旅限無(りょげむ)

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自業自得の安倍首相 其の弐

2007-08-17 21:51:01 | 政治
■「少年官邸団」と笑われるようになってしまいましたが、安倍が官房副長官を3人、首相補佐官を5人、その内3人は女性で小池百合子さんが含まれているという陣容で発足した時は、マスコミも好意的に報道していたはずです。でも、そこにはまったくチームワークが生まれないまま、支持率がじりじりと下がる中で足の引っ張り合いと責任の押し付け合いに終始してしまったようですなあ。女性の逞しさか個人的な厚かましさかは分かりませんが、久間仕方ない防衛大臣の後釜に座る事で「少年官邸団」を抜け出した小池さんは、水を得た魚のように参議院開催中にワシントンに出掛け、ライス国務長官と「ガールスカウト」を結成したのだそうですなあ。ロープの縛り方やテントの立て方でも練習していれば良かったのですが、どうやら沖縄の米軍基地に関して怪しい密談をして来たとの噂が有ります。

政府は17日、正副官房長官による閣議人事検討会議を開き、調整が難航していた防衛省の事務次官人事について、守屋武昌次官を退任させ後任に増田好平人事教育局長を起用することを決めた。28日の閣議で決定、9月1日付で発令となる見通しだ。政府は当初、27日に予定する内閣改造後に新防衛相の下で次官人事を決着させる方針だったが、安倍晋三首相の指導力を問う声が広がったため「官邸主導」で早期決着を図る必要があると判断。官邸サイドが防衛省に人事の前倒しを指示した。

■さあ、この判断を本当にしたのは誰でしょう?政権の生みの親だった真紀子さんを更迭した小泉首相は、喧嘩両成敗で外務官僚を一緒にクビにした振りをして、しっかりと英国大使にして上げる芸の細かさを見せたのでしたが……。


塩崎恭久官房長官は17日、首相官邸で記者団に対し「ここまで混乱してしまい、国を守る体制としてどうか。官邸としてリーダーシップを取らなければならない」と述べた。これに先立ち、守屋氏は首相官邸で的場順三官房副長官と会い、次官人事をめぐり協議。この後「小池百合子防衛相と相談した人事案を官邸に持っていった」と語った。 
8月17日 時事通信

■『週刊文春』の記事では、「何を報告しても評論家みたいに他人事」と表現されている的場さんですから、事の重大さにはまったく考えが及ばなかったかも知れませんなあ。この人は中曽根政権時代に内政審議室長だったそうで、安倍さんは父晋太郎さんのカバン持ちをしていて仲良くなったとか。政界のプリンスの息子と見込んだのか、晋太郎さんが急逝すると晋三さんの後見人役になって、「経済勉強会」の幹事を務めてくれた恩義が有る人だそうですなあ。でも、権力中枢の権化みたいな官房副長官の役は荷が重過ぎたようです。

■首相秘書官になっている井上義行という人も困った人で、ただでさえ情報収集能力が貧弱な「少年官邸団」の中に強固な壁を築いて自分の保身を第一義に安倍首相をミス・リードし続けているようです。米軍基地の有る沖縄の地元で蛇蝎の如く嫌われていると評判の守屋事務次官を切ったのが、もしも米国からの圧力だとしたら、いよいよ日本の外交はオシマイですなあ。英語が日本一?上手い塩崎さん辺りが、米国の仲良しさんと相談してさっさと決めた話のようにも思えますが、目立ちたがり屋の鞘当てを収めるのに米国の「外圧」を使うなど、まったくトンデモない話です。

■森元首相を「鮫の脳」と呼んだ日本のマスコミですが、ここまで可哀想な死に体の安倍政権と安部首相個人を何と呼ぶのでしょう?何だか絵に描いたような「バカ(若)旦那」そのものですからなあ。太鼓持ちに煽てられ、やり手婆さんに捕まって、芸者のお姉さん達に鼻毛を読まれて家の財産を減らして勘当!となるはずですが、晋太郎さんは死去してしまって母親だけがあれこれと指示しているらしく、これが筋金入りの親バカで、岸・安倍両家の名誉を国家より大切だと思っている人らしいのですなあ。可愛い息子は岸総理の孫だし、安倍晋太郎の息子で我が子なのだから……などという強引で危険な血統信仰を持っている人とも言われているようです。競馬馬や血統証付きの犬だって、当たり外れが有るのですから、もっと複雑な成長過程を通過する人間相手に、「祖父のように・父のように」などと無理強いするのは、相当な児童虐待のような気がしますなあ。

