■NHKが終戦60周年記念の一環として、とても良い番組を放送してくれました。残念ながら、皆様のNHKではなく英国BBCが米国と協力して制作したドキュメンタリー作品です。さすがに情報収集能力と分析力を世界に誇る英国です。CGの使い方も適切でしたし、何よりも生存している当事者を引っ張り出してインタヴューした手腕には脱帽します。歴史研究に関しても長い伝統を持っている英国ですから、重要な出来事を漏らさず拾い上げて時系列に沿って並べて再構成された歴史は、一つの必然性を持って我々に語りかけてくれました。
■単なるナチス弾劾やヒトラー批判ではない歴史ドキュメントは、それぞれの当事者と当事国の事情や思惑に翻弄されるユダヤ人の姿を浮き彫りにしましたし、愚かな羊のように殺されてしまったように見えるユダヤ人達の中にも生き残る工夫をする者が沢山いたことも描かれました。皆様のNHKがなかなか再放送してくれない「天皇を死刑にしろ!」という裁判祭り番組などとは比べようもない良質な「人間ドキュメンタリー」作品でした。乱雑な反ユダヤ人思想が、政治機構の中で具体的な政策として決定され、それぞれの役割分担が決り、一つの職業としてアウシュビッツの建設と運営に携わって行く人々の動きが、何とも恐ろしく、異常な人々が犯した異常な犯罪行為などではない「最終的な解決策」の流れが良く分かりました。
■再現映像のドラマも抑制が効いた演出でしたから、恐るべき犯罪行為をしながらも一家庭人として暮らしている所員の姿が鮮明に復元されました。効率的な絶滅方法を試行錯誤しながら完成させてから、たった2年間で100万人を処理してしまったアウシュビッツという施設の内実がこれほど詳細にかつ冷静に描かれたことは無かったのではないでしょうか?サイマル出版が翻訳を出していたルドルフ・ヘスの自伝を読んだことが有りますが、その時に想像したヘスの実像は自分の罪を逃れるために嘘を混ぜた強弁を続ける悪人でしたが、今回のドキュメンタリーが再現したヘスは、有能で小心な官僚そのものでした。追求を逃れて偽名で農夫となって身を隠しながら、密かに妻とは連絡を取り合っている家庭人としてのヘスは、単純な憎悪や嫌悪の対象にはなりません。その流れの中に、南米に逃れたアイヒマンも出て来るのですが、ナチス政権の中で少しでも出世しようと努力しただけの小役人達が、自分がしている事をよく理解していたという事実の恐ろしさが、とても良く描かれていました。
■第一回は『大量虐殺への道』と題されて、有名な「ワンゼー湖畔の会議」を再現ドラマで見せてくれました。この会議は以前にも再現ドラマ化されていますが、今回はモノクロ画面にして演出も抑え目でしたから、単なる上層部の決定に従って政策を具体化するだけの事務的な会議であったことが上手に表現されていたようです。四半世紀前に、ポーランドのクラクフからバスに乗ってアウシュビッツを訪ねたことが有りますが、保存されている施設はほんの一部分ですし、見学用に整備されているので妙に清潔な感じがして違和感が有りました。それは、広島の原爆ドームの現物を見た時の違和感に似ています。
■実際のアウシュビッツは、正視に堪えない不潔さと悲惨さが満ちた場所でしたし、何よりも悪臭と死臭と死体を焼く煙の臭いに包まれた場所でしたから、それを追体験など絶対に出来ません。現場を訪れて、その違和感が氷解したのは、長い長い廊下の壁を埋め尽くしている葉書大の写真展示でした。何とも言えない表情でカメラを見詰める無数の顔がずっとこちらを見詰めているのです。今回のドキュメンタリーでは一部しか映されませんでしたが、殺す側と殺される側の一人一人にスポット・ライトを当てる手法なので、あの一枚一枚の写真の視線に射すくめられて涙が止まらなくなった時の衝撃に似た感覚が蘇りました。
■映画の『栄光への脱出』に、強制収容所出身の若者が爆発物を扱える特技が有ると言ってイスラエル独立闘争に志願する場面が出て来ます。その青年はどうやって爆発物を扱える技術を身に付けられたのかを組織のリーダーが問い詰めて行く場面です。秘密厳守の鉄の団結を必要とする戦闘集団ですから、過去も正直に告白しなければならないので、取り繕っていた青年は最後に本当の話をして絶叫しるのです。彼は絶滅キャンプの死体処理用に大きな穴を作る仕事をしていたのでした。映画を観た時の驚きが、今回のドキュメンタリーでは更に詳しい説明で深まりました。ガス室の処理仕事は、4人のナチス親衛隊員と100人の使役係のユダヤ人によって担われていたのです。その仕事をしていた生き残りが、カメラの前で証言する場面には息を呑みました。
■映画の『マラソンマン』や『ブラジルから来た少年』などでも描かれた地獄の天使の異名を取った医師のメンゲレもちゃんと出て来ましたし、有能なのか無能なのかよく分からないヒムラーの扱い方も決め付けずにバランスの取れたものでした。歴史ドキュメンタリーというのは、このように作るのだなあと大変に勉強になる作品でした。いつか再放送される事が有りましたら、五回シリーズの一回分だけでも御覧になるのを強くお勧めします。日本でも、GHQが創作した太平洋戦争物語や、ソ連のコミンテルンが作ってくれた民族解放物語を卒業して、あの戦争を描く視点を徐々に確立しつつありますが、間違ってもナチスと大本営とを同じように扱ったりしては行けませんぞ!欧州とロシアの長い反ユダヤ思想の流れと、東アジアの清朝崩壊以後の近代化の歴史はまったく別の歴史なのですから……
