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恋のバカンス

2016年08月03日 | 芸能ログ

 ザ・ピーナッツの妹さんの方の伊藤ユミさんが、2016年6月、亡くなられた。お姉さんの方の伊藤エミさんは2012年に亡くなられていた。ザ・ピーナッツは間違いなく、日本エンタティンメント史に残る、アーティストの一グループだと思う。戦後の娯楽界、日本でTV放送が始まってからの、TV黎明期、モノクロテレビの娯楽番組を支えた、多くの芸能人の中の、レジェンドな一組です。高度経済成長期の国民に癒しを与えた、偉大なアーティストの一組でしょう。

 ♪ウナセラディ東京、♪ふりむかないで、♪恋のフーガ、♪恋のバカンス、♪砂に消えた涙…。忘れてはならないのが♪モスラの歌。幼児期から小学生の時代、ザ·ピーナッツの歌を聞いて育った、といっても過言でないくらい、僕の子供の頃、いつも周りでザ·ピーナッツの歌が流れていたような気がする。毎日見るモノクロテレビの歌番組やバラエティー、通りにあるパチンコ屋で掛けてる音楽、住んでた家の斜め前の邦画封切りの映画館。商店街のレコード店。周りの大人たちが口ずさむ鼻歌。子供の頃の僕の回りにはいつも、ザ·ピーナッツの歌が流れていた気がする。

 TV の人気番組のザ·ヒットパレードやシャボン玉ホリデーや、その他の歌番組。しょっちゅう通ってた家の斜め前の映画館では、まだスクリーンに幕が掛かってる、明るい待ち時間に流れてるBGM 。勿論、ザ·ピーナッツが出演する映画もいっぱいあった。クレイジーキャッツ、坂本九、ダニー飯田とパラダイスキング、スマイリー小原、青島幸夫…。思い出し始めたらキリがない、あの時代のスターたち。テレビはまだ大半がモノクロTV だった。

 僕は十代末から二十代、TVを持たず、部屋では毎日ラジオを聞いて過ごしていた。特に十代末から二十代前半は、家の中に居るときはいつでもFMラジオを入れていた。二十歳くらいの頃だろうか、ある晩、FM ラジオの一時間番組で、竹内まりやが中心になって、桑田圭佑や世良公則が各楽器パーツに入り、即席バンドを組んで、オールディーズを番組の中で演奏していた。番組ホストの竹内まりやはキーボードとメインボーカルで、番組オンエアの中では一言も喋らなかったが、ドラムスは山下達郎だった。

 「二人のバカンス」というシングル曲を出したばかりの竹内まりやの提案で、即席バンドの一曲目は「恋のバカンス」だった。このとき二十歳くらいの僕は、小学校低学年の頃によく聞いた曲が懐かしかった。「恋のバカンス」は、TV でザ·ピーナッツが歌っていた当時のヒット曲だ。タイトル名から、僕は、あの時代の傾向だった、英米仏·洋楽曲の日本語カバーだとばかり思っていたら、これは日本のオリジナル歌謡曲なんですね。

 このラジオ放送時では、即席バンド名を、大橋純子のバックバンド「美乃屋セントラルステーション」にちなんで、竹内まりやの実家の旅館から取って、“竹野屋セントラルヒーティング”と名付けていました。wiki 見たら驚いた、「恋のバカンス」の項で、この放送の件が書き込まれてました。

 竹野屋セントラルヒーティングの最後を飾ったのは、ビートルズ、メインボーカル·ジョンレノンの、♪ツイストアンドシャウト。もともとは1962年、アイズレーブラザースのヒット曲ですが、この時はビートルズ版「Twist and shout 」のカバー演奏でしたね。キーボード担当の竹内まりやが「あたしこれしか弾けないの」と言って間奏を弾き、桑田圭佑が応えていた。

 ザ·ピーナッツの、歌手業を含む芸能界現役引退が1975年。また驚いたのが、この年、元ザ·タイガースのメインボーカルで、後の連続大ヒット歌手、沢田研二とピーナッツ姉の伊藤エミが結婚。ジュリーがピーナッツの片方と一緒になったというのが、この時、本当にびっくりしました。で、伊藤エミさんは1987年に離婚。ザ·ピーナッツは結局、芸能界復帰はなかったんですね。どうやって生計を立ててたんだろ?姉のエミさんが2012年に亡くなられ、妹の伊藤ユミさんが2016年6月に亡くなられた。

