前回最後の道の突き当たりにある林を抜けると・・・
この教会があります:シュタインホーフ教会または聖レオポルト教会
カトリック教会ですが、寺院のようなエキゾチックな雰囲気
他の教会同様、これも全体像が撮れません
日本のお城の石組みにインスピレーションを得たという基部・・・
・・・知り合いの建築学者から聞きました
教会前の階段を少し下りたところからの眺め
教会は丘の上にあり、前は斜面、森のように見えますが・・・
・・・この下の斜面には、ズラーッと病棟が並んでいるのです
鉄筋コンクリートの大型ビル以前なので、適度の大きさの建物が並んでいます
教会向こうの右手の林が今出てきたところ・・・
・・・そこに、こんな石の表示板があります
対角線のように上下の境があります:対角線中央部ワンコの斜め右下が教会
右下三角は病棟部分で左上三角が元果樹園・農場だった緑地
この教会も含め下の病棟と上の果樹園・農場は20世紀初頭に建てられた
当時最先端の精神神経科専門病院でした。
完成当時は世界各国から視察団が見学に訪れたということです。
教会は軽症入院患者と病院職員のためのもので、このため、医師の控え室、トイレ、非常出口があり、また木製ベンチも角をとって滑らかなアウトラインとなっています。更に病棟群の中央には劇場もありました(今も演劇上演に使われています)。全て至れり尽くせり。果樹園・農場には専門職員が働いていたのでしょうが、軽度の患者さんの作業療法にも使われたかもしれません。
第二次大戦中には、ここに入院していた患者さんたちが子供も含め、役に立たない不要の人間という理由で、ナチスに虐殺されるという悲劇もありました
戦後は、多くの総合病院に精神神経科が設置され、この施設は過剰となりました。現在は施設の一部が病院となっています。教会も外からはいつでも見られますが、内部はガイドツアーで見られるだけ。今までに3回ほど中も見ていますが、今回行ったときは、閉まっている時間帯だったので、内部は下のWikipediaフリー画像でどうぞ
あ、上の緑地を通って来たのは、今回が初めて
教会から下の斜面を降りれば、10分くらいで下のバス通りで、以前はガイドツアーで中を見るため、下から登ってきました。
これは、世界で最も美しいユーゲントシュティル(アールヌーボー)の教会に数えられます。
明るくゆとりをもって設計された内部:正面が中央祭壇
ユーゲントシュティルのステンドグラス
Wikipedia:Steinhof(Vienna)(英語)
Wikipedia:Kirche am Steinhof(英語)
Wikipedia:オットー・ワーグナー(病院施設・教会の設計者)
Wikipedia:ユーゲントシュティル
長くなりましたので、帰り道の動画は次回に持ち越し 乞無期待
追記
オットー・ワーグナーは確かに病院および施設全体の設計者ですが、病棟と劇場はカルロ・フォン・ボーク(1854~1905)という建築家の設計です。この建築家の果たした役割も重要なのですが、ウィキにはドイツ語記事しかありません。
なお、病院施設完成直後、日本からの視察団が多かったそうです
ところが、皇帝家の方々も含め当時の「伝統派」には「信じられない教会」
今となっては、こういう建築を嫌悪する嗜好を理解するのが難しい・・・
19世紀末から20世紀初頭は、いわゆるジャポニスムの時代で
日本の伝統美術に憧れたり影響を受けた人たちが・・・
そうそう、ゴッホの絵に日本の浮世絵が出てきますよね
でも確かにカトリック教会というより
モスクとかそんな感じもしますね。
教会の基部も日本の城を思い起こさせる。
そんな色々な歴史がある教会なんですね。
一度この目で見てみたいです。
でも、教会の落成式(献堂式)に皇帝代理で来たフランツ・フェルディナント大公は「こんな教会で祈れるのかね」と全く不服で、以降オットー・ワーグナーには国家的(皇帝がらみ)設計注文は来なくなったとか・・・
その由来を知らない人が見ても新鮮な印象だと思います
京都の場合は19世紀後半、東京に首都が移っちゃいましたが、ウィーンの場合、産業革命後の都市急成長で精神神経科患者も急増、そのため、これは、当時の先進的な人たち(医師や建築家)によって企画された大規模なプロジェクトだったのです。
修道院村、ネットで見ましたが、掲示板の書き込みが多いですね。
新情報楽しみですけど、どうぞくれぐれも無理はしないでくださいよ~
同じ頃の日本の病院でここまで整ったとこはまずないのでは。
日本のハンセン病療養所では、医師の仕事以外はほぼすべて患者が運営していたそうです。
亡くなった患者を荼毘に付す火葬場まで、患者に焼かせていたそうな。
それで作業ができるような軽症患者をどんどん連れて来たという話も(゜ーÅ)
時代が変わって良かったなあ。
なかなか面白いです
昨日行った京都北山・・・。
ここにも昔から修道院村というののがあります。
しかし、スケールが全然違うなぁ
「ヒノコ」というところですが、この意味も
ノルディック街道を求めてまた行って見ます