電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

新田次郎『武田三代』を読む

2007年02月04日 06時01分26秒 | 読書
文春文庫で、新田次郎著『武田三代』を読みました。もう20年以上前に、同氏の『武田信玄』を読んでおり、今またNHKの大河ドラマ『風林火山』を2回ほど続けて見ましたので、武田信虎や信玄と勝頼、あるいは山本勘助について、興味再燃というわけです。

「信虎の最期」は、『武田信玄』を書き上げた後で、エピソードとしてまとめました、といった風情の小編です。息子の信玄よりも長生きした晩年の信虎が、孫の勝頼を頼って甲斐の国に帰りたがっています。しかし、かつての暴君の記憶が残る家来たちは、まず高天神城で様子を見ることにします。戻ってきた信虎は、ますます無礼で傍若無人、しかも残虐で暴力的で、始末に困ります。『甲陽軍鑑』の記述に拠りながら、老いてなお大悟できない信虎の最期を描きます。

「異説 晴信初陣記」は、板垣信方が捕えた間者の大月平佐衛門の情報をもとに、武田晴信が初陣を飾る海ノ口城の合戦のお話です。重臣を次々に手打ちし、次男の信繁を偏愛しする父・信虎が、晴信の見事な勝利を認めない。ついに愛想をつかした家来たちが、信虎の長男・晴信のもとに心を一つにするまでを描き、その背景には情報の重要性を認識できた若い武将・武田晴信の新しさがあったことを示します。

「消えた伊勢物語」は、武田信玄と長男義信の確執を背景とした物語です。駿河の今川に対する政策で対立する父と子。ここに溝を作ろうとする北条氏康の陰謀でした。ここでも間者の大月平佐衛門が活躍します。新田次郎は、大月平佐衛門に代表される忍びの者を情報収集部隊として組織化したところに、信玄の強さの秘密を見ているようです。

「まぼろしの軍師」は、山本勘助を扱ったお話。しかし、山本勘助を実在の軍師として描くものではありません。史実に乏しいわりに、稀代の軍師として山本勘助の名を後世に伝えた『甲陽軍鑑』の元となった『甲陽軍談』の作者・鉄以を描きます。山本勘助の子として、武田家のエピソードを集めた戦の思い出話の中に、ついに影の存在で終わった父の夢の活躍の物語を描いた。軍師・山本勘助は、父の事績をたどる息子の想像の中でふくらんだ幻の物語であった、とするものです。井上靖の『風林火山』に見られるスーパーマン山本勘助も魅力的な人物造型ですが、こういう見方もあるのですね。

「孤高の武人」は、勝頼の時代の悲話です。桜井信久が見初めた豪士の娘には許婚がいた。湖上でオシドリのつがいの片方を射殺してしまったときに、家来が見せた悲しくかたくなな表情と態度に、信久は悟るものがあります。鉄砲を毛嫌いする勝頼の若さによって滅亡する武田家の姿を遠景として、つがいのオシドリに仮託された、著者には珍しいロマンティックで印象的な短編です。

「火術師」は、今で言えば花火師兼通信技術者兼諜報部員になるのでしょうか、勝頼の時代のお話です。「武田金山秘史」は、勝頼を裏切る穴山梅雪と、堺の商人・塩屋三郎四郎のだましあい。武田の金山の秘密を守る、破局を描きます。「孤高の武人」同様、著者がまだ『武田信玄』を起筆する前の小編です。

武田信虎・信玄・勝頼という父子三代の相克の全体像を把握していて読めば、味わい深い小編ばかりですが、単独で読んでもそれぞれの武将とその時代の悲劇性が描かれた短編集になっています。もう一冊、左は奈良本辰也『武田信玄』、角川文庫です。
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8 コメント

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風林火山 (きし)
2007-02-04 19:54:29
始まる前にいろいろ読んでみようかとも思ったのですが、結局何も読まないまま、今日も大河の日です。
読んでいると、だいぶ違ったのでしょうけれど。
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きし さん、 (narkejp)
2007-02-04 21:27:09
コメントありがとうございます。私もみなさんにつられて、大河ドラマを見はじめました。ついでに昔の新田次郎『武田信玄』の記憶を呼び戻しているところです。『武田三代』は、初期の作品が含まれるせいか、スケールの大きさはまだのようです。
>読んでいると、だいぶ違ったのでしょうけれど。
まぁ、例によって映像作品は原作とはだいぶ違いますからね(^_^;)>poripori
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大河 (きし)
2007-02-05 20:45:45
お仲間が増えて嬉しいかぎり。
narkejpさんならではの感想、お聞かせいただきたいです。
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きし さん、 (narkejp)
2007-02-05 23:06:43
大河ドラマを見るのなんて、何年ぶりでしょう。たしか、西田敏行の「徳川吉宗」以来だと思います。これは画期的なことですよ!
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吉宗以来? (きし)
2007-02-06 23:00:01
とすれば、ほんとに画期的ですね!
コメント、ありがとうございました。
見方が違って、ほんとにおもしろいです。またよろしくお願いいたします(^^)
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きし さん、 (narkejp)
2007-02-07 06:59:17
そうなんです。西田吉宗を好きで見ていたヤロコが、今は大学生ですからね!あっというまです。この先、どんな展開になるのか、井上靖原作の『風林火山』と新田次郎原作の『武田信玄』と照らし合わせながら見て楽しもうかと考えています。
薄幸のヒロインの名前は、私的には執筆した湯布院温泉にちなんだ名前(由布姫)より、諏訪湖にちなんだ名前(湖衣姫)の方がしっくりきますが。
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ああ、懐かしい。 (きし)
2007-02-08 23:58:19
湖衣姫。前の大河、中井貴一のときの姫は湖衣姫でしたね。
なんと美しい名前かと思って観ていました。
由布姫、どうなのでしょうね。ちょっとコワいような…。
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きし さん、 (narkejp)
2007-02-09 22:53:14
諏訪御寮人となる「湖衣姫」さん、いい名前ですね。
>中井貴一のとき
それがわからないのですよ(^_^;)>poripori
いつごろの大河ドラマなのか、皆目不明。
何をしていたんだろう、自分。もしかすると、コールド・スリープで宇宙を放浪していたのかな?
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