東浦町議会議員成瀬たかこ活動ブログ

みんなでつくろう!東浦のみらい
まちかどからみなさんにお話しさせていただく5日間に。

「みちの会」のみなさんと語りました。

2012-10-22 | 日記
去る10月18日 地域開発みちの会の「議員と語る会」に参加しました。
昨年に続いて2回目です。
先回は東浦町議会からの参加はわたし一人でしたが、今回は小田議員・外山議員とともに3人で参加しました。
みちの会の活動報告に続いて、10卓が3テーマに分かれてファシリテーターさんの仕切りで話し合い。
席はあらかじめ決められており、わたしが着席したテーブルのテーマは「男性にとっての男女共同参画」。
みちの会の女性5名と森山まもる大府市議、山田清一半田市議、成瀬の8人で80分間自由に意見交換しました。
手元資料として愛知県内の企業などで働く男性672名を対象に実施したアンケート集計が提示されていました。
男女共同参画が進むことで好ましいと思うこと、好ましくないと思うこと、共同参画社会の実現に有効だと思うことは何か、という問いに対しての回答を20歳代まで~60歳代以上の5グループに分けてグラフ化してありました。
意外にも、どの問いに対しても年代別の回答に大きな違いはありませんでした。
「男女共同参画」には様々な方向での多様な形があるのですが、イコール「女性の社会進出」としてとらえられることが多いようです。
すると、「男女共同参画が進む=働く女性が増える⇒母親が子どもと接する時間が減る」という構図を描き、
それは「好ましくない」ことだ、と回答している男性が全体の39.8パーセント。
年代別に見ると40代が43.8パーセントと最多、60代が最少で32.3パーセント。
この点から、「家庭での男女共同参画」を考えました。
子育ての点からいうと、父親も母親も一日の持てる時間は24時間でそこから外に働きに出る時間を引いたら、確かに物理的に一緒にいる時間は減るわけです。
親子、家族は一緒にいる時間ももちろん大切です。
ですが、大事なことは、一緒にいられなくてもどれだけお互いの存在を感じて、意識していられるかなのではないか、との意見にテーブルの一同みな大いに同感。
父親と子どもとの関係も、父親が家にいる時間の長短だけでは測れないはずだと。
外に出て活躍の場を広げつつある女性が増えてきているとわたしも感じています。
でもそれだけが男女共同参画ではありません。
わたしは単なる「女性を手伝う」というスタンスではない、男性の主体的な地域参加や子育て参加を男女共同参画に期待してしまうのですが、そこまで求めるのはわがままだと言われるでしょうか。
最終的には「男女共同参画」という言葉自体が死語になる日がくるかもしれません。


 ※ 引用したアンケート結果は、地域開発みちの会のホームページに掲載されています。
   興味がおありの方は、こちらをご覧ください。



 
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体育祭で東浦音頭を踊った記憶

2012-10-07 | 日記
東浦で育ち、家庭を持ち今も東浦で暮らしている(元)女子4人でランチしながら昔話に花が咲きました。

長いこと記憶のふちに仕舞い込んでいましたが、あるときふと思い出したら気になって気になって。
話の通じそうな人には、こうだったよね、と持ちかけることがあります。
それは、体育祭で東浦音頭を全員で踊ったという記憶です。
踊った年代の人はたいがい「あーあー、そうだったよねWW」と話に乗ってくれます。
今の区民体育祭には、ありません。
一体いつからいつまであったのでしょう。
東浦音頭・東浦小唄の二つ。
当時は授業をつぶして体育祭の練習の時間が何時間もとってあり、そのなかで音頭・小唄の練習もしました。
小学校高学年の女子だけだったかもしれません。
しかし、わたしと同年代の女子はワンコーラス踊ればすぐに思い出します。
わたしの学区の盆踊りでは毎年婦人会が揃いの浴衣で内側の輪で「踊り子さん」となるのですが
ここで育った、体育祭での音頭・小唄を経験している奥さん方は思い出して踊ります。
町外から嫁いで来たり家族で転入してきた奥さんは、どことなくぎこちなく見えるのはわたしだけでしょうか。
それはそれでまた微笑ましいもので、盆踊りの輪に入ってくれることはうれしくありがたく感じます。
折しも今年度より中学校の体育で男子は武道、女子はダンスが必修になりました。
わたしの母校では1年の間のいつごろ、何時間をとっているのかはわかりませんが
「ダンス」って「踊り」でしょう。HIPHOPでないといけないんでしょうか。
東浦音頭・小唄を歌詞の内容、振りの意味を地元の方や保存会の協力をおねがいしてレクチャーしていただきながら、
覚えて踊ってみるなんていうのはどうでしょうか。
地元の歴史や土地の成り立ちなども歌詞の中に盛り込まれていて、覚えて損はないはずなんですけどね。

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子育て・子育ち

2012-10-07 | 日記
今日は議員活動とは少し離れた話になるかもしれませんが、自分の頭の中を整理するためにまとめておきます。

以前にも同じようなことを書きましたが、子どもは学校だけで学ぶわけではありません。
家庭の中だけで育つわけではありません。
人間は社会的動物である以上、まわりの環境から様々なことを学びながら「自ら」育つものだとわたしは考えています。
我が家の子ども二人は19、16歳ですが、これまでをふりかえってみると節目節目には夫とわたしだけでなく実に多くの人々が手を貸してくれたり見守ってくれたりしていました。
親戚、ご近所さん、遠く近くの友人たち。
生んだのはわたしですが、育てるのはほとんど周りがしてくれていたような気さえしてきます。
そして、気が付くともう二人にはそれぞれの居場所、とりまくコミュニティができているわけです。
この仕事をするようになって特に感じるのは、昔の日本の社会ではふつうにできていたこと、おせっかいや見守りが いつの頃からか影をひそめていき、親にとっても子にとっても何と言うか生きづらい世の中になってしまったような という心地悪さ。
しかしここに来て、子どもは地域で育てる、地域で育つものだという考え方をあちこちで見聞きすることが増えてきました。
そして 普通に生活している普通の人々が実際に行動を起こし始めています。
子育てサークルだったり、まちづくりのグループだったり。
通学路のポイントにはそろいのベストで登下校の見守り、学童保育所にはおじいちゃんたちが囲碁将棋の相手をしに。
「生涯学習」なんてお堅い言葉にも聞こえますが、いくつになっても人生勉強。
大人が子どもから教わることもあるんですよね、同じ時間を共有していると。
子どもはもちろん大人に何かを教えようと思ってしているわけではなくて、そうしてみると、子どもは普段の大人からも自然とたくさんのことを教わっていると言えます。
ぶっちゃけ、大人になるといろいろありますからねえ、常に生き生きと、目を輝かせてばかりいることは到底できません。
誰の心の中にも光と影があって、ある時は意識的に、またある時は無意識にバランスを取りながら毎日を過ごしているのです。
でも働くことって、生きていくことって 結構いいゾ、楽しいことあるゾ、てところを子どもたちには見せていきたいと思います。
特別なことをしなくても、それがわたしにもできる子育の応援かな、と思うのです。

 

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