■マスコミも、官邸や首相を材料にして面白おかしい話を書くのも張り合いが無くなってしまっているようですし、安部首相が祖父の執念を受け継いだと言われた「憲法改正」を実現して暁には、日本が軍事大国になって大東亜戦争を直ぐにでも始めそうな勢いで書き立てていた某新聞も、防衛大臣と事務次官が「携帯電話」で連絡を取っていたなどという、恥ずかしい限りの「軍事機密」が世界中に知れ渡り、それも常に「留守電」になっているなどというテロリストが大喜びするような話まで飛び出して来たのですから、とてもじゃないが、安倍政権が戦争などやれるわけがない!と見限られてしまったでしょうなあ。これが日本のタカ派の正体なら、北朝鮮と渡り合えるはずもなく、父親の晋太郎さんが良いところまで進めた対ロシア外交も遠い昔の物語になりそうです。

■『週刊文春』に、ドイツで開催されたハイリゲンダム・サミットの話が出て来るのですが、あの場で安部首相は「美しい星50」という提案をして、同行した世耕さんが大はしゃぎしていたのだそうです。その揚句が、サミット特集の記事を掲載した世界的な雑誌には「美しい……」のウの字も載らず、変わりに小泉前総理の写真が掲載されたのでした。さてさて、「内閣改造」が近いそうですが、閣僚を変えるべきか?官邸団を解散するべきか?否、首相を交代させるべきか?ハムレット以上の悩みを日本国民を押し付けられてしまったようですなあ。

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自業自得の安倍首相 其の壱

2007-08-17 20:13:25 | 政治
■8月15日には終戦記念日には、閣僚揃って参拝をしない事になっていたそうですが、弟夫婦と衆議員宿舎に暮らしている高市さんだかがちゃっかり参拝しましたなあ。安部首相は「参拝をしたとも、しなかったとも言わない」主義なのは知っていましたが、自分が任命した閣僚に「行けとも行くなとも言わない」事になっていたとは知りませんでした。

■『週刊文春』夏の特大号に、上杉隆さんが『チーム安倍崩壊』という短くも鋭いリポートを書いています。槍玉に上がっているのは、的場順三官房副長官と塩崎官房長官と世耕弘成首相補佐官(広報担当)の三バカ大将です。的場さんは「次官にもなれなかった大蔵省の傍流の男」との内閣官房関係者の言葉を引いて表現されています。それに続けて「旧自治省、旧厚生省などの旧内務省系の事務次官経験者が歴任してきた『聖域』を荒らされた役所の怒り」という、何とも恐ろしい言葉が出て来るのですが……。

■「英語のうまい橋本龍太郎」と陰口をたたかれているのが塩崎恭久官房長官で、今は注目度ナンバー1の小池さんが首相補佐官時代に訪米してのが、北朝鮮が核実験するぞ!宣言をした時にぶつかり、ハドリー大統領補佐官との気軽な会談が、急遽、「日米安全保障会議」になったとか……。でも、素人相手に大した話も出来なかったと米国側からのニュースが流れて来たぞ。塩崎さんは小池さんが目立っては困ると思ったそうで、すぐにハドリーさんに電話をして自分を売り込んでいたそうです。どっちもドングリの背比べなのに……。


安倍晋三首相が首相官邸で記者団のインタビューを受ける際、テレビカメラをじっと見つめる「カメラ目線」をやめて、質問した記者にも顔を向ける「対話スタイル」へ脱皮を図っている。変化が表れたのは参院選の投開票日から2日後の7月31日夜。初めは理由を問われても否定していたが、16日「確かに肩に力が入っていた時もあったのかもしれない。どのような話の仕方をすれば、より国民に伝わるか考えていきたい」と語り、参院選惨敗を受けた「反省」の一つと認めた。

