電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

平岩弓技『はやぶさ新八御用帳』第1巻「大奥の恋人」を読む

2006年06月14日 20時55分21秒 | -平岩弓技
先に『御用旅』から読んでしまった『はやぶさ新八』シリーズ、あらためて物語の発端となる第1巻「大奥の恋人」を読みました。『御用旅』ではしきりに妻の郁江さんを思い出す隼新八郎氏、実はちょっと事情が違っていました。

お鯉は15の年から新八郎の屋敷に行儀見習いに来ていた女中でした。それが7年近くも奉公したのは、新八郎の母の長患いのせいだといいます。しかし、母が亡くなり、新八郎も祝言が決まったのを契機に、お鯉も実家に帰ります。新八郎は、離れて初めてお鯉への恋慕を自覚し、新妻の郁江とはまだ心が通わないでいるのでした。
ある晩も、お鯉を訪ねた帰りに出会った殺人現場で、お鯉にもらった綿入れの袖なしのおかげで、真綿一枚の差であやうく命拾いをします。殺されたのは江戸城大奥に娘を奉公させている菓子屋の主人でした。

ここから始まるのは、かなりしっかりとした構成を持つ中編の、しっとりとした悲しい物語です。南町奉行・根岸肥前守の懐刀と言われた隼新八郎、未練たっぷりに逃した「鯉」を追憶するのですが、それ以上に悲しい愛がありました。

深いお堀と見上げるような石垣と城とで隔てられた一組の夫婦の哀切な最後は、粗筋を省略した方がよろしいでしょう。しかし、炎の中のドラマティックな幕切れに終わらず、「共に死ねというよりも、お前だけでも生きよと申すのが、人の心ではございますまいか」とお鯉がつぶやき、新八郎が答えに窮する場面を描きたくて、作者・平岩弓技さんはこの物語を創作したのかもしれません。
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