
ちょうど5年前の午後2時46分
東北地方太平洋沖地震と名付けられた史上最大規模の大地震が発生しました。
南湖神社にも震度6強の大きな揺れが襲い掛かり
幸い本殿はほぼ無事だったものの灯篭・鳥居・狛犬が倒壊、社務所・茶室・宝物館などに甚大な被害が発生しました。
上の写真は現在のものです。
崩れてしまった石段も、倒壊した灯篭や狛犬も、傾いた常夜灯も元に戻りました。
しかし、いまだに夢に見てうなされるほどあの時の恐怖は生々しく体にしみついています。
その後、原発事故の発生も相まって物流が止まり
食料品や日用品はもちろん、ガソリンが全く手に入らなくなり
半月から1か月近く不便な生活を強いられたのもなかなか遠い思い出にはなりません。
白河市内も葉ノ木平地区に大規模な土砂崩れが発生したため15名の尊い命が奪われています。
東京のメディアでは津波や原発事故の被害・仮設住宅の避難者ばかりがクローズアップされ続けていますが
内陸部にも大変な被害をもたらした、とてつもない大災害だったのだということを決して忘れてはいけないのだと思います。
所詮他人事な東京のメディア様は
「復興の実感を感じますか?」というアンケートを取ります。
そうすると半数以上の人が「実感がない」と答えます。そんなの当り前です。
そもそもあまりに規模が大きすぎる災害だったのですよ。
5年や10年でケリがつくわけがありません。そういうものだと思います。
彼らメディアは復興のスピードが遅いことをことさらに強調することで政権批判がしたいだけなんだろうなと思います。
つまり、政権批判のネタに被災地を使ってるだけなのだと。
話がずいぶんそれてしまいました。
確かに復興の歩みは遅々としています。しかし、ゆっくりながらも確実に以前よりは前に進んでいる、
そこをどうして見てもらえないのかなとおもうのです。
もうすぐ1年になります。南湖神社の常夜灯の修繕が終わり、電気が通って
雨のそぼ降る中、谷村新司さんが楽翁桜の下で「いい日旅立ち」をうたったあの日。
前に進んできたから、谷村さんをお招きできたのです。
そう思っています。
来月の今頃には桜が咲くことでしょう。
震災のあの年は桜がきれいに咲いても誰も見に来る人はいなかった、
あんな寂しい春はもう迎えたくない。
どうか、たくさんの人が楽翁桜を見に来てくださいますように。


一文だけ気になるところがあり、コメントさせていただきます。
内容的に何もいうことはありませんが、「阪神淡路とはケタが違いすぎる」というのはどうかと思います。
比べることじゃないでしょう。
確かに阪神淡路の時と東日本の時とでは、規模も被害も違います。
阪神淡路は津波もなければ放射能の問題もありませんでした。
それらがあったぶん、東日本大震災の方が被害者も多く、福島県に至っては放射能のせいでなかなか元通りの生活には戻れません。
ケタが違うというのは間違ってないと思います。
しかし、当時阪神淡路大震災の被害を受けた方がこの一文を読んだらどんな気持ちになると思いますか?
そのへんを考えて発信していただいたいと思いました。
阪神淡路とは被害のケタが違うので、復興するにも阪神淡路よりも時間がかかる。
なのにそんなことも考えず復興を実感してるかと聞いてくる者に対して怒りを覚える気持ちはわかります。
だからといって、あの一文は書く必要はなかったと思います。
「被害が被害なんだからそんなに簡単に復興できるわけがない」でいいんじゃないでしょうか。
なぜ、具体的に阪神淡路を引き合いに出すんでしょうか。
人間はみんな不幸自慢が好きです。
誰々より自分の方が大変だ、と言いたくなることも多いでしょう。
でも、多くの人々の命が奪われた悲しみにケタの違いなど関係ないと思います。
阪神淡路の時とは状況が違うから、阪神淡路の時みたいに復興が進むわけじゃないんだよ、ということを言いたいだけなのはわかります。
でも、まるで「東日本大震災に比べたら阪神淡路なんてたいしたことない」みたいにも受け取れてしまうような文章を載せてしまうのはいかがなものかと思い、コメントさせていただきました。
私は白河市民です。
南湖神社さんには昔からお世話になってきています。
大好きな、そして白河市民として誇りに思っている神社だからこそ、コメントせずにいられませんでした。
生意気を言ってすみません。
おっしゃることごもっともです。
まことに申し訳ありません。
また、阪神淡路大震災で被災された方々にもお詫び申し上げます。