武の道へのこころざし

大道塾の横須賀・湘南支部の責任者が、日々の活動に関する出来事や想いを綴っていきます。

新しい会報の準備に入っています。

2018年08月10日 | お知らせ

新しい支部会報、「支部だより」。

2003年秋の第一号から数えて、通算33号の会報作成に入っています。

今回文章作成の依頼をさせていただいた方々には、お手数をおかけいたしますがよろしくお願いいたします。



まだ全員に連絡ができていませんが、連休明けにでも、順次ご依頼をさせていただきます。

皆さんの作成された文章を読むことが、私の新たなエネルギーになります。

正直な気持ちで、文章を書いていただければと思います。



皆さま、宜しくお願いいたします。







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古希のお祝い会

2018年08月10日 | その他の行事

先日、湘南支部の懇親会を兼ねて、古希のお祝い会を行いました。


稽古生の皆様からのお祝い会へのご参加、お祝い金のご協力、またお祝いのメッセージカードの協力など、皆様のご協力に感謝したします。


メッセージカードは、湘南支部の大人の稽古生を中心に、支部全体から多くのメッセージが集まりました。


古希のお祝いとして、このメッセージカードと、大道塾へ入門した時期からの約9年間の写真を織り交ぜたアルバム、それと古希のお祝いメッセージの入った道着をプレゼントしました。プレゼントは、皆さんから協力を得たお祝い金で充当しました。また、写真とメッセージカードの入ったアルバムの最後には、総本部の東塾長からお預かりしたメッセージカードが入っています。仕事で総本部へお伺いした際に、私から東塾長に直々にお願いしたものです。ありがとうございました。


高橋さんへのプレゼントなのですが、ご本人にも一言かいていただきたく、ご自身向けのメッセージカードも書いていただきました。


多くの稽古生の他者へ思いやりの心のこもったプレゼントとなり、私としてもうれしい限りです。

メッセージカードは、普段稽古を一緒にしている仲間ばかりではなく、まだ一緒に稽古をしたことも、一度の顔合わせをしたことのない横須賀支部の稽古生も含まれます。それでも同じ稽古をしている仲間のためにと、皆さんから想いのこもった言葉、励みになる一言を添えていただきました。

他者への共感をしてもらえる方が多いと思えるのが、私の喜びの大きなところです。




懇親会の途中、せっかく楽しく飲んでいる間にも、私から「ああしてこうして、、」と、「だれだれは席をどこに移って、、、」などと細かく指示を出していますが、これもお互いの交流のために行う、私の ’おせっかい’ です。「めんどくさい!」と思わずに、大目に見てやってください。


しかしこの日も、なんだかとても楽しいひと時でした。


皆さん、高橋さんに負けず、新境地を目指して頑張っていきましょう!!






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継続の心構え

2018年08月10日 | 武道の心

初心を忘れず、稽古を継続していくことはとても難しいことかもしれませんが、この辺り、かなりの個人差があり、稽古を継続できる方、稽古の積み重ねを地道に行える方、継続的な稽古の中で、しっかりと着実に実力を向上させることができる方の特徴に関して、私なりに感じている事をまとめてみます。

入会時に、過去の経歴や経験した内容を、実際よりも大きく膨らませて周りに伝える方は、あまり稽古が長く続いていません。また、他の稽古生とのコミュニケーションがあまりとれない方や、逆にすぐに指導者側といち早く仲良くなっていろいろと親密に話をされる方も、離れる時はあっという間で、「地道な稽古の継続」という姿勢はなかなか身に付かないように感じます。

少年部でも一般部でも同じですが、あまり周りの多くの稽古生とコミュニケーションを築けない方は、仲の良い人が稽古に参加していない日は気持ちよく稽古ができなくなり、やはり、継続性はむつかしくなります。

逆に見れば、継続性の高い稽古生の特徴として、「稽古生同士のコミュニケーション」が比較的スムーズに取れる方、道場内で話をできる方が複数いる方、過去の経験や自分で考える理屈に固執しない方など、稽古の中での「前向きな姿勢」と「素直さ」がとても大きく影響を与えていると思います。



