なんちぃの足跡。。。

σ(^-^)の日々の出来事をお送りいたします。

世界一周ひとり旅(まとめ)

2010-03-02 17:48:39 | 世界一周ひとり旅
2007年4月27日~8月12日の3か月半の間、僕は世界を旅してきました。

旅と旅行はイコールではないと思います。旅行の中の一つに"旅"というスタイルがあるのでしょう
"旅"というと、あまり具体的なプランを持たない冒険的なイメージがありますよね。全てのスケジュールがあらかじめ決まっているものは"旅"とは呼べないと思うんです。

世界を一周するというのは、僕の昔からの夢でしたしかしそれは多くの人が望む事でありながら、実現させている人はまだまだ少ないようです。
でも時間と少しのお金と勇気さえあれば、難しい事ではないんですよね。

ただ今の日本の社会システムの中では、長期の休暇(時間)を確保する事が一番のネックになると思います。実際に旅先で知り合った多くの旅人達は、仕事を辞めて旅をしているという方が大半でしたから。

このブログを読んでいて"海外へ行きたい"と考えてる人、是非チャンスを逃さず世界を旅してみてくださいねこの世の中には本当に色んな人種が居て、それぞれの文化や風習があって、食べる物も違えば着る物も違う。それらを実際に見て感じる事は物凄い刺激になりますし、自分の大切な財産になると思います。

世界に出ると、"自分は日本人なんだ"という事を再認識させられます。日本人だというだけでナメられる事もあれば、羨ましがられ尊敬される事もあります。世界的に見たら、日本人は本当に特殊な民族でしょうね。島国という地理的環境が生み出した独自の文化・歴史があり、僕たちは知らず知らずのうちに日々の生活の中で日本人的気質というものを受け継いでいます。

多くの旅人が言う事ですが、本当に日本は素晴らしい国だと思います。日本を離れると日本の良い面ともちろん悪い面というのも自然と見えてくるんですが、トータルで見た時にやっぱり日本というのは凄い国だな、と感じるんです。マナーや接客サービスの差は歴然


まぁ大した事は書けなかったんですが、僕は心から"世界一周ひとり旅をして良かった"と思います


最後に、僕の辿った旅のルートを残しておきますしかし世界は広いですね。行った事のないところはまだまだ沢山あります。行きたかった場所はかなり訪れてみたんですが、旅をしているうちに更に行きたい場所が増えていきましたね

きっとまた僕は機会をみて海外へ飛び出してしまうと思います



世界一周ひとり旅のブログ(完)

世界一周ひとり旅(カナダ編) その弐

2010-03-01 14:08:29 | 世界一周ひとり旅
カナダの物価はアメリカよりも少し安いと感じました(当時は1カナダドル=90円程)

バンクーバーは国際都市なので、色んな人種が入り混じっています。日本人留学生も非常に多く、街を歩いているとあちこちから頻繁に日本語が聞こえてきます。もし語学留学をするのであれば、もっと日本人の少ない所の方が良いのではないでしょうか。


公園を散歩していると、なんとタヌキを発見サッと逃げてしまいましたが、野生のタヌキを初めて見れた事に感動テンション上がりまくりです


街にあるマンションを見上げると、ベランダのところに自転車がたくさん見えます。外に置いておくとやはり盗まれてしまうのでしょうか


いました!ストリートパフォーマー大道芸に興味津々な僕はついついじっくりと観察してしまいます。彼はよくある"お金をくれるまで動かない芸"をするんですが、今まで見た中でダントツに素晴らしい動きを見せてくれましたポッピングやアニメーションダンスにも精通していると思われます。カッコいい~


ハーバー展望台から見たバンクーバーの景色。ん~、至って普通wでも係のお姉さんが凄く親切で笑顔が素敵でした


こういう開放感のあるオープンテラスがもっと日本にもあればいいのにな、と思います。
・・・しかし、目新しい物が少なかったせいかカナダで撮った写真が少ない!!

