旅限無(りょげむ)

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ロンドンの次はエジプト

2005-07-23 16:09:07 | 外交・世界情勢全般
■米国が育てたパキスタンとアフガニスタンにまたがるイスラム武装・ネットワークは、タジク系の英雄マスードさんの暗殺以後、アラビアから追い出されたビン・ラディン系の影響下に入ったという経緯が一つあります。そして、元々ビン・ラディンがアラビア王家に対する非難を開始する為の最初の国外拠点を置いたのがロンドンで、ドイツに留学していたアラビア系の大学生に命じて、9.11ニューヨーク攻撃を実行。対テロ戦争を宣言した米国は、情報収集能力を総動員して次のテロを断固として阻止しようと形振り構わない強硬姿勢を貫いていて、入国審査時の過剰なチェックや容疑者の洗い出しと拘束、拷問に近い尋問による情報収集などで、アルカーイダの侵入と活動を今のところは抑え込んでいます。

■冷戦時代にソ連が援助したエジプトは、北朝鮮とも協力関係にあって、共にソ連が東欧に設立したテロリスト養成機関に優秀な若者を送り出していたというもう一つの源泉が有ります。冷戦時代に民族解放闘争と社会主義革命思想が混ぜ合わされて、中南米や中東地区、そしてアフリカに社会主義を標榜する民族戦線が続々と生まれましたが、それらの資金や武器の援助はソ連から受けていました。ソ連が崩壊すると独自に資金を調達する為に略奪行為を始めるしかなくなり、年を追うごとにジリ貧状態になって開店休業の組織が増えているところに、ビン・ラディンというスポンサーが現れて、イスラム原理主義を名乗れば資金が得られるようになりました。思い付きのテロや誘拐事件を起こす者は、ビン・ラディンに対する好意や忠誠を看板にすると、きっと資金が渡って正式にその傘下に入るという具合なのでしょう。

■アフガニスタンのイスラム義勇軍が活動し始めるのと時を同じくして、ソ連と手を切って米国側に寝返ってイスラエルと平和条約を結んだサダト大統領を、記念日の閲兵式の最中に殺害するという大胆不敵なテロを実行したグループがエジプトに出現して、サダトの路線を踏襲している現在のムバラク政権を非難し続けたので、ムバラク大統領は徹底的な弾圧を加える決断をしました。国家の警察組織や国軍とは正面から戦えない反政府組織は、最大の産業である観光産業を壊滅させて政府を弱体化させようと、観光客を狙ってエジプトは物騒な土地だと世界中に宣伝しようと熱心です。その流れに乗った者が、イスラエルから返還されたシナイ半島沿岸のリゾートを襲うようになって、本日7月23日未明にシャルムエルシェイクに攻撃を仕掛けたのでしょうなあ。

■当日、現地のホテルにムバラク大統領が滞在していたという情報も有るようですが、飽くまでも標的は世界中から集まっているダイビング目当ての観光客でしょう。エイラット湾はイスラエルが第三次中東戦争で占領してから、有数の観光リゾート地としてさまざまな社会インフラを整備していたのを、そのままそっくりエジプトに返還したので、欧米からの沢山の投資や観光客を集める場所になりました。ですから、いつまでもエジプトと言えばピラミッドという頭打ち状態の観光産業にとって、新たな収入源として重点的に開発を進めている場所です。

■こうして見ると、米国に寝返った政府に牙を剥いているエジプトのイスラム原理主義運動の元はソ連のテロ技術によって育ち、アルカーイダ系のテロは米国によって生み出された事が分かります。これが、90年代のスーダンで接触して、協力したり競い合うようにして全世界を舞台にしたテロの共演を始めたというわけでしょう。エジプトを追われた原理主義者達とサウジアラビアを追い出されて欧州に拠点を持っていたビン・ラディンが、エイジプトの南隣で紅海を挟んでサウジと向かい合うスーダンで合体するというのは、地理的な合理性が有ります。その後のスーダンで、イスラム系の政府が非イスラム国民を虐殺しているのも、同じ流れの中で起きている現象です。

■彼らにとって、メッカを中心にして7世紀から発展したイスラム帝国の歴史は、夢や幻ではなくて、現実的に必要な空間として考えられていますから、最初は中東に入り込んだ欧州出身の異分子イスラエルだけが標的とされましたが、今はイラクという大きな産油国の跡地?が米国という世界最大の異分子として拒否反応を起こしているわけで、その間に挟まれているシリアとヨルダンには、強い反発を感じる者達が増えているはずで、案の定、ヨルダンからはザルカウィという威勢の良いテロリストが登場しました。ヨルダンに比べて強力な圧政を続けているシリアは、国家自体がテロリストのような物騒な国ですから、国内から目立ったグループが新たに現れる可能性は低いようです。