■あの気味の悪かったカメラ凝視の舌足らず会見を演出していた犯人が、『週刊文春』の記事で名指しされています。それが世耕さん!NTTの宣伝担当出身の彼は、本気で日本のゲッペルスを自認しているのかも知れませんぞ。彼が「国民へのメッセージ性が弱い」と安倍さんに進言した結果が、あの「真剣な眼差しで、瞬きもせず、一点を見つめる」スタイルだったそうです。なかなか改めなかったのですから、進言者は悦に入っていたのでしょうなあ。/font>

首相は6月に出演したラジオ番組で「カメラを見て話をした方が国民に説明する上でいい」と話したところ、演出家のテリー伊藤さんから「全部同じだと単調。質問が面白いと思ったら向いてあげたら」と指南されていた。
8月17日 毎日新聞

■テリー伊藤さんは、単に画像の問題として助言していたようです。安部首相が何処を見ていようと、まったく関係が無い事は、新聞記事に書かれた発言を読めば分かりそうなものです。安倍さんに欠けているのは「メッセージ性」ではなくて「メッセージ」そのものです!無内容な話を貧困な語彙で繰り返すから、誰も聴きたくなくなってしまいます。問題のゲッペルス・世耕は参議院選挙で再選を果たして官邸に舞い戻って来ましたが、総理その人に向かって「街頭演説では、とても『美しい国』なんて言えませんでした」と報告したのだそうです。それを聞いた安倍さんは、「彼が『美しい国』担当じゃないか」と別の側近に当たり散らしたとか……。どっちもどっちですなあ。まあ、今の日本にはゲッペルスもヒトラーも居ないという事だけは確かなようです

最近の日本語 其の六

2007-08-17 10:43:15 | 日本語
■国際交流基金に関する話の続きです。

……国際交流基金関西国際センターは、関西国際空港対岸のりんくうタウンに位置し、「海」「空」「陸」の空間的な広がりを感じられる場所に建っています。目の前に広がる大阪湾を臨めば、正面に関西国際空港、その先に淡路島、右手には大阪の臨海地帯から、神戸、明石、六甲の山並みを見渡すことができます。関西国際センターはこうした環境に呼応するかのように、中庭を中心として垂直に伸びる宿泊棟と、水平に広がる研修棟の三次元的な構成が印象的な建物となっています。

■これも公式サイトからの抜書きですが、建物の立地条件と不動産屋さんのパンフレットみたいな自画自賛が最初に出て来る紹介が異様です。


施設・運営の面では、専門日本語研修施設として、参加者の視点を重視し、研修室の充実、視聴覚教材等の積極的な導入を行うとともに、最長9カ月におよぶ長期滞在期間中も、参加者が充足感を持続できるように、きめ細かい配慮を行っています。

■さり気無く並べられていますが、「研修室」「視聴覚教材」「長期滞在」のために用意されている設備は素晴らしい物です。関東地区では埼玉県さいたま市(旧浦和市)に最初の施設が完成していますが、高級ホテルと競うようなとても豪華な設備だそうですなあ。ハコモノ行政と悪口を言われないように、設備に負けない内容を持った活動をして貰えれば文句は無いのですが、文科省とは別枠で運営される日本語教育という、縦割り方式がどれほどの役に立つのやら……。

■公益法人の存廃問題が出始めてる昨今ですから、独立行政法人の存続にも議論が広がって行く可能性が有ります。本来は、日本語の問題を考えようとするなら、日本国内の教育内容と対外的な文化発信とを両輪にして上手にリンクさせながら相乗効果を狙うべきところです。しかし、国内は文科省で外向けは外務省、その縦割りの谷間に日本語が落ち込んでいるような気がして来ます。座長のヤンキー先生が参議院議員になってしまった「教育再生会議」は、既に瓦礫同然らしいので、委員が好き勝手に発言した玉石混交の意見はとっ散らかったまま放置されてしまったようです。安倍政権が掲げた「お約束」は根こそぎ廃棄処分になりそうですから、「教育再生」議論は漂流しながら水平線の彼方に消えるか、大穴が開いた船がばらばらになって海底に沈むか、もう誰も心配さえしていないようです。

■元々、「再生委員会」が発足した時から、「中央教育審議会」という既存の機関が有るのに、一体、何のための委員会なんだ?と疑問視されていたものです。「美しい国」を目指した国造りなどという抽象的なテーマを教育行政に流し込もうという安直な動機だったようですから、最初から地に足の着いた議論などは期待出来ませんでした。死に体内閣となった安倍政権をせせら笑うかのように、「餅は餅屋だ」と言わんばかりのニュースが飛び出して来ましたなあ。


