幼稚園玄関に「災害救援」の腕章をつけた男性が訪れた。名刺を出された。金沢の設計事務所の所長さん。
園長先生にお会いしたいということで、釜土達雄を呼ぶと、やっぱりそうだと懐かしそう声を上げる。
お話を聞くと、1990年に建築した園舎を設計してくださった設計士の持永先生の事務所で働いていらしたと言う。ここにも先生のお供をして何度も来ました…。釜土の方も、お顔にみおぼえがあった。
救援で何度か七尾を訪れ、そのたびに七尾幼稚園の園舎が気になっていたとおっしゃる。
地震当日に臨時の避難所になり、その時に近所の人たちから建物をとても褒められたことを伝えた。もちろん現状の破損箇所なども正直にお伝えした。
なんだか嬉しそうに微笑んでくださった。少しだけ、持永先生の思い出話をした。
持永先生は聖公会のクリスチャンだった関係で、金沢のいくつかの教会や幼稚園の設計をなさった。その関係で七尾幼稚園の設計もしてくださった。1990年の建築ができたのは、奇跡の連続だったが、その一つが持永先生との出会いだった。なぜか七尾幼稚園のために取り組んでくだった。強い建物にしてくださった。強い建物という点での妥協はなかった。少ない予算でよく考えてくださったと思う。
「私は持永先生の最後の弟子なんです」
現在、七尾のいくつかの建物の改築などの担当をしていらっしゃるとのこと。
30数年ぶりの再会。いろいろなことを思い出すひとときだった。


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