだが、旗を振りかざしたヘルメット姿の参加者を見ることができた。

 YMCAアジア青少年センターで始まった同窓会では、明治大、専修大、芝浦工業大、中央大、早稲田大、東京教育大(現・筑波大)の全共闘など元活動家からの挨拶があった。旧交をあたためあうシーンも見られたが、元日大全共闘副議長のこの言葉は場内をシーンとさせた。

「このところ、仲間が亡くなってお別れの会に出る機会が多くなった。さびしいものです」

 1968年当時20歳の学生だったことから、参加者の平均年齢は70歳以上になる。鬼籍に入る元日大全共闘メンバーが出てきても不思議ではない。なお、元日大全共闘議長の秋田明大さんは当初、出席予定だったが、日大アメフト部問題で注目されるのを避けて欠席している。

 同窓会で、もっとも大きな拍手を受けて、参加者を感涙させた挨拶があった。今年、日大を卒業したばかりの20代前半の若者の言葉だった。

「田中理事長は日大をどんどんダメにしている。日大の学生、日大出身者、日大全共闘と一緒に田中理事長退陣を求める運動を行っていきたい」

 元日大全共闘は声明を発表した。

「わたしたちの闘いは、一度は勝利したとはいえ佐藤発言を突破できず『古田体制』を残してしまいました。それが50年後の現在まで、日大の暗黒支配をそのまま維持させた原因と考えています。今、わたしたちが田中理事長以下全理事の退陣を求める理由です」

(「佐藤発言」とは、当時の佐藤栄作首相が日大全共闘との交渉「大衆団交」の内容を認めないと話したこと)

 また、声明では日大アメフト部員についてこう記している。

「たった一人で真実を明らかにしたアメフト部M君の勇気に、あらためて敬意を表します。わたしたちは、彼に対する不当な圧力や不利益が及ばないことを願っています」

 日大アメフト部問題は、元日大全共闘に火をつけてしまったようだ。
コメント

ボコボコに打たれても、斎藤佑樹の不思議なポジティブ思考

2018-06-14 15:57:56 | 芸能・スポーツ


ボコボコに打たれても、斎藤佑樹の不思議なポジティブ思考




2018/06/14 12:12



FIFAランキングと日経平均は連動している!? (c)朝日新聞社

金融大手が予想 日本のW杯優勝確率


西野ジャパンへのメッセージを記した色紙を手に笑顔を見せる岡田武史氏(撮影・丹羽敏通)

岡田武史氏、西野J救世主に乾を指名




 毎度同じパターンの繰り返しだ。北海道日本ハムファイターズ、斎藤佑樹投手のことである。


斎藤佑樹は6月6日に30歳を迎えた© ITmedia ビジネスオンライン 斎藤佑樹は6月6日に30歳を迎えた
 6月12日の阪神タイガース戦で今季2度目の先発マウンドに立ったものの、4回8安打5四死球7失点と大炎上。3イニングで先頭打者を四球で出塁させ、2本塁打を被弾するなど終始めちゃくちゃな内容で試合をぶち壊した。

 どうひいき目に見ても褒めるところがない。栗山英樹監督は二軍降格を言い渡したが、それでも「苦しめば苦しむほど生まれるものもある」などと、あえて突き放すようなことはせず逆にエールを送るかのような温かい言葉を口にした。

 6月6日に30歳を迎えた。今年で、もうプロ8年目だ。ルーキーイヤーに6勝を飾ったのが自己最多で以降、泣かず飛ばずの成績が続きここまで通算15勝止まり。今季は「ラストチャンス」と力強く言い切っているシーズンとはいえ、案の定結果は出ていない。

 斎藤には大変申し訳ないが、これは誰もが予想できた流れだ。今後は打者をかわしながら“ごまかしの投球”が奇跡的にうまくハマれば、年間に1、2試合ぐらいなら勝ち星を拾えるかもしれない。しかし先発ローテーションを守り抜くことは、まずできないだろう。

