都城でも、インターネット上でも、有名な森精肉店です。今年は口諦疫の影響で・・と、社長さんは渋い顔をされていましたが、それでも大忙しの7,8月でした。自分のことのように言っていますが、これには、まあ、訳があるのです。
なのはな村就労移行の実習の話から、森精肉店とのお付き合いが始まったのが6月の初めです。7,8月の忙しい時期にはアルバイトで対応されるということで、なのはな村の面々の働き具合を見て頂いて、そこにつなぐことが出来ればという密かな願いのなかでの、実習の始まりでした。
ところが、結構難しい作業です。まず、支援員が覚えるのに一苦労。企業秘密があるので詳しい行程は話せませんが、1枚の肉に秘伝の味噌が塗られて真空パックされるまでの行程をこなします。
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この行程は通常3人ということですが、5人で従事するわけにはいかないでしょうかと、提案しました。3人分しか給料は考えないけどそれでよければ、と了解を頂いて体制を作って見ることにしました。希望を募り、申し訳ないけどある程度、事業所内で選考もして、7人のチームが出来ました。うまくいけば5人が交代で出向くことになります。
難しい作業ですが(当然、正確性はあたりまえの話です。)、みんな良く頑張って2週間くらいで支援員は手を出さないで<見守り>の位置につくまでになりなりました。が、それでも最終的にみんなは支援員を頼っています。
そこで、更に社長に提案です。「支援員は現場を離れてよいでしょうか。」社長の返事です。「7、8月をなのはな村にお願いするにしても、最終的な責任を支援員に取ってもらえると思っていた。」確かにその通りです。図々しい提案ですが、更に続けます。支援員がいないほうが、彼らはもっと能力を発揮すると思います、と、彼らの可能性を訴えました。何かあったら、支援員は直ぐ駆けつけますから。最初は難色を示されていた主任さんも段々頷いて下さり、最終的には「やってみなければ分からないなら、やってみよう。」という社長の言葉で提案を受け入れてくださりました。
その結果、実習だけではなく、7,8月の短期就労ということで7人の挑戦者たちを受け入れていただきました。現在、支援員は職場までの送迎のみで
す。ときに、現場の様子は見ますが。
いま、彼らの世界がどんどん広がっていくのを感じます。また、同時に会社の方々も、「支援員」というフイルターを通すことなく彼ら個人と向かい合うことで、彼らに色んな興味を持って下さっているようです。ときに話を聞くと、○○君、××さんという個人の名前が良く出てきます。
今回のことで、簡単に結論めいたことは言えませんが、彼らの可能性が広がったことは事実です。挑戦者の中で就労に失敗した人、企業実習も途中で失敗した人が何人もいます。今回のようなグループ就労が可能となればいやいや、みんな就労移行が出来るぞ、と、強く思います。
ともあれ、この挑戦者たちの中から継続的な就労者が出てくればうれしい話ですし、今回不可能でも、11,12月とこの仕事はあります。1年間のうちの4ヶ月の短期就労は可能となった訳です。 フジサキ
いえいえ、みんなに丸めた背中をポンと押されて、よろけた足が一歩前に出てしまったのです。その後は、みんなに両腕を抱えられて、ぼくも歩いているように見えるだけです。みんなはしっかり歩いています。 フジサキ