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遊里跡の探訪録など。
ブログの日時は、行動日・撮影日に合わせております。

碧南 衣浦荘

2011年08月27日 14時50分00秒 | ◇愛知
遊廓→RAA施設→赤線
花街と混在していた遊里。さらには射的場や雀荘といった娯楽施設が加わって
一大歓楽街を形成していた。
昭和30年、業者数15、従業婦数59


新川町駅から歩いていくと、まず目に入るのがこの建物。全体が薄赤色をしている。
以前は二階の角に「旅館八千久」と書かれた袖看板がかかっていた。

 
華やかな赤壁の和風建築。くすんだ木材の色と調和して、落ち着いた雰囲気さえ持つ。
一階の引っ込んだ部分に、だ円形とひし形の飾り窓が見られる。

 
転業旅館(ホテル)だろう。当時の記録に「鈴本」の屋号が載っている。「翠扇」は不明。

 
右隣の建物と渡り廊下を介してつながっている建物。
腰まわりには独特のデザインがあしらわれている。これは車輪だろうか。


カーブ面の窓の造作が見事。「鱗窓」と表現している記事を見つけ、なるほどと納得。


鱗窓の右側壁面に判読不能の文字。「文首」「文並」「文善」……わからない。

 
「寸楽」の看板と駐車場。可憐なぼんぼりがかつてのきらびやかな時代を感じさせる。
建物は数年前に解体されてしまったらしい。

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