 今の斎藤は下半身をうまく使えず、上体だけで投げている。いわゆる「手投げ」だ。2013年に右肩を壊してから、この弱々しい投球フォームが定番となってしまっている。棒球のような直球は球威がなく、変化球もキレがない。その上、制球力もないからカウントを悪くした末に置きにいった球をいとも簡単に痛打される。弱点が多くありすぎて対戦打者としてはオイシイ相手だろう。これでは勝てるわけがない。

 二軍では、そこそこ通用することはあっても一軍のマウンドとなれば同じようにはいかない。だからファームでそこそこの結果を残せても、いざ一軍に上げてみたら大炎上という毎度同じパターンの繰り返しとなってしまう。

●無神経というか、KYというか

 散々な状況となっている当の斎藤本人は本当に危機感を覚えているのだろうか。おそらく、そこまで窮地に立たされているとは思っていないだろう。仮にそう自覚しているのであれば、もう彼はとっくに自分から身を引いている。

 悪く言えば「厚顔無恥」。逆にいい意味で表現するとしたら、斎藤は自分を着飾るだけの「プロデュース力」がズバ抜けている。そして世間からの猛バッシングをモノともしないタフな精神力、いわば「鈍感力」も彼の持ち味と言えるかもしれない。斎藤に近い日本ハムの関係者は次のように打ち明ける。

 「一軍で投げては打たれるたびに多くの有識者から『引退するべきだ』などと酷評され続け、ネットユーザーからはもっと辛らつなトーンの批判が毎度のごとく書き込まれている。にもかかわらず、斎藤は『これは僕に対する叱咤激励です』とポジティブにとらえている。時に笑い飛ばすこともあるほどだ。

 高校球児のときに『ハンカチ王子』として注目され、どうしても気になる存在だからこそ批判される。もし批判もされなくなれば、もう自分に関心がなくなるわけだから、そのタイミングこそ終わりのときなのだ。つまり批判されているうちが華なのである。斎藤は、そうやってポジティブに考えている。だから、いくらブッ叩かれてもまったく気にならない。無神経というか、KYというか……」 

 マウンドでいくら滅多打ちを食らって大炎上しても、試合後の斎藤は「能力がない」「自分が情けない」といった類の言葉はほとんど発したことがない。自暴自棄になったり、自分を責めたりすることはせず基本的には“逃げ道”や“言い訳”を用意して再起しやすいシチュエーションをつくっておくことが彼の常套手段だ。

 KOされれば当然のように試合後の取材でメディアから詰問を受けることになり、精神的にも追い込まれているから、とても受け答えの仕方を考える余裕などないはずだが、それを斎藤は普通にこなせてしまうのである。そういう意味でもやはり図太い神経の持ち主と言えるのかもしれない。

●先輩や後輩が離れていく

 こういう風変わりな人物だから、彼のもとからは多くの新旧チームメートやライバルたちが離れていった。入団1年目の春季キャンプでキャッチボールの相手を買って出るなど目をかけようとしていた元先輩チームメートのダルビッシュ有投手(現シカゴ・カブス)は、すぐに距離を置くようになった。

 かつて高校時代に夏の甲子園でお互いが3年生エースとして決勝戦、決勝再試合を投げ合った田中将大投手(現ニューヨーク・ヤンキース)も「ライバル」と呼ばれることを嫌い、東北楽天ゴールデンイーグルスで球史を塗り替える活躍を残した後は今やメジャーリーグ名門球団のエース格にまで上り詰め、手の届かない存在になってしまった。

 2年遅れで入団してきた後輩の二刀流、大谷翔平(現ロサンゼルス・エンゼルス)にもあっさりと抜かれ、5年間チームメートとなりながらも接点はほとんどなかった。日本ハムの主砲、中田翔内野手はさすがに明言こそしないものの、斎藤絡みのコメントはまったく口にせず「どうも毛嫌いしているらしい」というウワサも方々から漏れ伝わっており、完全に距離感ができてしまっているようだ。前出の関係者はこうも続ける。

