電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ロバート・ハリス『暗号機エニグマへの挑戦』を読む

2010年01月06日 06時15分59秒 | -外国文学
やれやれ、ようやく起きられるようになりました。
雪かきでぎっくり腰になり、ほぼ寝たきりの生活を送る間に、ちょうど手近にあった新潮文庫で、ロバート・ハリス著『暗号機エニグマへの挑戦』を読みました。寝床のわきの積ん読も、ときに思いがけず役に立つことがあるものです。

ドイツ軍が使用する暗号機エニグマは、英国の天才数学者アラン・チューリングの指導する暗号解読機によって、三枚ローターのものまでは解読されていました。ところが、Uボートとの交信に使用される四枚ローターの暗号は複雑過ぎて解読できません。その解明の手がかりをつかんだのは、本書の主人公で変人の数学者トムことトーマス・ジェリコです。
イギリス軍の暗号解読の中枢であるブレッチリーで疲労困憊し、ケンブリッジ大学に戻っていたトムは、以前の上司に懇願され、元の職場に呼び戻されます。そこでは、暗号が解読されていることを疑ったドイツ軍によってコードブックが変更され、解読不能の状態に陥っていたのでした。
そして、暗号が解読されていることを報せたのは、どうやらトムに近づき、トム自身も熱を上げていた、イギリス外務省の職員の娘クレアとその協力者ではないかというのです。ここで、暗号解読の物語はスパイの物語の様相をも加え、いっきに緊迫の度合いを増してきます。アメリカからの護送船団が、大量の物資と人員を載せて、46隻のUボートが待ち受ける北大西洋に向かっています。あと数日で、エニグマの暗号は解析できるのか。そして、諜報網は解明されるのか。

だが、真実は思わぬ方向へ展開します。ポーランドのカチンの森の秘密がなぜ秘匿されたのか。敵の敵は味方という論理は残酷です。

腰の痛みを忘れて、思わず没頭するおもしろさです。
そうか、この暗号解読機を、真空管を使って作り直したのが、米国の電子計算機というわけか。コンピュータ・フリークの、初期コンピュータ史への興味を刺激しつつ、物語はさらに緊迫の度を加えて結末へ向かいます。



本書には、ところどころに音楽の場面が出てきます。クレアとトーマスのデートの場面には、J.S.バッハの「音楽の捧げ物」(訳では「貢ぎ物」)が登場し、トムが「acrostic RICERCAR」リチェルカーレ(訳ではリセルカル)について、うんちくを傾けます(p.190)。トムの性格~内向的で上品で繊細で人並み外れて頭が良いがエキセントリックな傾向がある~のような人は、ふつうクレアのようなタイプの女性にはもてないものです。現実に小説のような場面が現れたら、やっぱり警戒すべきなのでしょうが、まだ若く無垢なトーマス・ジェリコ君にそれを望むのは、やっぱり無理というものなのでしょう。いや、それでは小説にならない、という問題はさておいて(^o^)/

写真は、文庫本とバベッジ計算機の記事。たしか、「アサヒパソコン」誌の連載記事だったと思います。
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