にほん民族解放戦線^o^

米帝→官邸→マスコミの洗脳による植民地状態からの脱却を考えてみるブログ♪主権を取り戻し、日本の未来を考えよう。

自民党 洗脳広報チームの存在

2005年09月28日 | 雅無乱日記
小泉自民党の広報戦略についてネット上に興味深い記事があったのでご紹介。

http://daisukepro.exblog.jp/m2005-09-01/#2721852

どうやら小泉自民党は、今回の選挙で「ネットコミュニケーション戦略チーム」なるものを設立して、マスコミやテレビ報道の特性を分析し、効果的な大衆洗脳作戦をとっていた模様。(ちなみに、このチームの中心人物は、元NTTの広報課長という経歴を持つ参議院議員 世耕弘成氏)

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チームの会議には、自民党が今年1月、広報改革のために初めて契約を結んだ、東京のPR会社の社員も出席した。社員は、新聞記事を切り分けて傾向を分析するほか、全テレビ局のワイドショーなどを丹念にモニターし、コメンテーターや野党議員が話した内容をまとめ、毎朝会議で報告した。「相手の動きを読んで即応するのに役立った」と世耕氏はいう。

この様な戦略から、CMはテレビ局別に最も効果的な時間帯をセットできるばかりではなく、世論の動向をみて番組出演者を選ぶこと、最も有効な内容のCMに差し替えることも、テレビ局と共同すれば不可能ではない。

ニュース番組の編成内容は必ず各党の討論会を組む、そこで郵政民営化賛成か反対かが問われることになる。一週間も郵政論が繰り返されると次第に自民党のウソが明らかにされてくるのだが、その後のCMでは記者会見場の赤い垂れ幕の前に座ったコイズミが「郵政民営化は国民の皆さんとの約束です」とやり「27万人の郵政公務員の既得権を守って、一体どんな改革が出来るんですか」とウソをくりかえすのである。一方、民主党のCMはいかにもコマーシャルめいた党首映像を流していたが、これはコマーシャルスタジオを使用してアメリカの制作会社がつくったものと言われている。CMに戦略がない。

それに比べて自民党CMは番組内容と流れに違和感がない。あたかも番組と同時に記者会見が行われているように計算されて制作された。このCMの狙いが視聴者の脳裏にインプットされたことは疑う余地はない。視聴者は不十分な討論を聞かされ消化不良を起こしているうちに、コイズミCMでピリオドを打たれる。「コイズミは国民との約束を守ろうとしたのに、妨害しているのは民営化に反対する者たち、国民のために改革しようとするコイズミの敵である、だから、国民の敵である。国民の加害者である。みなさん、たった27万人の郵政公務員のために国民の皆さんが犠牲になっていいんですか」と問いかけてみせる。皆さん、この話し方はどこかで聞いたことありませんか。そうです、詐欺商法の手口、騙しのテクニックそのものではありませんか。

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「IQが低いB層(←かの竹中蔵相の言http://iiyu.asablo.jp/blog/2005/09/06/64822)の国民をどうすれば騙せるか、どうすれば洗脳できるのか」を追求しているチームが、政権を担う政党内に存在しているということですね。

この話を聞いてゲッペルスを想い起こすのは僕だけではないのでは?そして、彼のこの言葉…

>○大衆へのプロパガンダについて

>”いかなる宣伝も大衆の好まれるものでなければならず、その知的水準は宣伝の対象相手となる大衆のうちの最低レベルの人々が理解できるように調整されねばならない。それだけでなく、獲得すべき大衆の数が多くなるにつれ、宣伝の純粋の知的程度はますます低く抑えねばならない。

>”大衆の受容能力はきわめて狭量であり、理解力は小さい代わりに忘却力は大きい。この事実からすれば、全ての効果的な宣伝は、要点をできるだけしぼり、それをスローガンのように継続しなければならない。この原則を犠牲にして、様々なことを取り入れようとするなら、宣伝の効果はたちまち消え失せる。というのは、大衆に提供された素材を消化することも記憶することもできないからである。

>”大衆の圧倒的多数は、冷静な熟慮でなく、むしろ感情的な感覚で考えや行動を決めるという、女性的な素質と態度の持ち主である。だが、この感情は複雑なものではなく、非常に単純で閉鎖的なものなのだ。そこには、物事の差異を識別するのではなく、肯定か否定か、愛か憎しみか、正義か悪か、真実か嘘かだけが存在するのであり、半分は正しく、半分は違うなどということは決してあり得ないのである。


「我が闘争」 アドルフ・ヒトラー http://members.at.infoseek.co.jp/hitler/

そしてもう一つ、ノーム・チョムスキーのこの言葉

http://www.asyura.com/sora/war5/msg/269.html

>自由民主主義の理論家や報道関係者は、初期の世論操作の成功に大きな影響を受けた。その一人が、米国人ジャーナリストの最高峰であり、評論家でもあったウォルター・リップマンである。世論操作委員会にも加わったリップマンはこの成功を見て、「民主主義のなせる技である革命」を利用すれば「合意の捏造」が可能であると主張した。つまり世論操作という手法によって大衆が望んでいないことを承諾させることができ、またそうすることが必要だと考えた。なぜなら大衆には公益が何であるかが分からず、それを理解し、管理できるのは少数エリートの「知的階級」だけであるというのだ。

>リップマンはこの主張を進歩的な民主主義の理論でさらに裏付けた。正しく機能している民主主義には階級ができる。そして物事を分析、実行し、意思決定を行い、政治、経済、イデオロギーのシステムを動かす少数の特殊階級が、残りの人々をどうすべきかについて話し合う。そして、残りの大多数、つまりリップマンのいう「烏合の衆」の雑踏や怒号から自分達の世界を保護するのだ。烏合の衆の役割は民主主義社会における「傍観者」である。民主主義を掲げるからには、烏合の衆にも選挙によって特権階級の一人を自分達のリーダーとして選ぶことが許されている。しかしそれが終われば、また単なる傍観者として引っ込むのである。これが正しく機能している民主主義なのである。



今は、既に軍事力<経済力<共認力の時代!
私達、普通の人の共認こそが社会を動かしている。
でも、上記のように洗脳されっぱなし、ナメられっぱなしじゃあいつまでたっても「傍観者」で、社会を動かす「当事者」になれない。

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=36568

気付いた人からがんがん発信して、これ以上のゴマカシやスリカエは許さん!ナメんなよ!という空気を、私たち自身がつくっていかなくてはならないと思う。とにかく、いつまでもナメられとるわけにはいかんでや、っちゅうことです。

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1 コメント

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支配共認 (たけむら)
2005-09-29 08:14:25
「我が闘争」

>非常に単純で閉鎖的なものなのだ。そこには、物事の差異を識別するのではなく、肯定か否定か、愛か憎しみか、正義か悪か、真実か嘘かだけが存在するのであり、半分は正しく、半分は違うなどということは決してあり得ないのである。<



社会は序列社会から、共認社会へ転換しています。



が、社会の共認を上から支配(支配共認)している主体が、政治家からマスコミに転じただけで、支配共認が依然力を持ちつづけている状況は、「我が闘争」の時代と現代日本でも基本的に変わっていない、ということか。

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