今年度中に改定が予定される小中高校の学習指導要領について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は16日、基本方針を「ゆとり教育」から「確かな学力の向上」に転換した上で、自分の考えを文章や言葉で表現する「言語力」を全教科で育成していく方針を固めた。国際学力調査で低下していることが明らかになった文章表現力や思考力を向上させる狙いがある。中教審は今後、各教科ごとに言語力の具体的な育成方策をまとめる方針だ。

■教育の根幹は言語教育だというのは当たり前の話なのですが、ついつい「自分で考える力」だの「生きる力」だのと先走った議論が目立つようになる度に、言語教育の基盤となる文字と語彙の比重が軽くなってしまう傾向が有りましたなあ。安部首相が主張していた「国を愛する心」はどうなるのか分かりませんが、「言語力」という切り口は良い感じであります。まあ、今の首相が選挙に負けたのはお粗末な「言語力」が原因だという意地悪なメッセージも読み取れないことも有りませんが……。


学習指導要領は、小中高校の授業で行う内容や時間数などを定めた国の基準で、ほぼ10年に1回改定される。現行の指導要領は、学校5日制の完全実施など、学習内容を大幅に削減した「ゆとり教育」が柱で、小中学校は2002年度から、高校は033年度から施行されていた。
8月17日 読売新聞

■「文章表現力」「思考力」と、これまた抽象的な能力を重視する話になっていますから、具体的な対応を迫られる学校の現場に立っている先生方は、またまた御苦労されることになりそうですなあ。教員に採用される前の大学生も、採用された後に雑務とバカ親からの支離滅裂なクレーム対応に忙殺される先生方も、どちらも「読書量」が圧倒的に不足しているのは衆知の事実です。文章力の基礎は読書量で養われるものですから、少なくとも先生方の読書量を増やさないことには、官僚の思い付きで通達を濫発しても効果は上がらないでしょう。まだまだ、日本語の明るい将来は見えて来ませんなあ。
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最近の日本語 其の伍

2007-08-17 10:41:53 | 日本語
■更に国際交流基金の公式サイトから引用します。
 
国際交流基金は、日本語教育・研修のための場として、日本国内に2ヶ所、また海外に7ヶ所、合計9ヶ所に日本語センターを有しており、これらセンターを活用しつつ、海外の日本語教育機関に対する日本語教育専門家の派遣、現地教師の給与助成、日本語教材の開発・寄贈、現地講師を日本に招いての研修、海外での日本語能力試験実施など、数多くの事業を先進国、開発途上国を問わず世界各地において展開しています。

■お役人の「作文」ですから、良い事ばかり並べられているのは当然です。最近も、林野庁の「詐欺商売」が発覚して大騒ぎになっているのも同根でしょうか?それは兎も角、拙著『チベット語になった「坊っちゃん」』の読者諸氏には、どこかで聞いたような印象を受ける話ではないでしょうか?拙著に描かれている漱石の『坊っちゃん』をチベット語に翻訳する悪戦苦闘は、まったくの私闘でありまして、こうした公的助成などは一切受けずに実行されたものであります。


また、世界各国にある在外公館では、それぞれの任国、任地の日本語教育機関、関係団体と連携しつつ、日本語教育、日本語普及活動を総合的に調整、支援してきています。一部の在外公館においては、公館或いは公館の委託を受けた外部の団体が日本語講座を開設しているほか、海外の現地日本語教師会と協力して日本語教育セミナーなどを実施している公館もあります。また、関係機関と協力して日本語弁論大会を開催し、海外の日本語学習者が日頃の学習の成果を発表する貴重な機会を提供しています。

■「総合的に調整、支援」とは、一体、何を意味しているのか、さっぱり分かりませんが、どうやら、何の意味も無いらしい?という疑惑が非常に濃くなる報道が有りましたぞ。


外務省所管の独立行政法人「国際交流基金」(東京都港区)の海外事務所19か所のうち10か所が2004~05年度、内部通達に反し、本部への業務報告を出していなかったことが分かった。提出した事務所でも、新聞記事を写しただけの報告もあった。同基金では「適切ではなかった」として今年度から報告の形式を改めた。しかし、特殊法人時代より経営に自由な裁量が認められた反面、健全さが求められる独立行政法人に移行したのに、「外部への説明責任を果たそうという意識改革が進んでいない」との指摘も出ている。