これは、コミュニケーションの ”能力” の問題ではなく、「意思」 の問題です。



必ずしも、だれとでも仲良しになる必要があるわけではなく、ともに稽古をする仲間として認識できるかどうかという事と、ペアを組んで稽古をするときに相手に気が使えるかどうかという事です。


また、自分の成長よりも、人と比較してばかりで、悩んでしまう方もすぐにあきらめの気持ちが心にもたげてしまうようです。経験の差、年齢の差、体格の差や、元々の運動神経の差など、、人と比べていては、自分の成長具合が見えなくなってしまうというものです。


そして「素直さ」という点でいえば、話を聞いているときの目の色やその時の仕草、返事の仕方である程度のことはわかるものです。心がまっすぐにならない場合は、まずは姿勢を正し、相手を直視して、意識的に前向きな気持ちで話を聞くようにします。私の話は、技の使い方ばかりではなく心持や精神的な話もしますが、聞いたことはまずしっかりと飲み込んでいただきたいと思います。決して、指導者の言葉のすべてを妄信して受け入れる必要はありませんが、一旦飲み込んでみて、自分で理解できるかどうか、自分に合うかどうかを判断し、自分の理解を深めていただければと思います。


また私の指導する各クラスは、大人のクラスも子供のクラスも、指導者が教えるだけではなく、少し上の先輩が後輩を指導したり、上級者が下級生の指導を行うような稽古メニューを組むことが度々あります。こうしたとき、技の説明などで、指導する人に応じて言葉の使い方、説明の仕方、そのポイントに関して異なる説明をすることがありますが、そうした説明を柔軟に受け止める力がある方は、ストレスを感じることなく、稽古を続けていきやすくなります。


稽古では指導者との信頼関係がなければ、居心地のいい環境は作られず、信頼関係も築かれません。もしその道場の指導者が、どうしても自分に合わないと感じたときは、そっとその道場から離れるのがいいのかもしれませんが、本当に自分に合うのか合わないのか、しっかりと考えてみる必要があります。特に大人の方は、これまでのたくさんの人生経験の中で、自分の中に「殻」が出来てしまい、自分で自分に制約をかけてしまうことがあると思われます。


「自分の才能はこの程度だ」


「自分の好みはこうなんだ」


「これは出来るけどこんなことは出来ない」


「これはやりたいけど、これはやりたくない。。」



などなど。



「技を身に着ける」という事は、自分の殻を破ることにつながるのだと思います。

併せて、武道的な精神を身に着けるには、一旦自分(の価値観など)を捨てて、真摯に取り組む姿勢が必要になります。

たとえば、自分の命を懸けて判断せねばならないほどの、何らかの大きな決断を迫られた状況を考えてみるとどうでしょうか? そうした命がけの経験を、前向きな気持ちで何度も乗り越えてきた人は、元々の自分の殻を破り、新しい価値観を吸収しながら、より強く生きられる力を得ていると考えられます。

昔の、侍の時代の武道家は、剣術などの 「武道を学ぶ」 という事は、命を懸けて学んでいたと思われますので、学ぶ覚悟が今とはかなり異なると思います。

今の時代、そこまでの厳しい決断は求められるものではありませんが、少なくとも、ある程度の「覚悟」をもって稽古を継続していければ、これまでの自分の殻を破り、新しい自分の道を築いていける力が得られるものと思います。

一つの道を続けるということは大変難しいことだと思いますが、日々の道場での稽古が「自分の道」だと思える人にとっては、懸命に覚悟をもって学んでいく価値があるものと思います。



私は大道塾以外に、子供のころからいろいろなものを学んできました。小学生の頃の剣道に始まり、高校で伝統派の剛柔流の空手、フルコンタクトの極真空手、その後、社会人になってからの徒手格闘術や柔剣道、そして27歳から学び始めた柔道などです。

その外、武道以外にもいろいろなスポーツや学習、仕事などを通して、懸命に取り組んだことは沢山ありますが、自分を磨く道として、「武道」という分野が自分にとって一番だと感じ、人に伝えるべき、とても価値のあるものとして、現在、大道塾に籍を置いて、今に至るまで稽古指導を続けています。




続けえる価値のあるものと認識できる多くの仲間とともに、、、


今日も稽古に励む毎日です。










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