旅限無(りょげむ)

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日本の反核運動 其の壱拾壱

2005-09-07 22:15:34 | 外交・世界情勢全般
其の壱拾の続き

■63年7月30日に58箇国の代表が集まって東京で開かれた、原水協主催の第10回「原水禁世界大会国際会議」の席上では、米国と「部分的核停条約」を締結したソ連代表団が集中的に非難されて袋叩きに遭ってしまいます。怒ったソ連代表は会議をボイコットして帰国。それ以前に社会党系の団体はこの世界大会に参加しておらず、互いに偽物呼ばわりをして関係の修復はされないまま、大会は「世界の人民が米国帝国主義と戦う事を要求」して終り、同日に開かれた第4回核禁国民大会の方では「中国、フランスが部分的核停条約に加盟を拒否しているのは遺憾である。両国が同条約に疑念を持つのは分かるが、その立場を容認する事は出来ない。特に隣国の中国の核武装阻止には全国民的努力を尽くす」というまったく傾向の異なるアピールが採択されています。

■8月3日の第10回「原水禁世界大会総会」は、東京と京都で形式的に挙行されますが、この運動は広島から明確な距離を置いた別の運動となって行き、現地の広島では同月5日に被災三県連主催の原水禁広島大会開会総会が開催されて「特定政党支持者が圧倒的に多い一方的集会」を嫌って、「原水禁運動の正統的基調に立ち、日本の原水禁運動を正常化する。私たちは一切の核兵器の製造、貯蔵、実験、使用、拡散を否定する。部分核停条約を全面核条約に進め、人類の平和共存を確保する。」との基調演説が行われました。8月9日の長崎での原水禁大会は、日本原水協系と被災三県連系とに分かれて二つの会場で開催されましたが、大会が終った後にも、正統性を争い互いに責任を押し付け合って分裂状態は修復されないまま、米国原潜の寄港問題が起こります。

■8月28日に、日本政府が米原潜の日本寄港を受諾した事から、同月31日にはソ連のブラウダ紙が「日本を報復攻撃の第一目標にしてしまう事を意味する。」と露骨な警告を表明すると、共産党系も社会党系も独自に反対運動を展開し始めますが、この運動だけで反核運動の統一を回復する事は不可能でした。そして、10月16日に中国が初の核実験に成功するのです。この大事件に対して、共産党系の広島原水協理事長は「日本人の立場として中国に抗議出来ないのを大変残念に思う。」と「良い核」の出現を受け容れて遠回しに歓迎しました。その他の諸団体は中国の核武装に抗議を表明しましたが、国際政治の力学は冷酷で、10月22日にはウ・タント国連事務総長が「核保有五箇国会議」開催を提唱します。これは核兵器の全面禁止を議題とする国際会議を緊急に開催すべきだと、タクラマカン砂漠のキノコ雲が消えない内に中国が世界に向けて発した要請に乗じた提案でした。

■核を開発した国は、自国が最後の核保有国になるという平和の祈りを捧げるのが習慣で、核武装が噂されているイスラエル以外の国は、今でもこの習慣を固く守って踏襲しています。この場合でも、前段の核武装を責めるよりも平和の甘い理想に幻惑された方が、当面は精神の安定を保つのには役立つので、裏切られる可能性には目を瞑って、共に国際会議を開催すべきだと主張して、何事かを語った心算になっていたのでした。しかし、それは知的な怠慢であり、立場によっては罪万死に値する愚行です。広島と長崎を知った者であれば、自由と民主主義を守る為に使用されようと、社会主義革命の実現を目的としようと、熱核兵器が発する業火の下で何が起こるかは知悉している筈だからです。自分のお気に入りの原爆銘柄を持っているような者が、平和を語るのは最も危険で罪深い事でしょう。

■11月2日の米国紙に、マクナマラ米国国防長官が寄稿しました。


「米国は核攻撃に生き残り、攻撃国を全滅出来る。米国はICBMを800発以上持つが、ソ連の数はその4分の1以下である。」

と述べ、その10日後に米国原潜シードラゴン号が佐世保に入港しました。そして、12月4日になって、日本政府は戦後の航空自衛隊の育成に感謝してカーチス・ルメー大将に勲一等旭日大綬章を贈るという大事件が起こります。この広島原爆投下作戦の指揮官を務めた人物に、国家の名誉を授与する事の意味を追及する声は上がらなかったようですが、正装した彼の胸には原爆投下の軍功を讃える米軍の勲章に並んで、日本国から贈られた勲章が飾られるという姿は醜悪です。因みに、このルメー大将は日本全土を焦土化する無差別絨毯爆撃を推奨して実行した人物です。

■分裂したままの原水協二派からこの叙勲に多少の疑義が出されたようですが、大きな反対運動は起こらず、この事件で原水爆禁止運動が実質的に破綻したと判断したのかどうかは分かりませんが、同月16日に安井郁日本原水協執行代表委員が辞意を表明します。