 「でも斎藤は『自分は自分、他人は他人』と平然と言い放っていることからも、徹底した個人主義を貫いている。もちろん野球はチームスポーツだが一番大切なのは自分であり、最終的には己の力だけで生き抜いていくしかない。その姿勢があるからこそ接点のあったかつてのライバルや先輩後輩たちがたとえ自分の元からどんどん離れていっても、まるで気にしないのだ。去る者は追わず。離れたければ、どうぞご勝手に――という考え方をしている」

 日本ハムは斎藤が自ら引退を申し出ない限り、しばらくは契約更新し続けていくだろう。まだまだそれなりの人気と注目度の高さを持っているので、広告塔として“カネのなる木”という側面も持ち合わせているからに他ならない。ある球界関係者は「腐っても斎藤佑樹」と言っていた。

●いつまでユニフォームを着続けるのか

 そんな斎藤に対して、なぜ栗山監督は大甘発言を繰り返すのか。やはりフロントの意向をくみいれた上での“忖度”と思われる。

 こういう裏事情もあるから、斎藤は一軍マウンドで炎上を繰り返しても安泰でいられるのだ。この流れに図々しくも乗っかって、まるでうまく利用するかのように二軍と一軍を行ったり来たりしながらプロ野球選手として延命を続けている。周囲の声やブーイングにはいちいち過敏に反応せずスルーする。そしてマイナス材料も極力プラスにとらえるようにスーパーポジティブな解釈を常に心がける。

 図太すぎるとはいえ、このように常に物事をポジティブにとらえる斎藤イズムを、私たちも取り入れてみてもいいかもしれない。ただ、あまりやり過ぎると周囲から猛反発を食らうのが関の山なので、その辺りは留意しなければいけないだろう。

 いずれにせよ、一体どこまで斎藤はこんな投球を繰り返しながらプロ野球選手としてユニホームを着続けるのだろうか。持ち前の「鈍感力」を発揮しながら、どのような延命工作、あるいは弁明を用意しながら生き長らえていくのか。注目したい。
コメント

スタローン、性的暴行容疑で捜査開始 90年代に被害と訴え

2018-06-14 15:55:47 | 憎むべき性犯罪


スタローン、性的暴行容疑で捜査開始 90年代に被害と訴え


2018年6月14日 10時41分
AFPBB News


米俳優のシルヴェスター・スタローン。米ホワイトハウスで(2018年5月24日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News
写真拡大
【AFP=時事】米ロサンゼルス郡検察局(Los Angeles District Attorney's Office)は13日、昨年届け出があった米俳優シルヴェスター・スタローン(Sylvester Stallone、71)の性的暴行容疑をめぐり、訴追すべきかどうかを判断するため捜査を開始したと発表した。

 昨年11月、女性が1990年にスタローンから性的暴行を受けたと訴え出ていた。

 ロサンゼルス郡検察局の報道官は容疑の詳細については説明せず、カリフォルニア州の10年の公訴時効が適用されるかどうかも明らかにしなかった。

 スタローンは映画『ロッキー(Rocky)』や『ランボー(Rambo)』など多数の作品に出演している。
コメント

栄和人監督の謝罪会見、パワハラ告発の安達氏が「何一つ変わっていない」と不信感あらわ

2018-06-14 15:48:50 | 芸能・スポーツ
栄和人監督の謝罪会見、パワハラ告発の安達氏が「何一つ変わっていない」と不信感あらわ



2018年6月14日 14時33分

スポーツ報知

 14日放送のフジテレビ系「直撃LIVEグッディ!」(月~金曜・後1時45分)でレスリング女子で五輪4連覇の伊調馨(34)=ALSOK=らへのパワーハラスメント問題で日本協会強化本部長を辞任した栄和人氏(57)の謝罪会見を特集した。

 会見は生中継が禁止され、会見はこの日午前10時に東京・駒沢体育館で開幕する世界選手権(10月、ブダペスト)代表選考会を兼ねる全日本選抜選手権の試合前の9時20分から20分間の予定で設定された。

