遠回りしてますよ。

どうも人生においても方向オンチらしいのです。

時には母のない子のように

2019-05-12 | つれづれ
子供の頃、お母さんがいなくなるというのは非常に怖いことに思えました。
お母さんがいなければ、誰がご飯を作ってくれる?誰が毎日の服を整えてくれる?
口うるさいし、叱られることも多いけれど母親のいる生活というのは絶対的なものでしたね。
でも現実には母親のいない家庭なんていくらでもあったし、私の友達にも片親の子はいました。
彼女のお母さんは病弱で、入退院を繰り返したあげく早くに亡くなってしまったのです。
小さな頃から叔母さんを母親がわりにして育った彼女に、子供の私は恐る恐る聞いたものです。
「お母さんがいないって、どういうもの?いたらいいなって思わない?淋しくない?」

子供ってほんと残酷なことを平気で言うもんです。
でも彼女はごく平然と「どうって?だって叔母ちゃんがいるし、お父さんもいるもん」と答えたのです。
病院のベッドで寝ているお母さんしか知らないしねーと。
彼女とは中学を出るまでとても仲良くしていましたが、まだ小学校の低学年でかわしたこの会話が、一番印象に
残っています。
いつもそばにいるからいなくなるのが怖いんだな、もともといなければいないで何とかなるもんだな、とか
妙な納得をしたことも。

タイトルはカルメン・マキさんの名曲ですが、ふっと思いついただけで、意味はありません。
この題名、今だったらなんかどっかからクレームがきませんかね。
母親というものは、人にとってやはり大きな影響を与える存在なんでしょう。
今現在自分がここにいるってことの証明ですからねえ。

お母さんがいても、悲しいかな幸せでない子もたくさんいる世の中ですが。

今日は「母の日」。
花屋の店先ではカーネーションがたくさん並び、スーパーの壁には微笑ましい「お母さんの似顔絵」が
張り出されていますね。


私の母も今年で86歳になります。
有り難いことにどこといって心配ごとのない元気な毎日を送っていますが、やはり最近耳のほうがちょっと。
電話や、ドアホンの音が聞こえないんです。いないのか?と思って鍵をあけて入っていくと、居間で知らん顔で
テレビなんかを観てるんですねえ。そろそろ「補聴器」の出番でしょうか。

カーネーションの鉢はなかなか育ちにくいので、真っ赤なベゴニアの鉢を買って持っていきました。
あとは青豆ごはんを炊いてみたのでそれでお昼ごはん。デザートにケーキを食べて、菜々子も連れていったので
母はご満悦でした。兄夫婦からも贈り物が届いたみたいで、よかったね(笑)。


夜も豆ごはん。



アナタのお母さんも・・・・もういない・・よね。
あでも、私がいるからさっ!




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