其の壱拾弐に続く

憲法9条に耐える方法 其の壱

2005-09-07 12:20:44 | 社会問題・事件
■日本は戦争をしないと決めている珍しい国です。総選挙でも、北朝鮮のやり放題を許して世界的な恥辱にまみれている拉致問題に目を瞑って「平和憲法を守ろう」などと叫んでいる政党が有るくらいです。戦争=敗戦=無差別空爆=大火災+飢餓……という連想が生々しかった時代は終っているのですが、まだ正当防衛や緊急避難としての暴力容認という法律の基本事項までも否定する平和愛好家が絶えません。大まかに言ってしまえば、軍事的な決定を一切しなくて済むのなら、政治家ほど気楽な商売は有りません。現在でも、北朝鮮に拉致された同胞を奪還する具体的な方法を語らなくても政治家稼業がやって行けますし、イラクに放り出されている自衛隊をどうやって引かせるかを緊迫する国際情勢の中で最も摩擦が少ない方法で実行するかも、ぜんぜん考えなくても日本の政治家は勤まるのです。無能な政治家が便利に憲法9条を逃げ口上に使うのだけは止めさせたいものです。米国がいつまでも親切な兄貴分でいてくれる保証は無いのですからなあ。

■毎日のように報道される殺人事件は場所や事件の内容をいちいち記憶していられないほどの数ですが、反撃して相手を殺害したという報道が全く無いのはどうしたことでしょう?びっくりするような人命軽視の文化を持っている国から沢山の人々を受け入れると20年前に決定した時にも、単なる空き巣や泥棒ではない凶暴な強盗が増えるだろうと考えて準備をした形跡が有りません。ですから国民は次々に起こる残虐な事件に声を失って怯(おび)えるばかりです。金銭的な余裕のある「勝ち組」であれば、高額な防犯システムを導入したり警備会社のサービスを受けられますが、日本が持ち続ける犯罪に対するイメージの素朴さを考えると、プロの警備会社でも太刀打ち出来ない犯罪は防ぎきれないでしょうなあ。日本は紙と板切れで家を建てて、暑い夜は蚊帳を吊って開けっ放しの空間で寝ている国だったのですが……。

■大量に麻薬を売りつけようと偽札を運び込もうと、人間を拉致して運び出そうと、絶対に怒って攻め込んで来ないと舐められている国の姿勢が、国民の防衛本能を麻痺させているのではないでしょうか?子を守るために密かに武装している親や学校が現れていますが、その装備は攻撃ではなくてもっぱら防衛目的に開発されたような盾(たて)に似た物が多いようです。多くの弱き者が集まっている学校や病院などの施設や最も狙われ易い金融機関には銃器を扱える警備員が必要なのですが、日本では丸腰に近いスタイルを変えようとしません。昔のことですが、ある商売熱心な外国人が日本にも支店を開こうと思って東京の有名銀行と貸し金庫の契約を結ぼうとした時のこと、国内最高の警備体制と自慢の金庫室を見せながら得意げに解説する銀行員に対して、その外国人商人は「携帯用対戦車ミサイルを打ち込まれたらどうすんだ?」とぼそりと質問したそうです。勿論、日本の銀行員は返す言葉は有りませんでした。

■その延長線上に、パチンコ屋さんの「景品交換所」という格好の獲物やぺこぺこの現金輸送車、現金を放置したのも同然のキャッシュ・ディスペンサーや商品付き貯金箱でもある自動販売機がどこにでも転がっている風景が有ります。暢気な国際化政策に対して、日本の選挙民は実に従順で忍耐強いものだと関心してしまいます。警察官や警備会社の社員の皆さんは、一応、武道の心得がある事になっていますが、実戦向きの訓練をしっかり受けている人は極僅かです。一人や二人のオリンピック選手や全国大会の優勝者を雇っていても、何の役にも立ちません。実は、学校の教職員の中にも、武道の有段者が居るはずなのですが、包丁程度の武器で暴れまわるバカ者に対してパニックになって悲しいお葬式を出しているのが日本です。

■剣道の有段者ならば木刀で腕をへし折ったり、眉間を割るのはそれほど難しいことではないのですが、「殺してはならない」「傷つけてはならない」という制限が付けられますと、剣道の有段者でも対応が難しいのです。全ての格闘技は、攻撃が「主」であって防御は飽くまでも「従」になっていますから、こちらが木刀を持っていても打ち込んではならないと言われてしまうと、素人が振り回す包丁一本にも手を焼きます。ボクシングでも剣道でも、防御に徹した「見切り」というのは達人の域に達した者にしか出来ない神技なのに、日本の警察官も武術に心得の有る人も、攻撃は禁止されているのは困った事です。アホな事をすると返り討ちに遭って、大怪我をするか、下手をすると殺されると知っていれば随分と殺人事件は減るのではないでしょうか?

