抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩431 累積する日米の前近代性

2013年08月12日 12時21分40秒 | 政治論

 アメリカ合衆国の沖縄軍事植民地処遇と、日本国政府の、日米安保堅持方針による国内米軍基地展開自由放任という有り様は、沖縄の人権闘争に対し常時無回答であり続ける固定的な自動機能システムだが、要点は、沖縄に過重な基地負担を押し付けている現状に関し、当初の段階的解消計画に基づく「普天間返還」が、米国の国家安全保障政策において「辺野古移設」という条件を付すことにより、沖縄の負担軽減とは真逆の新基地建設という欺瞞性に満ちた局面を現すにいたり、沖縄の怒りを決定付けたということになる。ここでは、先ず米国による沖縄の植民地視乃至占領地視、と「日米地位協定」による米軍基地関連の「治外法権」体質を、ほぼ現実に生じた事案に沿って「申し入れ」の内容でしか対応できてない日本国政府の、沖縄に対する不当な不平等な政治的封建遺制放置状態が、近現代政治理念の方向性に著しく敵対するものとして捉えられているということだ。米国の沖縄植民地視の因源については、日琉関係史における琉球処分等日本国の圧制という認知がまずあって、大戦時沖縄占領が琉球の日本からの解放に等価するという意識を生み、米国政治スタンスにおいて信託統治形質を醸成したと考えられる。沖縄返還時国は大嘘をつき、ただ単に「潜在主権」なる奇妙奇天烈な日米協定の正体を「基地存続核付き」でアリバイ証明しただけの、沖縄特化政治の開始という段階に突入していった。日本中が国内人種差別しかも根拠のない異族視という、日本国常民レベルでの精神的封建体質に覆われた。戦後体制の基本としてあった「軽負担経済復興、高度経済成長」としての吉田ドクトリンは、便利すぎる精神的偏向を助長しつつ、自由競争と弱肉強食乃至自然淘汰的な動物的エゴイズムを養生し、政治的な無知、無関心、無責任、無頓着な戦後世代精神風景を助勢したと、精神分析的には言えそうだ。この政治的な無責任体質について常民レベルに転嫁するのは愚である。(つづく)

 

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詩430 普天間固定化

2013年08月12日 06時56分50秒 | 政治論

 言葉の正確な意味で「普天間飛行場」は固定化した。現時点で2021年までとしている移転計画の遅延は2026年それ以降を想定せざるを得ない見通しであり、少なくとも返還計画起点(1995年)から見れば30年以上の時間経過を経ることになるばかりか、米国財政事情、沖縄反発、辺野古移設の非現実性に鑑みれば、無条件返還にしてもまず到底近い将来の実現が見込めないことになる。この新型輸送機MV22オスプレイを普天間に強行配備した結果、現有格納施設では機体の保全が保証されないため、新たな格納庫建設の必要性に軍が言及している(沖縄タイムス8月11日記事)ことからも、今後何十年と固定的に普天間を使用する意図が見え見えなのだ。なんという欺瞞性に満ちた計画であったか、今にしてみれば返還後の沖縄に対する絶えることない侮辱行為の最たるものといえよう。米軍米国政府国防省が沖縄の基地負担の軽減などに何ほどの関心があろうか。ラムズフェルドの「世界一危険な米軍基地」という表現も、「だから危険性を除去しなければならない」という文脈につながる必然性はなかったのだ。彼らのうちに理念的心情的な沖縄顧慮を期待した我々が彼らに対して認識不足だったというしかない。この問題は政治的問題でさえない。

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