うろ覚えライフ。

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誰でもいいから殺人2

2008年03月27日 | 時事社会ログ

 

○殺人:ホームから落とされ男性死亡、18歳少年逮捕 岡山

            

        『     25日午後11時5分ごろ、岡山市駅元町のJR岡山駅の山陽線ホームで岡山県倉敷市笹沖、県職員、假谷国明さん(38)が男に突き飛ばされて線路に転落し、入ってきた福山行き下り普通電車にはねられた。‥

  ‥ 少年は「誰か人を刺してやろう」と思い、兵庫県姫路市の網干駅で私鉄からJR線に乗り換え、同日午後7時ごろ、岡山駅に到着。駅の外へ出るなどしたが決心がつかず、その後140円区間の切符を買って再び駅構内に入った。ホームで電車待ちの列の先頭にいた假谷さんに左後方から近づき、背中を無言で突き飛ばしたとみられる。
  ‥ 少年は「人を殺せば刑務所に行ける。誰でもよかった」などと供述しているという。     』 ・・

 

○<岡山突き落とし>少年の父、涙の謝罪「息子が許せない」

 

        『     容疑者の少年(18)=大阪府大東市=の父親(57)が26日、岡山市内で記者会見した。「事件前は変わった様子はなかった。被害者の方に申し訳ないです。息子が許せない。他人に迷惑をかけるくらいなら、自分を傷つけてくれれば良かった」と涙を流しながら謝罪した。
  ‥ 「小学校、中学校といじめられてきた。犬も怖がる弱虫だった。中学卒業後、「一度だけ『復しゅうしたい』と話したが、『そんなことをするな』と言ったら納得した」という。高校生活は楽しそうだったという。24日夜、食事中に茨城県土浦市の8人殺傷事件を報じるニュース番組を見ながら、「こんな事するなよ」と話し掛けると「うん」と答えたという。     』 ・・

 

 

 今回の書き込みは計らずも、前回記事の続編のようになってしまいました。今回のタイトルの付け方が、「誰でもいいから殺人2」などと、事の重大さに対して、ちょっと不謹慎な題名付けで、読者の方で、記事見出しの一行だけで不快感を持たれる人も居られるかも知れません。不快な気分になられた方には、どうも申し訳ありません。何か、この今の世相の、ゲーム世代のデジタル時代には、こういう大変悲惨な事態にも、こういったタイトル付けの方が似つかわしいような気がして。幾分の時代への皮肉も込めたい気持ちなんですが。

 02年に出版されてセミベストセラーとなった話題書、「ゲーム脳の恐怖」という、当時日大教授の森昭雄氏の著書がありましたが、最近の無味乾燥的な殺人事件を思うと、この本のタイトル、「ゲーム脳の恐怖」という一行の文字が頭に浮かびました。と書いても、実は僕は、本自体は読んでいないので、偉そうには引用できないのですが、出版当時から世間でニュースに挙がるほど話題になっていたのは、よく知っています。

 23日に起こった8人の無差別殺傷事件の容疑者が、ゲームが大好きなゲームオタクな若者だった、ということや事件当日携帯していたゲームソフトが、敵である人を何人も斬り殺して得点を稼いで上がる、そういう類のゲームであったことが、実際の容疑者の殺人傷害行動が正にゲームを地で行くような動きの後、走り抜けて無人交番に到着して止まり、警察官の前で二本の刃物を投げ出した動作など、まるでゲームオーバーで終了のサインのようで、何かこの狂気の沙汰の実際の恐ろしい事件が、バーチャル世界のゲームと非常に密接な関係があるように思えてならない、のですが。

 勿論、「ゲーム脳の恐怖」が出版され話題になった折、ゲームは深刻に有害か?という議論はさんざんされて来ていて、一概にゲームが悪い、とは言えない、重大犯罪に対してゲームが確実に因果関係を持っている、とは決め付けられない、という答えが出たんだとは思いますけど。

 ゲームも、設定が時代劇であっても敵である相手の人間を斬り殺す訳ですし、戦争的なゲームも人殺しに繋がっているし、ゾンビを次々と撃って倒すゲームも、ゾンビは元は人間の死体だし。何か、どーも、人殺しに繋がっているゲームは、あんまり良くないような気がするんですけど。それと、特にひきこもり状態の人。現実社会の対人関係で生身の人と繋がっていなくて、部屋に一人閉じ籠り、ひたすらゲームを続けているのは、何かものすごく良くないような気がする。ロールプレイングゲーム。

 例えばプロレスや格闘技を、試合場に行くなりしてナマで見るのは、痛みが伝わって来て解るけど、格闘ゲームなどはしょせんお人形さんどうしをぶつけてるだけだし、戦争も映画ならストーリーがあり、人間を心情的に細かく描いている。戦争ゲームはただ戦いだけをデジタル的に取り上げてるだけで、すぐにリセット出来て、また擬似殺し合いが出来る。

 僕は全然ゲームやらないので、こういうものの言い方は、歳喰ったオヤジの、今時の若い者は‥的な、決め付け考えと取られるかも知れませんが。ゲームやらない昔人間が知りもしないくせに解ったよーなコト言うな!と怒られそうですね。

 あんまり、小学生くらいの小さい子がゲーム漬けになるのも良くないし、青年になってゲームに熱中しているのもどうかと思う。やっぱり何でも、やり過ぎは良くないものですね。ゲームも、余暇の遊びで適当にやる分は良いんでしょうけど。

 しかし、無味乾燥的に人が殺せる人間、が増えるのは正直、怖い。

 自分の絶望が、いったい何故に、自分と無関係に、個々人で本人たちの人生を各々生きている人間たちに、殺害という方法で向かうのか?自分を絶望へと追い込んだ社会への復讐なのか?最後にヒーローになりたい、というのもあるのかも知れないなあ。負のヒロイズム。

 容疑者の18歳少年の父親が会見でむせび泣いていた。(被害者サイドに対して)済まない済まないと何度も繰り返し言いながら泣いていた。TVで見ていて、思わず僕も涙が出てしまった。レールに落とされて電車に撥ねられ、死んでしまった被害者のお父さんも泣いていた。みんなが悲しみにくれていた。確かに、犯罪を犯したのは少年だけど。いったい誰が悪いんだろう。いったい何が悪いんだろう。

 思い起こせば、昨年、佐世保の水泳教室のプールで、二人を猟銃で射殺した男の事件も、何か似ているように思える。記憶をひもとけば、過去のニュースを調べればリンクする重罪事件はいっぱいありそうな気がする。

 絶望した人間を救うシステムを社会が何か講じなければ、絶望した人間が自殺するのならまだしも、これとて重大な問題だが、絶望者が誰でもいいから殺したいと考える社会では、市民は防ぎようも逃げようもない。

   

 

  

   


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