即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

なんちゃって岩手弁講座

2010年10月20日 10時05分24秒 | 日記とニュース
今回の岩手旅行で覚えた面白い岩手弁をご紹介します。

岩手弁と言えば、風屋さんが何度も書かれてきた岩手弁講座シリーズがつとに有名です。

当地方言語彙についての一考察
不定期連載 風屋の「正しい岩手弁講座」
不定期連載 風屋の「正しい岩手弁講座」第三弾
不定期連載 風屋の「正しい岩手弁講座」vol.5
風屋的「正しい岩手弁講座」vol.6
不定期連載 風屋の「正しい岩手弁講座」vol.7
不定期連載 風屋の「正しい岩手弁講座」vol.8
風屋の「正しい岩手弁講座」省略語編

今回覚えてきたのは、
《・・さらない》、という言葉です。

『このペン書かさらない』とか 『あそこ遠くて行かさらない』とか。

書かさらない、と言うのは、

ボールペンなどのインクがなくなったりして、そのペンで字が書けなくなった場合に使用する。
この方言での重要点は、決して「書けない」とは違うこと。
「書けない」というと、そのペンの使い手が字を忘れた、とか、あくまでも人間(主語)の責任になるけれど、
「書かさらない」と言えば、悪いのはボールペン。
使い手の責任ではなく、ボールペンの責任になるのだ。
要は、「人(自分)が書けない」のではなくて、「ボールペンが書かさらない」のだ。

痴漢しておいて、自分は責任が無く、この手がいけない、というのに似ているような気もするけど、人間関係をギクシャクしない、緩衝材的な役割を持つ便利な言葉。

なんともゆるくて、のどかで、いい感じがしませんか?

他の表現例では、

この靴、履かさらない。

このボタンが押ささらない。

パソコンの電源が入らさらない。

このお盆には載ささらない。

この壁には貼らさらない。

など。

履けない、押せない、これ、無理!と、直球でストレートに言うよりは、チェンジアップのような感じで、緩くて切れ味のある変化球、という感じです。

風屋さんによれば、クローズドな村社会的人間関係を保持しなければならない、田舎ならではの生活の知恵なんだろう、とのことです。

例えば、「このところ、いい将棋、指ささらない。」とかね。

最近、忙しいこともあるけど、どうもいい記事、書かさらないなあ。 
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7 コメント

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これはこれは・・・ (風屋)
2010-10-21 06:14:59
すっかり身につけたようですね(笑)
否定型だけではなく、肯定型もありますよ。
便利な表現だから使わさるのです。

昨夜はありがとうございました。
みんなおいしくて、つい飲まさりました。
いえ、決してワタシのせいでは・・・(^^;
nanapon先生に質問 (ssay)
2010-10-21 22:42:44
「~さらない」の意味はわかりました。

反対に、自分の意志としてどうしてもしたくないということを表現する言葉はあるのでしょうか?

これ、日本人の特質と日本語の関係を考える上で、
ちょっと重要になってきますので(笑)。

先生の先生が助け舟を出すのもアリです(笑)。
難しい質問しちゃだめ。 (先生)
2010-10-22 14:49:32
先生、ありがとうございます。
まだまだ身についてはないですが、日々研鑽を積み、さらにうまく使いこなせるよう努力しますので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。

質問者の方へ。
>自分の意志としてどうしてもしたくないということを表現する言葉はあるのでしょうか?

そんな難しいこと聞かれても、思い浮かばさらないです。
先生の力では答えさらないので、先生の先生に登場していただき、質問者の納得さらさる(?)ように、お願いしさらさる?さらさりますよう?さりますので?さりさり?してください。
答え (風屋)
2010-10-23 10:42:58
したくないことを「したくない」はっきりと言ってしまうと
どうしても狭い社会ではカドが立ち
「あいづぁクグツねヤヅだ」(岩手弁講座参照)
と言われてしまいます。
自分の意志でしたくないと思ったことも
「やらさらない」と言いましょう。
関西弁の「ようでけへん」に近い表現だと思います。

とはいえ、時には強く否定したい場面もあるはず。
そんな時のために簡潔な一言があります。
大概これで相手は「やれやれ」という顔で
返す言葉もなく諦めてくれるはずです。
それは・・・「やんたっ(嫌だ)」。
ただしその後の人間関係に
ビミョーに影を落とす最終兵器だと認識ください(^^)
先生も、先生の先生もありがとうございます。 (ssay)
2010-10-24 23:02:10
ご回答ありがとうございました。

もともと日本語は、自分の意志としてそれはできないのか、
周囲の環境や自己の能力がないのでそれができないのか、
表現上は、あいまいになってはいます。
「できない」という不可能表現すら、ちょっときつく感じるくらいです。
実際ぼく自身も、ハッキリとやりたくないとは言えないので、
「難しい」とか「厳しい」とか、濁すように否定表現を使います。
多くの日本人は、自分の意志を明確に表明するよりは、
言い訳けやアリバイを考える方向で動きます。

自分がやりたくないという事を、周囲の環境のせいにするのが日本語ですが、
岩手弁は、それを更に強力に押し進めたものという解釈でよろしいでしょうか。

しかし、日本人はこんなんでいいのでしょうかねえ。
いえ、別にいいのなら、いいのですけれども。
方言講座続き (風屋先生)
2010-10-26 18:23:00
岩手弁は口用が乱暴なときもあるけれどそれは照れ隠し、
通常はとても当たりの柔らかい表現をします。
例えば「キツい」「ツラい」ことは「ゆるくない」。
ex)雪かぎぁゆるぐねナッス

古来日本語ははっきりとものを言いません。
狭い島国で人当たりに気をつけながら
独特の人間関係、社会を築いてきたからだと思います。
だから「こんなんでいい」のではなく
もともとが「こんなん」なのです。
でもそれは言い訳やアリバイとは違うと思います。
ある意味文化や価値観と言っていい。
でも国内の「空気を読む」人間関係だけでは
意志をはっきり伝える諸外国とは摩擦が起きる。
明治以降の日本はそういうことの繰り返しだったでしょう。
ただし戦争はあったものの
うまく粘り腰(柳腰ではない)でしなやかに
これまでは外交をやってきたと思いますよ。
過去侵略、征服されてないアジアの国が
日本、タイ、中国だけというのは誇っていい。

「さらない」が自分のせいではないというのは
どちらかというと
「他人のせい」ではなく「物・事のせい」です。
いわばわざと仮想敵国を作って相手との距離を縮める。
それも穏やかな関係を築く知恵なんでしょうね。
先生も生徒も、ありがとうございました。 (nanapon)
2010-11-08 15:29:20
☆ssayさん、風屋先生、こんにちは。

なんかかなり深い議論になってますね。
先日の左右学のところでも書いたけど、岩手弁の中に日本論、日本人論に対するいろんなヒントが隠されてるようにも思います。

あいまい、鈍感、いいかげん、ゆるゆる。

>いわばわざと仮想敵国を作って相手との距離を縮める。それも穏やかな関係を築く知恵なんでしょうね。

ははあ。これ、使えますね。人間関係でも、外交でも。
今度、岩手弁講座をしてもらいつつ、こんな話題で飲みましょうかね。。

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