■かつては、ローマ法王を頂点とするカトリック教会のように、宗教上の教義が統一されていたイスラム帝国が存在しましたが、次々と王朝が変り、分裂と再統合を繰り返しながらキリスト教勢力と対決した歴史の最後を飾ったのがオスマン・トルコ帝国でした。この帝国は20世紀の入り口で大英帝国の挑戦を受けて瓦解しました。その大英帝国ですが、今は見る影も無い小さな島国ですが、世界をほぼ手中に収めようとしていたスペイン帝国に挑戦して、全世界の統一の役割を継承した国です。スペインが手を付けられなかったチャイナにも手を掛け、世界を一周する「日の沈まぬ国」を実現しました。しかし、その巨大な海洋帝国は、南アフリカの黄金を奪い合ったボーア戦争やインドの反乱あたりからヒビが入り始めて、ロシア帝国との衝突は避けて日英同盟を結んで、大日本帝国を咬ませ犬に仕立て上げて上手くやりました。

■世界が石油の価値に気が付く頃、大英帝国は威信をかけて中東石油を握ろうとして、全欧州の宿敵だったオスマン帝国に挑戦します。第一次世界大戦とか欧州大戦とか言いますが、ぐっと引いて眺めると、大英帝国対オスマン帝国という構図が見えます。そこにドイツ(プロシア)帝国とロシア帝国が介入して、中東石油を奪い合いました。その結果、定規で引いた国境線を持つアラブの王国が誕生したわけです。ロシアはカスピ海沿岸の油田地帯を死守しながら、常に中東への回廊を得ようと暗躍しますが、大英帝国を継承する機会をずっと窺っていた米国によって南下は阻止されます。東西冷戦は欧州を分断した「鉄のカーテン」を挟んで始まったように見えますが、実際は中東石油利権を中心とする世界再分割のせめぎ合いだったと言った方が分かり易いでしょう。

■OAPECやOPECを組織した産油国が冷戦構造の中で第三の勢力として台頭しようとしましったが、軍事力が足りないために、常に米ソどちらかの後ろ盾を必要とする立場に甘んじなければならなかったのです。ところが、この冷戦構造という枠が消えたので、早速イスラム帝国の再建という「大儀」が輝き始めて、千年来の部族闘争が始まってしまいました。スンナとシーアという宗派の違いと連動しているアラブとペルシアの民族対立を基盤として、アラブ側の大将争いがその上に載っていますから、世界の覇権を手にした米国はいくらでも介入して操りながら武器を売りつけてオイル・ダラーを回収して儲けることが出来ました。

■米国の介入は裏から表になり、とうとう堂々とサウジに軍事基地を構え、中央アジア地域にまで拠点を確保するようになりましたから、夢のイスラム帝国に加わる圧力は歴史上類を見ないほどの高さに達しています。伝統的に常に西の欧州から受けていた圧力に加えて北と中央に米国が入りましたから、空いている東、つまり東南アジアやオーストラリアへの通路と南のアフリカへの通路だけが残り、オスマン帝国の本家本元のくせにEUに加わると言い出したトルコが柔らかい重しになっているようなものでしょう。

■エジプトのテロリストは反政府運動を成功させないと大きな顔が出来ませんから、それに集中しています。産油国でない悲しさで、テロ資金も潤沢ではないでしょうから、世界の各地で派手なテロは出来ますまい。それに、中東の裏事情に詳しいムバラク大統領の厳しい摘発から逃れるのも大変でしょう。何せ、イラク戦争前に、「米国が攻め込めば1000人のビン・ラディンを生み出すことになる」と喝破していた人ですからなあ。トルコとアラブはイスラムでありながら欧州との共存を選択しているので、テロの標的にされる立場も欧米と共有しています。その立場をシタタカに利用しながら自国を高く売る方法も良く知っている国です。この二つの国はイスラエルと手を組む事で米国とも強く結び付くという老練な外交を展開しているわけです。

■欧州との対等な立場を持つイスラム帝国をどうやって建国するのか?その支配者は誰を想定しているのか?カリフ制を復活させるのか?石油収入をどのように分配するのか?ペルシアを独立させておくのか?トルコ系のイスラム諸国はどんな立場になるのか?ロシアと戦争して中央アジアをもぎ取るのか?最終的にはチャイナに挑んでウイグルまで飲み込むのか?数々の疑問に明快な答えを出しているテロリストは居ないようですから、彼らの暴力は、間も無く内ゲバに向って行くような気がします。

