電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

コーンウェル『真犯人』を読む

2009年11月12日 06時25分55秒 | -外国文学
もともと、天下泰平・人畜無害サイトである当ブログで、ケイ・スカーペッタという女性検屍官を主人公とするシリーズを四冊も記事にすることになるとは思いませんでした。パトリシア・コーンウェル著『真犯人』(講談者文庫)です。主人公や、彼女を助けるピート・マリーノ警部の人間臭さはもちろんですが、コンピュータ・フリークである姪のルーシーがその頭脳の冴えを見せる場面なども、本シリーズの魅力の一つであることは間違いないところでしょう。この巻では、そうした特徴がよくあらわれています。

ロニー・ジョー・ワデルという死刑囚は、確かに処刑されているはずなのに、新たな凶悪犯罪で残される指紋が彼のものであるという謎。州検屍局長というケイの立場も揺らぎますが、謎の解明の手がかりとなったのは、ケイがコンピュータのファイル一覧コマンド ls (MS-DOS でいえば dir に相当)を実行した時に、ホームディレクトリに残された tty07 という1個の見知らぬファイルを発見したことでした。

1993年に執筆された本書は、ミニコン上の Unix システムに、486 のチップを持つ端末からログインしているという想定です。なるほど、誰かが

$ cat > tty07
捜し物は見つからず
(CTRL+D)

という操作を行った、というわけですね。
ここで、cat というのは MS-DOS で言えば type コマンドに相当し、CTRL+D というのはファイルの終わりを表す制御記号ですから、「捜し物は見つからず」というメッセージの内容が tty07 というファイルに書き込まれることになります。で、本当は

$ cat > /dev/tty07
捜し物は見つからず
(CTRL+D)

とすることで、誰かが、ケイの端末から tty07 という端末の前に座っている人に対してメッセージを伝えようとしたのだが、うっかり dev を指定するのを忘れたために tty07 というファイルを作成してしまった、ということなのでしょう。つまり、検屍局内部に少なくとも2人の怪しい人がいる、ということです。(p.97)

あまりコンピュータに詳しくないケイが応援を頼んだルーシーは、すでに高校生になっています。留守中にケイのコンピュータからオフィスのコンピュータにダイヤルインでログインしていますが、プロンプトが # になっている(p.148)ということは、管理者(root)権限でログインしているということ。1993年当時、AT&T Unix には root 権限はあるがパスワードが設定されていない "demo" というユーザーが存在したまま販売されており、それが削除されないまま運用されているマシンが少なくなかった、ということなのでしょう。それを知っていたルーシーは、すでにかなりのコンピュータ・フリークであることは間違いありません。(p.150)
もしかすると、クリフォード・ストールの『カッコウはコンピュータに卵を産む』(*)の愛読者だったのかも(^o^)/

検屍局主任のスーザン・ストーリーは、Unix, SQL, WP のガイドブックを所有しており、tty07 の端末は検屍局事務責任者のベン・スティーブンスのものであることがわかります(p.172)が、これはケイの端末(tty14)から誰かが root 権限でログインし、tty07 という端末に「捜し物は見つからず」と送った、ということです。すると、スーザンが遺体の指紋をとらずに火葬に回してしまったこと(p.187)の意味や、クリスマスに刑務所長と知事の首席補佐官が同席する奇妙さ(p.220)も感じられます。

死刑囚が執行後に出所し犯行を重ねることは不可能です。したがって、犯人は別人で、指紋はすりかえられていると考えるのが自然でしょう。理由は、検屍局のコンピュータへの侵入事件です。そして、スーザンとベンは犯人またはその仲間との接点、関連性があるはず、というのが、物語の前半(p.261)における論理的帰結です。

それにしても、恩師のグルーマンの描き方は、見事に逆転させて見せました。なるほど、です。

(*):『カッコウはコンピュータに卵を産む』を読む~「電網郊外散歩道」より
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