 番組にはパワハラを告発した安達巧氏がスタジオ生出演。「内容を見たらボクらからすれば、きれいに頭を下げて謝罪しているように見えますけど、何一つ変わっていないなと」と断じ、協会の体質なども「3月の発覚した時点から何も変わってないですよ」と不信感をあらわにした。さらに「言葉で謝って涙ながらにって、言葉はそうかもしれませんが、今日の内容からすればパワハラに関しての認識はひとつも感じられなかった」と指摘していた。

 栄氏は会見で用意された文書を読み上げる形で伊調、田南部力コーチに謝罪。パワハラ認定について聞かれると「コミュニケーション不足が生んだことがこのような事態になったかなと深く反省しております」と話した。
コメント

元・痴漢常習者の告白「30年やり続けた理由」

2018-06-14 15:47:31 | 憎むべき性犯罪
元・痴漢常習者の告白「30年やり続けた理由」


2018年6月14日 14時36分

東洋経済オンライン



「痴漢をしているときは、興奮した状態にあったと思いますけど、勃起していないことも多かったんです。だから、性欲を満たすという感じではなかったと思います。なんていうか、女性に触れていることに対して、安心感のようなものがあって……。大学で電車通学が始まってから痴漢するのが日常化して、本当にひどい痴漢を始めたのは社会人になってからです」

30年間、痴漢をし続けてきたという男性。なぜ痴漢をしていたのか、なぜやめられなかったのか。会員登録制ウェブメディア『リディラバ・ジャーナル』が3時間にわたって話を聞いた。

なお、リディラバ・ジャーナルの特集「痴漢大国ニッポン:「社会問題」として考える痴漢」は被害者、加害者、専門家など多様な当事者へのインタビューをもとに10本の記事で構成されている。本記事はその中から加害者へのインタビューを転載したものである。

小学校の頃に妹の身体を触わっていた

ーーいつ頃から痴漢をするようになったんですか。

高校生の頃、数回ですが、バスの中で女性の身体に触れたことがありました。本格的にやり始めたのは大学に入ってから。私は今58歳なんですけど、痴漢で捕まって最後に刑務所から出所したのが48歳なので、30年ぐらい痴漢をし続けていました。通学中や通勤中の電車内でほとんど毎日やっていました。


当記事は「リディラバジャーナル」からの転載です(元記事はこちら)。同サイトは有料会員制メディアです。なぜリディラバが、課金型メディアに挑戦するのか。どのようなメディアを読者と作り上げていこうと考えているのか。リディラバの考え方はこちらを御覧ください。

ーー痴漢のきっかけになるようなことはあったのでしょうか。

きっかけは思い出せないんですけど、女性の身体を触るということで言えば、2歳下の妹がいて、小学校の頃に妹の身体を触わっていたのが最初です。身体というか、もっぱら性器です。妹は抵抗していました。なぜそんなことをしていたのかはわかりませんが、興味本位だったんだと思います。そうした延長線上に痴漢があったのかなと。

痴漢をしていたのも、もともと女性とのコミュニケーションがあまり得意ではなく、女性と会話してお付き合いをするという流れをショートカットして触っていたんだと思います。だから性的な欲求というよりは、女性とのコミュニケーションのつもりでした。

ーー痴漢は電車内で?

はい。痴漢をやり始めた頃、たしか毎朝8時くらいにぎゅうぎゅう詰めの満員電車に乗っていたんですが、ドア付近にある女性がいまして。学生っぽくはなかったので20代前半くらいの社会人だったと思います。ちょっと触ってみようと思って手を伸ばしたら触れたんです。

その女性はいつもスカートだったので、少しずつスカートをめくり、下着の中に手を入れられれば、さらに指を忍ばせて……。その電車は駅間が5~10分くらいと長かったので、ずっとそうした行為をしていました。
許してくれているのだと思っていた

ーーその女性に対しては、毎朝痴漢をしていたと。

私としては触らせてくれているんだなと思っていたんです。そのときに限らず、痴漢をしていたときは、触って嫌がらなければ許されていると思ってやっていましたから。嫌がられたらやめるんです。騒がれたら困るというのもあるけど、そもそも嫌がるのを無理やり痴漢することはしませんでした。逆に嫌がるそぶりをしない女性は許してくれているのだと思って、エスカレートしていきました。

