野草(イエツァオ)なくらし!

文京区改め金生町で草をアートし売り、食べています

サンショウなど

2017-04-30 23:22:59 | 畑事情

畑の4本のサンショウの木だが勝手に生えたわりにはいい場所に生えている。

一番大きなサンショウの木の下にはフキがたくさん生える。

側溝のすぐそばに生えるサンショウの木の下にはいまが旬の三つ葉がたくさん生えている。

同じく側溝のすぐそばに生えるサンショウの木。

この木の葉は他のサンショウより柔らかい。

セメントの隙間から生えているのはクサイチゴでもうすぐオレンジ色の実をつける。

驚異的な生命力で一年中芽吹くので一年中引っこ抜いている。

五葉松の下へ生えるサンショウの木

その下にはニラを植えている。

スーパーではサンショウの葉を何枚か並べたのがパック入りで売られているそうだ。

畑ではたくさんのサンショウの葉が採れ始めた。

有効に使いたい。

今回初めてたくさん摘んだサンショウの葉を塩もみし、小さく切ってオリーブ油につけヨモギ入りパンケーキに塗ってみたがやさしいがしっかりした味で美味しい。

もちろんサンショウ入り酢味噌は作っている。

去年勝手に生え始めたカラスザンショウはもう4本のサンショウをしのぐ丈と大きさになっている。

今のところてんぷらか薬味にしか使ったことがないがぐんぐん伸びる性質の木を切り4本の枝が出た状態にしたので葉はたくさん採れ始めた。

使い方をもっと考える時期になった。

 

 



 

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お茶作り

2017-04-29 22:46:01 | 畑事情

文京区暮らしの頃より草茶は作っていた。

引き続き作っているがお茶も作りたい。

金生町暮らしになり勝手に生えていたのや野山より移植したのやいただいたのと3本のお茶が畑で育っているのがやっと収穫でき始めた。

植わっている場所が違うので一度には収穫できなくその都度収穫したのをお茶にしている。

右上が摘んだばかしのお茶の葉。

左が野生のお茶の葉をお茶にした。

宇治茶の苗をいただいたのは芽吹きが遅い。

ハナシバと杉の類の木の間に勝手に生えていたためあまり新芽は摘めない。

野生のお茶を移植したが一番芽吹きが早い。

私流の作り方だが洗った葉を鍋で乾煎りして手でもみながら乾かす。

先日手もみのお茶が高価な値段で落札されたニーユースがあった。

私も手もみのお茶だと思うと悪い気はしない。

それにお茶の葉を乾煎りするときの香りがとてもいい。。

茶殻を小さくきざみワラビやトーフなどと油いためや卵とじにしたりもする。

 

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ヨモギ染め枕カバー

2017-04-28 21:31:21 | リメイク

金生町暮らを始めたころ畑にたくさん生えるヨモギをどうにか利用できないかと考えヨモギ入りパンケーキを作り始めたのが気に入り今も作り続けている。

そのころヨモギ枕も作ったが気に入り毎年いまごろ新しいヨモギと入れ替える。

抜いても抜いてもヨモギが絶えることはない。

仲良くするに限る。

今年は枕カバーを新調することにした。

シーツを使い続けていると一部が傷むが後はしっかりしている。

しっかりしている部分をヨモギ染めにして作ることにした。

鉄媒染で淡いグレーに染まった。

すこし地味なので白い花にきれいな色の蝶々が止まっているハンカチをパッチワークした。

寝心地がいい枕カバーができた。

右側の部分にヨモギが入っている。

乾かしたヨモギとヨモギで染色した布。


 

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牡丹に雨

2017-04-27 22:12:28 | 日記・エッセイ・コラム

昨日は一日雨だった。

それまでは華やかに上向きに咲く花のそばを通るたびにきれいだねと話しかけていたが思いもかけぬ姿になっていた。

満開のボタンの花に蛇の目傘をさしかけている意味がつくづく分かった。

少し遅れて咲いたボタンもやっぱし同じ。

それでも若いだけに回復しそうな感じ。

ちょっと下向きに咲くクリスマスローズは雨が降っても変わらず。。

天気も回復し、夕方行くと遅咲きのボタンは回復

早く咲いたボタンは回復の見込みなし。

ほんの一か月前ぐらい前に芽吹いたと思ったがもう花は終わり。

桜の花なみだ。


 

 

 

