新潮文庫で、上田和夫訳『小泉八雲集』を読んでいます。子供のころ、断片的に読んではいるのですが、大人向けの本として、全部を通読するのは初めてです。
「むじな」や「耳なし芳一」や「雪女」の話などはともかくとして、むしろ驚かされるのは、「日本人の微笑」についての分析など、日本文化や伝統についての考察です。本名ラフカディオ・ハーンの周囲には、よほど立派な日本人が集まっていたのではないかと思えるほど、教養ある日本人や日本文化への好意的な見方が印象的。ただし、それも西洋の文明や社会に対する、かなり皮肉で激しい絶望や嫌悪のもたらすものであるようで、礼賛を額面どおりに受け取ることはどうかと思われます。
にもかかわらず、「停車場にて」や「赤い婚礼」などの印象的な短編は、たいへんに劇的な効果を示しながら、記憶に残る文章になっています。
「むじな」や「耳なし芳一」や「雪女」の話などはともかくとして、むしろ驚かされるのは、「日本人の微笑」についての分析など、日本文化や伝統についての考察です。本名ラフカディオ・ハーンの周囲には、よほど立派な日本人が集まっていたのではないかと思えるほど、教養ある日本人や日本文化への好意的な見方が印象的。ただし、それも西洋の文明や社会に対する、かなり皮肉で激しい絶望や嫌悪のもたらすものであるようで、礼賛を額面どおりに受け取ることはどうかと思われます。
にもかかわらず、「停車場にて」や「赤い婚礼」などの印象的な短編は、たいへんに劇的な効果を示しながら、記憶に残る文章になっています。
小泉八雲というと、今風に言えば、文化的に日本に帰化した外国人のハシリというイメージでしょうね。もう時代も相当前ですから、様々な困難もあったでしょうし。
ただ、今、思うとやはり、これほど日本文化にも造詣の深い人が、作品は英語というのは、今になって解る気がしますね。日本語というのは聴く、話す、は、まだしも、読む、更に、書くというのは、外国人にとっては至難の業ですから。流石の小泉八雲も、自らが持つ文学的な才能をフルに発揮して作品を作るには、日本語では不十分だったんでしょうかね。あるいは、私が知らないだけで、日本語による優れた作品もあるのかな?
ご無沙汰しております。
ああああ、この本!愛読してますううう。
昔から雨月物語とか好きで、小泉八雲も好き。
短編は、読んでもまた忘れてしまい、何度も読んでます。
「日本人の微笑」、印象深いですね・・・・。