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再訪 「赤の女王」説

2017-04-30 20:57:21 | 日記
 ・・・女王さまは言いました.「よいか,ここでは,おなじ場所にとどまっておりたければ,力のかぎり走らねばならんのじゃ」 (キャロル著,脇明子訳「鏡の国のアリス」岩波少年文庫)





 「赤の女王」説は,「生物にはなぜセックスがあるのか?」という大問題を扱った学説です.

 生物はセックスがなくても子孫を作れます(無性生殖).ただし無性生殖では遺伝子は変りません.子は親と全く同じ遺伝子です.子が何人(何匹)生まれようと,みな同じ遺伝子をもっています.無性生殖とは親のコピーを作ることです.
 
 これに対し,有性生殖では多様な子孫が作られます.環境が変化する時は,有性生殖のほうが有利になります.しかし環境が一定であれば,無性生殖に比べ有性生殖は圧倒的に不利です.

 だから現存の生物の大多数が有性生殖を採用している理由は,生物の生きている環境というのは見かけほど一定ではなくて,じつは時々刻々と変化するものに違いない,と考えられます.

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 では,その時々刻々と変化する環境とは,どういうものでしょう? さまざまな「環境」が変化するでしょう.しかし最も重要なのは病原体の存在,かもしれません.

 生物と病原体の関係は,軍拡競争によく例えられます.それはしばしば,一方が生存すれば他方は滅びるという熾烈な勝負になります.負けそうになった側は,遺伝子の組成を変えます.そして勝ちに転じたら,こんどは相手の負けが混んできます.そこで相手も遺伝子の組成を変える必要がでてきます.こういう関係が続く限り,生物も病原体も,どちらも常に遺伝子組成を変える必要性に迫られているわけです.

 ところでこの場合,「軍拡競争」という比喩は,あまり適切でないかもしれません.ナイフで殺し合っていたのがピストルに,ピストルが大砲に,大砲が爆弾に,というような軍事技術の拡大や充実とは少し違っています.生物と病原体の競争は,むしろジャンケンに似ています.相手がグーを出している時は,こちらはパーを出せば良い.相手がチョキに切り替えたら,こちらはグーを出す.こういう競争では軍備の拡大や進歩はありません.相手の出方によってこちらも出方を変えるだけです.そこにあるのは「変化」であって,必ずしも「進歩」や「拡大」ではありません.

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 生物集団の遺伝子の組成が変化することを,生物学では「進化」といいます.その定義を採用すれば,生物と病原体とは生き残るために,共に「進化」し続けているわけです.進化によって生物は進歩することもありますが,ジャンケンのように同じ所をぐるぐる回っているだけの進化もあります.生物学的には「進化」とは「変化」であって,必ずしも「進歩」を意味しません.

 病原体も含め,生物は他のさまざまな生物とともに生きています.こういう生物的環境は時々刻々と変化するので,生物は無性生殖で自分のコピーさえ作っておけば良いというわけにいきません.有性生殖を行なって,「全速力で進化し続ける」ことが常に要求されています.それはルイス・キャロルが「鏡の国のアリス」で描いた「赤の女王」の国とどこか似ています.

 「この世にセックスが存在するのは,生物が病原体と闘わねばならないからだ」と主張する学説が,「赤の女王」説と呼ばれるのは,そういう理由からです.

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