只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

考えない考えない!が、口癖です。(笑)

2018-03-16 09:08:42 | 日記
修行には肉体的修行を一般には思い浮かべますが、
これには限界があるのですね。

ここでの実践は、お釈迦様の教えである“心の修行”
伝えているのです。

ご承知のとおり肉体は自然ですから、
生まれてから成長して最後にはまた自然に還っていきます。

ですから、そこに苦しみとか悩みとかの私(自我)が
在ることは“無い”のです。

心は生きることもなく、そして死ぬこともなく
自由自在”に動いているのです。

本来は心と身体は“ひとつ”であり、そしてそれが宇宙とも
自然とも呼ばれています。

私(思考)は困った時の“神仏”頼みをしますが、それは
本来は自分自身に両手を合掌しているのですね。

ここは私(思考)が“神仏”を創り上げ、それにお願いして
いるのです。(笑)

事実は「思考自我」が居ないときに、自然に両手を合わせる
ものでしょう。

その心が“自由自在”に動いているということです。

これまでの人生の長い間には、様々のことが在ったなと
お思いでしょうが、事実には“何も無い”のです。

これを体得すべき、弛まぬ“只なる実践”の持続です。


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