なんくるのひとりごと

日々の想いを言葉にしてみたい

f現地で物を考える

2008-06-22 17:26:15 | 日記
たまたま被災地の近くに居ておもったこと。
日本も広いのだと痛感。
地図を広げてみると、仙台の直ぐ上の方の山手の方が被災地です。
新幹線で仙台から盛岡駅までの間に6つの駅があり、
テレビで流れるニュースは直ぐ目と鼻の先でした。

でも、仙台は震災のその日からもう、普通の生活が行われ、市民は被災地のことを
心配しながらも、普通の生活でした。

私が、仙台に発ったのは14日の、那覇発仙台行き14時15分でした。
テレビを見ながら、大変なことが起こったのだと感じ果たして、出発できるのかと不安でしたが
飛行機も遅れなしで出発しました。
仙台の上空は晴れていました。雲が少しへんダナーとは感じましたが、
気のせいかもしれません。

市内までのパスも普通通りに運行していました。
乗りました。
40分程でつきました。
何事もなかったような仙台の街に、安心しました。

でも、飛行機の乗客はあとで聞いたのですが、キャンセルの人が多く
機内は人数が少ないと感じました。

ホテルも旅館もキャンセル客が続出で、近隣の観光は大きな打撃を受けたようです。
今回友人と二人で仙台に行きましたが、現地は災害とキャンセルで二重の打撃だということが、分かりました。

もちろん災害地の近くは通行止めになっているのですが、それ以外は新幹線も災害の翌日には再開をしていました。が、旅行は取りやめた人がきっと多かったようです。

「危なきい場所には近づかない」もちろんよく分かりますが
安全な場所でも、近くということで(東北地方)ということで観光の方々は取りやめたようです。
盛岡から30分ほどの所にある御宿温泉に泊まりましたが、団体客が旅行を取りやめて大変だと、悲鳴を上げておられました。
泣き面に蜂のようなものですね。

テレビの報道は現地をの危険性を伝え、被災に会われた地域の状態を報道しています。
テレビだけをみていたら、仙台や盛岡もとても大変そうには感じます。

でも、私が見た限り、感じた限りでは、変わりない暮らしをしていました。

どこまでが危険で、どこが安全かは分かりませんが、
そこに住んでいる人は、心配しながらも、そこしか住むところがないということなのですね。

私のようなよそ者は、また自分の故郷に戻りますが、そこを故郷としている人は祈りながら暮らしているのだと。
「どうか安全でありますようにと」祈りながら普通の暮らしを営むしか無いのだと。
たまたま被災地の近くに居た5日間を振り返って思いました。

これ以上の災害がないようにいのります。
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