■前に引用した豪華絢爛、感涙を禁じ得ない積極的な日本文化と日本語の普及活動の数々……それらが全部ウソだったという可能性が出て来ますなあ。単純に「業務報告」を怠っただけなら、傷は浅いのですが、報告すべき活動をしていなかったとしたら、大問題です。


……問題となったのは「海外事務所業務報告」。理事長名の通達では、海外事務所は年4回、4半期(3か月)ごとに、
〈1〉駐在国の文化・社会状況、日本語教育事情
〈2〉在外事業実績
〈3〉事務所の出張
〈4〉会議費支出記録――などを報告するよう、義務づけられていた。
8月14日 読売新聞

■重要なのは①と②でしょうなあ。駐在国の言語を徹底的に研究しないと日本語の教育を発展させられませんし、比較研究の成果を日本に持ち帰る事で日本語研究に役立てる情報も豊かになりません。たまたま、「てにをは」を持つ膠着語構造と語順が酷似している点に注目して『坊っちゃん』を翻訳した経験からしますと、日本で国語教師をしていた人達を中核として海外の日本語教育を展開しようとする風潮には疑問を感じますなあ。「直接法」という、習うより慣れろ!を押し通す教育法も確かに有りますが、そうやって身に付けた日本語の会話能力を何に使うのか?という大問題を先送りしている点も問題なのです。最終的に、日本人とのコミュニケーション能力を高めた人達を丸ごと日本に招いて、将来は日本で働いてもらうという明確な意志を政府が持っているのかどうか?

■それが定まっていないからこそ、目的不明の日本語留学生やら就学生などという奇怪な身分を利用して不法滞在する者が増えてしまったりするのでしょう。残念ながら、こうした混乱は、日本の小中学生に英語学習を強要しておいて、努力の甲斐があって英会話能力を身に付けた人材が増えたところで、その潜在力を活用する場がまったく用意されていない日本国内の事情と表裏の関係に有る問題のように見えます。

■先の引用文に「日本語教育・研修のための場として、日本国内に2ヶ所」という話が有りましたが、その施設の名称は日本語国際センターです。『其の四』に引用した「メールマガジンを発行することなどを検討している。日本語研修生OBをネットワーク化」という外務省のニュースは、この国際センターに招いた人達を対象としたものです。つまり、これまでは莫大な税金を使って「やりっ放し」だったのを、少しは反省してちょっとでも元を取り戻そうと、やっと考え始めたという話なのでしょうなあ。さてさて、間に合いますかな?

最近の日本語 其の四

2007-08-17 09:28:28 | 日本語
■明治時代に台湾の統治を始めた頃の日本は、国内でも国語教育の教材も方法も確立してないという実に奇怪な新生近代国家でありました。司馬遼太郎さんのお話では、神主さんが公立の初等学校で祝詞(のりと)を教えていたことも有ったそうです。日本の語学教育は和歌・短歌・俳句だけが長い伝統を持っていたくらいで、言語学や文法学などは一部の天才や変人が研究していただけだったようです。巨大な文化体系を独占していた仏教も、鎌倉時代の革新運動以降は万能の学問体系を誇れる状態ではなくなってしまいました。太平の江戸時代には、国学の基盤を築いた契沖など真言宗のお坊様の活躍が見られますが、その業績が明治の教育に生かされる事は有りませんでした。

■今更、あれこれと文句を言っても仕方がないのですが、台湾に始まって朝鮮半島へと伝播した言語教育行政の展開の中で、日本人は実に豊かな自国語に関する発見をしたようです。どんな言語にも普遍性は有りますから、「日本語は日本人にしか分からない」などという馬鹿馬鹿しい迷信は成り立ちません。事実、旧大東亜共栄圏の中には平均的な日本人が脱帽してしまう日本語の使い手が無数に誕生しましたし、特に漢字文化圏では高度な文化交流も盛んでした。悲しい事に、海外に出掛けて行って空威張りして顰蹙を買っていた愚かな日本人の多くは、自国の言語文化に関する理解が非常に浅かったようです。貧乏な近代国家の悲劇と言えるでしょうなあ。中には漢字文化が日本独自のものだと信じきっていたような困った日本人も居たそうです。……今も日本語文化についての理解が深まらないのは何故でしょう?

