電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

記憶に残る農村の寄合の席と音楽

2009年04月14日 06時52分31秒 | クラシック音楽
昨年度は、山形弦楽四重奏団の演奏会で、幸松肇さんの「弦楽四重奏のための日本民謡」を堪能し、あらためてのびやかな民謡の良さを感じました。また、亡き父を送り、様々に工夫された畑や果樹園の設備を体験しながら昔の記憶を断片的に思い出しております。

私が子どもの頃、自宅で寄合(よりあい)が開かれることがありました。農作業上の様々な相談を行った後で、テーブルに簡単な料理を並べ、お酒を酌み交わして、やがて座が賑やかになります。そこで様々な音楽が登場するのです。ある人はお謡を披露し、多くの人たちは民謡を歌うのですが、どうやら流行歌は場違いとされ、唱歌は大人の席には出てこないようなのでした。

同じ民謡とはいっても、「さんさ時雨」や「南部牛追唄」など、静かでしっとりした歌の後には、「花笠音頭」や「真室川音頭」、「ソーラン節」など、陽気でにぎやかな歌が続き、雰囲気を盛り上げ、最後は一番上手な○○さんの父ちゃんが「最上川舟唄」を朗々と歌っておひらきになるのでした。

こうした寄合のルールは割に厳然としたもので、大半は酔っ払っても機嫌良く従っていましたが、中に決定事項に不満があるのか、酒癖の悪い人なのか、宴席が終わってもまだ飲みつづけようとして、会場となった家の家族を困らせることがあります。すると、よくしたもので、ちゃんと別の人が、「当番の家に迷惑はかけられねぇ。おらほうで飲むべぇ。」と、連れて行ってくれるのでした。

古い記憶には美化作用があり、子どもは見たいテレビ番組を我慢しなければならないなど、実態はもっと生々しいものがあったのだろうと思いますが、今にして思えば、農村の寄合の席の音楽は、演奏会のプログラミングにも似て、一定のスタイルがあったのだなあと、回想にふけっております。

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