 後年、竹内まりやさんがカバーした「砂に消えた涙」は、フレンチポップスだとばかり思っていたら、「砂に消えた涙」はイタリアのヒット曲なんですね。「砂に消えた涙」はザ·ピーナッツのカバーで覚えていたけど、弘田美枝子さんもカバーしていて、ピーナッツ版よりもむしろ弘田版の方がヒットしたらしい。僕に取っては「砂に消えた涙」も、ザ·ピーナッツのヒット曲の一つとして記憶にあったんだけど。弘田美枝子が歌ってたというのはよく覚えてないなあ。僕は曲としては、「恋のバカンス」よりも「砂に消えた涙」の方が好きだけど。「砂に消えた涙」は、50年代末頃から60年代初頭頃のオールディーズとばかり思っていたら、日本で弘田美枝子やザ·ピーナッツがリリースしたのは、1964年65年なんだそうです。子供の頃の記憶はけっこうあいまいですね。ザ·ピーナッツの「砂に消えた涙」はシングル盤では出してないのかな(?)。

 多分、僕はまだ五歳だったと思うけど、母親に連れられて東宝の特撮映画「モスラ」を見に行っている。この時のはっきりある記憶は、映画が終わって帰る夜遅く、母親と一緒にちびっこの僕が、二階にある劇場から階段を降りて行く時の記憶。映画の記憶は、何しろ五歳だから、東京タワーに巨大な繭が作られたところくらいしか憶えてない。それと、まだ幼少期の僕の記憶に焼き付いたのは、二人の可憐な小人。後にあれは「小美人」と呼んだんだと知った。南国原住民のような衣装の、双子の美女。守護神·モスラを呼ぶ妖精、小美人役のザ·ピーナッツ。

 完璧余談な幼少期の僕の思い出なんですが、僕が小一くらいのとき、住んでた電力会社の社宅の柵の、一段降りた向こうに二件続きの長屋があって、そこの一部屋に水商売関係のお姉さんが住んでいた。いつも着物を着ていたけど、そこによく、僕よりも一つ二つ年下になる、小さな女の子が遊びに来ていた。その女の子がね、いつもザ·ピーナッツの「モスラの歌」を歌ってたんだよね。小一の僕は柵を乗り越えて、着物のお姉さんのとこに遊びに行っていた。このカワユイ女の子が歌ってた「モスラの歌」を、何故か印象深く記憶している。

 無論、小一の僕が、着物のお姉さんが水商売関係の人なんて解る訳もなく、裏庭の柵の直ぐ下に住んでる人だから、子供の興味本意で、柵乗り越えて行ってたんでしょうが。後々、僕が大人になって思い返すに、この着物の、多分まだ二十代だったろう女性は、僕の青年時大ファンだった劇画家、上村一夫さんの作品に出て来る妖艶な美女のキャラクターに、顔つきや雰囲気がよく似ていたと思う。上村一夫の描く美女を称して、誰だったか評論家が「ヒルのような…」と例えたけど、本当にその例えは、美女キャラクターの顔つきや雰囲気をよく捉えた言い方だったと思う。昔々の裏の着物のお姉さんも、何て言うか、なまめかしさがヒルのような、何かヌルッとしたような妖艶さがあったように思う。まあ、小一当時の子供の僕が、そんなふうに見る訳がなく、大人になってから思い返すに、だ。特に上村一夫さんの劇画をあれこれ読んで、あの子供の頃のお姉さんを思い返したんだと思う。ザ·ピーナッツとは全く関係ないけどね。

 ここのタイトルの「恋のバカンス」に戻るが、知らなかったけど「バカンス」ってフランス語なんですね。多分、英語の「バケーション」と同じような意味なんでしょうね。バカンスが何処の国の言葉かなんて考えたこともないけど、無意識的に英語で、バケーションみたいな言葉と思ってたんだろうな。

 これも記憶違いの話なんだが、僕は1961年のモスラの映画は、併映が「銀座の恋の物語」で、僕の母親は、石原裕次郎と浅丘ルリ子の主演する「銀座の恋の物語」見たさに子供の僕を連れて映画館に行ったんだ、と思い込んでいたが、後年、よく考えたら「モスラ」は東宝映画だし、「銀座の恋の物語」は日活映画だ。新作ロードショー館で映画会社の違う二作をカップリングはない。名画座とか二館三館落ちとかなら別だけど。ネット時代になって便利になった。調べたら、「モスラ」は1961年公開、「銀座の恋の物語」は1962年公開だった。で、東宝の「モスラ」の併映は「アワモリ君売り出す」ってなってる。正直、僕の記憶には「アワモリ君売り出す」などという映画は、一シーンも記憶にない。はっきりと、見た記憶がない、と思う。逆に、日活映画「銀座の恋の物語」は併映が同じ日活の「上を向いて歩こう」で、僕はおぼろな記憶なんだけど、確かにこの二本の日活映画は見ていると思う。1962年は僕は六歳だから映画の内容などは、多分よく解らなかったろうと思うが、映画館で見たことは間違いないはず。