正直バンクーバーは最後におまけとして寄っただけで、あまり興味なかったんですよねでもカナダ人の人柄にちょっと惚れました


カナダ最後の昼食にピザを食べました。美味しかったけど、2切れだけでもうお腹いっぱいサイズが大きいっすわ


レストランで一人でご飯を食べてると、隣に座っている可愛らしい20歳位?の女の子の視線を感じます。すると「Are you Japanese?」と聞かれたので、僕が頷くとカタコトの日本語で話しかけてきました。

話を聞くと、その女の子はメキシコ人で働きにバンクーバーへ来ているそうです。彼女の日本語が少し拙いので英語も交えながら話してたんですが、彼女は日本に凄く興味があって日本語を勉強してるそうだ。
僕も「スペイン語を勉強したい」という事を言うと、「それならメキシコがオススメだよ」と彼女は言います。物価も安いし、との事。なるほど、メキシコでスペイン語を学んでから南下して南米を回るのも悪くないな、とそれから考えています。
彼女に連絡先を教えてもらった気がするんですが、どこかいってしまいました


そこまで観る物もなく、バンクーバー観光終了。
折角だし他の地も訪れようかと考えていたんですが、お金もあまりなかったのと何よりすぐにでも日本へ帰りたかった

僕はもう3か月半の旅で心も体も疲れ切っていました。毎日5~6時間歩き続け、駈け足で世界の国々を見て回りましたからね。ホームシックというよりも、ただ休みたかったんです。

空港へ行き、日本行きの飛行機に乗りました。午後3時頃の便に乗って、成田には夕方?到着。日付変更線をまたいでいたので、到着した日はあっという間に一日が終わってしまいましたよ


そんなこんなで僕の世界一周ひとり旅は終わりを告げました。

世界一周ひとり旅(カナダ編) その壱

2010-02-28 14:14:26 | 世界一周ひとり旅
2007年8月9日。

朝早く起きて空港へ向かいます。
ラスベガスからカナダのバンクーバー行きの便は非常に少なくて、午後4時頃の出発まで時間を持て余す事になりました。飛行機の発着時間を調べたり予約もしないとたまにこういう事も起きますが、それはそれで自由な旅という感じで僕は好きなのです

とりあえず空港内のカジノで時間を潰して、バンクーバーに着いたのは19時頃。もう夜になってしまったし、これから宿を回って断られるのは嫌だったのでこの旅初めてユースホステルを電話で予約しました。

てか二件断られたので電話しておいて良かった

そして空港からバスに乗って宿に向かいます。途中いくつか乗り換えなんかがあって非常に分かりづらかったんですが、バスの運転手さんに聞くと凄く丁寧に優しく教えてくれました。着いたばかりですが、もうカナダ人には好印象ですその後も色んなカナダ人と話しましたが、やはり親切だという印象は変わらずでしたね

翌朝、早速"バンクーバーで一番"という話のビーチへ行ってみました。

・・・・・・全然綺麗じゃないw
期待しないで行ったんですが、それでもちょっとガッカリでした。

というかそれより、カナダ寒っ
もう8月半ばになるのに長袖2枚羽織ってましたもん。寒い所はやっぱダメですね、僕


海岸で仕掛けを使ってカニを捕っている老人を発見。話しかけます。


ほぉ~、なかなか立派なカニさん達です。



お花にとまったテントウムシを発見ちなみにてんとう虫は英語でladybug(米)とかladybird(英)と言います。この"lady"ってのは聖母マリアの事を指してるそうですね。自分の服にテントウムシがとまったりすると、なんだか嬉しくなりませんか?


バンクーバーには日本食レストランが沢山あります。お寿司屋さんがあったので試しに入ってみました。働いているのは予想通り日本人ではなくて中国系の人達。出てきた寿司もやはり日本のものとは少し違います。まぁそこそこ美味しかったんですけどね♪
海外の方で「寿司が好き!」っていう人は多いんですが、「あなたは本当の日本の寿司を食べた事があるのか!?」と聞きたくなります。それほど海外ではその国の人達の好みに(?)アレンジされてしまった寿司が多いのです。


海岸で犬のトレーニングをしてるおっちゃんがいました。この棒切れを海に投げると犬が泳いで拾ってきます。ちょっと感動
うちのモナ(犬)には絶対出来ないだろうなぁ


ビーチ周りも整備されていて凄く気持ちいいです。バンクーバーはいつだか『世界で一番住みやすい都市ランキング一位』にも選ばれています。確かに街は綺麗で色んな物が揃ってて住みやすそうですが、僕には寒すぎるので絶対住みたくないです