今になって考えれば、抵抗できないのは恐怖でフリーズしてしまっていたからだとわかるんですけど。被害者が毎朝乗る車両を変えられないのも、他の時間帯に乗車時間をズラすことができないのも、痴漢にストーカー化されるともっと怖いからという話を最近聞いて、ああそうだったのかと。今は、ずいぶんひどいことをしていたんだと反省しています。

ーーそれ以外には、どのような女性に対して痴漢をしていたのでしょうか。

中学生もいたかもしれないですけど、おおよそ高校生から20代のOLぐらい。特定の女性を狙っていたとかではなくて、触れそうな状態の女性を探してという感じでした。満員電車だったり、泥酔している女性だったり、触っても気づかれなさそうな厚着のコートを着ていたり。そういう意味では、誰に痴漢するかということ以上に、痴漢できる状況かどうかが大きかったと感じます。

それと、かわいいとかきれいな女性には多くの男性が注目していますが、地味な女性だと注目されていないので、そういう人が多かったのかなと。日向よりも日陰で痴漢したほうが見つからないという判断が、自然と働いていたのかなと思います。

ーーそれだけの痴漢を繰り返していて、逮捕されることはなかったんでしょうか。

実は、何回も捕まっているんです。会社員になって最初の3年間はまったく捕まらなかったんですけど、26歳で初めて逮捕されて、それからは1年に1、2回は捕まっていたんじゃないかと思います。捕まるときは、毎回、下着の中に手を入れるような強制わいせつではなく、衣服の上から触る迷惑防止条例違反です。

一般的にはひどい痴漢のほうが捕まりやすいと思われていますが、衣服の上から触る軽微なほうが捕まりやすい。もしかすると、下着の中まで手を入れられている女性は、怖くて声を出せないというのがあるんじゃないかと思うんですが。

ーー何度も捕まるなかで、勤務先の会社やご家族との関係は……。

最初の会社では、社内で「あの人は痴漢だ」という噂が出回わり、いづらくなってしまったんです。後輩からも「先輩、今日も痴漢してきたんですか?」と言われるようになってしまって。それ以降、痴漢で捕まるたびに会社は何度も替えています。

両親は、最初に逮捕されて、身元引受人が必要になったときに、私の痴漢のことを知りました。よく痴漢をする人は複雑な家庭環境にあったと言われますが、うちはいたって普通。その日の夜中、母のすすり泣く声がずっと聞こえていました。それでも痴漢をやめることはできなかったんですが……。

往復の通勤電車の中でほとんど毎日痴漢をしていました。朝は通勤ラッシュで満員電車ですし、夜も帰宅ラッシュの時間になると満員電車になる。帰りは乗った電車でできそうなら痴漢をして、降りるべき駅で降りずにそのまま痴漢し続けていました。そしてまた戻ってくる帰りの電車でも痴漢をして……。

朝は1~2人ですけど、夜は5~6人とかに痴漢をしていた。終電がなくなるまで往復したこともあれば、戻りの終電に乗れず、どこかに泊まって翌朝帰ってくることもありました。それから休みの日も痴漢をするために電車に乗っていました。30年も痴漢をしてきてしまったので、被害者は3万人はくだらないかもしれません。
一生懸命謝れば帰してくれた

ーー何度も捕まったということですが、それでもやめられなかった?

