電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『用心棒日月抄~凶刃』を読む

2006年05月22日 20時42分03秒 | -藤沢周平
藤沢周平の連作『用心棒日月抄』シリーズの最終巻、『凶刃』を読みました。

青江又八郎は、数年で四十となる妻由亀(ゆき)との間に三人の子がおり、近習頭取として百六十石の祿を喰む身分。かつて江戸で用心棒をしながら藩の抗争事件の解決に尽力してから16年が過ぎている。だが、ある日寺社奉行の榊原造酒に呼び出され、江戸出府の折に嗅足組と呼ばれる忍びの組の解体を告げるよう依頼される。その相手は、かつて生死を共にした江戸屋敷の嗅足組の頭領・谷口佐知だった。ところが、寺社奉行・榊原造酒が暗殺され、又八郎も何者かに襲撃される。背景には幕府の隠密の動きもあるらしい。

江戸屋敷で、又八郎は佐知に再会する。組の解体を告げ、佐知は解散に至った事情を承知するが、帰国した江戸嗅足の女が国元で惨殺され、またニの組の者が又八郎らを見張っている。どうやら嗅足組を私的に利用している者があるようだ。
16年ぶりに再会した細谷源太夫は、再び夫が浪人したことを苦にして妻女が狂死し、すっかり酒毒に侵されて悲惨な生活を送っている。細谷源太夫を助ける若い初村賛之丞は仇持ちで、討たれてやる日を待つ身だ。その不幸な顛末も苦い味がする。

江戸屋敷の村越儀兵衛が幕府の隠密に拉致され、藩主側室の卯乃の出生の秘密を探っているようだ。村越儀兵衛が口を割る前に、又八郎と佐知、郡奉行渋谷甚之助の長男・雄之助らが急襲するが、村越は口を封じられてしまう。

真相は意外なものだった。生類憐れみの令の犠牲となり、幕府の御政道を批判したかどで刑死した浪人の乳飲み子が、平野屋、杉村屋を通じかろうじて救われ、養女として美しく成長していた。江戸時代の厳格な身分制度のもとで、一藩の屋台骨をゆるがすことになりかねないスキャンダルである。

江戸のミステリーとなった物語の解決は、お楽しみと言うことで省略します。時の流れと老いの無惨さを背景にしながら、青江又八郎と佐知の陰影をおびた関係が、しっとりと描かれます。国元でひたすら夫の帰りを待ちわびる健気な妻の影が薄いのは、物語の都合上いたしかたのないことといってよいのか、いささか疑問ではあります。もし作者が存命で第五作が書かれていたとしたら、尼僧となった佐知と妻由亀の対面があったのだろうかと、週刊誌か昼ドラマのような下世話な空想をしかねませんが、そんな疑問を吹きとばすような哄笑で、物語は終わります。
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6 コメント

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お邪魔いたします (カナデ)
2007-05-09 23:09:56
ごめんください。「絶えて桜の」のカナデです。

作者ご健在でしたら、やはり五作目あったでしょうか。
大変な人気シリーズのようですものね。リアルタイムで追っかけたかった。
そうなるとやはり、国許で、縦糸になるであろうお家騒動とは別の意味で、
紙一重とか危機一髪の連続になったのでしょうか。
見たいような、見たくないような・・・複雑です(笑

その際にもやはり、まず又八郎にダイエットだけは
やり遂げておいて欲しいです(切実
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カナデ さん、 (narkejp)
2007-05-10 07:14:14
コメントありがとうございます。もし作者がお元気で、第五作が書かれたなら、どんな作品になったのでしょうね。焦点は佐知と由亀の対面でしょうが、藤沢周平自身は、亡くなった奥さんも和子夫人も、同様に愛したようですし、夫人も墓参りに鶴岡にたびたび同行していますので、もしかすると意外に円満な解決になったかも?
むしろ、「三屋清左衛門残日録」とはまた違った意味で、引退した中級武士の日常をテーマにした作品になったかもしれませんね。
又八郎のダイエットですか。それはそれで、かなり切実なような(^o^)/
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リンクのお知らせ (junction)
2007-07-07 20:48:37
narkejpさん
本当にこのシリーズは素晴らしいですね。

なんだか作者がノリにノッて書いたのではと思わせる勢いを感じました。
しかし、私は佐知の事が頭から離れなくなりそうでしばらく怖いです(笑)
次はどの藤沢作品読もうか、楽しみで仕方ありません。

電網郊外散歩道を当ブログにリンクさせていただきました。
今後もよろしくお願いいたします。
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junction さん、 (narkejp)
2007-07-07 21:31:22
ほんとにこのシリーズはいいですね(^_^)/
世間には佐知ファンがたいへん多いようです。作者も、このシリーズを楽しんで書いたようですね。第四作にはやや苦い味がありますが、これも老年の味わいと言うことで。
リンクの件、光栄です。今後ともどうぞよろしく。
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確かに! (こに)
2013-04-06 10:40:38
>もし作者が存命で第五作が書かれていたとしたら、尼僧となった佐知と妻由亀の対面があったのだろうかと、週刊誌か昼ドラマのような下世話な空想をしかねません

私も空想した一人です。
第5作は、読みたかったような、これで終わりでも良いような…。

細谷の顛末は苦かったですが、娘に見捨てられてはいない点が救われました。
どんな生き方が良いのかは、他人が決めることではありませんし。
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こに さん、 (narkejp)
2013-04-06 20:14:45
コメントありがとうございます。第五作があったら…どうしても考えてしまいますね。ただし、江戸が舞台だから成り立った物語であるように思えますので、やっぱり海坂藩が舞台では、用心棒はちょいと厳しいでしょうね~(^o^)/
第一作で「忠臣蔵」を背景に持った物語が、「生類哀れみの令」の犠牲となった父娘のその後の物語として決着をみていますので、これはこれで完結したとみるべきでしょうか。
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