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栗本薫さん逝く

2009年05月27日 | ブックログ

 

 

○<訃報>栗本薫さん56歳=作家 世界最長の「グイン・サーガ」は未完に

 

       「グイン・サーガ」「ぼくらの時代」などの作家、栗本薫(くりもと・かおる、本名・今岡純代=いまおか・すみよ)さんが26日午後7時18分、すい臓がんのため死去した。56歳。葬儀の日程などは未定。

  早稲田大文学部卒業後、76年に評論「パロディの起源と進化」でデビュー。78年に「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞。79年から長編ファンタジー小説「グイン・サーガ」を発表、4月には126巻「黒衣の女王」を発売したばかりで、一人の作家の作品としては世界最長のシリーズだったが未完に終わった。

 「中島梓」名義で評論活動を展開、08年には自らのがん闘病をつづった「ガン病棟のピーターラビット」(ポプラ社)も発表している。

 

 

 栗本薫さんは印象深い作家さんである。僕に取って。16歳から読書を始めた僕は、20代、精力的に本を読んでいた。無論、大半は大衆小説か軽めのエッセイだ。僕が20歳になった頃から、僕らよりもちょっと上か同世代くらいの作家さんが続々と出て来た。僕は、あの時代、そういう若い新人作家さんたちを注目し、目に留まれば新刊を買って来て読んでいた。

 だから、村上春樹も村上龍もデビュー直後の初期のものは読んでいる。東野圭吾も初期のものは続けて読んだ。栗本薫も含め、みんなだいたい同じくらいの世代だ。

 別ペンネームである中島梓さん名義で、「文学の輪郭」で群像新人賞を取ったときから注目していた。栗本薫名義のデビュー作、「ぼくらの時代」で乱歩賞を取ったときも、単行本が店頭に並ぶやいなやの勢いで、すぐに読んで、とても面白くてファンになった。その後は、主にミステリを、出る作品出る作品、読んで行った。初期の本は僕はかなり読んでいると思う。

 ちなみに文学評論である「文学の輪郭」は難しそうなので読んでいないけど。

 中島梓さんは非常に器用な人で、言い方を変えれば多才な人で、中島梓名義で評論を書き、バンドをやり、ラジオでDJをやり、確か戯曲か脚本を書いて演劇までやったと思う。後にはTVのクイズ番組でキャプテンをやってたし。

 栗本薫名義では、ミステリでは2大代表作シリーズで、アマチュア探偵栗本薫少年のシリーズと、プロの名探偵伊集院大介シリーズがあり、伊集院大介シリーズはかなりの数量の作品数を誇る。

 文才というか、その創作領域のバラエティー性は、初期からSFも精力的に書いていた。今でも思い出す、まだ僕は、20代前半のあの頃、SF専門誌を愛読していて、その中の1誌「SFアドベンチャー」の中の、栗本薫作の連載SF小説「メディア9」を毎号、続けて読んでいた。ギネス級の気が遠くなるくらいの大長編スペースオペラ、「グイン・サーガ」に取り掛かるのも早かったですね。後には伝奇作品も多い。

 僕が栗本薫を読んでいたのは、70年代末(後半)くらいから80年代前半ですけど、その間、作品のファンであり、比較的多くの小説を読みました。今では全くといっていい程、本を読まなくなった僕の、読書人生では、印象深く思い出に残る時代です。「グイン・サーガ」は気になっていたのだけど、スペオペというかヒロイックファンタジーというかに、今一つ食指が動かず、どうしようかと思っている間にあれよあれよと巻数が増え続けて行き、とても手が出なくなって、とうとう全く読んでいない、という結果になった。思い出に残るのは、当時の勤務先で突然のように職場で休みを3日くれ、ウイークデーであり、僕は一人で浜松か静岡に旅行に行った。持って行った栗本薫の探偵小説が、横溝正史ばりのおどろおどろの怪奇ムードの推理小説で、メチャ面白くて、とうとう観光になぞには出ず、ほとんど現地のホテルの中で本を読んで過ごしてしまった、ということです。東京の中央から群馬の田舎の営業所に飛ばされて、休みの日に孤独で、することも行くとこもなく、昼日中から公園か自動車の中で、栗本薫のユーモアSFを読み耽っていた。これも思い出だなあ。

 三田誠広との悪口の応酬も憶えている。文学論争とかではなくて悪口の言い合いでした。三田誠広もあの世代頃の作家で、あの時代、何冊か読んだ。

 しかし、この間の忌野清志郎さんといい、早過ぎるよ。本当に驚いた。56歳は冗談じゃない、早過ぎだよ。

 あの時代のSFマガジンの編集長には当時、妻子が居て、略奪婚とゴシップになったけど、あれから夫婦はずっと続いたんだなあ。確かお子さんが出来て、どうだろう?一人なのか二人か?息子さんだったけど、もう大きいんだろうなあ。当時のSFマガジン編集長とは確か、同じバンド仲間だったんだよね。僕は、オヤジが家を出て愛人と暮らし、幼子を抱え身体の強い方でない母親を泣かしたから、こういう略奪婚ケースには良い印象は持たない。だから途中から作品を読まなくなったという訳ではないが、略奪婚から好きではなくなってファンを辞めたのかも(?)。そうでもないかな。80年代末頃、ふらっと1冊、伊集院大介シリーズの当時の最新刊買って来て読んだしね。

 56歳であっちの世界へ行ってしまうというのは早過ぎますけど、僕が若かったあの時代、たくさんの作品で楽しませてくれて、僕に取ってはある種、教養になるようなものをくれて、ありがとうございました。天国でごゆっくりと休んでください。御冥福をお祈りします。

 でも、忌野清志郎さんといい、早過ぎるよなあ。作曲家の三木たかしさんも64歳くらいだったでしょう。日本は現在、長寿は、女性は世界一で86歳くらいまで行ってるんですよね。男性は世界3位。しかし、自殺者数も十年以上、毎年3万人を越えていて、人口比率で世界トップクラスですよね。

 

 


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1 コメント

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ロッド・スチュアート (naojii)
2015-02-24 22:57:28
中島梓(栗本薫)さんが颯爽デビューしてメディアに旋風を巻き起こしていた当時、ラジオ番組にも引っ張りだこで、僕は当時テレビを持たず、毎日ラジオばかり聴いて過ごしていたから、よく音楽番組のゲストに出てる中島梓さんのインタビューアンサートークを聞いていた。
デビュー当時の栗本薫さんの雑誌掲載の小説の末尾には、その作品を執筆していたときに流していた音楽のタイトルが記されていた。何かの作品の末尾にロッド・スチュアートの「スーパースターはブロンドがお好き」というアルバムのタイトルが記されていたと思う。あるラジオ番組で誰だったか忘れたけど、大御所と思しきDJ役の年配の女性が中島梓さんにいろいろ質問してて、今一番お気に入りの曲はと聞くと、ロッド・スチュアートの当時の大ヒット曲「Da ya think I’m sexy? 」を挙げていて、DJおばさんから何かしつこく絡まれていたのを憶えている。懐かしい。
当時、僕もこのアルバムを買っていて、僕は「Da ya think I’m sexy?」も好きだったが、このアルバムで一番好きだったのは「Ain't love a bitch」という曲だった。明るいバラード調のメロディーそのものも好きだったが、“Bitch”というワードが印象的で。

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