■「20世紀最大の詩人」とまで賞される阿久悠さんが無くなったのが、「美しい日本語」を操れない安部首相が選挙で大敗した直後だったのは皮肉な話です。新聞もワイド・ショーも、阿久悠さんの死によって日本語に巨大な穴が開いている事を再確認しているようですが、それを参議院選挙の浅薄さの分析にまでは広げていない模様です。でも、阿久悠さんが作り出した詩の世界には、奈良・平安以来の古典が底流になっている事を指摘する優れたコメントも散見されます。大学の国文系の研究に「阿久悠学」が加わる日も近いかも知れませんなあ。

■特に詩は翻訳するのに最も苦労する芸術ですから、阿久悠作品を武器にして日本語を広める方策も有ったのですが……。大衆文化に関する日本の政治家の感覚は驚くほど鈍く、その証拠が手治虫さんに国民栄誉賞を「死後」に贈ったくらいですからなあ。阿久悠さんが生前に受賞する事は有り得なかったでしょうし、これからも無理かも知れません。嗚呼。


外務省は、日本で日本語研修を受けた各国の外交官や公務員に対し、日本の最新情報を伝えるメールマガジンを発行することなどを検討している。日本語研修生OBをネットワーク化し、海外の「親日派」を増やしていく考えだ。対象とするのは、外務省が実施している日本語研修の修了者。費用は日本政府がすべて負担して1981年に諸外国の外交官を対象にスタートした。97年からは一般の公務員にも対象を拡大。毎年、数十人が受講している。修了者は発展途上国を中心に500人を超え、母国で日本語通訳や日本の政府開発援助(ODA)受け入れなど対日関係の業務で活躍しているほか、在日大使館に赴任している人もいるという。
7月28日 読売新聞

■こんな記事を読むと、結構な事ばかりで「美しい日本」を目の前に見ているような錯覚に陥りますなあ。米国の下院でトンデモない決議が、安部首相の立場を考えて選挙後に持ち越されていたとは言え、しっかりと可決されて日本の一部のマスコミが大仰に取り上げているような時に、「メールマガジン」を発行するという小手先の政策が発表されるというのは、大きな違和感を覚えます。外務省の下部機関として「国際交流基金」という組織が有りまして、その業務の中に記事に有る日本語研修が入っています。「毎年、数十人」という部分に注目しなければなりません。1981年に始まって四半世紀で「500人」というのは、役人一流のエリート趣味がぷんぷん匂います。

■外務省の公式サイトから引用します。


一般に、言語を学ぶことは、その言語が使用されている国の文化・社会に対する幅広い理解に繋がるといえます。従って、海外において日本語教育・日本研究を促進することは、外国人に日本をより正しく、より深く理解してもらうために、非常に大切です。……海外の日本語学習者数は1970年代以降急増しており、98年には約210万人に達しました。これは、海外の小学校、中学校、高校、大学、及び民間の語学学校などの日本語教育機関での日本語学習者の数字であり、これにテレビ、ラジオ等で日本語を学習している人を加えると、実際には数百万人もの外国人が世界中で日本語を学んでいることになります。……

■「数百万人」という不正確な数字は曲者(くせもの)で、「1970年代以降」と野放図な時間の切り方をしているので、まったく危機感が有りませんなあ。大口のお得意様だった米国でもチャイナでも、日本語学習者は激減しているのが現実です。逆に東南アジアを席捲して欧米にも攻め込んでいるのが北京語学習です。今頃になって「海外の親日派を増やす」目的でメールマガジンを始めるなどというのは、手当てが遅れた瀕死の重傷患者に慌てて高価な薬を投与するようなものです。役所の悪い癖で、何事も予算を取って執行したら、後はやりっ放しなのです。日本を理解して貰う目的で海外から人を招いて日本語を教える。その後はどうなるのか?とは誰も考えないのです。