■単なるナチス弾劾やヒトラー批判ではない歴史ドキュメントは、それぞれの当事者と当事国の事情や思惑に翻弄されるユダヤ人の姿を浮き彫りにしましたし、愚かな羊のように殺されてしまったように見えるユダヤ人達の中にも生き残る工夫をする者が沢山いたことも描かれました。皆様のNHKがなかなか再放送してくれない「天皇を死刑にしろ!」という裁判祭り番組などとは比べようもない良質な「人間ドキュメンタリー」作品でした。乱雑な反ユダヤ人思想が、政治機構の中で具体的な政策として決定され、それぞれの役割分担が決り、一つの職業としてアウシュビッツの建設と運営に携わって行く人々の動きが、何とも恐ろしく、異常な人々が犯した異常な犯罪行為などではない「最終的な解決策」の流れが良く分かりました。
■再現映像のドラマも抑制が効いた演出でしたから、恐るべき犯罪行為をしながらも一家庭人として暮らしている所員の姿が鮮明に復元されました。効率的な絶滅方法を試行錯誤しながら完成させてから、たった2年間で100万人を処理してしまったアウシュビッツという施設の内実がこれほど詳細にかつ冷静に描かれたことは無かったのではないでしょうか?サイマル出版が翻訳を出していたルドルフ・ヘスの自伝を読んだことが有りますが、その時に想像したヘスの実像は自分の罪を逃れるために嘘を混ぜた強弁を続ける悪人でしたが、今回のドキュメンタリーが再現したヘスは、有能で小心な官僚そのものでした。追求を逃れて偽名で農夫となって身を隠しながら、密かに妻とは連絡を取り合っている家庭人としてのヘスは、単純な憎悪や嫌悪の対象にはなりません。その流れの中に、南米に逃れたアイヒマンも出て来るのですが、ナチス政権の中で少しでも出世しようと努力しただけの小役人達が、自分がしている事をよく理解していたという事実の恐ろしさが、とても良く描かれていました。
■第一回は『大量虐殺への道』と題されて、有名な「ワンゼー湖畔の会議」を再現ドラマで見せてくれました。この会議は以前にも再現ドラマ化されていますが、今回はモノクロ画面にして演出も抑え目でしたから、単なる上層部の決定に従って政策を具体化するだけの事務的な会議であったことが上手に表現されていたようです。四半世紀前に、ポーランドのクラクフからバスに乗ってアウシュビッツを訪ねたことが有りますが、保存されている施設はほんの一部分ですし、見学用に整備されているので妙に清潔な感じがして違和感が有りました。それは、広島の原爆ドームの現物を見た時の違和感に似ています。
■実際のアウシュビッツは、正視に堪えない不潔さと悲惨さが満ちた場所でしたし、何よりも悪臭と死臭と死体を焼く煙の臭いに包まれた場所でしたから、それを追体験など絶対に出来ません。現場を訪れて、その違和感が氷解したのは、長い長い廊下の壁を埋め尽くしている葉書大の写真展示でした。何とも言えない表情でカメラを見詰める無数の顔がずっとこちらを見詰めているのです。今回のドキュメンタリーでは一部しか映されませんでしたが、殺す側と殺される側の一人一人にスポット・ライトを当てる手法なので、あの一枚一枚の写真の視線に射すくめられて涙が止まらなくなった時の衝撃に似た感覚が蘇りました。
■映画の『栄光への脱出』に、強制収容所出身の若者が爆発物を扱える特技が有ると言ってイスラエル独立闘争に志願する場面が出て来ます。その青年はどうやって爆発物を扱える技術を身に付けられたのかを組織のリーダーが問い詰めて行く場面です。秘密厳守の鉄の団結を必要とする戦闘集団ですから、過去も正直に告白しなければならないので、取り繕っていた青年は最後に本当の話をして絶叫しるのです。彼は絶滅キャンプの死体処理用に大きな穴を作る仕事をしていたのでした。映画を観た時の驚きが、今回のドキュメンタリーでは更に詳しい説明で深まりました。ガス室の処理仕事は、4人のナチス親衛隊員と100人の使役係のユダヤ人によって担われていたのです。その仕事をしていた生き残りが、カメラの前で証言する場面には息を呑みました。
■映画の『マラソンマン』や『ブラジルから来た少年』などでも描かれた地獄の天使の異名を取った医師のメンゲレもちゃんと出て来ましたし、有能なのか無能なのかよく分からないヒムラーの扱い方も決め付けずにバランスの取れたものでした。歴史ドキュメンタリーというのは、このように作るのだなあと大変に勉強になる作品でした。いつか再放送される事が有りましたら、五回シリーズの一回分だけでも御覧になるのを強くお勧めします。日本でも、GHQが創作した太平洋戦争物語や、ソ連のコミンテルンが作ってくれた民族解放物語を卒業して、あの戦争を描く視点を徐々に確立しつつありますが、間違ってもナチスと大本営とを同じように扱ったりしては行けませんぞ!欧州とロシアの長い反ユダヤ思想の流れと、東アジアの清朝崩壊以後の近代化の歴史はまったく別の歴史なのですから……