さて題名の通りに単刀直入に論題に入ります。
※CH=クリスチャンホームです。
CHの子供というのはどういうふうに自分の育った特殊な環境を受け止めていくのでしょうか。
そもそもCHで育った事に不満を感じる子供は少なくないです。(私は宗教とは全く縁がちょ、ですがw^^)
小さい頃から両親に手を引かれ教会に連れていかれます。そして聖書の話を聞いたり暗唱聖句をしたりします。
まあ小さいうちはいいんですよね。自分の特殊な環境についてそれほど深刻には悩まないし親が言っている事は正しいと思っている。
本人があれこれ周りとの違いに悩まないならまあそれでいいんです・・。
が問題は彼が青年期に差し掛かった時。明らかに周囲の価値観と自分の価値観が違う、という事に気づきます。
この世の価値観=大多数の価値観、彼が教えられてきた価値観=少数派でありキリスト教的な価値観なわけです。
そうすると当然クラスや社会で浮いてしまうことも多々あるでしょう。
(酒を飲まない、タバコを吸わない、日曜日を安息日として教会で礼拝するので仲間とどっか遊びにはいけない、下ネタ話には参加しない等々)
上記のは細かい日常的なものですが、そうではなく性格もある程度形成されている可能性が高いです。
つまり幼少期に厳格なキリスト教的な価値観に従って育てられた子供は性格もそうなるのです。
例えば他人を裁く傾向にある(聖書の規律に則って)、娯楽を悪だと判断しやすく娯楽に興じている他人を見下す、神を第一として家族や他人を後回しにする。神が最優先。こうすると彼の友達は「なんだ、俺より神のほうがあいつにとっては大切なんだ」と思い疎遠になっていくと思います。
僕が言いたいのは少数派の価値観というのはこの世において絶えず虐げられています。そして仲間はずれにされやすい傾向にあります。
あるいは変人扱いされるでしょう。
現に日本で宗教をやっていると白い目で見られる事が多々あります。
それを本人の意志で選択するのは問題ありません。信教の自由がありますから。
自分の意志で宗教をやり少数派になりクリスチャン1世になるのは何の問題もありません。
がそれを子供に押しつけるのはどうなんでしょうか?その子供がやがて青年になるときに少数派の価値観が形成されている事でしょう。すると変人扱いされたり白い目で見られます。すでに変人への道が敷かれてしまっているのです。
しかし子供が親の影響を受けないのは不可能だと言う人がいます。
確かにそうです。無神論者の親なら「神がいない」という事を子供に教えているのです。
がそれは問題ありません。何故なら無神論というのはこの世において多数派であるからです。つまりその価値観にそって子供が成長しても変人扱いはされません。
ですから親が子供に何らかの影響を与えるのは仕方ない事ですが、その教える価値観を多数派の価値観にするのが子供のためというものではないでしょうか。
実際にCH出身でその価値観あるいは聖書による人格形成のせいでなかなか友達が出来ないという悩みを抱えている方は多くいらっしゃるそうです。
親には「他人に対する愛うんぬん」の前に我が子の将来をもっと考慮してそれから教えたい価値観を選択して欲しいですね。
ただ自分がクリスチャンだから聖書の価値観を我が子に、というのは子供が不憫でなりませんね。
※CH=クリスチャンホームです。
CHの子供というのはどういうふうに自分の育った特殊な環境を受け止めていくのでしょうか。
そもそもCHで育った事に不満を感じる子供は少なくないです。(私は宗教とは全く縁がちょ、ですがw^^)
小さい頃から両親に手を引かれ教会に連れていかれます。そして聖書の話を聞いたり暗唱聖句をしたりします。
まあ小さいうちはいいんですよね。自分の特殊な環境についてそれほど深刻には悩まないし親が言っている事は正しいと思っている。
本人があれこれ周りとの違いに悩まないならまあそれでいいんです・・。
が問題は彼が青年期に差し掛かった時。明らかに周囲の価値観と自分の価値観が違う、という事に気づきます。
この世の価値観=大多数の価値観、彼が教えられてきた価値観=少数派でありキリスト教的な価値観なわけです。
そうすると当然クラスや社会で浮いてしまうことも多々あるでしょう。
(酒を飲まない、タバコを吸わない、日曜日を安息日として教会で礼拝するので仲間とどっか遊びにはいけない、下ネタ話には参加しない等々)
上記のは細かい日常的なものですが、そうではなく性格もある程度形成されている可能性が高いです。
つまり幼少期に厳格なキリスト教的な価値観に従って育てられた子供は性格もそうなるのです。
例えば他人を裁く傾向にある(聖書の規律に則って)、娯楽を悪だと判断しやすく娯楽に興じている他人を見下す、神を第一として家族や他人を後回しにする。神が最優先。こうすると彼の友達は「なんだ、俺より神のほうがあいつにとっては大切なんだ」と思い疎遠になっていくと思います。
僕が言いたいのは少数派の価値観というのはこの世において絶えず虐げられています。そして仲間はずれにされやすい傾向にあります。
あるいは変人扱いされるでしょう。
現に日本で宗教をやっていると白い目で見られる事が多々あります。
それを本人の意志で選択するのは問題ありません。信教の自由がありますから。
自分の意志で宗教をやり少数派になりクリスチャン1世になるのは何の問題もありません。
がそれを子供に押しつけるのはどうなんでしょうか?その子供がやがて青年になるときに少数派の価値観が形成されている事でしょう。すると変人扱いされたり白い目で見られます。すでに変人への道が敷かれてしまっているのです。
しかし子供が親の影響を受けないのは不可能だと言う人がいます。
確かにそうです。無神論者の親なら「神がいない」という事を子供に教えているのです。
がそれは問題ありません。何故なら無神論というのはこの世において多数派であるからです。つまりその価値観にそって子供が成長しても変人扱いはされません。
ですから親が子供に何らかの影響を与えるのは仕方ない事ですが、その教える価値観を多数派の価値観にするのが子供のためというものではないでしょうか。
実際にCH出身でその価値観あるいは聖書による人格形成のせいでなかなか友達が出来ないという悩みを抱えている方は多くいらっしゃるそうです。
親には「他人に対する愛うんぬん」の前に我が子の将来をもっと考慮してそれから教えたい価値観を選択して欲しいですね。
ただ自分がクリスチャンだから聖書の価値観を我が子に、というのは子供が不憫でなりませんね。
今の時代は特にまわりにあわせる、空気を読む事を強要される時代ですし。
こんな時代だからこそ親は子に多数派の価値観を教え込んであげるのが大事ではないかと思いますよ。
もちろん個性の尊重も大事ですけどね。
ホームスクーリングの話はもっと聞きたいです
本当にそういう事なんです。
多数派と少数派では少数派は常に変人扱いされてしまうのです。
ですから親には賢明な選択をして欲しいですよね。
これが逆にアメリカとかになるとキリスト教が一般的になってしまいますがwww
これからもこのブログを宜しく^^
PKとは何の事かなw?
今時のJKは「PK=パンツ食い込む」と解釈するようだがw・・・。
まさか管理人がパンツ食い込んでいるとかww
赤の他人に対して何と失礼なw
これからもこのブログを宜しく^^