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花芯につぎつぎと花が咲く・・

2017-04-26 22:25:08 | 日記・エッセイ・コラム

1月にミニバラの鉢植えを買った。

3月になってもまだ咲き続けていたのに驚いたがまたまた驚くことがおこる。

花芯がグリーンだったがガクの塊のようで次々と小さな花を咲かせる。

花の中に花が咲く状態

3個咲いたが全部花の中に小さな花を咲かせ2個は枯れ一個だけまだつぼみもあったが今日は植え替えにはいい雨日和。

植え替えのため切った。

お猪口に生けているがそこでもつぼみが開きそうだ。

超エネルギッシュな花だった。

それにしても思いもよらぬ現象が起こるものだ。




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クレソンが帰ってきた。

2017-04-25 21:54:28 | 日記・エッセイ・コラム

金生町暮らしを始めたころ金生川ではたくさんクレソンを採集できた。

その後2年ほど台風による大雨の年が続き金生川本流でクレソンはあまり生えなくなった。

それでも支流では生えるが本流のように河川敷がなく即、流れに生えている状態で採集に苦労したがやっと本流にクレソンが帰ってきてくれた。

こんもりと茂ったクレソンの緑の塊は豊かな気分にさせてくれる。

ちょうど草木の変化が激しい時期で忙しくしているうちに時期をいっすることもあるが幸い今年もクレソンのつぼみを塩漬けにして保存食を作ることができた。

たくさん摘んだつもりでも塩漬けにするとほんの少しになるが大事にほろ苦さと辛さを味わおう。

 

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川之江高校の塀は・・

2017-04-24 22:22:21 | 公共事業

川之江高校の塀が道路拡張のため撤去されることは知っていた。

まじかまで工事が進んでいるにもかかわらず元のまんまだ。

いつから工事が始まるのだろうと思いながら通っていたが新しい塀と門はもう出来上がっていた。

スッキリとした新しい門。

新旧の塀。

古い塀に沿って駐輪場があったが徒歩通学だったのであまりなじみがない。

外塀に沿う側溝は蓋がされるだろう。

長年の風雨にさらされた塀の模様は趣がある。

痛々しい箇所もあり。

神社仏閣、公共施設は時代に流されることが少ないと思っていたが川之江高校の塀も車社会の波をもろかぶてしまったようだ。





 

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住友銅山東平(とおなる)へパート6(その他)

2017-04-23 22:18:55 | 旅行記

立派な石碑がある天神様が目についた。

東平で働いていた人たちもお参りしただろうと思い立ち寄った。

長い階段を上ると小さな境内。

小さな社のための立派な石碑とも思えないが立ち寄った。

奥の社に祭られているのは牛馬神でそばの石碑には強足神と彫られている。

やっぱし炭鉱で働く人たちの神様だった。

それにしても大事なものは何でも神様になるんだと感心。

少し歩くと立派な社殿が現れた。

境内にはスマホ封じとマイナンバーおはらいの旗がはためいていた。

神社の需要も時代とともに変わる。

向かいにあるのが住友銅山がお祀りする大山積神社。

大山積神社由緒書きにも銅板が使われている。

 

すぐそばに建つ銅山記念館は屋根に当たる部分がさつきで覆われドキッとして気持ちがいい。

地下にある展示場は無料。

7:20分出発で17:40分着。

走行距離88キロ。

ほんの近くだが大旅行した気分になれる場所だった。

 

 

 

 

 

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住友銅山東平(とおなる)へパート5(マイントピア周辺)

2017-04-22 21:45:59 | 旅行記

予定では別子ラインを抜け四国中央市へ帰るつもりだったが東平遺構が面白く住友鉱山に興味がわき引き返すことにした。

マイントピア周辺にも遺構はある。

第四通洞。

自然が描いた魅力的な模様。

セメントに鉄線を打ち込んで作った階段だが時間が一味つけている。

変電所。

優雅な窓だ。

思い切り鉄さび色の鉄橋。

赤く塗られた橋は今マイントピアより観光坑道まで鉱山鉄道が走っている。

マイントピア周辺は葉桜だった。

近くのモミジの街路樹は滴るばかりの新緑。

鹿森ダムあたりはまだ山桜は見ごろ。

少し上の谷間の山桜。

マイントピアから別子ラインで東平方面へ左折するまでの5キロほどのの自然状態。




 

 

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住友銅山東平(とおなる)へパート4(産業遺構)

2017-04-20 22:47:21 | 旅行記

東洋のマチュピチュと言われるのはこのあたりの産業遺構を指す。

大型観光バスが入れない山道のためマイントピアよりマイクロバスでだがひっきりなく観光客は来る。

近くで写したが時間によりつく迫力は大したものだ。

谷を隔てた向かいの山の尾根には5月の半ばごろよりアケボノツツジでピンク色に染まるそうだ。

花崗岩作りの貯鉱庫。

どうして門のような作りになっているのかと思うが迫力満点。

資料館近くには運搬機器類を展示したトンネル。

第三変電所。

室内も以前のまんま

なんの表示もないがこれも遺構。

こんな遺構が林の中に点在する。

 