最近の日本語 其の参

2007-08-17 09:24:46 | 日本語
■欧州の旧列強は、世界中に自国の言語文化を広めるために立派な施設を建てて回りまして、東京都内にも欧米諸国の素敵な情報センターが幾つも有ります。在日大使館とは別の施設ですが、語学を学んだり最新の国内事情を紹介する強力な補助機関として機能しているようです。きっとそれを真似たのでしょうが、北京政府も凄まじい勢いで「孔子学院」とかいう北京語を学べる教育機関を世界中に林立させつつあります。日本はどうかと言いますと、大東亜共栄圏が消滅してしまってからは積極的に日本語を広めようとする努力をしなくなった一億総懺悔の時期が終わると、「国際交流」やら「異文化理解」などを目的とする受け身の政策が動き始めたのでした。ただ、これが費用対効果の点から見ますと大きな問題が有るのですなあ。

■日本語に関する政府の及び腰の姿勢は、教育行政のダブル・スタンダードを生み出してしまいます。敗戦後に嵐のように吹き荒れた漢字廃止運動に翻弄された日本語教科書は、振り仮名が漢字諸共に削られて平仮名だらけになったのが象徴的で、バブル時期の浮かれた気分に影響されたのか、豪華なグラビア写真と漫画文化が日本独自の文字文化を侵食する舞台になってしまったのでした。その後に続いたのが「ゆとり教育」論争ですから、ますます貴重な漢字文化が弱体化して行きまして、そこに携帯電話の絵文字と感嘆語と間投詞の濫立状況が起こりましたなあ。小泉総理の「ワン・フレーズ・ポリティクス」が大いに受けた時期と重なるのが無気味な感じがします。

■日本語がふらふらになっている裏側では、何の根拠も無い英語熱
ばかりか上昇し続けておりました。中学校で必修になっている事自体に疑問を呈すべきなのですが、対米戦争に敗北した衝撃が教育行政を拘束し続けているとも解釈できます。確かに外国語教育は重要ですが、国民全員が「英語」を強制される理由は定かではありません。欧米系の言語を習うなら、ドイツ語でもフランス語でも良いはずですし、日本の地理的条件を勘案すれば、ロシア語・ハングル・北京語を選んでも良い道理です。国家が教育内容を一律に管理する手法が続く限り、全国一律の教科書とテストを採用するのが最も効率的なので、あれこれと理由を付けて英語必修論が罷り通ることになります。最近、愛用されているのは「インターネット言語としての英語」というのと、「理系の論文は英語」というのが目立ちます。

■実に皮肉な事に、日本語をじっくりと学ぶ機会を失った奇怪な国語教育が負っている欠陥を補うのが中学校での英語教育だという有力な説が有りますなあ。それが「文法学」の素養です。言語には表層にも深層にも不思議なルールが存在している事、それは歴史的な変遷の痕跡でもあると同時に、歴史以前の謎を内包している実に面白い世界なのですなあ。国語教育から「文法」を駆逐しておいて、英語教育ではせっせと文法的説明に努めているのが今の学校です。そこから「使えない学校英語」という痛い批判が出て来るのは仕方が無いところです。「オーラル・コミュニケーション」という名前の口語重視の政策が突然出て来たのは、民間の英会話学校が急成長した時期と重なっているようですなあ。


英会話学校最大手の「NOVA」(大阪市)が中途解約時に受講生に不利な清算方法をとっていた問題で、今年4~6月に全国の消費生活センターに寄せられた苦情は前年同時期の約6倍の計1803件に上ったことが8月2日、わかった。……NOVAが経済産業省から一部業務停止命令を受けた後、同社に苦情対応の専門部署を設置することや、今年4月以降に見直した清算方法を過去にさかのぼって適用し、苦情を早期解決することを要望した。4~6月に寄せられた苦情の大半も、「過去に不利な清算方法で解約したので再計算を求めたが、門前払いされた」などと清算方法をめぐるもので、6月末時点で22%にあたる398件が未解決のままになっている。
8月3日 読売新聞

■「門前払い」と聞きますと、反射的に社保庁を思い出しますが、8月下旬に到っても解決の兆しさえ見えないNOVA問題です。同じ業界で中規模の英語学校の倒産も続いているようで、少しは日本の語学教育について落ち着いて考える機会がやって来たのかも知れませんぞ。