YOSHIの果てしない旅(人々との出会い、そして別れ)

ソ連、西欧列車の旅、英国滞在、欧州横断ヒッチ、イスラエルのキブツ生活、シルクロード、インド、豪州大陸横断ヒッチの旅の話。

ボンベイを去る日が近付く、そして最近の収入の纏め~ボンベイの旅

2022-02-18 08:32:19 | 「YOSHIの果てしない旅」  第10章 インドの旅
・昭和44年2月17日(月)晴れ~19日(水)晴れ(ボンベイを去る日が近付く、そして最近の収入の纏め)

 17日~8時に4人で相乗りしてタクシーで撮影所へ行った。運賃は10ルピーで、割り勘して払った。エキストラの仕事は相変わらずで、席に座ってワイワイやっていればそれで済んだ。楽な仕事だ。昨日、値上げ交渉したお陰で、今日は60ルピー貰った。
撮影所で今日も又、ロンは何処かでコカ・コーラ2本ゲットして来て、1本私にくれた。どうせ何処かでくすねて来たのであろう。彼はこの様な事が上手いのであった。
帰りもタクシーで帰って来た。夕食に又、1人で中華レストランへ行ったら、今日は休みであった。『新年(中国の正月)の為、3日間休む』と張り紙に書いてあった。
シーサイドホテルに私と荻の他に渡部と言う日本人(仮名、以後敬称省略、26歳)が宿泊するようになった。 夜、溜まった日記を書いて過ごした。
 18日(火)~エキストラのバイトに出掛けた。
 19日(水)~今日、エキストラの仕事は休みで午前中、寝ていた。午後、渡辺と共にオーストラリア領事館、或は安く行く為の情報を得る為、JALの営業所へ行ってみた。ここで日本の商売人に会って、話をした。夕食をレストランで、渡辺と共に彼からご馳走してもらった。日本人から食事をおごって貰ったのは、初めてであった。

 最近の収入の纏め~アグラでジャケットを売った代金20ルピー。撮影所でカメラを売った代金170ルピー。エキストラのバイト代35ルピーが3日で計105ルピー、そして、60ルピーが2日で計120ルピー。総収入計415ルピーになった。415ルピー入ったので、金銭的にゆとりが出来た。単純計算であと1ヶ月間、インドに滞在出来る額であった。


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