続く・・・

ブログの更新頻度少ないですね(;^o^)ゞ

2010-02-15 17:05:42 | 日常
最近ブログの更新意欲が全然湧いてきませんw

というのも、ちょい前から今話題になってるツイッターを始めました。ブログに書く程でもないような些細な事なんかをそちらで呟いています。え、ブログも内容薄いって?コラッ!それは言わない約束ですよぉ~。
まぁ、もし良かったら"しんちゃん(IDはshinma_t)"で検索してフォローしてみてくださいね^^

ツイッターでも書いたんですが、つい先日東京へ行ってきました。その時にツイッターで知り合った方に写真を撮って貰ったんですね。その方は鼻メガネ写真収集家?のようで街ゆく人色んな人達に鼻メガネをかけさせて写真を撮りブログに載せてるんですよ。たまたまそのブログを発見した時に楽しそうだなぁと思って僕も参加してきました。僕が世界一周した時にそういう写真を撮ってきても面白かったでしょうね。
良かったらそちらのブログも覗いてみてくださいね♪
http://ameblo.jp/hanameganerenmei09/


実は世界一周ひとり旅の記録を完結させてないんですよね・・・。今度ちゃんと書きます。あとほんの少しですからねw

今日で

2010-01-31 22:57:03 | 日常
家電量販店の販売員のバイトを辞めました。元々1月いっぱいという話だったんですけど、居残るようにも言われたんですよね。

でも正直、僕には向いてないかな。だって全然楽しくないし、もっと体動かしたい!!

電化製品について色々知識を得られるかと思ったけど、結局ほとんど自分で勉強しないといけなかった。良かったのは時給くらいかな。1400円+αは悪くない。

明日から家のゴタゴタを一気に処理して、また新しい事に挑戦しまっす(*^^)v

gooブログも

2010-01-07 00:08:22 | 日常
YouTubeの動画に対応したらしい。

なので試しにアップ☆




☆新年明けましておめでとうございます☆

2010-01-04 11:45:17 | 日常
年末にUSJから通知(スタントマンオーディションの結果)が来ました。

抜粋
『厳正な審査の結果、遺憾ではございますが、貴殿のご希望に添いかねる結果となりました。どうかご了承くださいますようお願い申し上げます。』

との事。

はい、めっちゃショックでした

今回こそイケるかなと思ってたんですが、ダメでしたね。
そもそも採用枠がほとんどなかったのかな・・・。悔しいけど仕方ないUSJには縁がなかったんだと、もう気持ちを切り替えて新しい今後のプランを練り直してます

という事で、

皆様、今年も一年どうぞ宜しくお願いします

父の死

2009-12-23 21:35:32 | 日常
12月10日、5時53分。父が62歳でこの世を去りました。

死因は膵臓癌でした。入院してから一カ月と一週間、激しい闘病生活の末亡くなりました。

父の癌が発覚したのは僕が沖縄から帰ってきて少し経った頃。3カ月ぶりくらいに父を見た時、これはマズいと思いました。小太りだった父が激ヤセしていて、寝たきりに近い状態だったからです。
以前から父は「膝が痛い」と訴えていて、手術をしたにも拘わらず一向に症状は良くなりませんでした。寧ろ膝の痛みは増していて、歩く事さえ苦痛になっていたようです。

原因不明の為、詳しく検査したところ癌の疑いがあると告げられました。がんセンターへ行き精密検査を受けると、もはや手遅れ・・・末期癌でした。既に癌は膵臓から胃、肺、そしてリンパまで転移し手の施しようがない状態だったのです。

どうしてそうなるまで気付けなかったのか・・・。

その時父は医者にやんわりと余命を宣告されました。副作用のある抗癌剤治療で後一年、緩和治療であれば3カ月程だろう、と。
実際のところ余命なんて正確には分からないもので、個人差があります。余命半年と言われた人が何年も生きるという事も多々あるようですから。

父は抗癌剤治療を受ける事に決めました。生き残る可能性に賭けたのです。

抗癌剤を投与したのち、父はみるみる衰弱していきました。話す元気もなくなり、椅子に座っていても常にうつむいているようになりました。
そして抗癌剤治療の検査を待たぬまま、父は入院。緩和治療へ移行する事になりました。