 

 

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住友銅山東平(とおなる)へパート3(生活遺構)

2017-04-20 22:47:21 | 旅行記

病院跡の指導票があり行ってみた。

石垣には特異な株立ちの杉の木。

セメント製の塀だけが残っていた。

当時の病院の建物の写真が杉の木に取り付けられている。

すぐ近くに配給所跡。

当時のものの一部が無造作に放置されている。

何かが崩れている。

行くと杭を打ちセメントで広げた場所が杭の崩壊で崩れていた。

廃墟ムードいっぱい。

廃墟にはマムシグサがよく似合う。

居住区域にかかる橋は銅制のようだ。

ムードのある石橋もあり。

石橋をたたいて渡ると慎重な人のたとえで使われるがやっぱし丈夫なんだ。



 

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住友銅山東平(とおなる)へパート2(施設)

2017-04-19 21:46:43 | 旅行記

手前の建物が東平歴史資料館で後ろの建物が東平マイン工房。

資料館では昔の風景が再現されている

銅に関する展示や当時の生活風景写真も展示

常備流されているビデオでも生活風景がわかるようになっている。

閉山されたことで住んでいた人々は一気に東平を去った。

過疎化が進んでいる地とは性質が違うことに興味がある。

マイン工房は外観がもとのままだが室内は改装され銅板レリーフの体験ができる。

指導員は愛媛国体の参加者に配る銅板のしおり作りに忙しそうだった。

8月の開会までに2人で1600枚作るそうだ。

いろんな場所で国体への準備がされている。

写真はマイン工房へのエル字階段だが昔の施設で今は通行禁止。

昔の学校跡は銅山の里自然の家が建てられている。


 

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住友銅山東平(とうなる)へパート1(場所)

2017-04-18 07:56:32 | 旅行記

別子ラインを左折し東平に向かいすぐ右手の山の開墾された斜面に白い柱が樹立。

何だろうと思ったが植林した苗の鹿予防だと後で聞いた

山桜の大木は絶壁に生えている。

向かいの山との間は深い谷。

 

東平に着き駐車場へ向かうが道路はすごいヘアピンカーブ。

駐車場あたりも深い谷を隔てて山が見える。

金生町暮らしを始めてもうすぐ10年になる。

気にになる場所だが機会がなくやっと来られた。

東平は今は観光地になっているが1968年に閉山されるまでは住友銅山の施設があり多い時期で家族を含め5000人もの人たちが生活していた場所だった。

左側が急斜面の生活道。

観光地域から外れると。

かなり崩れた生活道。

東平は標高750メートル。

今キブシが満開だった。

レンギョウも満開。

ほんのりと芽吹きが始まったばかし。

季節は平地より一か月ほど遅れているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

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海菜(ワカメなど・・)

2017-04-17 22:22:18 | 日記・エッセイ・コラム

クラフト展(イエツァオグループによる)を終えてすぐの大潮の日にワカメを採りに行くのが恒例になった。
今回は友達の久々に送る荷物にもいれたいが2日で乾かないと間に合わない。
今日は雨だが今の時期いい天気だと乾く。
2日で乾いたワカメ(上)、ヒジキ(左)、フノリ(右)。
送る荷物には山菜とともに海菜も入れることができた。
山つつじを彩りに写す。
 
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北海道歌旅座コンサート

2017-04-16 21:54:41 | 日記・エッセイ・コラム

野外では植物たちが目まぐるしい変化の時期で心せわしいがあかがねミュージアムでのライブに行ってきた。

北海道歌旅座”昭和ノスタルジアコンサート”

拠点は北海道で6人の出演者全員北海道出身だそうな。

平成になり17年目。

昭和は63年もの長きにわたり歌い継がれてきた歌をバックのスクリーンに映像を写しながらの演出は満足のいくものだった。

遠い北海道からやってきていることもあるのか”石狩挽歌”や”イヨマンテの夜”は特に聴きごたえがあった。

あかがねミユージアム地下の200~300人ほど収容のこじんまりした会場も出演者を身近に感じられるが休憩時間や終演後メンバーが北海道産レトルトカレーやCDを売るのも親しみが感じられた。

北海道と昭和感たっぷりだった。

同行の妹のきんかんと四国中央市が一望できるポイントでお茶を飲みながらコンサートの余韻を味わった。






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