■宮城県で拳銃を携帯していた警官が中学生にメッタ刺しにされる事件が起きました。マスコミは早速、少年の「心の問題」と「家庭の問題」を探し回っていましたが、自室にモデルガンが10丁有った事を一種の精神病のような扱いをしていたようです。武器に興味を持たない男達が増えるのを喜んでいる馬鹿者が随分と増えているようですが、それでいて、屈強な男達が本気で殴ったり蹴ったりする野蛮な催し物が大人気で女の人達が大勢押しかけてキャーキャー喜んでいますなあ。元々は神聖な気分で過ごさなければならない大晦日でさえ、まがまがしい流血試合をテレビが放送するくらいに、日本人は他人の怪我や流血が大好きなのですが、自分や身内が攻撃を受けた時には何も出来ません。

其の弐に続く

日本の反核運動 其の壱拾

2005-09-07 12:20:15 | 外交・世界情勢全般
其の九の続き

■米国内の世論の動向を危惧した米国政府は、2月14日に前広島ABBC病理学部長アンジュバインに、

「原爆症という特殊な病気は存在しない。放射線の遺伝子に与えた影響の結果として奇形児が生まれた証拠は無い。被爆者の間で癌患者を含む特殊な病気が増えた兆候は無い。」


と発表させます。こうした米国の姿勢を一丸となって弾劾しなければならなかった日本で、3月1日に静岡で開催されたビキニ被災10周年原水禁全国大会で「原水禁運動の統一」の呼び掛けが発表されましたが、焼津市で開いた記者会見で江田社会党組織局長が「社会党と共産党路線の食い違いははっきりしている。」と語って統一は不可能である事が再確認されます。

■翌日に静岡市で開催された「アジアの平和のための日本大会」で、特殊な思考回路を持つ平野義太郎日本平和委員会長が特別報告に立って「社会党、総評の一部分裂策動は断固廃し、平和の為の共同の敵に対する戦いを強めよう。我々は中国派でもソ連派でもない。日本派である。」と発言します。「平和の為の共同の敵」というのは、日米両国政府と社会党系の勢力を指していますし、中国派でもソ連派でもないのなら「中ソ派」なのかも知れませんが、中国派の発言である事は明らかでしょう。自分達のみを「日本派」だと公言する精神は、戦前の行き過ぎた国体思想を振り回してアジアの盟主を気取っていた頃と何も変わっていないように見えます。エリート意識と選民思想から抜け出せない限り、日章旗を掲げようと鎌と金槌の赤旗を掲げようと、権力志向の強い心根は変わらないようです。

■3月9日になると、広島県原水協は、共産党と平和委員会系「日本派」の反対を押し切って「すべての核実験に反対」の基本方針を決定しますが、4月29日に東京で開かれた日本原水協全国代表者会議で、第10回世界大会の基調を「①米国の核戦争政策が世界平和に最大の脅威を作り出している。②戦争勢力とその政策に対する戦いを強める事が平和につながる。」と確認します。この当時、既にソ連は50メガトンの化け物水爆を保有しており、半年後に中国が核実験に成功するような段階で、米国の核抑止力が東アジアから消滅したら第二次朝鮮戦争かヴェトナム戦争を切っ掛けにして第三次世界大戦が始まる危険が極めて高かったのです。更に、対立しながら互いに対米関係を改善しようと必死だった中ソ両国が、米国の介入を気にせずに国境紛争を激化させれば、核兵器が使用される可能性も非常に高かったのです。

■従って、この基調方針からは世界平和は決して生まれず、東アジアを大混乱に陥らせる結果となるのは明らかで、文中に「世界平和」と埋め込めば平和を語っていると思い込むのは知的な怠慢であり欺瞞なのです。核保有国は米ソ英仏の四箇国体制になっていた時代に、米国のみを平和の敵だと決め付けても何の解決にもならないとは考えない人々が居たのです。こうした本来の原爆問題から離れた内部抗争に嫌気が差した人々が、「原水爆被災三県連絡会議」を発足させて被爆者救援活動を中心とした運動を展開しようとし始めます。三県とは、広島・長崎・静岡です。

■5月15日に、「大気圏内・宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約」(部分的核停条約)が衆議院で締結承認されましたが、この投票の際に日本共産党の志賀義雄議員が中央委員会の決定に反して賛成票を投じた為に、同月21日に除名されてしまいます。この除名の日に、ソ連から広島を訪問していたミコヤン第一副首相が帰国の途に付いているのも偶然ではないでしょう。そして、6月7日になると広島県原水協の共産党系常任理事が脱退して同じ名前の団体を結成します。同月19日、社会党と総評系団体が「我々こそ原水禁運動の正統派である。」と声明すると、翌日には日本原水協が10名の会員を「反動勢力」として除名して応酬します。反核運動の正統争いの内ゲバです。

其の壱拾壱に続く