それは父の死が近い事を示していました。



父は稀に見るほどの亭主関白の頑固親父でした。おまけに癇癪持ちの些細な事に対して大声で怒鳴りつける人でした。
誇張ではなく、家にいると毎日毎日父の怒鳴り声が聞こえてきました。
子供の頃はそれが嫌で仕方なくて、父の声が聞こえないところまでよく避難したものです。

僕が中学に上がった頃から、父との会話は無くなって行きました。一日に一言も話さないような日が続いていたと思います。

僕は父の事が嫌いでした。憎んでいました。殺してやりたいと思った事もありました。

しかし家では怒るばかりであまり笑わない父でしたが、米と肥料屋の社長としていつも一所懸命働いていました。そして僕たち兄弟五人をお金に不自由なく育ててくれました。小さな頃はよく遊園地やスキーにも連れて行ってくれましたし。父自身が好きだったというのもありますけどね。

僕がある程度社会を経験し東京から実家へ戻った頃から、父ともまともに話が出来るようになってきたと思います。そこまで僕が実家にいる期間は長くありませんでしたが・・・。



父が入院した当初は僕が見舞いに行くと、まだ怒鳴る元気がありました。「足音がうるさい!」と怒られたんですが、音に敏感になっているようでした。そんな父でしたが幻覚を頻繁に見るようになり、意味不明な発言が多くなりました。付きっきりで母と妹が交代で看病していたのですが、そのうちまともに声も出せなくなりました。

呻き声を出すだけの痩せこけて衰弱した父を見るのは辛かった。でも、それ以上に本人が一番辛かったでしょうね。言いたい事を伝えられない・・・。
父と会話する事はもう出来ないと悟り、涙がこみ上げてきました。

奇跡は起こらなかった。

父の亡くなる前日。父の容体が悪いと連絡を受け、家族全員で病院へ。父はお尻から大量に出血をしていました。「十二指腸へ癌が転移し、そこに穴が開き出血したのだろう」と医者が言っていました。体力的にもう限界だろうし、もういつどうなるか分からない危険な状態との事でした。
叔母達も集まり、家族みんなで見守りました。


そろそろ夜も明けるし乗り切ったかと思いきや、父の呼吸の間隔が徐々に長くなり・・・・・・遂に止まりました。


しばらくすると医者が現れ、父の死を告げます。
僕たち家族の呼び掛けむなしく、父は帰らぬ人となりました。


叔母は「皆に最期を看取られて○○(父)も幸せだよ」と言っていましたが、お父さん・・・本当に幸せでしたか?


父の顔は辛い闘病生活が嘘だったかのように穏やかでした。葬儀屋によって実家へ運ばれた父。横になって、ただ眠っているかのようでした。今にも起き上がって、また怒られるんじゃないかと思いました。

父の訃報を聞き、沢山の人達が駆けつけてくれました。

夢のような嘘のようなそんな気もしました。そう願いました。
しかし、多くの人が父の為に涙を流している目の前の光景を現実を受け入れざるを得ませんでした。


翌日に通夜を済ませ、翌々日に告別式と葬儀が行われました。まさか人生初のお葬式が父のものになるとは思いませんでしたが葬儀屋と相談しつつ、無事終了しました。僕は骨壷を持って父の遺骨を運ぶ役目を任されました。

なんだか全てがドラマや映画の中の事のような、そんな錯覚に陥りました。まだはっきりと実感がわかないのかも知れません。



実は父のやり残した事が沢山残っていて、今もその後処理で大変です。
遺産相続の問題も会社やら土地やら借金やらでかなりややこしい事になっています。
それは父も気掛かりだったようですが、あとは兄弟なんとか力合わせて頑張ります。任せてくれ!


お父さん、よく頑張ったよ。ありがとう、そしてお疲れ様!!

