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太平洋戦争はどんな戦いだったのか?シリーズ①戦争費用

2015-08-15 00:24:29 | 日記

以下、比較表で示す。
◉日清戦争は約2億3000万円、GNP比0・7倍
◉日露戦争の戦費は約18億円。GNP比0・6倍

◉太平洋戦争(日中戦争を含む8年5か月)戦費総額は約1900億円(国家予算=一般会計は27億円程度。会計年度が異なっているから、予算の何割が戦費と単純比較はできない)

○戦費総額は国家予算の約70・3倍。
○GDP(当時はGNP)比では8・5倍の規模(現在の状況では4250兆円程度の国費=予算を投入した計算)と、一般会計・特別会計の合計の7~8割が戦費に充てられていた。(注:ここでは直接軍事費(=陸海軍省費+臨時軍事費+徴兵費)の意味。軍事費には、こうした狭義の軍事費のほか、広義の軍事費、予算に現れない軍事費がある。軍人恩給費、軍事技術開発につながる科学研究費、軍事利用できる道路建設費等々、どの範囲までを含めるかによって計算は違う。宇佐美誠次郎著 大蔵省昭和財政史編集室編『昭和財政史IV・臨時軍事費』が詳しい)

膨大な軍事費が国会の審議を経ることなく、統帥権の名のもと極秘裏に各種公債が発行され、日銀が引き受けていた(今の日銀の”異次元緩和”を思い起こす)。当然のことながら国民は窮乏のどん底で、大政翼賛会が「討ちてし止まん」「パーマネントは敵だ」と、大号令をかけ薩摩芋作りに精を出しても好転することは無かった。挙句の果ては悪性インフレが、戦時中で統制経済にもかかわらず襲った。庶民のなけなしの金はたちどころに紙くずに変わった。戦後はハイパーインフレに陥り貨幣は用を足さなくなり、物々交換が、闇市が猖獗を極める。被害者は老人、子供に酷かった。今ですらそうなのだから、想像は出来るだろう。

早い話が、財政が無規律になった。膨大な国の負債はハイパーインフレとなって国民に襲い掛かり、国民に転化された。

戦費は現在でも大変な負担だ。生産性が無く、持続的な発展が無い。ソ連の崩壊も過大な戦費に押されたのが原因とする説もある。敗戦直後、「吉田ドクトリン」が提起された。冷戦が始まる中で再軍備を迫るアメリカに対し、吉田の狙いは国力の全てを経済復興に充て、その間の国防をアメリカ合衆国に担わせることにあった。軍備は拡張し、国庫を圧迫し、軍人を闊歩させるものだという苦い認識があったからだ。実際は国防をアメリカが担うのではなく、日本が日米安保条約によって属国化させられるのだが。ともかくはその後の「平和の配当」があり、日本は経済建復興に邁進できた。

この教訓を忘れてはならないだろう。戦争は膨大な軍備を生み、それは敗戦後も、軍需物資を隠匿した軍人のみが潤うという結果をもたらした。増税と人命無視で困窮するのは一般大衆以外無いということだ。戦費も戦費の使途も出鱈目だったということだ。