そもそも逮捕以前に、ある鉄道会社で捕まると鉄道警察に身柄を引き渡されるんですが、そこでは、一生懸命謝れば帰してくれるんです。実際に、私は何回も捕まっていますけど、土下座して謝って終わるか、始末書を書いて終わるかというケースも結構ありました。

被害者の訴えがよっぽどひどいときは、身元引受人が来ないと帰せないみたいなことを言われるんですが。実際に逮捕されて刑務所に入るまでに、そうしたケースは10回以上ありました。

ーーそして実際に逮捕されても痴漢をやめるきっかけにはならなかったと。

私の場合は罰金刑が3回、刑務所には2回行って合わせると2年近く入所していました。刑務所は、最低限のルールさえ守っていれば、毎日ご飯が食べられるし、仕事もそこそこ言われたことだけやっていればいい。会社だったら一生懸命やらないといけないじゃないですか。出来が悪いと怒られたり、納期に間に合わないと徹夜したり。

刑務所にいる間は、社会の中でどうやって生きていけばいいのかなんかも考えなくて済むので、ほとんど何のストレスもなかったです。服役している期間は痴漢をやめるための時間ではなく、出所までをただひたすら待つだけの時間でした。

ーー刑務所の更生プログラムも意味がなかったのでしょうか。

私がいたのはもう10年前のことなので、今はどうなっているかはわからないのですが、当時はほとんど機能してませんでした。そもそも私は最長でも11カ月の服役で、その程度の刑期だと性犯罪のプログラムの多くが対象外でしたから。それに自分の中では、痴漢はやめようとすればいつでもやめられると思っていたんです。30年痴漢をしてきて本当に何度も捕まりましたけど、それでもコントロールできると思っていて。

ただ最後に捕まったとき、泥酔していたんですが、車両内の女性に見境なく触っていたら腕を掴まれてハッと気づいたんです。そのときに、自分が何をしていたかさっぱりわからなかった。いや、痴漢をしていたんですけど、そのときの自分は何で掴まれたのかもわからないような状態で。もう、これは駄目だなと思ったんです。


男性は斉藤章佳さん著『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)を読み込んでいた(写真:リディラバジャーナル)

ーーそれで、ようやく治療にもつながったと。

本当は最初の逮捕のときに性依存症のクリニックを紹介されて、3カ月ぐらいは毎日通っていました。ただ自分でどうにかなるだろうという気持ちもあり、「こちらは金を払っているんだから、医者なら治してみろ」という態度で、あまり治療に主体的じゃなかったんです。そうしたら、その後も何度も捕まってしまって……。
ここ10年ぐらいは痴漢をやめられている

最後の逮捕のときに、いよいよこれは本当に自分ではどうにもできないと思いました。そして治療を続けて、ここ10年ぐらいは痴漢をやめられています。やめられているというか、正確にはさまざまな工夫して痴漢をしないような状況に自分を置いているんですが。

ーーというのは?

これまでに、痴漢できるような状況のまま自分をコントロールしようとして、何度も失敗しているんです。だからもう、電車には乗らないことにしようと。そう決めてからは、移動は車かバス。それで一応、痴漢はしなくなりました。できなくなったというべきなのかもしれないですけど。治療の初期の頃は、自転車通勤にして、電車に乗るとしても満員電車を避けるなどしていたんですけど、やはり難しかった。もしかしたら、どこかに痴漢を許してくれる人がいるのかもしれないと思ってしまって……。

そうして10年が経ち、日常的に女性と接している中で、女性を見る目も変わってきました。本当に少しずつですが、「痴漢をしない自分」にも近づいているかもしれないとは思っています。

あの、たぶんこれを読んだ人の中には不快になる人もいると思うんですけど、なぜ自分は痴漢をしてしまっていたんだろうとか、どうしてやめられなかったんだろうと考えるんです。でも一人で考えていると、なかなかうまく言語化できない。だから、今回インタビューという形で話を聞いてもらうことで、自分がしてきたことと改めて向き合えればと思っています。

私は現在、精神保健福祉士の資格を取って元痴漢加害者の自分だからこそできる何かがあるのかもしれないんじゃないかと思っていて。うまく言葉にできないんですが、かつての私のように、何千とか何万もの被害を生む痴漢加害者が1人でも減れば、それだけ救われる人もいるんじゃないかと……。

取材から数日後、リディラバジャーナル編集部に元加害者男性から衝撃的な連絡があった…。その内容については、元痴漢加害者の告白「何度捕まってもやめられなかった」をお読みください。
コメント