世界一周ひとり旅(アメリカ編) その参

2009-12-03 13:00:24 | 世界一周ひとり旅

ミラージュホテルにいるホワイトタイガー。お昼寝中です世界に200頭ほどしかいない希有種だそうですが、めっちゃカッコいいですね


ベラージオホテルの噴水ショー。ラスベガスのテレビ中継でよく見る場所ですね。噴水が音楽と共に様々な形で打ち上げられて、観る者を魅了しますちなみに制御システムは日本企業のものだそうです。


ローマのトレヴィの泉もあったり。


サーカス・サーカスというホテルのカジノでは無料で曲芸ショーを見る事が出来ちゃいます


泊まったホテルの様子。ラスベガスは宿泊料金も格安です。このキングサイズのベッドがあるお部屋も一泊3000円程なんです今まで宿泊してきた8人部屋のドミトリーよりも安かったりして、本当に驚きましたなんて贅沢なんだろうとテンション揚がってしまいましたよプールサイドで日光浴も出来たり、幸せな一時を過ごせましたね
「宿泊料金が安い分カジノでお金を使ってください」という事なのかな。

ラスベガスからはグランドキャニオンへの日帰りツアーが多く出ています。自分のこの旅のクライマックスとして行ってきました


バスに揺られ爆睡していると、いつの間にか到着していたグランドキャニオン。写真を見るとやはりオーストラリアのブルーマウンテンに似ていますね。しかしスケールが大きい壮大な自然を目の当たりにして己の小ささを再確認させられます。


グランドキャニオンでは年間何名か転落して命を落とされるそうです。こんな風に崖の端に立って危険なポーズで写真を撮ったりしないようにしましょう


お気に入りの写真です。グランドキャニオンを眺めながら今回の旅を振り返りました。


ラスベガスは本当にエンターテイメントの街でした。カジノだけでなく、ミュージカルやマジックショーなど観て楽しめるものが沢山あります。お金さえあれば何日居ても飽きる事はないでしょうカジノで一万円くらい使ったけど楽しかったから良しもう一度、今度は未来のお嫁さんと一緒に訪れたいと思います

世界一周ひとり旅(アメリカ編) その弐

2009-12-02 10:55:56 | 世界一周ひとり旅
飛行機に乗ってニューヨークからラスベガスへ行こうと空港へ向かいました。いつも通り予約もせずにニューアーク・リバティー国際空港へ行って搭乗手続きをしようと思ったら、「ここからはラスベガス行きの便はない」と言われます。ぇえ"え~~~まさか空港を間違えるなんてバスですぐにJFK空港へ移動したんですが、時間とバス運賃を無駄にしました

なんとかラスベガス行きの便に乗る事が出来たものの、出発が夜8時になってしまいました。ただ飛行機からニューヨークとラスベガスの綺麗な夜景を見られたのは良かったです
ラスベガスに到着したのが夜の11時過ぎ。疲労で宿を探す気力もなく、空港内で一晩明かしましたよ
さすがカジノの都、空港内にも沢山スロットマシンが置いてあってビックリでした。



とりあえずバスに乗りメインストリートへ
ラスベガスもずっと雲一つない天気が続きました。メッチャ快適湿度が低いってなんて素晴らしいんでしょう


ラスベガスにはカジノ付きの大きなホテルが数多くあります。それぞれが特徴を持っていて、世界各地の有名な建築物の縮小版なんかがあったりします。これは行ってきたばかりのニューヨークですね。


こちらはパリのエッフェル塔。現物を見た事あるものばかりで面白かったですね。


ピラミッド型のホテルもあったり。スフィンクスもいます。


「ラスベガスはお金持ちが集まるから物価が高い!」と思っていたら逆でしたバイキングの食事も8ドルくらいだったりします。激安


ダウンタウンのフレモントストリート。夜になるとアーケードの屋根がネオンで光り輝きますこういう派手なの大好き


道を歩いていると、ウェディングチャペルがよく目につきます。ラスベガスのあるネバダ州は結婚と離婚の手続きが非常に簡単だそうで、ドライブスルー結婚式を挙げるカップルも多いとか。あの有名なエルビス・プレスリーもこのラスベガスのチャペルで結婚したそうですね。


遠くに見えるのがストラトスフィア・タワーです。あの屋上に絶叫マシンが何台かあるんですが、もちろん乗ってきました
そこで見た夜景が最高に綺麗だったんですよ


こんな感じビッグショットとかいう下から何十メートルも垂直に打ち上げられる絶叫マシンに乗ると、一面に広がる地上の星を見渡せるのでお勧めです
自分の中の世界三大夜景は香港・ニューヨーク・ラスベガスになりました