■次々と消えていった大帝国を思うと、それぞれの末裔達はその復活など望んでいないことが分かるのですが、米国という最も若い帝国は歴史が無いので、帝国は必ず崩壊してしまうという道理が分かりません。そして、中華帝国の夢だけを支えにしているチャイナも、自分達も信じていない四千年や五千年の伝説を宣伝していますが、本当は中華人民共和国というたった60年の歴史しか持っていない帝国だという事も忘れてはならないでしょうなあ。砂漠の蜃気楼でしかないイスラム帝国と大英帝国の崩壊後の空白を埋める事で誕生した米帝国との喧嘩ですから、どうしても現実ばなれした話になりがちで、片方は「イスラム万能」で、相手は「米国型民主主義万能」ですから、誰かが「どっちも間違っているぞ」と言ってあげなければならないのですが、とても聞いてくれそうにはありません。

■その間に入って、移民や難民を現実的に受け入れている欧州がテロの標的にされるのは、やはり迷惑な「八つ当たり」としか言いようが有りませんなあ。イスラムを守る聖戦だと言いながら、信仰を守りながら現地に溶け込もうとしているイスラム教徒を苦しめる結果しか生まないテロは、だんだん支持を失うでしょう。そして、本当の問題の当事者であるサウジアラビア王国では、近い内に王位の継承が行なわれそうな気配ですから、その時に、「王政反対」運動が起るかどうかが、一つの節目となるはずです。

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21 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
エジプトテロ (は~とnoエース)
2005-07-23 18:33:50
TB有難うございます。

勉強させて頂きます。
TBありがとうございました (いとう)
2005-07-23 18:54:43
TBありがとうございました。

「日々是マーケティング」の管理人です。



ロンドンのテロ、エジプトでのテロ・・・本当に物騒な感じですね。

ただ、その背景にあることとなると、余り意識されていないような気がしていました。

その点を、丁寧に歴史的背景を含めエントリーされていて、勉強をさせて頂きました。

アメリカと言う大国、中国真ん中主義的な国とどうやって付き合っていくのか?

日本と言う国のスタンスが、求められて言うような気がします。



こちらからもTBをさせ頂きます。
対立から内ゲバへ…… (土岐正造)
2005-07-23 19:11:23
自分は後ウマイヤ王朝に興味があって多少勉強したのですが、アラブとペルシアの対立というのは、イスラム成立当初から骨がらみにあるようですね。後ほどトラックバックします。
エネルギー (がんこ)
2005-07-24 10:25:11
いつも楽しみに拝見しています。



脱石油技術が秩序を変えるかもしれませんねえ。
TB有り難うございました。 (medicus19)
2005-07-24 10:29:18
アラブ・イスラム国の政治情勢に大変詳しい記事とリンクして頂き、感謝に堪えません。今後もどうか宜しく。
いとうさんへ (旅限無)
2005-07-24 14:08:19
「中国真ん中主義」というのは、いとうさんの登録商標でしょうか?思わず大笑いしてしまいました。拙ブログでも使わせてもらおうかしら、と思えるほど気に入りました。出来るだけ広い視野で事件を見るように努力していますが、浅学菲才でまだまだ充分に論理が組み立てられないところも多いのですが、これからも宜しくお願いいたします。
土岐正造さんへ (旅限無)
2005-07-24 14:10:49
後ウマイヤ朝ですか?楽しみです。ハザールに関する記事もお書きのようですから、欧州がイスラムに挟み撃ちされそうな時代を再現して頂ければ、大いに参考となりそうですね。期待しております。
がんこさんへ (旅限無)
2005-07-24 14:17:38
燃料電池やエコ・エネルギーに期待はしていますが、先日のディーゼル車に義務付けられた粒子除去装置の詐欺事件などを見ますと、道は遠いような気にもなりますね。原子力発電の後始末という大問題も有りますし、石油どころか石炭へとチャイナは逆行するかも知れませんよ。インドとチャイナを置き去りにして新技術を開発しても焼け石に水になりそうです。だいたい米国が石油利権にしがみ付いている姿を見ると、石油の時代はなかなか終わらないような気がします。万一、画期的な技術が開発されて中東唯一の収入源の石油が意味を失ったら、本当に12世紀のイスラム帝国を再建しようと言い出す者が出そうですなあ。
medicus19さんへ (旅限無)
2005-07-24 14:20:39
過分の御言葉を頂いてしまいました。まとまりが無い物を書いてしまいまして、ちょっと反省もしていたのですが、こんなに褒めて頂くと身の置き所がありません。素直に喜んで、励みにさせていただきますね。あれこれ書き散らしておりますが、過去の記事でも参考にして頂ければ、本当に嬉しく思います。こちらこそ、これからも宜しくお願いします。ありごうございました。
トラックバックありがとうございます。 (SHU)
2005-07-24 15:00:19
トラックバックありがとうございます。



つらつらロンドンのSHUです。テロが続くのはその根底にあることを解決出来ないでいるからですが、早く解決しテロの無い社会になって欲しいものです。



このままテロが続かないことを祈っています。

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