 日活映画「上を向いて歩こう」を調べるとね、公開が1962年3月4日になってる。僕はまだ小学校に上がってない。上映が二週間続いたとしても、学校上がる前だ。いくら家の斜め前が映画館でも、この時期に映画館に行ったかなあ?この3月というのは引っ越して来たばっかりの時期だ。「モスラ」はまだザ·田舎の前の家に住んでたときで、「モスラ」見た映画館は「上を向いて歩こう」とは別の映画館だ。僕の小学校時代の家の斜め前の映画館は、確かに邦画封切り館だったけど、何しろ地方の映画館だし、都市部のロードショー公開とは遅れていたのかも知れないな。でも確かに「上を向いて歩こう」と「銀座の恋の物語」は映画館で見たという記憶はある。六歳で見たんだろうなあ。誰と行ったんだろ?「銀座の恋の物語」は内容は全く記憶していない。

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  ザ·ピーナッツというと、僕に取っては、小学生時代に親しんだザ·ピーナッツで、やっぱり当時の二大バラエティー、「ザ·ヒットパレード」と「シャボン玉ホリデー」ですね。「ザ·ヒットパレード」は歌番組だけど。子供の頃の僕は「シャボン玉ホリデー」が大好きで、やっぱり小さい頃からお笑い好きだったから、クレイジーキャッツ中心のコントが楽しみだったんだろうなあ。ザ·ピーナッツ中心の歌謡ショー、というか、ビッグバンド演奏の洋楽に乗って踊って歌うコーラスのショーが、あの時代にあってとても洗練されていた。本場アメリカの歌謡ショーにも負けないくらいの、おしゃれで洗練された歌謡ショーだったように思う。

 「シャボン玉ホリデー」のコントは可笑しかったなあ。毎回ゲラゲラ笑って見てた。植木等の「およびでない。こりゃまた失礼しました」に、ハナ肇とピーナッツの「お父さんお粥ができたわよ」「いつも済まねえなあ」から始まるコント、監督かディレクター役のなべおさみが、助監督かAD の安田伸をメガホンみたいので何度もはたくヤツ。その他イロイロ爆笑コント。

 「ザ·ヒットパレード」は1959年に始まって70年まで番組が続いてるし、「シャボン玉ホリデー」は1961年に始まって72年まで番組が続いている。どちらも日本のTV 黎明期に始まった代表的な娯楽番組で、高度経済成長期を通して安定成長期に入るところまで続いた長寿番組でした。高度経済成長期の国民の癒しの一つだったと言っても良いような番組でした。僕が夢中で番組を見ていたのはどちらも前半部分で、僕が小学校高学年になった頃は、両番組とも見ていなかったように思う。どちらも番組を見ていたのは小学校四、五年くらいまでだろうか。

 僕が小学校二、三年生くらいの頃から、TV では次々と子供向けのアニメ番組が始まったし、当時は子供向けアニメも視聴率は高かった。「ザ·ヒットパレード」の裏番組にどんな番組があったかよく覚えてないけど、日曜日の夕方六時半からは、67、8年くらいの話になるけど、フジ系列で「忍風カムイ外伝」がやってたしその後番組が「サザエさん」だった。65年66年当時はTBS 系列で日曜6時半から、大瀬康一主演で探偵アクションドラマ、「バックナンバー333」というのをやってて、こっちを見てたな。子供時代の僕は無類のヒーローもの大好きな馬鹿ガキだったから、探偵アクションものやスパイアクションものも、ヒーローものドラマとして、けっこう熱中して見ていた。

 調べたら、アニメ「忍風カムイ外伝」の放送は1969年でした。大昔の記憶はやはりあやふやですね。その前の番組が、フジ系日曜6時半は、モノクロアニメの「ゲゲゲの鬼太郎」やってて、これを見てましたね。「ゲゲゲの鬼太郎」は68年69年の放送。「鬼太郎」の前は「マッハGoGoGo 」をやってたんですね。この時代の僕は子供向けアニメばかりを見ていたのかな。「シャボン玉ホリデー」を熱心に見ていたのは小四くらいまでかも知れないなあ。

 「シャボン玉ホリデー」は僕は最初から最後まで、モノクロTV でしか見たことがないけど、実は全編カラー放送だったらしい。最後まで、って72年までの放送のいつ頃見たのが自分の見た「シャボン玉ホリデー」の最後なのかよく解らないけど、いつの間にか放送が終わってた。でも、僕が高校生になった頃まで番組が続いていたなんて驚きだ。

 ♪シャボン玉ルルルルル、シャボン玉ラララララ、ロマンチックな夢ね~…。ザ·ピーナッツの歌う「シャボン玉ホリデー」のオープニングテーマ。懐かしいなあ。エンディングの、宵闇のガス灯のもとで、ピーナッツが歌う「スターダスト」。エンディング歌うピーナッツの後ろに現れたハナ肇が、ピーナッツ二人の肩に手を置き、「いかがでしたか…」と番組締めの言葉を喋り始め、最後にピーナッツへの、何ていうか今ふうに言えばdisる言葉、悪口や軽い暴言を吐き、そこで両ピーナッツがハナに肘鉄を喰らわし、ピーナッツの二人は笑顔というエンディング。 

 

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