電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

NHKの芸術劇場で藤原歌劇団の「ボエーム」を見る

2007年04月03日 06時46分36秒 | -オペラ・声楽
日曜日の芸術劇場、今週は藤原歌劇団の「ボエーム」でした。砂川涼子さんのミミ。彼女は沖縄県の出身で、音大に入るまで生のオペラに接したことがなかったとか。なかなか可憐なミミでした。岩田達宗さんの演出も、1830年代のフランスではなくて、日本人の青春を演じてくれ、という注文だったそうで、意図は明確に現れていたと思います。

かわいそうなお針子ミミが死んでしまう物語ではなくて、それまで疎外されていたミミがロドルフォらと知り合い、愛し合い、生きはじめた物語、ととらえた演出だそうです。結局はミミの死で終わるわけですが、青春を充分に生きた物語と理解したい、ということでしょうか。

第1幕、カルチェ・ラタンに住むボヘミアンの若者たちの生活群像には、このオペラを見るたびに、思わず「いつか見た光景」のように感じてしまいます(^o^)/
火を借りに来るミミは、同じ建物に住むロドルフォたちの貧しいが楽しそうな気配を、じっと見ていたのでしょう。ロドルフォが一人残ったのを見て、たぶん思い切って訪れたのですね。

第2幕、勝ち誇るムゼッタを見て、ミミが「あの人はマルチェルロを愛しているのね」と理解する場面、表面的な姿の内部にあるものを見抜くミミの洞察力に驚きます。しかし、ムゼッタの奔放な魅力は、わざとらしいコケティッシュな演技もそうですが、プッチーニの音楽の力によるところが大きいですね。

第3幕、貧しさから抜け出せない生活では、ミミの病は重くなるばかり、と悩むロドルフォと、真意を知ったミミの別れの二重唱に、ついホロリ。このあたりは、現代の若者たちにも普遍的な感情かもしれませんし、かつて若かった人には、なおさら心にしみる場面でしょう。

第4幕、死を前にロドルフォらの部屋に戻ったミミは、「この部屋はすてき」といいます。なぜか。貧しい、何もないみすぼらしい部屋が、なぜすてきなのか。たぶん、そこには四人の若者たちの生活があるから、なのでしょう。貧しさが結核を招きよせなかったら、もしかしたらともにありえたかもしれない生活。「外套の歌」が描く友情は、その象徴かもしれません。



異動など変化の時期ですが、幸いにもN響アワーは変化なし。池辺晋一郎さんも高橋美鈴アナウンサーも、交代はなさそうです。しかし「芸術劇場」は今週から金曜日の夜に移動するのだとか。森田美由紀アナウンサーも交代する模様。楽しみにしている日頃の習慣にもいろいろと変化の多い四月です。

当地には桜の便りはまだ届いておりません。写真は、先日の送別会で用意した花束。ちょいとムゼッタのイメージで。
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