NARAYA CAFE のできるまで

歴史あるリゾート、箱根宮ノ下駅前で、古い建物を利用したカフェ&ゲストハウスをオープンするため、改装にはげむ日々を綴る

旅ブログ(タイ北部編その2)

2011-02-14 14:16:50 | 2011休業中
引き続きタイにいます。

タイの北のほうはヨーロッパ人観光客がとても多いです。
とくにヨーロッパが冬の12~2月はハイシーズンのようで、どこのゲストハウスも大忙しです。
僕がメーサロンで泊まったゲストハウスはトイレは別棟、筵(むしろ)敷きでほとんど山小屋みたいなところでしたが、ここにも欧米人、しかも小さな子供連れが2組もいたのでびっくりしました。
1組はベラルーシから来た家族で、まだハイハイの(9ヶ月とのこと)男の子でした。
隣室だったので、夜何度か「ウェーン」と泣くのが聞こえて、なにやら(言葉はわからないけど)「よしよし」してました。
もう1組、帰りの乗り合いバス(ソンテウ)で乗り合わせた家族はフランス人でした。



やはり1歳前後の女の子連れ

聞くと6週間の旅で、子供が小さいから、ごちゃごちゃしたバンコクは避けて、チェンマイから旅をはじめて小さい村のゲストハウスを渡り歩いているとのこと。
僕が子供が3人いるというと、「子供たちも連れてくれば良いじゃん」と言われました。

「日本は来たことある?」と聞くと、
「いいえまだ。日本って結構物価高いでしょ」という反応。
「最近は京都あたりにゲストハウスも増えてきて、1泊20ユーロくらいで泊まれるよ」というと
「ふーん」とあまり興味なさそうでした。
こういうとき、ちょっとくやしいですね。「Yokoso Japan」の身としては・・・。

それにしても、タイという国、はじめて来たのはもう10年以上前ですが、その間の発展がめざましいです。
もちろんバンコクを中心とした製造業によるところも大きいけれど、もうひとつ地方部でのツーリズム産業というのも経済の牽引役だと思います。
そのようにして増えていった宿泊施設に最近はタイ人の国内旅行者がよく泊まっています。
これって今まで無かった傾向です。

10年前はタイに来て接するのは、物売りとか客引きとかで、ときに「ぼったくり」みたいなのが居たりとかで、自分も若かったし「ああ、これがアジアか」と思ったものです。
けれど今は、チェンラーイのナイトマーケットなんかでメシを食っていると、半分くらいはタイ人の国内観光客です。
隣のテーブルの欧米人グループと英語でトークを楽しんでいる、タイの若い子たちのグループなどを見かけました。

箱根にいても、店をはじめた3年前くらいはアジア系のお客さんだと韓国・台湾・香港がほとんどだったけど、ここ最近は中国(本土)に加え「タイからです!」という人が増えてきた感があります。

そう、もうタイは先進国なんですね。
なかでも今来ているタイ北部は、気候も良いし、宿泊施設も充実しているし(中には今回泊まったような結構センスの良いところもあり)、メシもうまい、そしてなにより(昔と比べると物価は2倍以上な気がしますが、それでも)値ごろ感がある!!!

フランス人の言うように、今度は家族を連れて来たいものです。

さて、どうしても先進国では物足りなくなってしまう僕は、ちょっと危ういところにも行きたくなってしまうのですね。
昨日はタイ北端の国境を越えて、ミャンマーに(日帰りで)行ってみました。



タイ・ミャンマー国境の川
(ターザンみたいに綱にぶら下がったら、ひょいと渡れてしまいそうな距離です)

さすがに軍事政権の国、日本のパスポートを持っていてもタイのように自由に旅することはできません。
ここの国境では、国境周辺の(5kmだったか)特区のような区域に限って外国人が入ることが許されます。
しかも、国境でパスポートを預けなくてはならず、人質に取られてしまうようなものなので、またすぐここに戻ってくるより仕方がありません。


パスポートと引き換えにもらうEntry Permit


ちゃんと写真も付いてます。
(欧米人とかたくさんごちゃごちゃ居るところで撮影されるので、後ろに人が映ってます)

さて、国境を越えると別世界です。
すでに国境の橋の上が物乞いだらけですが・・・。

早速、客引きに取り囲まれて、「煙草はいるか?」「バイアグラは?」とごちゃごちゃにされます。
いくら振り払っても、しつこく付いて来て、「What do you want?」「Nothing!!」とかやりとりしているうちに、変な単語が聞こえてきました。
「Okiya」「Okiya」「置屋?」
と言っているのです。
しかも「Very Young Girl」がいるんだそうです。

まさしく幼児売春を斡旋しているんです。
(だいたい、男一人でぶらぶら来ているから、そう誤解されても仕方がないですよね)
タイでもかつて問題になって、幼児売春を禁止する法律ができましたが、それが国境を超えたミャンマーで行われているのです。
陰の国境ビジネスです。

試しに「いくら?」と聞くと、
「通常は500バーツ」「16-7歳の少女だと700バーツ」とのことです。

娘が居る立場としては許せないですね。
「I have 2 daughters」とか言って顔をしかめても付いて来るから、
「わかった、じゃあお前は俺を置屋に連れて行くといくらもらえるんだ?」と聞くと、
「100バーツ」とのことだったので、
「じゃあ、あとでガイド料100バーツ渡すから、置屋を見るだけ見て、帰って来るけど良いか?
と言うとOKとのことだったので、見てきました。


真っ昼間だったので、売春婦のおねえちゃんたちが暇そうにしていて、お客が来ると一斉に一列に並びます。
彼女達に笑顔はありません。
むしろ、客が来なくて平和だった昼間の時間が壊されたような迷惑そうな顔で「早く選べよ」というようなプレッシャーを感じます。
そういう目的で来たとしても、げんなりしてしまうと思います。

客引きのお兄ちゃんにガイド料を渡して再び国境を越えてタイへ。
ミャンマー側には賞味1時間くらいしかいなかったでしょうか。
タイに戻るとなんだかほっとしました。

きっと、ミャンマーはこんな国じゃない。
戦時中の日本兵士の回想録などを読んでも、ビルマ人はとても優しかったと言っている人が多いです。
国境の一部だけを見て、印象づけてしまうのはいけないけれど、自由経済で豊かになったタイと方や軍事政権が続き、製造業も観光業もよどんでしまっているミャンマー。
その格差が国境地帯に行くと際立ってしまうのですね。

いろいろ考えながら、ローカルバスでチェンラーイに戻りました。

つづく
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