少年野球チーム「日野ロイヤル」のコーチを12年ほど務めた。
年少クラスの担当を任されることが多かった。私が子供好きなこともあり、小さければ小さいほど「扱い方が上手い」と評判だったからだ。怒るときは怒る。遊ぶときは遊ぶ。やさしくて、少し怖いコーチだ。
よくカブトムシを持っていってあげた。餌や籠を付けて、飼い方の指導もした。1、2年生だけの練習では、ボールを拾うより、虫取りを優先して、遊んでいたことも多い。
小学3年生以下のチームは(ランク分けでAからCがある)Cクラスだ。試合は1時間20分で、点差や表裏に関係なく終わると決まっている。4年生でも、初心者はCからスタートする。
Cクラスのの試合では、ボークは取らない。少しぐらい外れても「ストライク」とする。そうしないとフォアボールの連続だ。先攻を取らないと、守るだけで終わりそうな試合が多い。
野球をよく知らない子供でも、試合はうれしい。
「コーチ!サインを決めてよ」など言ってくる。
「コーチの出すサインは、これだけだ。耳を触ったらホームランのサインだからな」
盗塁のサインを楽しみにしていた子供は
「えーっ、ホームラン打てなかったらどうするの?」
「コーチのサインを守れなかったらどうなるの」
「オレ、サイン守れないと思うなあ」
などと心配する。
「サイン通りやらなかったら交代させるぞ」
と言うと、
「オレ、サインを見なかったことにする」など、ひそひそ話しが聞こえる。
試合中、指示を出すときは名前で呼ばなければ混乱する。慣れないコーチが「レフトは前進しろ。ショートは、もっと右だ」などと言えば、他の守備の子も前に来たり、右へ寄る。
「コーチ!オレがレフト?」とか、「ボクがいるのはどこ?」など聞いてくる。
だから、名前で呼ぶ。
「マコトは前に来い。ユウスケはもう少し右だ」
満塁のピンチで、たくさん練習してきた前進守備を指示。
「バックホーム態勢だぞー!前進守備だー」と叫んだら、ピッチャーも前に来た。
ピッチャーゴロでホームホースアウトと思ったら、一塁に投げてサヨナラ負けしたこともある。
試合の前日、ピッチャー予定の子の調子が悪く
「こんなにコントロールが悪いなら、明日は、コーチが子供のふりをして投げる」と脅かした。
このような冗談は
三分の一は、「あっはっは」と、しっかり「コーチのうそ」と、とらえる。
三分の一が、「えー、うそでしょう。本当かなあ?」と、ちょっとだけ疑う。
残りの三分の一は、完全に信じ込み 、心配する。
「コーチが試合に出たら、すぐ分かっちゃうよ。駄目だよ」
「ばれないように、ひげは剃るし、しわはセロテープで伸ばしてくるから大丈夫だ」
「でも、でかいから分かっちゃうよ。白髪で、バレちゃうよ」
と必死に訴えるのは、明日、投げさせる予定のエース、2年生のシンタロー。
「だから、試合中、コーチと呼ぶなよ。『トミ』と呼べよ。そしたらコーチは、『しんちゃん、試合終わったら遊ぼうぜ』と言って友達のふりをするからな。そうすれば子供と思われるだろう。大丈夫だ」
試合の朝、集合時間に、シンタローだけが来ない。どうしたかな、と思っていたら、シンタローのお母さんが、慌てて飛んできた。
「コーチ、シンタローが朝ご飯食べたら、おなかが痛くなったと言うんです。今日、コーチが投げるけど、絶対にばれると思うんだ。心配してたら、おなか痛くなった、と言ってます」
お母さんは
「トミモトコーチのいつもの冗談でしょ」と諭したそうだが「本気で言ってたみたい」と悩んでいたそうだ。そのうち、コーチ仲間のお父さんに連れられて、シンタローが来た。
「よし、お前が投げろ。コーチは白髪があるから、バレそうだ」の一言で、大いに安心したようだ。
この日の試合は、Cチームの試合では私も経験のない、6回まで戦える締まった試合を展開した。我がチームは、外野から内野へ中継して、バックホームアウトを取るような守備を見せ、少年野球関係者を驚かせた。同じ2年生のキャッチャー「ムサシ」が、ショートバウンドをナイスキャッチして走者にタッチ。
Cチームは3回まで試合ができれば上出来と言われ、それも滅多にない。フォアボールやエラーの連続で、なかなか、チェンジにならない。それを1時間20分で6回まで戦った。相手は4年生が何人かいたチームだ。こちらは1、2年生。それでもシンタローは完投した。試合は惜敗したが、日程に余裕があったのと、この試合が評判を呼んだため、閉会式前のエキジビション試合として、もう一度やることになった。
大勢の観衆の中、今度は勝った。
この時もナイスゲームで、私の3年生以下、ちびっ子専門コーチとしての評価は不動のものになってしまった。
本当は、6年生チームの本格的なコーチがやりたかったのだが‥‥。